ヒトオオカミ・11
「怪物、ねぇ」
部屋で一人。頬杖をついて、ワイズマンは笑う。くつくつと。
「少女らしい事を言うじゃないか」
ワイズマンから見れば、ラティファは少女以外の何者でもない。民間軍事会社で働いていくには、余りにもデリケートだ。それでも彼女がここまでやって来られたのは、エーテルギアライダーとしての才能故だ。
馬鹿げたレベルのエーテル適性。それを用いた、化物じみた機動。ワイズマンも何度かウェアウルフの戦闘機動を見たことがあるが、客観視点から見るそれは、瞬間移動に等しいものだった。
それほどの才能があれば、精神の有り様などいくらでも付いてくる。才能を殺そうとしない限り。
そして――
「お前は才能を殺そうとはしなかったんだ、ラティファ・ユーテンシル」
他の道はなかった? いや違う。他の道はあった。獣ではなく獲物になるという選択があったのだ。
相応の手段を駆使すれば、別の道などいくらでも見つかるものだ。
しかし、ラティファは才能に任せて獣の生き方を選んだ。ならば、そのことを認めるべきなのだ。自分が望んで獣の生き方を選んだことを。
あとは彼女が言う怪物になってしまえば良いだけだ。生き方通りの精神性。それが一番楽なのだから。精神的に楽に生きるというのは、幸福への近道である。
無理をすれば、精神が軋む。獣の生き方に人の心はそぐわない。
狂人の真似をするのは狂人だけ。獣の真似をすれば獣になる。北欧神話のベルセルクのように。
――いつまで嫌がっていられるやら。
悪趣味だと自分で理解できる笑いが漏れた。悪趣味結構。自覚はある。
そう思いながら、仕事にかかる。
話を聞けるとは思えないが、ある程度揺さぶりをかけておかなくては。通信を要請。相手は鴻 民命。
通信が繋がる。卓上に現れる、太ったアバター。
「一体どのような御用でしょうか? まさか、もう依頼を完遂したとでも?」とてもそうは思っていない口調。
「いや、出来れば聞いておきたいことがありましてね」
「はい、こちらから協力できることならば」
ならば答えてもらうとしよう。「貴方、ファントムの正体を知っていますね」
一瞬の沈黙。
「それはどういう意味でしょうか」
「何、そのままの意味ですよ。貴方にとって、姿を見たファントムは見知らぬ機体などではない、違いますか?」
動揺。「そ、そんなはずがないでしょう」
ワイズマンは微笑む。それじゃあ自白しているのと一緒だろう?
「では、あのエーテルギア。ファントムがアドバンスド・テック社製だということは知っていましたか」
鴻本人の顔色が反映されたか、アバターは青くなる。「いいえ」
「ちなみにこれは無根拠に言っているわけではなく、我社の分析の結果ですので。信頼性は高いですよ」
「そうですか……」
追及の手を緩める。「ところで、御社はアドバンスド・テック社ともOEM契約を結んでいますね」
「ええ。贔屓にしてもらっています」
安易に答えを出すのは、バレても問題がないからか、事実を隠すのは得策ではないと判断したからか。
「封鎖プラントで汲み上げているのは、エーテルギアですか?」
「私には答える権限がありません」
「ファントムの被害にあっている封鎖プラント。あそこで作っているのはアドバンスド・テック社製のエーテルギアですか?」
顔色、青から白へ。「私には答える権限がありません」
「それはひょっとして、ファントムではないのですか?」
「私には答える権限がありません」
思っても居ないことを問う。「これはもしかして、星海工業の内側では、全て計算済みのことなのでは?」
半ば悲鳴。「違います! 我々は被害者です!」
これ以上は聞いても仕方がなさそうだ。真っ当な答えは帰ってこないだろうし。鴻はぶるぶる震えるばかり。反応を見て分かるような問を、こちらはもう持っていない。
笑顔。
「協力に感謝します。我々は依頼を完遂させることでしょう」
「貴方は……」言い終わる前にワイズマンは通信を切る。
「ふぅん」
随分と反応が分かりやすかった。これでは隠すつもりがないのと同じ。信用は置ける。鴻 民命はこんなフェイクを仕掛けられる人間ではない。ワイズマンはそう見てとった。
アドバンスド・テックと星海工業の関係は間違いがない。あの封鎖プラントで作っているのは、ファントムだ。
だが、そうなると分からなくことがある。
――これは誰が糸を引いてるんだ?
星海工業では無いはずだ。この件を民間軍事会社――ライブラに依頼したところからもそれは明らかだ。今のところ、星海工業がそんなことをしても特をする要素はない。
アドバンスド・テック社。星海工業を突付く業務提携元。こちらも、現在動機らしい動機が見当たらない。星海工業よりは確率としては高そうだが。
何はともあれ、動いてみるしかあるまい。実際に動くのは明日ということになるが。無関係ではない封鎖プラントと、このコロニーのアドバンスド・テック支局に対してアクションをかけていくことになる。
――さて……
「つまり、ここからが、私の本当の仕事だ」
ワイズマンが浮かべた笑みは獣の牙向く表情に等しかった。




