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とある離島の保健室  作者: なる。
一学期
19/29

018 春宮椿の相談(3)



 「――ねえ椿ちゃん、もし良かったらウチに来ない?」



 気がついたときには、私は椿ちゃんに対してそんな言葉をかけていた。


 椿ちゃんの話を聞いて不憫に思ったから、同情してしまったからという理由ももちろんある。しかし、それ以上に健康面の心配があったからだ。

 パンの耳ばかりだなんて食生活を続けていたらまず確実に身体に悪影響が出る。栄養の欠如による体調不良などの症状はもちろんのこと、身体の成長も阻害されるだろう。

 歳の割に豊かな椿ちゃんの胸元を見ているとそんな心配は杞憂なのではないかと思ってしまうけれど、それはたぶんどこかの誰かさんと比べてしまっているだけだから気にしないでおこう。椿ちゃんは椿ちゃんなりに成長を続けるべきなのだ……。


 しかし椿ちゃんの返答はといえば――



 「結構ですわ」



 一切の迷いを感じさせない、きっぱりとした拒絶だった。



 「ありがたい話だということは重々承知していますけれど、私はどんな状況であれ春宮家の長女としての誇りを捨てるわけにはいかないんですの。施しは受けませんわ!」


 「……さっきおにぎりとかあげちゃったけど?」


 「施しは受けませんわ!」



 無かったことにされたらしい。



 「そうは言うけど……やっぱり心配だよ。椿ちゃんとしても譲れない部分はあるのかもしれないけど、私としては自分の体のことを第一に考えて欲しいんだ。パンの耳だけなんて食生活続けてたらいつか倒れちゃうよ」


 「ふん、結構ですわ。あなたの言うとおりつまらない意地なんて張ってないで誰かに頼ってしまったほうが楽なのかもしれませんけど、あなたとわたしは養護教諭と生徒という関係でしかない、今日出会ったばかりの他人なんですのよ? いきなり頼れと言われても信用できませんわ。他人なんて何を考えているかわかったものではありませんしね」


 「そんな、私はただ椿ちゃんが心配で――」


 「そのお気持ちはありがたいですわ。ですが、その好意がありがたいのと同じくらいに疑わしいんですの。今まで私の周りにいてくれた人たちは、春宮家が没落すると同時に皆姿を消しました。彼らの好意は私に向かっていたのではなく、私のお金や権力に向いていたってことですわね。……ですから、私は人の好意なんて信じられませんの。いえ、信じたくありませんの」


 「椿ちゃん……」



 平然とした表情で語る椿ちゃんを見て、私は心を締め付けられているかのような痛みを覚えた。


 椿ちゃんには心の痛み以上に空腹という問題がある――などと思ってしまったことが恥ずかしい。

 彼女の心は人を信じられなくなるほどの重い傷を負っているじゃないか……!


 このままではいけない。

 人と人とが結び合って生きていくこの世界で、誰も信じることができないだなんて悲しすぎる。

 誰も信じないで、誰をも拒絶して、ひとりで強がって生きていくことなんてできないのだから。

 羽根を休める場所があって、心を預けられるような存在があって、人ははじめて強がることができるのだから。


 ――だから。


 私は、椿ちゃんがそれを見つけることができるまでの間だけでもいいから、彼女を守る存在になりたいと思った。

 それは、ただの同情心からなのかもしれない。

 綺麗事を言っているだけに過ぎないのかもしれない。

 それでも――私はこの子を救ってあげたいんだ!


 そんな胸の内に湧き上がってくる熱い想いでいっぱいになっていた私は、自然と椿ちゃんの体を抱き締めていた。



 「――え、あ、え……ちょ、ちょっとあなた……?」


 「椿ちゃん、大丈夫だよ。私が……私が絶対にあなたを守って――」



 しかし、私の滾る想いが乗せられた言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 椿ちゃんがここにやって来た時と同様、突然保健室の扉がノックもなしに叩きつけられるような勢いで開け放たれたからだ。


 そうして現れたのは執事のような格好をした若い男。

 見た感じ目鼻立ちの整った美しい顔だろうと思われるのだが、物凄い形相でこちらを睨んでいるので原形を留めていない。

 男は一歩一歩大地を蹴りつけるかのような歩き方で保健室に入ってきたかと思うと、私の前で立ち止まり指を突きつけてきた。

 そしてわなわなわと唇を震わせながら言い放った。



 「この……この、泥棒ネコおおおおおおおおおおおおおおお!」



 ……どこの誰かはわかりませんが、とりあえず変な人だということはわかりました。



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