027 鳴神なるの夏休み(3)
「うわー、やっぱここって海キレイねー! ほらなるちゃん、早く早くー!」
「ちょ、ちょっと待ってよー!」
私と姉は水着に着替えた後、瑞羽島の海水浴場へと足を運んでいた。
まあ海水浴場とはいってもライフセーバーがいるわけでも海の家があるわけでもなく、ただただ一面に白い砂浜が広がっているだけの場所なのだが、一般的に遊泳を許可されているのはここだけなのでそれなりに多くの島民たちで賑わっている。
だというのに、姉はまるで子供のように両手を振り上げて海へと向かい猛ダッシュ。そんな大人気ない行動はもとより、普段着ですら目立つボディラインが布地の少ない黒のビキニで惜しみなく露出されているせいか、物凄い勢いで周囲の視線を集めてしまっている。恐らく久々に海に来てテンションが上がってしまっているのだろうが、身内としてこれほど恥ずかしいことはない。私は若干の距離をおきつつ、パラソルとクーラーボックスを抱えて必死に追いかける。
追いかけながら、私は考える。
詳しい話を聞く暇もなく、姉のペースに巻き込まれて海まで来てしまったが……先程の姉のセリフはいったいどういう意味なのだろうか。
東京で姉が勤めていた病院はかなり大きな規模の病院で、給料も他より高いと聞いていた。そんな恵まれた職場を捨てて瑞羽島で働くことにした、だなんて通常は考えられないことだ。
いやまあ、確かに姉は昔から何をするかよくわからない人だったけど、頭が良い人だから自分にとってマイナスになるようなことはしないと思っていたのだが……。本当に、どういうつもりなのかがまったくわからない。
「……おーい、なるちゃーん? どったのさ、そんな難しい顔してー」
いつの間にか戻ってきていたらしい姉が私を覗き込んでいた。
その表情は相変わらず喜と楽に満ちていて、心配するのが馬鹿らしくなってしまう。
とりあえず……この話は帰ってからすることにして、今はちゃんと海水浴に付き合ってあげることにしよう。
「ううん、ごめんなんでもないよ。それよりお姉ちゃん、荷物どこに置こっか?」
「んー、結構人多いからわかりやすいとこがいいねー。何か目印になりそうなものなーい?」
「って言われても……パラソルの柄もみんな同じような感じだし、難しいよ」
「まあそれもそっか。でも安心してなるちゃん。こんなこともあろうかと思って、なるちゃんの部屋から目印になりそうなもの持ってきたから!」
「……え。何持ってきたの……?」
「タンスに入ってたパンツ全部」
「よりにもよってなんてものを!?」
「敷き詰めればビニールシート代わりにもなるじゃん?」
「ならないよ!?」
「ところでなるちゃん、どうして若干透け透け気味のものがあるの? これどこに履いていく気なのかなー?」
「あああああああああああああ! こんなところでそんなもの出さないでええええええええええ!」
バッグからブツを取り出して高々と掲げる姉と、必死にそれを取り返そうとする私。二十代の姉妹にあるまじき、小学生同士のイタズラのようなやりとりが繰り広げられていた。
しかも姉が無駄に美人なために、否応なく視線が集まってくる。つまり私の下着もたくさんの視線に晒されているというわけだ。羞恥プレイどころか拷問に近い。
うぅ……誰か助けて。
誰でもいいし、どんな方法でもいいから、どうか私をこの状況から救ってください――!
――そんな私の願いが通じたのだろうか、突如起こった一陣の風が砂浜を吹きぬけた。
その風は姉の手から私の下着を掬い取り、ふわふわと宙を漂わせる。
ありがとう、風! 助かったよ、風! 愛してるよ、風!
そう心の中で叫びつつ、飛び去っていく下着を必死に追いかける私。
だが――ひらひらと舞い落ちてきた私の下着は、姉の手の中よりも最悪な場所に着地してしまっていた。
「……ン? 何でショウ、頭の上ニ何か落ちテキタ……ってコレはパンティー!? 空からパンティーが降っテきまシタヨ!? 日本はミラクルに満ちてマスネ!」
……私の下着を高々と掲げて太陽に透かし、飛び跳ねて喜んでいるリックス・オルソンくんの姿がありました。