015 リックス・オルソンの相談(3)
両親への告げ口を恐れてとりあえずは黙ってくれたリックスくんだったが、それからも眠りにつく様子はなかった。
それどころかしきりに私のほうをチラチラと窺ってきて、何かを話したそうにしている。
先ほどからちょっと厳しくあたってしまって大人げなかったと思うし、そもそも眠るタイミングを逸したのは私と話していたせいもあるのだから、ここは付き合ってあげるべきだろうか。
「……本当に告げ口したりなんてしないから、言いたいことがあるなら言ってごらん? どうしたのさ、さっきから私のこと見て」
「エット、じゃあお言葉に甘えテ一つだけ質問してもいいデスカ?」
「いいよ。セクハラっぽいの以外なら何でも答えてあげる」
「じゃあいいデス……」
「せっかく仕切りなおしたのにまたそういう話するつもりだったの!?」
「冗談デス。イッツジョーク。本当は、一つ相談ニ乗ってほしいコトがあるんデス」
相談……。
何も悩みなんて無さそうに見えるリックスくんの口から出てくる言葉とは思えなかったが、彼の表情は先程までのものとは打って変わって真剣みを帯びていた。
どうやら茶化せるような雰囲気ではないようだ。
ならば――私も真摯に彼の悩みを受け止めてあげたいと思う。
私が話の先を促すと、リックスくんは寝ながら話すことでもないと思ったのかゆっくりと体を起こし、ベッドの上であぐらをかいて私を正面から見据えた。
その碧眼は右に左に揺れており、どことなく力無いように見える。
「実ハ……ボク、気になる子がいるんデス」
「……一応訊いておくけど、ゲームの中の子じゃないよね?」
「もちろんデス。この学校の子デスしネ。『萌えにゃん娘戦記』に出てキタまゆりちゃんとそっくりな子デスヨ」
「そっくり言われてもわからないからね」
「一目見た瞬間ビビビとキましたネ。ビビビとキてビクンビクンでしたネ」
「真面目な雰囲気どこいったの……」
半ば呆れつつも続きを促す。
「ボクはまゆりちゃん似の彼女ニ声をかけずニハいられませんデシタ。デモ……何が気に入らなかったノカ、彼女はボクの足を思い切り踏んづけテ去っていってしまったんデス」
「あらら……。何て声かけたのさ?」
「爽やかスマイルで『ボクの愛玩ペットになりマセンカ?』ト」
「そりゃ踏むよ! 足どころか顔踏まれてもおかしくないよ!」
「デモ、まゆりちゃんはソレでオちたんデスヨ!?」
「現実舐めんな?」
ゲームと現実の区別がつかなくなる子がいるとは聞いたことがあるけど、そのまさに典型的な例が目の前にいた。
重症だった。
しかし――現実の女の子に興味があると言っているのだから、もしかしたらまだ引き返せる余地はあるのかもしれない。
恋をすると人は変わるとも言うし、この恋を実らせることができればリックスくんは心を入れ替えてノーマルな道を歩んでくれるのではないだろうか。
だけど、逆にこのままフられでもしたら「三次元なんテ興味ねーデスヨ!」とか言い出してしまい、二度と引き返せない道を突き進んでしまうことになる可能性もありえなくはない。ていうかありえそうだから怖い。
ここは慎重にアドバイスをしていかなければ……。
「ちなみにリックスくん、その女の子の名前はわかってるの?」
「残念ながラわかりマセン。制服のリボンの色デ一年生だということハわかってマスケド」
「リックスくん二年生だもんね。授業では会えないわけかぁ」
「ハイ、残念ナガラ。授業中に居眠りをしてイルト突然先生から指名されて慌ててシマウが隣の席ノ気にナルあの子が『三十四ページの問六番だよ。もう、私がいないとダメなんだからぁ……』とにこやかに教えてクレルというシチュエーションもないんデス」
「それなんてエロゲ?」
「『陽だまりの丘と悠久の空』の共通ルートの一部分から抜粋シマシタ」
「いいよ答えなくて!」
とりあえずこのエロゲートークを自重するように教えてあげるべきだと痛感した。
「……あ、そうだ。この学校の生徒なら私ほぼ全員覚えてるし、特徴挙げてくれれば誰かわかると思うよ。誰なのかわかればアドバイスだってしやすいだろうから、教えてもらっていい?」
「オウ、ミス鳴神はすごいデスネ! それデハ早速……まずウサ耳をつけていて――」
「雛子ちゃんかよ!」
「ワオ、雛子というのデスカ! キュートな名前デスネ! エロゲーでもよく見かけマス!」
「それ言ったら雛子ちゃんキレるだろうからやめようね。っていうかリックスくん……もしかして、あなたが雛子ちゃんに惹かれた理由って――」
「ウサ耳っ娘最高デース!」
「黙ってゲームやってろー!」
……世の中には応援できない恋もたくさんあるのです。