ヒトオオカミ・17
ラティファの右手にはアイスクリーム。コーンに二段。濃い茶のチョコレート、マイルドな緑のメロン。甘さの質が違いすぎて合わないと気づいたのは、アイスを手にとってからだった。食に関して無計画である。
――まぁ良いか、甘いし。美味しいし。
上に乗っているチョコレートアイスを口に含みながら、島二号コロニーの市街を歩く。僅かな苦味が引き立てる強烈な甘味。冷たさによる舌の麻痺を超えて、脳に届く甘さ。痺れる。
行き交う人の波を見ながら、ラティファは歩く。
――この人達は、どんなことを考えて生きているのだろう。
弱者を傷つけることに、目を背けているのか。
弱者を傷つけることから、快楽を得ているのか。
或いは――そんな自分に傷ついているのか。
それ以外か。
勤め人と見える、スーツ姿の男が歩いている。忙しい動き。何を急いでいるのだろう。あの男は、どんなことを思っているのだろうか。
チョコレートアイスを食べ終えて、メロンアイスに取り掛かる。色と同じマイルドな甘さ。先に食べたチョコレートに殺されている感じはあるが、十分だ。口の中に広がる甘さ、冷たさ。
――きっと、ワイズマンの言うとおりなのだろう。
あの勤め人。そこの若者。あそこに居る老人。皆が皆、弱者を傷つけながら歩いている。そしてそのことから目を背けてもいる。
社会的、経済的に弱者とされる人達もまた、自らより尚弱いものを踏みつける。人が獣を、獣が草を食むように。
――嫌だな。
そうはなりたくない。だが、それを自覚して、それを行って喜ぶような怪物にもなりたくない。
メロンアイスを食べ終えた。コーンも食べることにする。硬いものが割れる、高音と歯触り。口に入れて、噛み砕く。これはこれで嫌いではなかった。
ゆらりと歩く。人通りの少なくなった道をホテルに向けて。
途中で公園を見つけた。なんとなく足を向けて、ベンチに目が向いた。そこに座っている男。濃紺のスーツ。両手を背もたれにかけ、背を大きく預け、上を見ている。見知った男。アーデルベルト・ワイズマン。
「何をやっているんだ、ワイズマン」
声を掛け、ベンチに近づく。ワイズマンがラティファに首を向けた。
「なんだ、ラティファか」
ワイズマンの隣に腰掛ける。「こんなところで、何をしているんだ」
ワイズマンは視線をまた上に戻す。「ああ、なんというか――思索に耽っていた?」
苦笑する。「似合わないな」
「程があるな。だが、必要なこともあるさ」
ワイズマンは笑う。くつくつと、低く声を立てて。
「で、なんでそんな必要が?」
「アドバンスド・テックさ」
それはつまり。「行ったのか、アドバンスド・テックの支局に」
上を見たまま頷くワイズマン。「そういう事だな」
「で、そこで何があったんだ? お前がそんな思索に耽ってる、なんて冗談を言わなければいけないようなことが」
「まぁ、あったわけだ。実際に何があったかは――此処で言うわけにも行かないか」
跳ね上がるかのように、ワイズマンはベンチから立ち上がった。
「ホテルに戻るぞ」
ラティファもベンチから腰をあげる。「ああ」
歩き始めたワイズマンの背を、ラティファは追う。
「一つだけ言っておこう」
ラティファは追いついて、問う。「なんだ?」
「今回の敵は、アドバンスド・テックだ」




