028 鳴神なるの夏休み(4)
ぐぐぐぐ……!
どうしてよりにもよって生徒の頭の上なんかに落ちるんだ……!
風のバカ! グズ! 二度と吹かないで!
……などと愚痴っても仕方がないことはわかっている。アレを姉に見つけられた時点で、何となく良くない事態になるのではないかという予想はしていたのだし。
それに、幸いにもリックスくんは私の存在に気付いていないし、あの下着が私のものだということにも気付いていないようだ。頭にかぶってみたり匂いを嗅いでみたりされているけれど、未着用だから気持ち悪さもそれほど感じないし(それでも若干引いている)、このまま下着を見捨てて立ち去れば余計な面倒は避けられるはず。
そうとわかれば迷うことなんてない。
結構高かったから若干の名残惜しさはあるけれど、すっぱり諦めて姉のところへと戻ろう――
「あらら、あんなところまで飛んでっちゃったかぁ。ごめんねなるちゃん、今すぐあたしが返してもらってくるから」
――ってやっぱりこうなりますよねえ!
私は慌てて姉を止めようと追いかけるが、時既に遅し。
リックスくんの目の前で立ち止まった姉は、片手を差し出してにっこりと微笑む。
「ごめんねー、パツキン坊や。それお姉さんの妹のパンツなんだー。返してもらってもいーい?」
「ホ、ホワッツ!? ボクでスカ!? ボクってばワンダフルオッパイ美女に話しカケられてマスカ!?」
「そ、キミ。さっきからキミがくんかくんかしてるそのパンツ、返してもらっていい?」
「オ、オオウ! コレは失礼しマシタ!」
キョドりまくっているリックスくんだったが、素直に姉へと下着を返す。
いつも飄々としているリックスくんがうろたえている様は見ていてなかなか面白いものがあったが、どうやらじーっと見すぎていたらしい。視線に気付いた彼の目が、私の視線とぶつかる。
「……アレ? ミス鳴神じゃナイデスカ! こんなトコロデ会うだナンテ奇遇デスネ! もしかシテ、ボクにフラグ立ってマスカ!?」
「こ、こんにちは、リックスくん」
「んー? 何、アンタら知り合いだったの? つか、もしかして彼氏?」
「違うから! この子はリックス・オルソンくん。うちの学校の生徒だよ」
「はーん、そうなんだ。じゃあ殺さなくてオッケーだね」
「どうしてそんな危険ワードが飛び出すの!?」
「んはは。まあよろしくねー、リックスくんとやら。あたしはなるちゃんのお姉ちゃんだよー」
「お姉チャン……? エ、このセクスィーお姉サンがミス鳴神のお姉チャンデスカー!?」
……ああもう、これでさっきの下着が私のものだということがバレた……。
リックスくんなんて口が軽そうだから、きっと新学期が始まれば私のあだ名は『透けパン先生』とかになってしまっているだろう……。
終わったー! 私の尊厳終わったー! もう学校行きたくないうわあああああああん!
――と心配したのも束の間、リックスくんの興味が向けられているのは私の下着でないことに気付く。
リックスくんは何度も何度も私と姉とを見比べて、率直な感想を述べていた。
「信ジられマセンネ、トテモ姉妹には見えないデス……」
「あははは……まあ、全然似てないからね……」
「マルデ『禁悦の百合姉妹 〜汁地獄の館〜』に出てキタ白鷺姉妹のようデス」
「うん、いちいちエロゲーで例えなくていいからね」
「それデ、ドッチがタチでドッチがネコデスカ?」
「うん、もはや何の用語かもわからないからね」
わからなくても、良い子はググらないようにね。
鳴神先生との約束だゾ☆
……今のうちに下着を片付けておこう。
「ソレにしてモ、二人で海水浴だナンテ仲がイイのデスネ。ボク一人っ子ダカラ羨まシイデスよ」
「ふふん、あたしとなるちゃんはラブラブだからねー。リックス少年は一人で来たのかい?」
「イエイエ、ボクモ愛スル人と一緒ニ来てマスヨ。ドウしてモ海ニ行きタイとせがまれマシテネ」
「おっ、やるねえ少年。どこどこ、どこにいんの? どんな子か見してよー」
「ハハハ、構いマセンヨ。ボクの自慢ノ彼女デスカラ、誰ニ見せたって恥ずかシクありマセン!」
そう言って何かを姉の目の前へと突き出すリックスくん。
しかし――それはどこからどう見ても彼女ではなく、彼女の写真ですらなく、タッチペンで操作する某携帯ゲーム機にしか見えなかった。画面の中で水着姿の美少女が微笑んでいる。
「ラブ○ラスは神ゲーデス! ハハハハハハ!」
雛子ちゃんのことを好きだとか言っていたのに、リックスくんは相変わらずだなあ……。
いつものように私が呆れて突っ込みを入れようとすると、何故かそれを阻止するかのようにずいっと姉が前に出た。
「なんだ、リックス少年もやってたの!? 実はあたしもまだハマってんだよねー! もう寧々たんかわいくってかわいくって仕方がなくてさー!」
「オウ、お姉サンも同士でしタカ! 世界は狭いデスネ!」
……まさかの共通点でした。