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ヒトオオカミ・5

 島二号コロニー。

 全体的に赤や金を基調とした、華美で彩度の高い色使いの装飾。立ち並ぶ高層ビル。ところにより赤塗されたビルや、階ごとに緑の雨除けがつけられた建造物も見える。路面は石畳風。ありとあらゆるところで目に付く漢字。

 ワイズマンの中華系という言葉通り、このコロニーは本来の中国以上に中国的に作られている。作られた中華。

 もっとも、それはこのコロニーや中華系コロニーに限ったことではない。大地から切り離されて尚、国家への帰属意識を忘れさせぬためか、どのコロニーも程度の差はあれ作り物めいた過剰な国民性を付与されている。

 人工的で、意図的なナショナリズム。

 ホテルから外に出たラティファは、外に出る前に落としておいた観光用のARソフトを起動させる。コロニー行政からの無料配布品。風景に様々な情報が文字や映像で描き込まれていく。

 交通案内。アクセス含む交通情報。コロニー内設定時間。天気予定。様々な店舗の広告等々。店舗広告に関しては近場のものが看板やチラシのごとく張られていて、内容もアニメーションするようになっている。

 ポップアップしてきた過剰な情報の大半をラティファはブロックする。代わりに必要な情報を詳細に表示。

「近場で、何か食事が取れそうなところは……」

 肉は駄目だ。ベジタリアンという訳ではない。単純に食の嗜好なのかどうかはよく分からないが、ラティファは肉を食べることが出来ない。牛、豚、鶏、全てが口に入れると拒否感を覚える。

 最も苦手なのは合成肉である。初めて食べたときに、視界が暗くなり、脳が冷えていくような感覚と頭痛がしたほどだ。口に入れた肉は吐き出した。

 肉を食べる、という行為に拒否感があるらしい。ラティファ自身はそう認識している。

 近所でそのような料理が有りそうなのは、と歩きながら幾つかの店舗情報をザッピング。ファーストフード店、論外。中華料理店、このコロニーらしいとは言えるが肉料理が多い印象。またもや中華料理店、四川料理――どうやら辛いらしい。少し苦手だ。

 ファーストフード店の前を通る。地上はおろか、宇宙まで進出してきたフランチャイズチェーン。意図されたナチュラリズムから最も外れた存在。究極クラスの普遍化。経済と利益と言う名の宇宙標準ユニバース・スタンダード。そういったものの象徴であるかのように見えた。

「おっと」

 ちょうどいい店舗の情報を見つけて、詳しい情報を求める。

 日本国籍のオーナーシェフが経営している食堂。メニューは多国籍というか無国籍。安価。悪くない気がする。店名は平原飯店。

「ここにしようか」

 道程を強化現実(AR)上に表示させる。移動ルートを示す矢印が石畳の歩道上に描き込まれる。あとはそれをなぞって行くだけでいい。

 風景を見ながら、街を歩いた。行き交う人々も多岐に渡る。スーツを着たアジア人の男性がスーツケースを抱えて歩く。主婦と思しき女性が自転車を漕いでいる。金髪碧眼の青年が、シャツにジーンズというラフな服装でファーストフード店に入っていく。サングラスをかけた黒人が、ニヤケながら声をかけてくる。どうやら露天商のようだ。

 奇妙な感覚を覚える。先から感じている二つの要素、特殊性/普遍性が調和していると思える。

 当然のように華美な大門が存在し、当然のように光を反射する高層ビルがある。

 当然のように中華料理屋があり、当然のようにフランチャイズチェーンのファーストフード店が軒を連ねる。

 ポップアップし、描き込まれる情報。電脳を介して補足される情報群すらもこの街に調和している。

 様々な人種、職業、服装、目的の人間たち。

 ――都市とはそういうものなのだろうか。

 様々な要素。相反する要素を飲み込んで存在する。許される場所。魔女の釜のような場所。混沌が秩序に転換する場所。

 その中でさえも――

 ――私は異物のような気がする。

 様々な要素が許容される都市でも、自分は許容されていないという感覚。

 すべての要素、ありとあらゆる人間が許容されている。その中で異物だというのならば――

 ――それはまるで獣だ

 そう自覚して、口の端が片方歪に上がる。笑みと言うには投げやりに。

 許容されているのは人間だ。人間の創りだしてきたものだ。人間の持ち込んだものだ。人間。物質。観念。情報。流行。

 獣は居ない。

 そんな人の群れの中で生きている獣は。

 ――人狼か。

 姿形は人間に似ていて、人間の群れの中でしか生きられない。であるにも関わらず、人間の肉を食み、生き血を啜ることでしか生きられない。

 人狼そのものの生き方スタイル

 好きで選んだわけではないはずだ。他に選べなかっただけのはずだ。

 なのに――

 嫌になる。

 他に何があったというのだろう。学もない。才能もない。並外れたエーテル適性と、ライブラに連なるコネクション以外に何も持っていない小娘が一人で生きる術が。ありはしない。むしろその二つがあるだけ恵まれている。

 だが、嫌になるのも事実だ。

 人狼の生き方は、精神の有り様も人狼にしてしまう気がする。いや、もうそうなってしまっていて、手遅れなのかもしれない。

 人狩りを楽しむ人狼。牙を突き立て、血を啜るを楽しむ人狼。

 ――このまま、生きるしか無いのだろうか。

 己が異物であるという実感を抱いたまま。タブラの狼の人狼のように、何れ来る破滅を恐れながらも。

 身も心も狼になり、人の心を失いながらも。

 いや、それ以前に元から人の心などというものが――

 ――あー……こんなことを考えても仕方ないだろう。

 頭を振って、考えを放り出す。それでも底にこびり着く拭いきれ無い何かからは目を逸らした。

 そうして頭を上げた時には、石畳上の道標は消えていた。目の前に見えるのは、強化現実(AR)上に擬似的に再現された、漢字一文字ごとに横に突き出ているタイプの看板。白に目立つ赤文字で平原飯店の四字。

「もう着いていたのか」

 建物に目をやる。やや煤けた白い壁。背は周りから見てやや低め。周囲からやや取り残された雰囲気は、建ってからそれなりの時間が経過したことを想像させる。

 強化現実(AR)上の看板を調べて、営業時間を確認。問題ない、開いている。

 暖簾を潜る。奥行きはそれなりにある。カウンター席が数席。テーブルも幾つか。時間が早いからか、埋まっているのはカウンターが幾つかだけだ。

「らっしゃい、好きなところにどうぞ」

 厨房の中から、中年男性の声が聞こえた。ラティファはカウンターの端に腰掛けた。今時珍しく、メニューを電脳上ではなく物理的に置いてある。二つ折りにしてあるメニューを開く。確かに、多国籍と言えばそうであるし無国籍といえばそうでもある無秩序なメニューが並んでいる。

 ――しかし、これは多国籍とか無国籍系の食堂じゃなくて、ラーメン屋じゃないのか?

 ラーメンのバリエーションがメニューの五割を占めているメニューを見て、ラティファは思う。それ以外の品目も多いのだが、メニュー最上段に書いてあるラーメンの文字は動かせない。

 ――にんにくラーメン……いや、チャーシューが入っているか……?

 別にチャーシューを抜くよう頼めばいい話だが、なんとなく無粋な気がする。

 どうしたものかと首を捻っていると、メニューの端に生春巻きを見つけた。悪くない気がするが、肉は入っているのだろうか。

 ――素直に聞いてみるとする。

 店の奥に向かって声をかける。「済まないが……」

 奥から少年が出てくる。「あ、ご注文の方お決まりでしょうか」

 少年は見たところラティファより少し上、人種は中国か日本かのアジア系。身長は平均よりやや上で大分細身。目が糸のように細く、その下には薄い隈が出来ている。向けられた笑みには陰りが多く、動きにもふらつきが目立つ。店員はラティファの前にお冷を置いた。

 ――大丈夫なのか、この店員は。

 まさかこの食堂での労働はそんな重労働なのだろうか。

「いや、まだなのだが、聞きたいことがあって。メニューのここにある生春巻きなのだが、肉は入っているだろうか? 入っているのなら注文を遠慮したいのだが」

「本来は鶏肉が入っていますが、抜いて作ることも出来ますよ」

 顎に手をやって、ラティファは軽く唸る。無粋だが、一度聞いてしまったし、まあいいのではないか。「では、それで頼めるか?」

 頷く店員。「はい、分かりました。……肉、嫌いですか?」

「好き嫌いというか、食べられないんだ」

「それはその、アレルギーか何かで?」

 宇宙という新たな生活圏は、人間の体に幾つかの好ましい影響と、それ以上の好ましくない影響を及ぼしている。歪な成長、宇宙空間に近いストレスによる未知の精神病等々。奇妙なアレルギーもその中に含まれていた。今や料理店や加工食品を販売する場合、強化現実(AR)による成分/材料/原産地の表示は常識となっている。メニューが物理的に存在しているこの店には当てはまらないが。

 ラティファは首を横に振る。「そういう訳ではないんだが……自分でもよく分からないが、食べられないんだ」

「そういうものですか――食事になさるのでしたら、生春巻きだけでは量が足らないと思うので、ライスもお付けいたしますか?」

 自分の腹具合のことを考える。腹が鳴りそう。必要だ。

「頼む――その、大盛りで」

 店員がくすりと笑う。「畏まりました。ライス大盛りに生春巻きで」

 さらさらと伝票を書くと、それを店員はラティファの目の前に置いた。こんな所までアナログ。

 ――まさか、現金が必要になったりはしないだろうな。

 現代において、現金の必要性は極端に薄いものとなっているが、こと宇宙においてその傾向は更に進んでいる。コロニーによって通貨が違う関係上、自動で両替をしてくれるオンラインでの支払いの利便性が跳ね上がっているからだ。

 ――大丈夫だろう、流石に。

 オンライン支払いを認めないということは、自ら両替を行う必要があるということだ。手間がかかり過ぎる。

 水を飲みながら、注文の到着を待つことにした。

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