023 鷺澤智の休憩(2)
「さっ、鷺澤先生!? ちょ、ちょっと大丈夫ですか!?」
あまりにも突然すぎる事故にしばし呆然としていた私だったが、鷺澤先生の呻き声を聞いてようやく我に返った。
それから慌てて書類などの山を掻き分け、鷺澤先生の体を掘り起こすことに成功する。
「いたたたたた……すみません鳴神先生。助かりました……」
「い、いえそれはいいんですけど、大丈夫ですか? 物凄い勢いでぶつかってましたけど、おケガとかは……?」
「ああいや、ご心配には及びません。僕、見かけによらず結構頑丈なんですよ。……ほらっ、見てください」
確かに、立ち上がって腕をぐるぐると回している鷺澤先生の体に傷らしい傷は見当たらない。
落ちてきた瓶が割れてしまったのか、彼のワイシャツは所々が濡れていたけれど、それ以外は本当に何ともなさそうだった。棚に置いてあった瓶の中身もただの消毒液だし、問題はないだろう。
問題があるとすれば、落下した書類がバラバラになって、瓶から流れ出る消毒液に浸りぐしゃぐしゃになってしまっていることだろうか。これを片付けるのはなかなか骨が折れそうだ……。
そんな私の心中を読まれてしまったのか、鷺澤先生は爽やかな笑顔から一転、申し訳無さそうな表情になって私に頭を下げてきた。
「すみません鳴神先生! 僕の体なんかよりこんなに散らかしてしまったほうが問題でした! すぐに片付けますから、待っててください!」
「い、いえいいんですよ。事故だったんですし、何より鷺澤先生にケガがなかったことが一番ですよ。私が後で片付けておきますから、どうかお気になさらず――」
「そういうわけにもいきません! 人様に迷惑をかけておいて黙っているなど、男として、教師として、決してあってはならないことです! ここはどうか僕にやらせてください! お願いします!」
「鷺澤先生……」
結局鷺澤先生の熱意に負けて片付けることを了承してしまったのだが、正直な話、私はここで「はいどうぞ」とは言いたくなかった。
何故かって……もちろん、これ以上鷺澤先生に傷ついて欲しくなかったからだ。
意味がわからないかもしれないが、恐らく今に理由がわかるだろう――などと考えた瞬間。
「――あだっ!?」
床に転がっていた瓶を踏んづけた鷺澤先生は思い切りバランスを崩し、目の前にあった戸棚の、しかもちょうど角に額をぶつけてしまった。
それが相当痛かったのだろう、鷺澤先生は額を押さえながらふらふらとよろめく。よろめいているうちに、彼は書類の束に足をとられて再びバランスを崩した。そして先程と同じようにキャスター付きの丸椅子へと尻餅をついたかと思うと、やはりキャスターは同じように勢い良く床の上を滑っていって、今度はベッドに衝突していた。
その衝撃でベッドの上に投げ出された鷺澤先生だったが、途中で仕切りのカーテンに引っかかってしまったらしく、全身がカーテンと絡まってしまっていた。そうなると当然、鷺澤先生に絡まった分だけカーテンは引っ張られ、カーテンレールへと無理な負荷がかかる。それからはもうほとんど予想通り、ボルトでしっかりと留められていたはずのカーテンレールが天井からすっぽりと抜け、額を押さえて悶えている鷺澤先生に直撃するのだった。
「さ、鷺澤先生ー!?」
……だから片付けないで欲しかったんです。