ヒトオオカミ・19
翌日。
ワイズマンはアドバンスド・テック社、島二号コロニー支局に居た。部屋は前日と同じ。相対しているのも前日と同じ。笑う男。デイビッド・セーファー。
ソファに腰掛けたセーファーは、両手をあげた。やれやれ、とでも言うように。表に浮かぶのは皮肉な笑み。
「まさか本当に翌日に来るとは思いませんでしたよ」
「まぁ、一応の目星はつきましたのでね」
「ほぅ」口の端を歪めた。
同じ動作で返す。「まぁ、色々省いていきましょう。貴方がたが言いたいことは、要約すればこうだ。自分達を見逃しても何の問題もないから、見逃せ。それが互いのためになる」
腕を組むセーファー。「おっと、ちゃんと辿り着いたようですね。では、聞きましょう。それに対して、貴方がたライブラ・セキュリティ・コントラクトはどのように答えるというのですか?」
「決まっていますね。巫山戯るな、と返答させてもらいます」
「おや、それは予想外でしたね」
セーファーが返す言葉に深刻感は無い。こちらとしては、どちらでも構わないとでも言いたいかのように。
「一言でいうと、貴方がたのやり方が気に食わない――ということになりますね」
「良いのですか? そんなことをしても、面倒なだけですよ?」
眉をひそめるセーファー。あからさまな演技。言いたいならば言わせておく。こちらも言いたいように言うだけだ。
「私はですね、自分の生きたいように生きるために民間軍事会社に居るようなものでしてね。そういうのを面倒と言って切り捨てると、自分が何をしているか分かりはしなくなるんですよ。そういうことです。」
「そうですか。残念ですね。貴方がたの実力なら、今後のお付き合いも考えられたのですが――」
戯言を。ワイズマンは笑う。
「評価は実力を示すことでつけられるものです。全てに勝利することで、示させてもらいましょう。私達の実力をね」
「その意気や良し……と言わせてもらいましょうか。ですが、まぁ私達も負けるわけには行きませんし、相応の対処をさせて頂きましょう」
言うと、セーファーは強化現実上に簡単なスイッチを出現させると、それを押した。スイッチは押され、霧散する。
「一体何を……」
「何を? ふふ、お分かりにならないのですか?」
セーファーはこらえ切れないとでもいうかのように、笑う。
「何を、とはお笑いだ! 決まっているでしょう、相応の対処ですよ」
相応の対処――?
今の場合、対処するべきはアドバンスド・テックの関与が確定する情報についてだ。
――となると……
ワイズマンは息を呑んだ。まさか。
「貴様ッ!」
立ち上がり、セーファーの胸元を掴む。腕が震えた。無理やり立たされたセーファーは笑ったままだ。
「おや、どうしたのですか?」
「貴様、まさかあの男を……!」
その問に、セーファーは白々しく答えた。
「まぁ、お察しの通り――だと思いますよ。確認してみたらどうですか?」
まさか――そこまでするとは。
セーファーは薄ら笑う。魔王の笑みではない、へらへらとして掴み所のない死霊の笑み。
「予想していなかったと言うのですか?」
「――!」
ワイズマンは言葉を返せない。ああ、そうだとも。予想などしていなかったとも。アドバンスド・テックが全ての絵図を引いている以上、この程度のことは予想して然るべきであったのに。
「まぁ、病死として判断されることでしょう。最近多いですしね、突然死。そうなるように仕向けているからというのもあるのですが」
懐の銃を抜きたい衝動に駆られる。
――止めろ。
そんな事をしても意味はない。分かってはいるが――
冷やす。心中で、溶岩のような怒りを。言葉を搾り出した。
「この落とし前は、必ず付けさせてやるからな」
「どうぞ、やってみてください。やれるものなら、ですが」
出来るはずがない。セーファーの笑みはそう言っている。やってやるさ。ワイズマンはそう返す。
投げるようにしてセーファーの襟元を離し、部屋を出た。同時に、連絡をとる。
――奴の言うとおりにするのは癪だが……!
歩きながら、連絡を待つ。足がワイズマンの怒りを写して、地を激しく叩く。
連絡を取ろうとしている相手は、星海工業・鴻 民命。




