026 鳴神なるの夏休み(2)
私の姉である鳴神ねねは、東京で看護士をやっている二十五歳だ。
とにかく大雑把な人で、細かいことは微塵も気にしない性格をしている。そんな豪快な性格でよくもまあ看護士だなんて責任の大きい仕事が務まっているなあと思うが、実は面倒見が良く優しい一面も持っているので案外天職なのかもしれない。事実、姉が勤めている病院での評判は上々らしい。
……ちなみに、外見で私と似ている部分は皆無である。
背丈はモデルのように高く、女性として出るべきところは大幅に出ていて、勝気そうな瞳が爛々と輝くショートヘアの美人。キャミソールにデニムのショートパンツというラフなスタイルがやたらとよく似合っている。
とてもじゃないが、同じ親から生まれた姉妹とは思えない……。
そんな姉がいったいどうして突然私のところにやってきたのだろう。
恐らく夏休みを利用して来ているんだろうけど、瑞羽島は特に観光スポットもない小さな島だ。遊ぶことが大好きな姉がわざわざ休暇を潰してまで訪れるような場所ではない。
私が固まっている間に大きなキャリーケースを部屋の中へ運び込もうとしている姉の背中に向かって、私は率直に訊ねてみた。
「……あの、お姉ちゃん。いったい突然どうしたの?」
「んー? 何、アンタ久々に愛するお姉ちゃんに会えたってのに嬉しくないのー? あたしはかわいいかわいい妹に会えてめっちゃテンション上がってるってのになー。寂しいなー」
「う、嬉しいよ! 最近全然会えなかったし、久々にお姉ちゃんの顔見れてすごく嬉しいよ! で、でも……どうしていきなりこんなところに来たのかなって思って」
「こんなところって、海も緑もキレイな島じゃないの。あたしは気に入ったよー? 後で一緒に泳ぎにいきましょーよ」
「え、うん、じゃあ水着の準備を――って違くて! どうして連絡も何もナシに突然私のところに来たの!?」
「何、イヤだったの? あたしはなるちゃんに会えて嬉しかったんだけどなー。そんなこと言われると寂しいなー」
「え、いや、違くて、私もお姉ちゃんと会えて嬉しいよ!? 来てくれたのはすごくありがたい――ってだからそうじゃなくてええええ!」
拗ねたように言う姉の顔に弱い私は、他の人にしてきたようにうまくスルーできず、会話を前に進めることができない。
そんな私とは対照的に、姉はマイペースを貫いてせっせと荷物を部屋の中へと運んでいく。そしてキャリーケースを部屋の隅っこに降ろしたかと思うと、それを開けてごそごそと中身を漁り始めた。
「えーっと……ああ、あったあった。はい、これお土産ー」
そう言って姉が差し出してきたのは、深緑色の包装紙に包まれたA3サイズくらいの箱だった。
包装紙には「重松屋」というロゴがプリントされている。
「え、あ、ありがとう。何コレ、和菓子?」
「んーや、くさやだよ」
「何でくさや!? 私好きでも何でもないよ!?」
「んはは、ただの嫌がらせー」
「そんな理由でお土産選ばないで!?」
「いやー、でもそのなるちゃんの嫌がる顔が見たかったんだよねー。あー満足満足」
カラカラと愉快そうに笑う姉。
わが姉ながら、いい性格をしている。こういうところは昔から全然変わらない。
見た目に反して子供っぽいところが多いんだよなあ……。
まあそれはいいのだが、結局のところ姉は何をしに私のところにやってきたのだろう。
まさか本当に私に会うためだけに来たというわけではないだろうし、もう一度だけ訊ねてみようか。
「……ねえお姉ちゃん、この島に来た目的って何? お母さんに何か頼まれでもしたの?」
「んもー、さっきからどうしてどうしてってしつこい妹だなー。理由がなきゃ来ちゃいけないってーの? 純粋になるちゃんに会いたくて来たかもしれないっしょ? お姉ちゃんちょっとショックだわー」
「う……ごめん。でも、あまりにも突然だったからびっくりしてて……」
「ん、まあ仕方ないっか。何の連絡もなしに来たアタシも悪いんだろーし。それになるちゃんの予想通り、ただ遊びに来たわけでもないからねー」
やっぱりそうなんだ……と納得する私を見て、ニヤリと笑みを浮かべる姉。
だがこの笑みは――この無邪気さに溢れた心底楽しそうなニヤけ顔は、私を驚かすようなことを言う前兆なのだ。
そして次の瞬間に吐き出された姉のセリフに、やはり私は驚かされる羽目になるのだった。
「実はね、あたし今度からこの島で働くことになったんだー」
……波乱の予感がします。