001 霜越夏姫の相談(1)
「失礼しまーす」
間延びした声と共に、一人の女生徒が保健室に入ってきた。
やや明るめの色をした腰まで伸びるロングヘアを揺らし、お日様のようなぽわーっとした笑みを浮かべたその少女の名前は……確か、二年生の霜越夏姫だっただろうか。春の健康診断で見た以来だから自信はないんだけれど……たぶん間違っていないだろう。記憶力は数少ない私の取り得の一つなのだ。
とりあえずいつまでも突っ立たせておくわけにもいかないので、来室者用の椅子を示して腰掛けるよう勧める。
夏姫ちゃんは素直にそれに従い、ちょうど私の正面に座った。
その夏姫ちゃんの姿を見る限り、ケガをしていたり具合が悪そうという様ではない。
となるとやはり、夏姫ちゃんもまた例に漏れず、そういう用件だということなのだろうか。
しかしまあ、早とちりは良くない。元気そうに見えて実は具合が悪いということもあるだろう。年頃の女の子なんだし。
一応定例のやりとりとして、どうしたのか訊いておこうかな。
「えーと、確か二年生の霜越さんだよね? 今日はどうしたのかな? 具合悪い?」
私はいつも通りの笑顔で、優しく、朗らかに言った。
言ったはずだった。
だというのに――それを聞いた途端夏姫ちゃんの柔らかだった表情は一変し、悪鬼のような恐ろしいそれへと変貌していた。
「……は? え、あの、は? 鳴神先生さぁ……今何て言ったの? 何て言っちゃったの? ねえ、もう一回聞かせてくれない? ねえ?」
「え、ええ? えっと、今日はどういうご用件でいらっしゃったんですかと言いました……!」
あまりの迫力に思わず敬語になる私。
しかし私の回答は夏姫ちゃんの意にそぐわないだったものらしく、ビキっという音と共に恐ろしい形相に更なる力が入る。
怖い、怖いよこの子!?
「はあ!? そこじゃないでしょ!? あんた一応教師だってのにそんなこともわかんないわけ!? ありえなくない!? ねえ、ありえなくない!?」
「ひ、ひぃっ!? え、あの、何が気に喰いませんでしたのですか!?」
「だから何でそんなこともわかんないわけ!? ねえ、あんた大学で何学んだのよ!? それとも脳味噌スッカスカなわけ!?」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! ででででもまったくわからないのでいったいどうしたのか言っていただいてもよろしいですか……?」
「ここまで言ってどうしてわからないのか理解に苦しむわ! でもあたしも鬼じゃないから、特別に教えてあげる。いい? 一回しか言ってあげないからよーく聞きなさい?」
ここまですっかり圧倒されていた私だったが、次の夏姫ちゃんの言葉を聞いてその恐怖は一気に冷めることになる。
「あたしの名前はね、マジカルプリティープリンセス姫ちーなのよ。わかったら二度と霜越だなんてダッサイ名前で呼ばないで!」
……私はこの瞬間、彼女から豊かな電波臭が漂ってきていることに気付いたのでした。
私は中学生の頃使ってたHNが痛すぎて黒歴史です。
……聖猫天使ちゃんでした。