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ヒトオオカミ・3

 現代――宇宙開拓時代において、民間軍事会社が果たしている役割は非情に大きいものとなっている。

 軌道エレベーターが建設され、人の輸送が簡単になり、月という資源基地を開発するために新・宇宙条約が締結された。この条約には、各国コロニーの非武装が内容として盛り込まれている。頭上を押さえられているというのは、地上の人間にとって大きな圧力であったのだ。コロニーの非武装条項は現在でも効力を保っている。

 しかし、人の存在するところに、争いは必ず起こる。銃が無ければ、包丁を使ってでも、人は人を殺す。

 最も大きな問題となったのは海賊行為である。宇宙開発の際に多く用いられた、宇宙用人型重機を用いての略奪行為に、武装を持たぬ人々は為す術もなかった。

 そんな状況で生まれた、抜け道といって良い解決策が民間軍事会社であった。条約に民間軍事会社の存在は記載されておらず、また必要性を多くの人が認めたことにより、黙認に近い形ではあったが、民間軍事会社は宇宙空間において唯一の軍事力となった。

 現代宇宙における民間軍事会社は、二〇世紀の終りに生まれたそれとは業務形態を異なるものとしている。

 武装を持った国軍が存在しないため、二〇世紀終りから二一世紀初めにかけて多く見られた、兵站の物流等の後方支援や、軍隊の戦略/戦術アドバイスや訓練の教導を行ったりはしない。メインとなるのは、護衛を含む直接戦闘と諜報活動である。

 当初はコロニーの依頼による宙域スペース・レーンの安全確保や、輸送船の護衛程度のことしか行っていなかったが、参入してくる民間軍事会社数の増大とトラブルの増大/需要の増大により、民間からの依頼も請け負うところが増えるようになってきた。その結果、場合によっては民間軍事会社同士の直接対立が起こることも少なくなくなってきた。悪質な民間軍事会社がマッチポンプとして自ら海賊行為を行うことも、それを助長している。

 現在、民間軍事会社のシェア争いは、時として直接の武力衝突も含めたある種の戦争と化している。ラティファ達が所属しているライブラ・セキュリティ・コントラクトは、シェア一位とはいかないが、業界大手ではある。エーテルギア製造を行っている三条工業等との垂直的業務提携により、エーテルギアに関して融通が効くことが強みとなっている。

 白いシャツにジーンズというラフな格好に着替えたラティファは、ホテルの一室に入る。そこはライブラの名前で取った部屋だ。シングルベッドのビジネスホテル。窓際に背の高い観葉樹があり、中央に小さな丸テーブルがある以外は概ね殺風景だ。この部屋はワイズマン用のもので、ラティファの部屋はこの部屋の隣に取ってある。

 ワイズマンは丸テーブルに着いていた。「よし、お前もそこに座れ」

 ラティファは椅子に座る。「いつ始めるんだ?」

「先方の準備が出来てないらしい。もうすぐだろうとは思うが」

「意外だな」

「クライアントよりは先に席についている必要がある。ビジネスって言うのはなんでもそういうもんなのさ」

 ラティファは辺りを見回して飲み物を探す。見当たらない。冷蔵庫の中には何か有るだろうか。「面倒なものだ」

「それはそうだな――どうやら、面倒も終わりみたいだ」

 ワイズマンが言うと、テーブルの上に小人が出現した。物理的な何かを持った存在というわけではない。強化現実(AR)が見せる、クライアントのアバターである。その証拠に二頭身というディフォルメした姿で、それはテーブルの上に現れている。

 アバターはどうやら本人を元にしたものらしい。丸々と太った東洋人タイプで、眼が糸のように細い。ハンカチを常に持っていそうなイメージをラティファはそれから得る。

「遅れて申し訳ありません。私、こういう物です」

 アバターはペコリと頭を下げると、名刺を差し出す動作と同時に、ラティファにデータを送ってきた。恐らくワイズマンにも送っているだろう。

 送られてきたのは、個人識別用のコード。電脳上での名刺のようなものだ。

 星海工業保安部部長・鴻 民命。

 それがこのアバターを使っている人間の名のようだった。

 今回の依頼は星海工業からライブラに持ち込まれたものだった。星海工業は中国資本の企業であり、自社ブランドを持たずOEMによる生産によって業績を伸ばしてきた。系列には、電子部品の製造を行う星海精密工業が存在する。

 星海工業は幾つものプラント――特定の目的に特化した、居住能力のない建造物を持っているが、今回問題となったのはその中の一つ。ラティファ達が居る島二号コロニーの近くに存在する封鎖プラントだ。封鎖プラントと言っても、完全に立ち入りが封鎖された無人プラントではない。OEM元からの依頼で、可能な限り製造物の情報を外に漏らさないために工員の外出や外部からの立ち入りに厳しい制限をつけるに限られている。

 その封鎖プラントに届けられる貨物が、何者かによって破壊されているのだ。貨物を運搬している無人輸送船が完全に破壊されていたため、破壊活動を行っている存在は完全に正体不明であり、情報は全く存在していなかった。初めての情報は、先のウェアウルフとの戦闘によるものである。

 正体不明の破壊者――ファントム。

 それはそう呼称された。

 主な貨物は封鎖プラントで使用する予定の資材だ。それが届かないことにより、封鎖プラントは殆ど動きを止めた。OEM元からは責任を求められる。そのOEM元が何処であるかということは、星海工業からライブラに伝えられてはいないが。

 独力での解決が不可能となった星海工業は、この事件の解決をライブラに求めた。具体的に求められたのは、破壊工作を行っているものの殲滅と背後関係の調査である。

 ラティファは卓上を見る。正確には、卓上の中空に展開されたウィンドウに映る映像を。ラティファが繰るウェアウルフから見た、ファントムの映像。戦闘記録。

 映像を、卓上の鴻は見上げるようにして見ている。

「これは――これが、ファントムの正体ですか?」

「そうだ。他に該当するものは居ないだろう」

 ラティファは存在に応える。言葉遣いの方は、通信上の翻訳機構が勝手に処理するので気にしていない。

 ワイズマンは無言。ただ、視線は映像ではなく鴻に向けられている。表情は岩を削り出して作ったかのように硬い。

「映像情報以外に目標の一部を持ち帰ることが出来た。情報は解析中だが、結果はすぐに出る」

「そうですか。それは安心ですね」

 ワイズマンは頷く。「ええ、期限までには片をつけられるでしょう。安心して待っていてください」

 その表情は先までとは違う。笑顔。それも売り物に出来るくらいの。先の表情との落差を、ラティファは薄気味悪く思う。

 期限。この依頼は、期限が差し迫っている。星海工業は、OEM元から解決が遅れれば訴訟を起こすと言われているのだ。契約によるとこの手のトラブルは星海工業持ちということになっている。訴訟に入ったら、莫大な賠償金を払うことになる。その前に裏で手打ちにすることになるだろうが、どちらにしろ、莫大な金がかかることに変わりはない。

 期限はあと七日。余裕は然程ない。

 動画が止まる。ウィンドウは虚空に折りたたまれるように消滅した。

「それでは、後はよろしくお願いします」

 鴻に向かってワイズマンは頷く。「ええ、依頼は完遂してみせます。我々(ライブラ)にお任せください」

 ラティファもそれに習う。「やるだけのことはやろう」

 鴻はログアウト。ホテルの部屋には二人だけが残った。

 僅かの沈黙。

「どうもクサいな」

「どういうことだ?」

 ラティファは首を傾げた。事態が自分の居ないところで動いている。エーテルギアを繰る以外、特に技能のないのだから当然とも言えるのだが。

「鴻 民命。あの男は何か知ってる――ってことさ」

 ラティファは立ち上がって冷蔵庫を開ける。「分かるものなのか? そういう事が」

 冷蔵庫の中には、瓶入りのコーラが数本とビールが一本入っていた。コーラを一本取り出す。

「私にも一本」

 言われて、ラティファは瓶と栓抜きをワイズマンに投げる。放物線を描くそれを、ワイズマンは両方キャッチ。

「栓抜きが必要なタイプか。旧世紀に絶滅したもんだとばっかり思ってたがな」

 炭酸飲料と自分の分の栓抜きを持って、ラティファは席に戻る。「物好きがいたのだろう。利便性よりクラシックさを求めるような人間が」

 栓を抜く。内側から押し出すような音と、液体が弾ける音がした。喉に流し込むと、棘が刺さるような強い炭酸と液体の冷たさが身に入る。

「物好きに感謝したいね。なかなか美味い」

 同じように喉を冷やしたワイズマンが言う。

「確かに」

「それで、なんの話だったか?」

「鴻 民命が何か隠し事をしている。それが何故分かるか、だ」

「ああ、そうだったな」

 もう一口、ワイズマンはコーラを含んだ。続ける。

「対面している時ほどじゃないが、口調、語の選び方、間の取り方で分かることもある。何も隠していない振りをするのはそれなりに出来るが、あの男はどうもそういうタイプじゃなさそうだ」

「……確かに」

 鴻 民命のことを思い出す。アバターのみであったが、どうも気弱でいつも汗を拭いている男の印象がある。

「一概には言い切れないが――」

 ワイズマンは言葉を切る。通信の要請が来ていた。それはラティファにも同じように届いている。名義はカトレア・カトレット。ラティファは参加を許可。

 机の上に先とは別のアバターが現れる。ウェーブの掛かったロングの金髪に碧眼の女性、メガネをかけていて、その内の眼はゆったりと垂れている。

 それが概ね、カトレア・カトレットを模したものであるとラティファは知っている。一番の違いは、アバターが可愛らしい印象なのに対して、彼女本人は美しいというカテゴリに入ることだ。

 カトレア・カトレット――ライブラ・セキュリティ・コントラクトの後方支援担当者。ネットワークを介した情報収集のエキスパート。超一級の砕氷師アイスブレーカー

「ラティ、ワイズマンさん。分析結果の方出たんで持ってきましたよ」

「流石に早いな」

「時間制限付きって言うから、皆にちょっと無理してもらっちゃった」

 ラティファに対して、カトレアは片眼を閉じて舌を出した。無理をしてもらった、がどの程度なのかを想像するのは辞めておくべきだろうとラティファは思う。

 ワイズマンはコーラを飲む。中味はもう空に近い。「で、解析結果の方はどんな感じなんだ?」

「はいはーい、出しちゃいますね」

 机の上に再度ウィンドウが開く。ウェアウルフが斬り落としたファントムの腕部と、戦闘映像から収集されたデータが転送され、詳細に表示される。同時にラティファは転送されたデータを脳内の電脳に保存した。

 該当する既存の機体は無し。分かりきっていたことだ。しかし、既存の機体か否かと同程度には重要な情報が表示されていた。

 細かいパーツの癖、組み上げ方等から推察される、このエーテルギアをデザインした企業の名前だ。

「アドバンスド・テック……」

 ラティファはその名を思わず呟いていた。

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