ヒトオオカミ・12
島二号コロニー基準時間で翌日午前。
外観を小隕石に偽装した小型艇で、ワイズマンは星海工業封鎖プラントへ向かっていた。一人乗り仕様で極端に狭く、プラズマ・ロケットによる推進力も弱い。その分偽装は完璧である。外観からこれが小型艇であることを看破するのは不可能だ。
――これなら、ファントムに襲われることはないだろう。
だが同時に、これは星海工業自体への偽装でもある。他の封鎖プラントを取材しようとした記者が、警備員に暴行を受けるという事件もあった。真っ当な方法では封鎖プラントの情報を得ることは出来ない。
ファントムもこの小型艇と同型のものを所有しているのではないかとワイズマンは推測している。ファントム自体は消えることが出来る。しかし、ファントムの整備をする場所が消えることが出来るかは怪しい。この小型艇よりは大きい、簡易基地のようなものを小惑星帯の中に隠しているのだ。
そうしている内に、星海工業封鎖プラントが視認可能になり、段々と大きくなっていく。小型艇の速度を落とす。漂流する隕石の一つに成り済ます。
封鎖プラントの外観は、島二号コロニーと同じドーナツ型コロニーと同じものだ。通常の工業用プラントはもっと小型であり、形状も様々である。しかし封鎖プラントは工員が中で生活する必要上、通常のコロニーとほぼ同じ構造が必要なのだ。はっきり言って、違法すれすれの存在である。
修理は終わっているのか、あるいは外観だけ取り繕ったのか、火災の跡を見つけることは出来なかった。
「と、なると、どこから侵入するかだが……」
宇宙空間の建造物は当然のことながら完全な密閉構造を取っている。小型艇ごと乗り入れるわけではないが、どこか入れる場所を見つけなければ。
漂うような速度で移動。穴を探す。プラントに近距離まで接近すると、珊瑚の中を泳ぐ魚のような気分になる。
候補はやはり資材搬入口か、通常の乗り入れ口だ。通常入り口のほうが目的地には近いが、資材搬入口のほうが広く、余分なものが多い。時間が早いためか、どちらにも人が居ないのは幸いと言える。
「折角だ。両方使わせてもらうとしよう」
通常入り口と資材搬入口の二箇所は隣接している。ワイズマンが乗っている小型艇の数倍程度のサイズしか無い通常入り口。エーテルギアどころか、大型輸送船が余裕を持って通れる程度の広さがある、資材搬入口。
小型艇は二つの入口に向かって、小型の弾丸を発射した。弾丸は壁面に突き刺さると花が咲くように、尾の部分から割れて、無数の内容物を吐き出した。
それは自走能力を持った、人間には視認が難しいほど小型の機械群だ。
使用者――今回はワイズマン――の電脳とリンクし、使用者の意のままに動く。それら一つ一つがカメラ、マイク等の役割の他に、ハッキング用の端末としても働く。使い捨ての機械。
通称・蟲。
蟲の扱いにおいて、ワイズマンの右にでるものは早々居ない。普通の人間は扱うことも出来ず、ある程度熟練した人間でも十五から二十が扱える数の限度。それを、ワイズマンは百以上同時に扱うことが出来る。それは半ば異能の域に達した技術だ。
アーデルベルト・ワイズマン=蟲使い。
今回放った蟲の数は百。百の蟲から送られてくる、百の映像と百の音声。ワイズマンはそれを並列に処理する。百のスピーカーと、百のモニターがある部屋に居る感覚。全てを流し見、流し聞く。情報を取捨選択し、重要部にのみ意識を大きく割く。
百の蟲をバラバラの方向に這わせる。送られてくる映像はどれも大差がないものだ。資材搬入口の方は滑走路とトンネルを合わせたような広い通路が続き、入口の方は金属の階段を下り、細い通路に通じる。こちらは万一重力が消失した時のために、横面に手すりがずっと続いている。
扉や障壁などは、僅かな隙間を通る。外部の密閉具合に比べれば、内部のそれはザルも同然だ。
蟲の一つが工場と思しきエリアに入った。ワイズマンはそれに大きな意識を割く。
くすんだ青緑の床。極端に高い天井。幾つも配置されたクレーン。作業用の人型重機。エーテルギア用のケージ。放り出された、エーテルギアのパーツ。床に寝かせられた、建造途中のエーテルギア。まるでガリバー。
「ふぅん」
送られてきたエーテルギアの映像。完成形ではないパーツ単位であっても、ワイズマンはそれに見覚えがあった。ファントム。あの異形の機体。脚部が異形の腕と化していることからも間違いないだろう。
念のため、蟲から送られてきた映像を、電脳内のデータと照合。瞬間的に完了。結果。十中八九、同型の機体。
ファントムの出所はここだったという訳だ。
これ以上は推測に過ぎないが、恐らくあの機体は件の事故の際に流出したパーツを元に組み上げられたものだ。そして修理などの補充パーツとして、襲った封鎖プラント行きの資材を用いていた。
「この仮説が正しかったとすると……」
封鎖プラントで起こった火災は、事故ではなかったということになる。ファントムを密かに持ち出すための策謀。
――糸を引いたのは誰だ?
情報が足りない。必要なのは、火災に関する情報か。ならば当たるべきは工員。
通常入り口から入った蟲を分散させる。探すのは人だ。工員が工場に来るにはまだ早い時間。人が居るとしたら居住区画の方。蟲の移動速度は大きさからすれば驚くほど早い。すぐに着く。




