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最終話 『それぞれの未来に向けて 後編』

最終話 『それぞれの未来に向けて 後編』

 

 時間は、気づかないうちに人の立場や呼び方を変えていく。

 ぼくは雅さんと結婚し、正人とは親子になった。

 最初は正直、肩に力が入りすぎていたと思う。

 「父親にならなきゃいけない」「ちゃんとした大人でいなきゃいけない」

 そんな気負いばかりが先に立っていた。

 でも、それは全部、ぼくのエゴだった。

 正人は今も、ぼくのことを「信吾くん」と呼ぶ。

 最初は少しだけ、胸の奥がくすぐったくなるような、落ち着かない気持ちもあった。

 けれど今は、それでいいと思っている。だって、正人にとってぼくは今の変わらない「信吾くん」なのだから。

 無理に形を揃えなくても、ちゃんと家族になれることを、正人が教えてくれたから。

 ……とはいえ、ぼくももう三十歳だ。

 そろそろ「信吾さん」って呼んでもらってもいいんじゃないかな、なんて思ったりもする笑

 まあ、これも含めて、良い意味での“家族の形”なんだろう。


 ――その正人はというと、小学六年生になった。

 身長もぐっと伸びて、声変わりの兆しも見え始めている。

 そして案の定、反抗期まっしぐらだ。

 雅さんの言うことは、ほとんど聞かない。言われれば言われるほど、わざと遠回りするような、そんな年頃だ。

「でも、これも成長なのかな……」

 後、所属しているサッカーチームでは、ゴールキーパーをやっている。

 そういえばこの前、何気なく理由を聞いてみた。

「どうしてキーパーやろうと思ったの?」

 そうしたら正人は、少し照れくさそうに、でも当たり前のことみたいに言った。

「だってさ、カッピーと最初にサッカーした時、オレがゴールキーパーだったから」

 その一言で、胸の奥がじんわり温かくなった。

 カッピーとの時間は、ちゃんと正人の中に残っている。

 忘れられない過去じゃなくて、前に進むための“財産”として。


 ――奥さんの雅さんは、相変わらずしっかり者だ。

 結婚して、改めて思う。

 本当に、この人と一緒になれてよかった。

 正人も大きくなって、仕事にも本格的に復帰した。

 もともとキャリア組で、今の職場でも相変わらず頼られているらしい。

 少し前には課長にもなって、ついにぼくの給料を追い抜いた。

「一家の大黒柱は、何人いてもいいでしょ?」

 そう笑う雅さんは、やっぱり格好いい。

 

――そうそう。

 山之内家には、今、もう一人、大切な家族がいる。

 名前は、虎之介。

 ゴンちゃんがいた頃はよく顔を出していた野良猫だ。

 でも、マンション内で引っ越しをして、ぼく達の住む部屋の階数が高くなってからは来られなくなったと思っていた。

 それが、カッピーが帰った後。

 正人がエレベーターに一緒に乗せて、なぜか当たり前みたいに連れてきた。

 最初は、部屋に少し滞在しては、正人と一緒にエレベーターで外に帰る生活が続いた。

 それがいつの間にか、ずっと家にいるようになった。

 前は「野良猫代表ですけど?」みたいな顔をしていたのに、

 今では「ずっとここに住んでましたが、何か?」という顔で、お腹を出して寝ている。

 虎之介は、正人にとって大事な親友だ。

 それは、間違いない。


 ――再び、川辺。


「そういえば今日、お義父さんとお義母さん、何時に来るんだっけ?」

 雅さんが、川を眺めながら言った。

「確か、父さんが診察終わってからって言ってたから……夕方くらいかな。」

 ぼくはそう答える。


 ――父さんの茂夫は、今も動物病院の院長をやっている。

 無骨で口数は少ないけれど、動物と子どもにはとことん優しい。

 正人に「病院を継がないか」なんて冗談半分で言っているけれど、

 さすがにまだ早いって。

 まぁ、でもそれだけ可愛がってくれているのが、素直に嬉しい。


 ――母さんの優子は、今、料理教室に通っている。

 きっかけは、正人が母さんの料理を“無理して食べている”のを目撃したかららしい。

「今さら腕は上がらないよ」

 そう言ったぼくに、母さんは笑っていた。

 でもきっと、“おばあちゃんとして、孫に美味しいものを食べさせたい”

 その気持ちなんだと思う。


 それにしても二人には感謝してる。正人とは当然だけど、血がつながっていない。

 それに、孫がもう小学生というのも、最初はいろいろ思うところがあったのかもしれない。

 それでも二人は、何の隔たりもなく、無償の愛を注いでくれている。

 その想いは、ちゃんと正人にも伝わっている。

 だから、おじいちゃん、おばあちゃんに対しては正人は反抗したりしない。


「正人! そろそろおじいちゃんとおばあちゃんが来るから、帰るよ!」

 雅さんの声に、正人は憮然とした顔でこちらに歩いてくる。

「それにしても、父さんと母さん、きっとびっくりするだろうな。」

 ぼくが言うと、

「そうだね。お義母さん、泣いちゃうかもしれないね。」

 雅さんが微笑む。

「確かに笑。名前は私が決めるとか言いそうだなぁ。」

ぼくは笑いながら言う。

「そうね。いろいろ考えて、選んでもらおうか。」

雅も笑顔で答える


 ――そして、もう一つ。

 山之内家には、もう一人、大切な家族が増える。

 雅さんのお腹の中には、新しい命がいる。

 どうやら女の子らしい。

 少し前に安定期に入り、雅さんは仕事も少しずつセーブしていく予定だ。

 ぼくはというと、育児の講習会や本で必死に勉強中だ。

 雅さんからは「そんなに気負っても仕方ないでしょ」なんて言われているけれど、

 正直、今からもう緊張している。

 正人に「お兄ちゃんになるんだよ」と伝えた時。

 雅さんのいないところで、正人はぼくにこう言った。

「オレ、絶対、母さんと産まれてくる妹を守るよ。

 だからさ、信吾くん。これからもよろしくね。」

 雅さんの前では、相変わらずツンツンしているけれど。

 正人は、ぼくにとっても、雅さんにとっても、最高の息子だ。

 三人で、川辺を歩き出す。

 ――後、実は、名前はもう決めてあるんだ。

 雅さんは「いくつか候補を考えよう」と言っていたけれど、

 ぼくの中では、もう答えは出てるんだよね。

 名前は、奏芽かなめ

 奏――生きること、想いを紡ぐこと。

 芽――新しい始まり、未来へ伸びる命。

 最初は、出会いのきっかけをくれたカッピーから一文字もらおうかとも思った。

 でも、それだと赤荻さんのところのカッメーと、あまり変わらない気がして笑。

 まぁ、反対されたら他の候補の一つになるけど、雅さんだって想いは一緒のはずだから分かってくれると思う。

「どうしたの?」

 後ろを振り返った雅さんが、ぼくを見る。

「ううん。何でもない。」

 ぼくはそう言って、二人に合流した。

(これからよろしくね)

 ぼくは心の中で雅さんと正人に向かって言った。


 ――人は、別れを経験しながら生きていく。

 それでも、その別れは決して“失うこと”だけじゃない。

 手放した先に、新しい出会いがあり、

 悲しみの先に、別の形の幸せが芽吹いていく。

 カッピーと出会い、別れ、守ることと見送ることを知った。

 そのすべてが、今のぼくをつくっている。

 川は今日も、何事もなかったように流れている。

 けれど、確かにここから、たくさんの物語が始まった。

 終わりは、始まりでもある。

 奏でられた想いは、芽となり、未来へ続いていく。

 それぞれの未来に向けて――

 ぼくたちは、今日も一歩ずつ歩いていく。

 この川辺から、また。

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