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とある離島の保健室  作者: なる。
一学期
22/29

021 瀬庭秋治の相談(3)



 「相談に乗っていただきたい」



 しばらく頭を抱えてのたうち回っていた瀬庭さんだったが、立ち直るなりそんなことを言ってきた。

 しかしここは生徒のための保健室であって、部外者――しかも変質者である執事の相談は受け付けていない。当然、私はきっぱりとお断りするつもりだったのだが、瀬庭さんが捨てられた子犬のような目で見つめてきたため思い留まらされる羽目に。

 非情になりきれない自分を恨みつつも、話を聞いてあげることにした。



 「私は生まれてからずっと春宮家の使用人として生きてきました。これ以外の生き方など知りませんし、考えたこともなかったのでどうしたら良いのかわかりません。何とかしてください」


 「何とかって……仕事見つけるしかないよねえ。この島でも多少の求人はあるだろうし……」


 「私はかわいいお嬢様の下でしか働きたくありません!」


 「ダメだこの人早くどうにかしないと」


 「しかし……使用人としての仕事経験以外には何もないのですよ。今更普通の仕事をしろと言われても、何も思いつきません」


 「うーん……そっか、そういう事情はあるんだよね。んー…………瀬庭さんって、使用人以外で興味ある仕事とかないの? 夢とか」


 「私が興味あるのは椿様だけであり、将来の夢は椿様の下僕です」


 「あっそう。じゃあ使用人としてのスキルを生かせる仕事なんか良いんじゃないかな? 料理が得意っていうなら……瑞羽島ってレストランとかケーキ屋さんとか無いから、腕に自信があるなら人気出るかもよ?」



 もう瀬庭さんのボケは無視して先に進めることにした。

 何故か少し寂しそうな顔をしている瀬庭さんだったが、無視無視。



 「なるほど……確かにそれもありかもしれませんね。幸い多少の貯えもありますし、店を開くぐらいなら問題ないです」


 「いやまあ、あくまで例であってそうしろってわけじゃないよ? ただの素人考えだから利益が出るかどうかわからないし、もし失敗しても責任取れないし……」


 「それぐらいはわかっていますよ。でも失敗したら恨みます」


 「じゃあやらないでよ!?」


 「ところで失敗って聞くとたまにおっぱいって聞こえません?」


 「これまでもこれからもありえないよ!」


 「では”いっぱい”の”い”の字を”お”に変えるとどうなるでしょう?」


 「おっぱお!」



 引っ掛からないから。

 会話にそれ挿む意味がわからないから。



 「何にせよ、仕事を始めてしまったら椿様を盗さ――じゃなくて、椿様のお側にいられる時間が減ってしまいます。それだけがネックですねえ」


 「何て言いかけたかはあえて突っ込まないけど……素直に諦めなよ。椿ちゃんのことは私に任せてさ」


 「そんな簡単に納得できるようなことではないんですよ。椿様は私の全てですから……」


 「うーん……でもやっぱり自分の生活があってこそでしょ? じゃないと、逆に椿ちゃんに心配かけちゃうだろうしさ」


 「その点については大丈夫です。椿様は私のことをチリかゴミくらいだとしか認識していませんから」


 「そんな扱いでいいの!?」


 「とっても気持ちいいですよ?」


 「わあこの人真性だあ!」



 ――と、ここで突然流行曲らしきメロディが保険室内に鳴り響いた。

 音の発信源を探ってみると、それはどうやら椿ちゃんがポケットから取り出した携帯電話からだったらしい。

 校内で携帯の使用は禁止されているということを知らないのか、椿ちゃんは躊躇う様子もなく携帯を耳に当てた。



 「はい、もしもし。……あら、お父様ですの? いったいいきなりどうして――って、えっ!? 宝くじで一千万円が当たった!? だから今日は本土に来てディナーでもどうだって!? ももももちろん参りますわ! 今すぐ準備して船に乗ります! また後で連絡しますわね! ああ、お父様、愛していますわ!」



 そんな会話をして携帯をポケットに戻したかと思うと、椿ちゃんは私たちに目をくれることもなくルンルンとスキップしながら保健室の扉をくぐって外へと消えていった。


 そして取り残された私と瀬庭さん。

 しばらく黙って椿ちゃんの消えていった方を眺めていたが、やがてぽつりと瀬庭さんが呟く。



 「……やっぱり、ちょっと寂しいですね」


 「……今晩、ご飯ご馳走するよ」


 「……ありがとうございます」



 ……何なのでしょう、このやるせない雰囲気は。




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