ヒトオオカミ・23
宇宙生活者には絶対のタブーが幾つか存在する。
その中の一つが、コロニーへの攻撃だった。民間軍事会社だろうが海賊だろうが、コロニーを直接攻撃することはしない。至近での戦闘すら避ける。射線上にコロニーが入れば射撃はしないし、コロニーを盾にするのは最悪の行為である。
何故ならば、コロニーは酷く脆いからだ。微妙なバランスを保っているコロニーは、外壁に穴が開くというような重大な被害でなくとも、問題を生ずる。そして、その問題は間違いなくコロニーの中に居る全ての人間の命に直結する。百万を超える人命だ。
空気絡みのシステムが止まれば、皆が死ぬ。太陽光発電システムがダメージを受ければ、空気関係ほどではないもの、人が死ぬ。コロニーとは、常に動くことによって安定している独楽のような存在なのだ。止まれば倒れる。
そして、その被害を真っ先に受けるのは、戦闘とは全く関係がない人間である。
コロニーを攻撃したものは、徹底的な非難を受ける。多くの民間軍事会社による攻撃が行われるし、そんな行為をしたものに手を貸す人間は居ない。
それが、無慈悲な宇宙で生きる人間の、暗黙の了解だった。
「攻撃だと!」
「ニュースを見てみろ!」
ワイズマンに言われて、ラティファはニュースを確認する。エーテルギアによる攻撃。記事にはコロニー外部カメラで撮影中の動画が添付されており、再生されているそれには攻撃しているエーテルギアの姿も映っている。
真紅の枯れ枝が組み合わさって出来た、異形の五本爪。そんな腕と同型の脚。同型のサブアームが一本。球形の頭に六つの光源。
ファントム――
ラティファが斬り飛ばした腕は、サブアームを移植することで直したようだ。
ファントムは腕の爪をコロニー外壁に突き立てていた。熱したナイフとバターででもあるかのように、爪はやすやすと外壁を切り裂く。コロニーの内容物が、空気と一緒に宇宙空間に投げ出される。
投げ出されているのは、機械部品が圧倒的に多い。大きさの関係から最も眼につくのは、修理用のオートマトンだ。まるでボールの入った籠を投げ出したかのごとく、宇宙空間に向かって飛んでいる。
――つまり、襲われているのは……
「ワイズマン!」
「どうやら、敵さんはこっちを直接狙ってきたらしいな。どの道、コロニーに対する破壊活動を見逃しておくわけにもいかないんだ、行くぞ!」
ラティファとワイズマンは立ち上がって、走りだした。
修理用のオートマトンがあそこまでたくさんある場所など、早々あるわけではない。コロニー外壁に限りなく近い場所ともなれば、候補は唯一と言ってもいい。輸送船やエーテルギアが停められているドッグだ。
ファントムは、無人のエーテルギア――ウェアウルフを破壊するべく、コロニーに攻撃を仕掛けてきたのだ。
「だが、何故だ?」
時折起こる揺れに足を取られながらも走り、ワイズマンは問う。
「何故、ファントムは私達がまだここに居ると知っている――?」
あちらの視点からすれば、交戦したエーテルギアが島二号コロニーに居るとは断言できないはずだ。即座に手を引いた可能性。エーテルギアの整備が可能な船で来ている可能性。幾らでも可能性はある。ワイズマンはそう言いたいのだろう、とラティファは考える。
そしてもう一つ。ラティファはワイズマンに問う。
「何故、今日になって襲ってきた? 襲撃するのなら、このコロニーに来た当日のほうが妥当だろう」
何故こんな中途半端な日数が経ってから――
走り、汗を流しながらワイズマン。「今日になって、ここに私達が居ることを知った……って辺りか」
血の気が引くのが分かった。
――今日になって、知った?
自分達が――民間軍事会社がここに居ることを。
今日の昼食時の会話を思い出す。正確には、別れ際の会話を。
足が止まった。
「おい、どうした?」
ワイズマンも足を止めた。揺れは断続的に続いている。攻撃は続けられている。足を止めている暇が無いのは理解していた。理解していて尚、一時的な衝撃がラティファの体を止めていた。
「さっさとしないと……」
「……分かったんだ」
前を見ることが出来ない。拳が震える。思い出される彼の言葉。全てが繋がり、納得を得ていく。認めたくないが、理性では分かってしまっていた。あまりにも明白。
裏切られた。そう言う思いがある。そんな人間ではないと思っていた。こんなことには関係の無い人間なのだと。一方的だと理解しても、尚。
――それが君の、誠実であることなのか?
そうであるならば――
「分かったって、一体何が」
ワイズマンに対して、ラティファは答える。
「ファントムに乗っているのは……李 鳳林だ」




