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ヒトオオカミ・22

 当然。矢張り。自明の通り。

 趙 山哲は死んでいた。急に倒れて、そのまま。死因は脳卒中か何かということになるだろう。ありがちな突然死。

 無論、真相は違う。ICEと同時に仕組まれていた、電脳用コンピュータウィルス。それが起動されて、電脳――脳内に巣食うマイクロマシンを異常動作させた。マイクロマシンは脳の血管を破壊し、脳出血を引き起こす。死に至るダメージ。

 あの男――デイビッド・セーファーがやった事だ。あの時押した強化現実(AR)上のスイッチ。あれが電脳ウィルスの起動スイッチだった。笑って人を殺したわけだ。

 鴻 民命に連絡を取り、確認した結果がこれだった。鴻は情報を出すことを渋っていたが、アドバンスド・テックが関わっていることを話して情報を引き出させた。それ以外の情報も同時に得られたのは良かったが――

「糞ッ!」

 ホテルの部屋内で、ワイズマンは吐き捨てる。熱く、同時に焦げ付いていく感覚があった。怒りと焦燥。

 部屋中を歩きまわり、頭を掻き毟る。痛みを覚える程の強さ。

 怒りは、己とあの男――デイビッド・セーファーに対するもの。

 予想できたはずだ、そうワイズマンは思う。ICEから、背後に何かが居ることに気づいた。ならば同様に、その何かが他にも仕込んでいる可能性について気付くべきだったのだ。あまりに軽率な行動。彼の死は、自分も責任の一端を負っている。また一つ、背に死人が乗った。自分を押し潰しにかかる死人が。

 焦燥は今後について。

 他の重要な証拠を握っている人物にも、このウィルスは仕掛られているはずだ。同じような手段に出られた場合、こちらとしてはアドバンスド・テックを追い詰める証拠が得られない。

 ――向こうに気付かれずに証人を保護して、ウィルスを除去するしかないだろうな。

 ウィルスの除去自体は一時間と経たずに可能だ。さして難しくない。問題はアドバンスド・テックを詐術にかけることと、そんな証人が未だに存在するのかということにある。趙 山哲を殺害した時点で、それ以外の人間にも同じことをしたと考えるほうが自然であるからだ。

 アドバンスド・テックの計画は、全てを掃除する時期に来ている。民間軍事会社は掃除のために呼ばれたのだから当たり前だ。

 ――今の時期まで生かしておく必要のある人間で、アドバンスド・テックの関与を証言可能な人間。

 そんな人間が、残っているのだろうか?

 額に滲む汗。詰んでいるという実感。泥沼に嵌められた。どうにかしようと足掻けば足掻くほど、深みに嵌っていく。出ることは出来ない。

 アドバンスド・テックの言うとおりにすれば良いのではないか――? そんな考えが一瞬頭に湧いた。

 ――それだけは駄目だ。

 首を横に振る。それをしてしまったら、失う。自分だけでなく、ライブラも。

 面子。自負。誇り。或いは己が己であるということ。

 だが、勝ち筋の見えない今そんな事を言ったところで、ただ間抜けなだけではないのか? 吠えるだけの負け犬。ライブラの構成員としては、そういう判断もしなければならないのかもしれないが――

「……どうした、ワイズマン」

 背後から声。志向に集中していたとはいえ、あまりに無防備な自分に愕然とした。

 ――冷静になれ。

 そう、言い聞かせて振り返る。

 振り返った先に居たのはラティファ。当たり前だ。この部屋に真っ当に入ってこれるのは、ラティファぐらいのものなのだから。

「ラティファか……説明するよりも、データを送ったほうが早い」

 電脳を介して、自分が得た情報を纏めて送る。秒という単位を待たずに転送が完了。ラティファはそれを受け取って読み始めたらしい。すぐに顔色が変わった。

「ここまでするか……」

 苦いものを噛み締めているかのような表情。潔癖な部分が抜けきらない彼女には猶の事厳しいものがあるだろう。

 よくある事、ではある。それを許せるかどうかは、別の問題だ。本来許されざる行為であるはずの殺人は、二四時間に何件起こっているのか。

「李 鳳林……?」

 ラティファが言った。

 ――李 鳳林?

 そんな名前が、今渡した資料の中にあっただろうか。検索する。ヒットするのは、死者の名前だ。件の封鎖プラントの火災による、唯一の死亡者。

「それがどうかしたのか?」

「いや、何と言うか、恐らくは別人の筈だ。私がつい最近会ったのは」

「会った――?」

 なるほど、それは同姓同名の別人の筈だ。普通ならば。

 だが、この火災は普通の事故ではない。この件に工員が関係していて、ファントムが持ち出させたのだという前提から見れば、これは工員による意図的なものと見るのが普通。火災の規模に対して被害者が極端に少ないことも、その見方を後押しする。

 その火災における死者とは――?

 逃げ遅れた間抜けか、或いは。

「詳しく話せ」

 ラティファを席に着かせ、自らも席に着いた。

「多分、偶然だぞ?」

「その偶然に頼らなければならないほど、今の私達は困窮した状況にあるんだよ」

 頷くラティファ。「……分かった。話す」

 ラティファは上を見た。

「此処に来た時に、ラーメン屋に行ったと言っただろう?」

「ああ、言っていたな。そう言えば」

 メニューの一番上がラーメンだったら、それはラーメン屋だ。そんな事を言ったような覚えがある。

「そこでアルバイトをしていた少年だ。年齢は、恐らく私よりも多少上」

 資料を参照する。火災で死んだ方の李 鳳林も同じくらいの年齢だ。これは本格的に、同一人物かもしれない。

 李 鳳林は火災の際に、死を偽装された。

 ――だが、そうなると疑問があるな。

 少年を社会的に殺して、何をさせたかったのか。死なせることも、死者を生かせることも、それなりに面倒が付き纏う。そんな面倒なことをする必要とはなんだったのか。

 まさか本当にただの偶然とは――

 そう思考したとき。衝撃がワイズマンを、ホテルを、いやコロニーを襲った。横揺れ。鍛えた人間による中段蹴りを細い樹木が受けたような、強烈な一度の揺れ。

 備え付けられていない家具が反対側に吹っ飛ぶ。ガラスが割れる高音が連続。冷蔵庫が開き、飛び出したコーラ瓶が割れた。固定されているテーブルに、ワイズマンは縋りつく。ラティファはそれが間に合わず、派手に転んだ。

 地震か? いや、地震なら短い揺れの後に、強烈な揺れが波として続くはずだ。こんなことにはならない。そしてなにより、コロニーに地震は起こらない。

 状態を起こし、頭をさするラティファ。「一体何が――」

 更にもう一度。同じ規模の揺れ。

「ぐ……」

 今度は二人共、テーブルの足に縋りついて耐えた。コーラの甘ったるい匂いが鼻につく。こんなものがいつまで保つかは分からない。

 一体何が起こっているというのか。電脳を介してニュースを見る。真っ先に目に入った記事に、ワイズマンは頭を叩かれた。

「馬鹿なッ!」

 吐き捨てる。

「コロニーに攻撃だと!」

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