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第51話 短編エピソード⑤ 正人編

第51話 短編エピソード⑤ 正人編


短編エピソード


『カッピーと正人と、静かな午後の信吾』


 夕方。外ではゆっくり雨が落ちはじめ、窓に淡い模様を描いていた。

 信吾はリビングの隅で仕事の書類に目を通しながら、こっそりソファの向こうの二人の様子を眺めていた。


 カッピーと正人は、床に敷いたバスタオルの上で“今、お気に入りの遊び”の真っ最中だ。

 正人が折り紙で作った小さなボールを投げると、カッピーが器用な動きでキャッチし、誇らしげに胸を張る。

「すごいよカッピー!野球選手になれるよ!」

 正人は本気で感心した声をあげ、カッピーは「クゥッ」と胸をふくらませる。


 信吾はページをめくる手を止め、微笑んだ。

(二人とも……本当に仲良いよなぁ)

 二人の声が、曇った空とは逆に、部屋の中に明るさを灯していた。


「カッピー、次は必殺ボールいくよ!」

 正人が投げた折り紙ボールは変な軌道を描いてテーブルにぶつかり、ポトリと落ちる。

 カッピーは小首をかしげてから、ボールを拾いに“トコトコ”歩いて戻ってきた。

「クゥ……」

 どう投げても変な動きになるボールを前に、ほんの少し不満そうだ。


「カッピー、それ、僕がヘタなんじゃなくてさ……折り紙のクセなんだと思う」

 正人が苦笑いすると、カッピーは「ククッ」と鳴き、納得したようにうなずいた。


 その様子を見て、信吾は声を出さずに笑った。

 雨の音。折り紙がこすれる音。小さな声。

 ただそれだけなのに、部屋は不思議と満たされていた。


「……あ、そうだ!」

 正人が思いついたように立ち上がった。

「カッピー。僕さ、これからもカッピーと一緒に遊べること考えるね」

 そう言って胸を張ると、カッピーはその小さな体を近づけて、正人の手に頬を寄せた。


 信吾はそのシーンを見て、胸の奥がほんの少し熱くなった。

(出来ればこの時間が……ずっと続いたらいいのにな)


 雨はしとしと降り続き、静かな午後がゆっくりと流れていった。



―――――――――――――――――――


短編エピソード


『普通の休日』


 休日の昼下がり。

 リビングにはコーヒーの香りがふわりと漂い、窓の外では雲の切れ間からやわらかい陽が差し込んでいた。


 信吾と雅は向かい合って座り、忙しい日常の合間に小休憩を取っていた。

「正人が本当にお世話になってて……」

 雅はマグカップを両手で包みながら笑う。

「いえいえ。うちも助かってますよ。カッピー、正人くんがいると楽しそうだし」

 信吾がそう言うと、雅は少し目を細めた。


 リビングの真ん中では、正人とカッピーが何やら“不思議な儀式?”のような遊びをしていた。

「カッピー、これが新しいルールね!まず僕がジャンプして、次にカッピーが——」

「クゥッ」

 カッピーは正人の跳んだ高さを真似しようと、小さくぴょこんと跳ねる。

 雅はその光景を見て、口元を押さえながら笑った。


「……ねぇ信吾さん」

 雅はマグカップを少し下げ、真っすぐこちらを見た。

「はい?」

 信吾は姿勢を正し、雅の声の調子を聞こうとした。


 雅は少し照れたように、しかし真剣な声で続けた。

「正人、最近すごく楽しそうなんです。前は……こんなふうに誰かと安心して遊んでることが少なかったから」

「そうだったんですね」

 信吾は少し驚きながら、同時に納得もしていた。

 正人の無邪気さの裏に、そんな背景があったとは。


「ほんとに……感謝してます」

 信吾は軽く頭を下げ、少し照れたように笑った。

「こちらこそですよ。うちも変わりました。なんか、家が明るくなったっていうか」

 雅は柔らかく笑い返した。


「クゥーッ!」

 カッピーがなぜか勝利ポーズのように両手を上げた。

「やった!今の大成功だよカッピー!」

 正人の声が弾んだ。


 その瞬間、雅はふっと息をこぼす。

「……私、こういう日が来るなんて思ってなかったです」

「え?」

 信吾は顔を上げて雅を見る。


「普段、私と正人だけだと、“普通の休日”って、案外特別なんですよね」

 雅の言葉は静かに、けれど深く響いた。


 信吾はコーヒーを持ち直し、窓の外の陽を眺めた。

 たしかにこれは、普通の休日であり、特別な日かもしれない。

 笑い声がある家。

 秘密を共有する小さな仲間。

 そして——新しく生まれつつある信頼の空気。


 カッピーがふいに雅の方を向き、「クゥ?」と鳴いた。

 雅は嬉しそうに微笑み、カッピーに手を軽く振った。

「はいはい、見てるよ。二人とも楽しそう」


 やわらかい光と笑い声に包まれながら、静かで温かな時間が流れていった。



―――――――――――――――――――


短編エピソード


『買い物の帰り道、そして帰宅後の小さな輪』


 玄関のドアが開き、「ただいまー」と美沙の声が響いた。

 今日の買い物は予定より長引き、夕暮れが近づいていた。


「正人くんー?カッピーー?留守番大丈夫だった?」

 美沙が靴を脱ぎながら声をかけると、リビングから「うんー!」という返事と、「ククッ!」という甲高い鳴き声が同時に響いた。


 信吾と雅が後ろから荷物を抱えて戻ってきて、三人でほっと息をつく。


 リビングの扉を開けると——

 正人とカッピーが、床に広げたクッションを“要塞”のように積み上げ、中に隠れていた。


「これは……何をしてたの?」

 美沙が呆れ半分で聞くと、正人は胸を張って答える。

「カッピーの秘密基地を守ってたの!」

「クゥー!」

 カッピーが全力で賛同した。


 雅は思わず吹き出し、信吾も荷物を置きながら肩を揺らした。

「……いや、楽しそうでなによりだな」

 信吾が笑いながら言う。


「ちゃんと後で片すのよ」

 雅はクッションの壁を指さしつつ、やさしく注意した。


 美沙はクッションの“壁”を見ながら苦笑しつつも、柔らかい声で言った。

「正人くん、留守番してくれてありがとう。カッピーもね」


 正人は照れたように笑い、カッピーは嬉しそうに跳ねている。


 雅はその様子を少し離れたところで見つめ、ふっとつぶやいた。

「やっぱり……こういうの、いいですね」

「ん?」

 信吾は買い物袋を持ったまま顔を向ける。


「ただ帰ってきて、ただ笑って……それだけなのに、すごく安心する」

 雅の声は小さかったが、確かに部屋に染み込んだ。


 美沙が買ってきた野菜を台所に運び始めると、カッピーが後ろをトコトコついていき、雅は微笑んでその背中を見守る。

 正人は信吾のところへ来て、「ねぇ、秘密基地ね、あとで見ていいよ」と得意げに言う。

 信吾は少しだけ大げさにうなずいた。

「お、ありがとう。案内頼むよ」


 夕焼けが窓を染め、部屋の空気がゆっくりとあたたまっていく。

 誰かが帰ってきて、誰かが迎える——そんな当たり前の光景が、いつもより少しだけ特別に見えた。


 その中心には、カッピーの小さな丸い背中があった。



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