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とある離島の保健室  作者: なる。
一学期
17/29

016 春宮椿の相談(1)



 昼休み。

 私はひとり保健室でおにぎりをかじりながら、朝の職員会議で渡された一枚の書類に目を通していた。



 「転校生かぁ……。こんな時期にねえ」



 前期の中間試験を控えた七月初頭。

 もうすぐ夏休みだという期待とテストへの不安が織り交じったこの独特の雰囲気が漂う季節の中、なんと瑞羽中学に転校生がやってくることになったそうだ。

 普通ならばこのような時期に転校せず、一学期が終わるまで待ってから手続きを取るのが一般的だと思うのだが、何やら特別な家庭事情がある子らしく、急遽受け入れることになったらしい。


 その”特別な家庭事情”に関しては、私が今目を通している書類に詳細が記されている。

 件の転校生である春宮椿はるみやつばきちゃんの父親は某有名電気機器メーカーの社長だったらしいのだが、その会社が不景気の波に呑まれて倒産。私財をなげうって何とか多額の負債は返済できたものの、それまで椿ちゃんが通っていたお嬢様私立学校の学費を払っていく余裕などなく、それどころか最低限の生活をする資金すら危うくなっていたため、瑞羽島にいる親戚のもとへと椿ちゃんを預けたのだそうだ。


 ドラマやマンガなどではありがちな話だけれど、実際に目の当たりにしてみると気の毒な話だ。

 豪奢な暮らしから質素な暮らしへと一転する際の苦しみというのはもちろん、まだまだ親の支えが必要であろう時期に離れて暮らさなくてはいけないだなんて……。

 恐らく、彼女が今受けている心の痛みは相当なもののはずだ。

 養護教諭でしかない私が積極的に出しゃばるわけにはいかないだろうけれど……もしこの保健室に訪れてくるようなことがあったら出来る限りの力になってあげよう――


 そう心に決めて、食べかけだったおにぎりに再び手をつけようとした瞬間、ノックもなしに保健室の扉が叩きつけられるような勢いで開け放たれた。

 驚いて振り向いてみると、そこにはたった今まで見ていた書類に添付されていた写真と同じ姿の少女――春宮椿ちゃんが腰に手を当てて立っていた。


 書類上では椿ちゃんの初登校日は明後日だと記されていたはずだが、いったいどうしてここにいるのだろう……?

 そんな私の疑問に答えるかのように、椿ちゃんは鳶色のウェーブがかった髪をかきあげながら口を開いた。



 「ちょっとそこのあなた。わたくしの分の給食とやらはどこにありますの?」


 「え、給食……? い、いや、さすがに無いんじゃないかな? 人数分しか作ってないはずだし……」


 「何ですって!? それはいったいどういうことですの!? 私だってこの学校の生徒になったはずです! 故に、私の分の給食を用意するのは学校側の当然の義務ではありませんか!」


 「え、いや、でも……あなた春宮椿ちゃんでしょ、転校生の。明後日から登校ってことで手続きされたみたいだから、その日からじゃないと椿ちゃんの給食はないと思うよ……?」


 「なっ……!? そ、それは事実ですの!? 嘘偽りのない真実なんですの!?」


 「え、うん……。残念だけど」


 「そ、そん……な……。私の……私の給食は、明後日までお預けですって……?」



 この子はどうしていきなり給食の話なんかをしているのだろうと戸惑いつつも説明してあげると、椿ちゃんは口に手をあててよろよろと後ずさる。

 そしてそのまま糸の切れた人形のようにぺたんと床にへたりこみ、悲壮感漂う声でこう叫んだのだった。



 「やっと……やっとパンの耳以外のものが食べられると思いましたのに……! 私を餓死させるつもりですかこの学校はー!」



 ……彼女には心の痛み以上の問題があるみたいです。



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