第48話 前編『カッピーと噴水』後編『激辛焼きそばは危ない』
第48話 前編『カッピーと噴水』
午前中の静かな公園。
まだ冬の名残を感じさせる冷たい風が吹く中、信吾はいつものようにカートを押しながらカッピーと散歩していた。
木々の枝はまだ寂しいままだが、太陽の光だけは少し春を思わせる。
公園の中央にある噴水へ近づくと、カートの中のカッピーが急に身を乗り出し、じっと水面を見つめた。
「……ん? どうした、カッピー」
信吾が立ち止まって顔を覗き込むと、カッピーは水に向かって前足を伸ばすようにしながら言う。
「クゥ!」
期待に満ちた声を上げた。
「噴水の中に入りたいの?」
問いかけると、カッピーはこくこくと頷くように体を揺らす。
「いやぁ……まだ寒いしなぁ。それに今はたまたま人通りがないけど、誰かに見られたら大変だし……」
信吾が困ったように言うと、カッピーはむっとしたように眉間を寄せてもう一度言う。
「クゥ!」
今度は少し怒ったように鳴いた。
「……はいはい、分かったよ。ちょっとだけだからな」
信吾はキョロキョロと周りを見回し、人がいないことを確認すると、そっとカッピーを抱き上げて噴水の縁へ近づく。
「絶対すぐ出るって言うなよ……?」
信吾はそう言いながら、そっとカッピーを水に入れてみる。
——ジャポン。
入った瞬間、カッピーの身体がビクンと跳ねた。
「クゥッ!?」
目を丸くし、一瞬水につかったものの……次の瞬間、ブルブルブルッと全身を震わせて、慌てて信吾の胸へ飛びついてきた。
「ほら言っただろ。まだ寒いんだって」
信吾は抱き寄せながら苦笑する。
「普段遊んでる屋上プールは温水だしな。そりゃ冬の噴水は冷たいよ」
カッピーは悔しそうに小さく「クゥ……」とつぶやき、信吾の胸の中で丸くなった。
————どれだけ好奇心旺盛でも、季節の厳しさには勝てないらしい。
それでもカッピーは、また暖かくなったら噴水で遊ぶ日を、ひそかに心待ちにしているのだった。
―――――――――――――――――――
第48話 後編『激辛焼きそばは危ない』
その日の信吾は、いつもと違う。
どこか冒険に向かう勇者のように、目の奥に決意を宿していた。
キッチンでしっかりお湯を切り、厳粛な手つきでテーブルに“完成した激辛焼きそば”を置く。
「今日はぼくの実力を見せるからね。カッピー、見ててね」
テーブルの下から、カッピーが首をかしげながら覗き込む。
その目は、なんとなくワクワクしているようにも見える。
「別に焼きそば食べるだけでしょ。なんでそんなに意気込んでるの?」
ソファーに座っていた美沙が、呆れた声で言った。
「これは普通の焼きそばじゃないんだ。ちょっと前にネットでも噂になってたしさ……今日は、ぼくと激辛焼きそばの“真剣勝負”なんだよ」
信吾はそう言いながら鼻息荒く、誇らしげに胸を張った。
「へぇ~、真剣勝負ねぇ。勝手に食べればいいと思うけど……アンタ辛いの得意じゃないでしょ。それに明日仕事でしょ?」
美沙はソファーにもたれながら、明らかに心配より呆れの割合が強い声を向けた。
「大丈夫!今日のためにバッチリイメージトレーニングしてきたから。今のぼくは最強だよ!」
信吾はドヤ顔で箸を握る。
「ほんとどうでもいいんだけどさ……カッピーが食べると大変だから気をつけてよ」
美沙が半分ため息交じりに言う。
「分かってるよ」
その返事と同時に、一口――。
瞬間。
「ッ……ッァァァァァ!?」
信吾の表情が “無” を通り越して “悟りの境地” に突入しかけた。
汗が一気に噴き出し、顔が真っ赤になり、喉を押さえて悶絶する。
テーブルの下では、カッピーが手足をパタパタさせ、まるで舞台でも見ているような楽しげな目で信吾を見上げていた。
「ぎ……ぎ、ぎゅうにゅう……っ!!」
信吾は激辛対策で用意していた牛乳とヨーグルトに手を伸ばすが——
秒で消滅。
途中で完全に言葉を失い、ただ「ヒィィ」とか「ンゴォ」みたいな声しか出なくなる信吾。
そして、そんなことを十数分繰り広げ、何とか半分ほど食べ進めたところで、ついに白旗。
「……む、無理……もうやめる……」
情けない顔でぐったりしながら信吾がつぶやく。
「まぁ、アンタにしては頑張ったんじゃない?でもどうすんの?
もうひとつ別の味の激辛焼きそばも買ってきてるんでしょ?」
美沙が容赦なく追撃する。
「いや、もう……パッケージ見るのすら辛い……しばらくそっとしておいて……」
信吾はぐったりとソファーにもたれかかった。
カッピーはそんな信吾の顔を楽しそうに覗き込み、「クゥ♪」と笑ったように鳴いた。
————勝負に敗れた勇者は、その日一日を口にほのかに残る辛さとお腹の痛み、そして、自己嫌悪と戦い続けた。
しかし、これはまだ序章にすぎない。
彼の激辛との戦いは、翌日“思わぬ形”で続くことになる——。
翌日。
ソファーの上に無造作に残された、もう一つの激辛焼きそば。
カッピーはそれをじーっと見つめ……
手と足でそっと押し、ゆっくりと時間をかけてテーブルの上にもう一個並べた。
「クゥ♪」
どうやら昨日の信吾の悶絶ショーがよほど楽しかったらしい。
こうして信吾の苦悩は今日も続く……。




