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ヒトオオカミ・7

 微睡み。

 起きているようで起きていず、眠っているようで眠っていず。揺り篭に揺られる赤子のように曖昧。

 ――だが、私が眠れたことなどあっただろうか?

 アーデルベルト・ワイズマンは思う。

 最後に何の不安もなく眠ることが出来たのは、何時のことだったか。五年前か? 十年前か? あるいは更にそれ以前か?

 それは当然といえば当然だった。

 権謀術数渦巻き、必要とあれば非合法な手段に手を染める――そういった世界に長く居すぎた。人の恨みを余りにも多く買いすぎた。仮にこの世界から足を洗ったとしても、生きている限り、或いは生きようと望む限り、全てを投げ出して眠ることなど出来はしないだろう。

 後悔はない。この世界に足を踏み入れたのは、自らの性分故だ。

 こうするほか自分の生きたいように生きることは不可能だっただろう。己のサガとでも言うべきか。

 通信の要請。名義はカトレア・カトレット。

 靄を振り払いながら、ベッドから上体を起こして通信を受ける。テーブルの上に、カトレアのアバターが現れた。

「あ、すみません。起こしちゃいましたか?」

「いや、気にしなくていい。どうせ眠っちゃいない」

 ワイズマンは笑う。

 机の前まで歩く。「で、馬鹿に早かったが、まさかもう調べ終わったのか?」

 ワイズマンは窓の外を見た。コロニー内の昼や朝は人工的に変化される。窓の外は極端に薄めた墨を降りかけたように薄暗いものの、まだ陽が落ちきっていない。ラティファがこの部屋から出ていって、一時間程度とワイズマンは踏んだ。

「いえ、まだ完全とは言いがたいのですが、参考になる情報を手にいれたのでお伝えしておこうかと」

 ワイズマンは席に着く。「ふぅん」

 言葉とは逆に、大いに興味を持っていた。情報だけを送付するのではなく、カトレアがわざわざ通信をかけて、手ずから持ってこなければならないような情報。それはつまり、超一ウィザード級の砕氷師アイスブレーカーである彼女がガードにつく必要があるネタであるという事だ。

「それはヤバい代物なのか?」

 カトレアは首肯。「通常のデータ送付では、もしかしたら道中で黒ヤギさんに食べられるかも知れないので」

 白ヤギさんからお手紙着いた。黒ヤギさんたら読まずに食べた。なるほど。

「で、それはどんな情報なんだ?」

「アドバンスド・テック社に関するものです」

 見てくださいと言うと、カトレアは机上にウィンドウを開いた。

「この近隣に存在するアドバンスド・テック関連の施設は二つあります。一つ目が、ここ。島二号コロニーに存在する、アドバンスド・テック社・島二号支局」

 島二号コロニー全域の地図がウィンドウに表示され、その内の一点が赤く光る。アドバンスド・テック支局の位置だ。同時に、連絡方法とアクセスが表示される。ワイズマンはそれらを全て電脳に保存した。

 ここから補給用資材を送っているのだとしたら、レンタルドッグを利用しているはずだ。名義は違うかも知れないが、送られてくる資材から調べることは出来るだろう。

「存外に近いな」

 ここから徒歩で楽に行ける距離だ。全く無関係ということもないだろう。当たってみる必要がある。アクションを起こせば、相手もそれに対応せざるを得ない。事態を膠着させないためには、揺さぶることだ。たとえ不利になる可能性があるとしても。

 ワイズマンが情報を保存したと見たか、カトレアは頷いてからウィンドウ上の表示を消した。

「重要なのはもう一つの方です」

 ウィンドウに別の地図が表示される。島二号コロニー内の地図などではない。その外。宇宙空間を示す地図。その一点がまた赤く光った。

「おいおい、これは……」

 それを見たワイズマンは言葉を失う。もしも仮にその場所から資材が送られているのだとすれば、奇妙なことになる。真っ直ぐだった筋道が急にねじ曲がる。

 カトレアは神妙に頷く。「はい、二つめは星海工業封鎖プラントです」

 星海工業。言うまでもなく、自分たちに依頼してきた者たちだ。ましてやこの封鎖プラントは、ファントムによって資材が届くのを邪魔されている。

 直接的な被害者。

 その筈である。

「根拠は何だ」

 根拠。

 仮に推定だとしても、カトレアはなんの根拠もなしにこんなことを言う人間ではない。

 カトレアはウィンドウの情報を切り替える。幾つもの線が地図上に表示された。無数に絡まりあった線は、殆ど網と言っていい文様を地図上に作り出す。ワイズマンは一目見てそれを船の航路だと理解した。

「この宙域を通る輸送船に関する情報を集めてみました」

 地図上の網が色分けされた。

 結果、それは明確なパターンを作り出した。星海工業封鎖プラントへ向かうのは緑一色だが、それ以外の場所へ向かうもの、特に通り過ぎるものには複数の色が交じる。そして島二号コロニーに向かうもの。これは黄が圧倒的に多く、ついで緑だ。

「色分けで重要なのは、黄がアドバンスド・テック。緑が星海工業の輸送船だということですね。注目して欲しいのは、島二号から封鎖プラントへの輸送船です」

 カトレアは言う。

 島二号コロニーから封鎖プラントへ伸びる線は全て緑。星海工業のものだ。まるで筋繊維のごとく束になって、封鎖プラントへ伸びている。

「これの問題点は……数が多すぎることか」

「はい。島二号を中継して封鎖プラントに来た、にしては島二号にやって来る星海工業の船は少なく、封鎖プラントに行く星海工業の船は多すぎます」

 つまり、ただの単なる居住用コロニーであるここで資材を調達している。或いは、名義を星海工業にした、本来は別の船籍の船が封鎖プラントに行っている。

 では、何処の資材が、何処の船が星海工業に化けた?

 数から判断すれば、明らかにそれはアドバンスド・テックだ。

「これなら、確かにアドバンスド・テックがOEM元だって推測するのも頷けるか」

「一応、他の根拠もありますが」

「今は必要ないな」

 アドバンスド・テックがOEM元で、星海工業封鎖プラントで何らかの製造――恐らくはエーテルギア――を行っていたとしたら。辻褄が合うことがある。

 ――あの男、ファントムを知っていたか。

 鴻 民命。彼がファントムの映像をみた際の反応を思い出す。

 関係性が繋がっていく感覚。だが、全てを理解するには程遠い。アクションを起こす必要があるか。

「アドバンスド・テック以外に、星海工業の事も調べておいてくれ。件の封鎖プラント絡みで何か合ったようなら、特に」

「了解しました。但し、封鎖プラントそのものは物理的にネットワークが存在しないはずなので、ハッキングは不可能ですよ」

 封鎖プラントは産業スパイ対策として、人の流れを制限し、それ以上に情報を完全遮断する。具体的にはサーバーを設置しないのだ。

 現代におけるネットワークは、中枢となるサーバーと個人の電脳が繋がる形で行われる。船、コロニー、エーテルギア等々人が存在するところにはほぼ設置されていると言っていい。それが無い以上、封鎖プラントへのハッキングは不可能だ。流水の無いところに船は入れない。

「それは私が何とかしよう。方法はないわけじゃない」

 カトレアは頷く。「了解しました。ところで、ラティが居ないみたいですが……」

「あいつなら、飯を食べに外に出たぞ。ネットには繋げてるだろうが――」

 一瞬の迷い。後に首を横に振った。「いえ、こちらもやることが有りますから」

 そう言うカトレア・アバターの表情には、心配が残っている。

 カトレアは、この仕事をするには若い、幼いと言ってもいいラティファをよく気にかけている。

 曰く、彼女にこんな仕事は向いていない。

 曰く、彼女には教育の方が必要だ。

 曰く、ラティ可愛いよラティ。

 ラティファのほうも彼女に心を許しており、休暇に一緒に出かけるなどしている。傍から見れば仲の良い姉妹のようだ。

「あいつも思うところはあるみたいだが、まぁ何とかするだろう」

「そうでしょうか……」

「でなかったら、ここまで来れてないさ。心配なら繋げればいいだろう」

 首を大きく横に振った。「いえいえ! 私だってラティのことを信じてますからね」

 ワイズマンは苦笑。「お前なぁ……」

「大丈夫、ラティは出来る子! それでは!」

 荒い鼻息が想像出来る勢いで、カトレアは通信を切った。自分に言い聞かせているようでもあった。

 ――若いんだよな。俺から見ればお前も。

 不安定さで言ったら同じようなものだ。ワイズマンにはそう見える。そしてその不安定さが羨ましくもある。彼女たちは泥のように眠ることが出来るのだろう。

「まぁ仕方が無いか」

 ワイズマンは立ち上がると、軽く屈伸運動をした。自分もやるべきことをやっておかなくては。

 もう一度テーブルに着くと、通信を繋ぐ。

 相手はアドバンスド・テック社、島二号支局。一般向け窓口。

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