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ヒトオオカミ・18

 ホテルに戻り、ワイズマンの部屋に行く。そこでラティファは一通りの話を聞いた。封鎖プラントで得た情報。アドバンスド・テックのデイビッド・セーファー。そしてそれらからワイズマンが組み立てた推測。

 ――恐らく、間違いはないだろう。

 ラティファはそう思う。情報の集積、処理に関してはワイズマンのほうが圧倒的に上の力を持っている。信頼しても問題はない。

 それらから得られた結果=アドバンスド・テックが糸を引いている。

「気に食わない」ワイズマンはそう言った。

 それはラティファも同じだった。

 ワイズマンは、アドバンスド・テックが全てを操った/操れるつもりでいるのが――特に自分を操れるつもりでいるのが気にくわないのだろう。そういう人間だとラティファは理解している。

 ラティファは違う。

 アドバンスド・テックの有り様が気に食わない。そういうことだ。

 アドバンスド・テックは強者だ。絶対的。それが最も弱いものを犠牲にしている。そしてそれを当然と認識している。

 罪悪感を持つでもなく、愉しむでもない。機械が小麦を粉に挽くように、弱者を踏みつぶしている。

 自分が想定したどれでもない有り様。

 嫌な有り様。

「私も、気に食わない」

 椅子に腰掛け、ベッドのワイズマンに向かって言う。

「随分とまぁ、分り易い理由であるな」

「言うがいいさ。私も気に食わない、それだけだ」

 ワイズマンは鈍く笑みを浮かべた。

「色々あれど、そういうことだな。アドバンスド・テックに一泡吹かせる――そうなると、残る課題はアドバンスド・テックが絡んでいるという証拠が必要だということか。言い逃れが不可能な、完璧な奴でないと弱い。証人か、電脳記憶か」

 それともう一つ。

「それとは別に、ファントムを倒す手段も必要だろう」ラティファは言う。

 言われて、ワイズマンはきょとんとした表情をラティファに向けた。

 寝転がったまま問う。「何だって?」

「いや、あの透明化について、何も分かっていないだろう」

 ――何を言っているんだこの男は。そんな事は前提として分かっていたはずだろう?

「あ、ああ、そうだったな……」

 寝転がったまま、ワイズマンは目を虚空に泳がせていた。

 もしやこの男。「まさか――」

「なんと言うか、意識を割くのを忘れていた……アドバンスド・テックの方の前提でも、ファントムが倒れるのは前提だったし……なぁ?」

「うわぁ――」

 何が、なぁ? だこの男は。半目で見る。

「いやいや、そもそもそれは私の仕事じゃあないだろう エーテルギア繰はお前の方が専門だろう」

「出来ないから、こうなっているんだろう」

 ラティファも頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

 これでは駄目だ。ファントムを倒し、アドバンスド・テックにも一泡吹かせる。そのための条件が揃っていない。

 ――糞……。

 テーブルに拳を打ち付けようとしたその時だった。

「はいストーップ!」

 声がした。テーブルの上から。顔を上げる。ラティファが拳を打ち付けようとした、まさにその位置に、カトレアのアバターが立っていた。

「カトレア……」

「許可も無いのに、よくもまぁ入ってこれるものだ」

 ワイズマンに向かって、カトレアは返す。「そこはまぁ、色々と。砕氷も出来る私には、簡単なハッキングですからね。ちゃんとセキュリティやっといたほうが良いですよ? それにしても……」

 カトレアのアバターは溜息を吐いて、やれやれと首を振った。

「こんなことになってるんじゃないかと思いましたよ、ええ」

「どういうことだ、カトレア」

 今度はラティファにアバターを向ける。「だってね、ラティ。ワイズマンさん、後はこっちでやるから大丈夫だーなんて言ったんだよ。まだ解析結果完全に出てないのに」

「ああ、そういえばそんなことも……」

 半目になるラティファ。「大丈夫なのか……ワイズマン」

 カトレアも不信の眼を向ける。「本当にですよ、ワイズマンさん」

 気まずそうに、ワイズマンは目を逸らした。「だから、本職じゃないんだって。流しておけよ」

「流して大丈夫なのか」

「流させろ……。カトレア、お前が此処に来たんだ、何か意味があってのことだろう」

 カトレアは柏手を叩く。「そうです。解析が一通り終わったので、その結果を伝えようとしに来たんですよ」

「と言うことは、分かったのか。透明化の理屈が」

 カトレアのアバターがくるくると回った。

「推測だけどね。それじゃ、出すよ」

 テーブルの上に表示されるウィンドウ。そこには、ウェアウルフとファントムの戦闘記録が流されている。記録は終了間際のもの。ファントムが透明化した時点で記録は止められる。

「ここの時点で、周囲の宇宙空間のエーテルに異常が見られます」

 ウェアウルフ内部のエーテルスカウター。その記録が、ウィンドウ上にポップアップ。確かに、通常使用しているだけの時とは異なる。ラティファはそう見た。

「エーテルギアに明るくない私からするとよく分からないんだが、それはつまりどういう事なんだ?」

 ワイズマンに向かって、ラティファが答える。

「つまり、ウェアウルフ以外にエーテル干渉を起こしているものが居る。それが計器上で見えている、ということだ」

「ウェアウルフ以外――ファントムが、エーテルを使っている、ということか」

 頷くのはカトレア。「そうです。あの透明化は、純粋に光学的なものではなく、エーテル干渉を用いて行われているということです」

 ウィンドウの表示が変更される。

 新たに映しだされるのは、複数の案だ。

「エーテルを用いた透明化。幾つかのプランが想定されましたが、検討の結果私達が最も可能性が高いと推測したのがこれです」

 案の中の一つが大きくなる。

 ラティファが呟く。「エーテルと強化現実(AR)による迷彩……?」

 カトレアが頷く。「そう。これから説明するね」

 ウィンドウの代わりに、テーブル上にファントムを模した立体映像が表示される。しかしそれは実物を忠実に再現したものではない。

「なんと言うか、寸足らずだな」

 ワイズマンの言うとおり。その立体映像は二頭身半程度にファントムをディフォルメしたものだった。頭が大きく、手足が極端に小さい。心なしか、全体的に角が取れても居る。アバターに似た雰囲気を出している。

「これぐらいの方が可愛くて良いんですよ。大体、忠実に再現する必要もないんですから」

「まぁ、それはそれとして、続きを頼む」

 ラティファに言われて、カトレアは頷く。

「それもそうね。では、この立体映像を見てください」

 ファントムの周りに緑の渦が巻く。まるで気流に色をつけたようだ。緑の渦の中で、ファントムがバタバタと手足を動か、ぎゃーという気味が悪いのか可愛らしいのか判断に迷う声を上げた。

「この緑の渦が、エーテルだと思ってください。それで――」

 ファントムの機体各部から、赤い塊が噴出し、周囲の緑を着色する。出来上がったのは、赤い壁だ。

「これがエーテル防御。赤い壁が停滞した空間ですね。で、この表現でのエーテルによる迷彩は――」

 立体映像が初期状態、ファントムの周りをエーテルが渦巻いている状態に戻る。

 ファントムからエーテルが吐き出され、今度は色の薄い何かが吐出される。それらは薄くなり、ファントムの周囲に纏わり付いた。

「この状態になります。停滞状態の壁を作るのではなく、熱や電波などを、エーテルを使って遮断する、ということですね」

 ファントムが口を大きく開ける。恐らくは鳴き声を上げているのだろうが、それが外に膜の外に居るラティファには聞こえない。もっとも、実際の宇宙空間では音は伝播しないわけだが。

 ワイズマンが首を捻った。「だがこの状態だと、肉眼からは見えるんじゃないのか? 私達は肉眼でもファントムを見失ったはずだが」

「それに関しては、このエーテルの色が関係しています。ラティは分かると思うけど、エーテルは本来不可視なんだけれど、強化現実(AR)で見ることが出来るようになるの」

「ああ、私の人喰マンイーターが作るブレードは赤い光になるな」

 それを聞いて、ワイズマンが言う。

「なるほど、分かった。つまり、周りの風景を模したものとして強化現実(AR)上で認識されるエーテルの色が付いている……ということか」

 肉眼で、とワイズマンは言ったが、純粋な肉眼で宇宙を見るものは早々居ない。エーテルギア内で見る宇宙は、カメラと強化現実(AR)が造りだした映像なのだ。だからこそ、このような誤魔化しも可能になる。

「はい。エーテルは色だけでなく、攻撃用の中には炎や稲妻を模したもののような複雑なパターンを示すこともありますから、周囲の風景ぐらいならやれるのではないか、というのが私達の推測です」

「勝手に名付けるなら、ARステルスってところか。で、その状態に入っているファントムを索敵して見つけ出すことは出来るのか?」

「無理です」

「何?」

「だから、無理です」間髪入れずに言うカトレア。

 ラティファ。「流石に時間が足りないか」

 カトレアがウィンドウを消した。「それもあるけど、情報も戦闘記録だけだし、迷彩……ARステルスに関しても結局は推測だし」

 ワイズマンが頭を掻いた。「仕方ないか……星海工業の方に資材を見せてもらえば、ARステルスが使用されていることぐらいは証明されるかもしれないが」

「その破り方とまでいくと、難しいですね」

 カトレア・アバターが表情を険しくする。

 いや。ラティファは首を振った。

「相手が攻めてきてから、ならなんとかなる」

「ラティ、それ本当!?」

 驚くカトレアにラティファは言う。「ああ。だが、今から索敵してファントムを発見することは不可能だ」

「いや、撃墜の算段がついただけでも十分だ。だが、カトレア。お前にはもう一度手伝ってもらうかもしれない」

「はい、なんでしょう」

「場合によっては、砕氷を頼むかもしれない。その域まで行けるかどうかは分からないが、時間も無いしな」

「任せてください。砕氷なら、自信有りますしね」

「ああ、頼んだぞ」

 ワイズマンに向かって、ラティファが問う。「砕氷の相手は……」

「さっき言った、封鎖プラントの工員、趙 山哲だ。アドバンスド・テックが裏についている確実な証拠となると、そこぐらいしか見当たらないからな。アドバンスド・テックが騙していることを告げられれば、協力を頼むことも可能かもしれない。だが――」

 ワイズマンが舌を打った。

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