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ヒトオオカミ・2

 斬り落とした敵機の腕を抱えたまま、ウェアウルフは宇宙を飛んだ。輸送船の偽装をしていた時と違ってアライメントチューナーと全てのプラズマ・ロケットが使えるので、その速度は先ほどとは比較にならないほど高速である。

 抱えた敵機の腕を、ウェアウルフ頭部のメインカメラと、胸部のサブカメラ越しにラティファは見た。

 分かっていたことだ。戦果は十分と言える。ラティファの理性は、そう言っている。だが――

 ――仕留め損ねた。

 想いはそう言っていた。

 ノーマルスーツの更に奥、身体の中心が膿んだような熱を持っているように認識している。軽く唇を噛んだ。

 あの機体を今回倒す必要はない。そんなことは分かっていたが、倒せるのなら倒せたほうが良いに決まっている。ラティファはそのつもりで行った。倒すつもりでいた。

 同時に、そんな自分に寒気を覚える。

 好き好んでこうなったのでは無いはずなのに。これではまるで獣だ。牙を剥き出しにした人外のものだ。

 倒すつもりで行って倒せなかった。自分の実力の過信。漕艇場の実力と現実の解離に対する恐れ。自己への不安と嫌悪。敵への苛立。その全てであり、その全てに届かない。もどかしさを覚える。

 それを持て余したまま、ラティファは目の前に巨大な建造物を見つける。

 中央に棒の通った、途方もなく巨大な車輪とでも言うべき代物だ。棒の方端、ラティファから見て上方には、傾いて設置された円盤状の鏡が。下方には数枚の太陽光発電パネルと、それを纏める発電機があった。

 巨大な車輪は俗に言うドーナツ型コロニーである。ラティファの強化現実(AR)に表示された名前は、島二号。中華人民共和国に属するコロニーだ。

 島二号との距離を確認すると、ラティファはウェアウルフの速度を落とした。ゆっくりと近づき、車輪外縁部の一部を捕捉する。そこは予めライブラで借りてあった、レンタルドッグだ。

 内部に入り、備え付けられたケージにウェアウルフをセットする。持ってきた敵機の腕は、近くに置いておいた。直に、無人作業機が分析装置のところまで持っていく。レンタルドッグにはメンテナンス環境も揃っており、給弾作業やシステムメンテナンス、燃料補給などは専門の整備員無しでも行えてしまう。

 ウェアウルフ胸部のコクピットから出ると、ラティファはドッグの出口まで泳いだ。ドッグ内部はまだ無重力空間だ。スーツの動力に頼る必要がある。

 ドッグからコロニーの内部に入った瞬間、体にかかる気圧と重力をラティファは感じた。減圧などはスーツが自動で済ませてくれるようになって大分楽になったとは言え、多少の違和感が残るのは事実だ。脳髄の中にマイクロマシンを埋め込んでネットワークと直接繋がって尚、人間は身体感覚から自由になれない。

 一般居住区に続く廊下で、ラティファはヘルメットを外して大きく首を振った。後ろで一纏めにしている長い白髪が暴れて、汗を振りまいた。

「よう、お疲れさん」

 前方から声をかけられて、ラティファはそちらに目をやる。

 廊下の前方に、長身の男性が立っている。

「ワイズマンか」

 ラティファは廊下を歩き始める。

 声をかけられて、男――アーデルベルト・ワイズマンはにやりと笑った。

 縦に薄いストライプの入った濃紺のスーツを着ており、絞めているネクタイはエンジ色。顎鬚と口髭を生やしており、髪も髭も黒い。体格はごついという程ではないが、それなり以上の鍛え方をしているのが見て取れる。

 サングラスをしており、目元の表情は見えない。そうなると体躯や服装から恐ろしい印象を与えそうなものだが、この男の場合は口元に浮かべられた笑みのせいもあって、むしろ人懐こいという印象を受ける者が多いだろう。

 それが真実であることも、偽りであることもラティファは知っている。

 ワイズマンはライブラ・セキュリティ・コントラクトの諜報部門に所属している男だ。ライブラにやって来る前のことを知っているものは極々僅かであり、アーデルベルト・ワイズマンという、普段用いている名前が本名かどうかも分からない。恐らく偽名であろうとラティファは思っている。

「首尾はどうだった?」

 ラティファが自分の隣まで来ると、ラティファに歩調をあわせてワイズマンも隣を歩き始めた。

「機体の目視情報は持ち帰ったし、敵機のサンプルも持ち帰った。――上々と言ったところだな」

「本当にそう思ってるのか?」

「何が言いたい」

「首尾は上々だった――って割には、随分とむっつりしてるからな」

 はぁ、とラティファは溜息を吐いた。

「個人的な問題だ。何と言うか、すっきりしない。倒せると思って倒しにかかって、逃げられたというのはな」

「なるほど」

 ワイズマンは頷く。

「まるで獣だな」

「それが嫌だ、というのもある」ラティファは溜息。

「おう、乙女を気取るか」

 ワイズマンの、左の口の端がいやらしく釣り上がる。自分の目がスリットになるのを、ラティファは感じた。

「そう名乗ってもいいはずだが」

 はは、とワイズマンは笑う。

「いつもツンケンしてるからな。そういうものに好んでなってるものだとばかり思っていたさ」

「好きでやってるわけじゃあ、ない」

「そうかね? 実感として、多かれ少なかれ、私達みたいな仕事をやる人間は、こういうことが好きなものさ」

 足を止めて、ラティファはワイズマンを見上げるように睨みつける。

「私は――」

 ワイズマンも足を止めて、ラティファを見下ろす。「それが悪、というわけじゃない。あまり気にするようなものではないさ」

「そういうことじゃない。そういう事じゃあないんだ」

「じゃあ、何か。他の何かになりたかったとでも? 今更言ったってどうしようもないだろうが」

 ラティファは沈黙する。

 自分のことが透けて見られている感覚。この男が恐ろしいのか。あるいは、自分がガラスもかくやとばかりに見通しやすいのか。

「さて、次はクライアントに報告なんだが――」

「先にシャワーを浴びさせてほしい」

「さよけ。まあ遅くなりすぎるなよ」

 そう言ってワイズマンが歩いて行くのを、ラティファは見送った。

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