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第43話 『説得なんて最初から無理だったんだ。』

第43話 『説得なんて最初から無理だったんだ。』


 冷たい風が屋上を渡っていた。

 コンクリートの床には、午後の日差しが鈍く反射している。空は晴れているのに、空気はどこか重く、風の音すら張りつめて聞こえた。


 森田は手に汗をにじませながら、屋上の入り口を見つめていた。

 鉄の扉が開く音――その瞬間、信吾の肩がわずかに震えた。


 高城議員が姿を現した。

 上質なスーツに身を包み、ゆっくりと歩み寄ってくるその足取りには、自信が漂っていた。


「お久しぶりです。直接お会いするのは……しばらくですね。」


 森田の声は低く、それでいてどこか緊張を含んでいた。

 高城は鼻で笑い、手をポケットに突っ込みながら言った。


「雑魚どもを言いくるめるのに忙しいってのに、こんなところに呼び出しやがって。……で? 例の件だろ? 進展があったからこの俺をわざわざ呼び出したんだよな。……で、後ろのそいつは誰だ?」


「彼はあなたの大切な“有権者”ですよ。」

 森田の言葉に、高城の口元が歪む。

「あぁ、まぁいい。雑魚が何人いようが状況は変わらねぇ。で、今日は何の茶番だ?」


 森田は深く息を吸い込み、正面から高城を見据えた。


---


「率直に言います。――今回の計画は撤回してください。環境への配慮が全くない。利権ばかりが優先されているこんな計画では、自然が壊れるだけです。」


 その言葉に、信吾の胸がざわついた。

 (そんな言い方をしたら逆効果だ。高城議員が納得するわけない……。森田さん、一体何を考えてるんだ?)


 沈黙。

 次の瞬間、高城の口元に不気味な笑みが浮かんだ。


「はぁ……何だと? この俺が、お前ごときにわざわざ時間を作ってやったってのに、それが最初の言葉か。……急に正義のヒーロー気取りか? それとも後ろのガキに言いくるめられたのか?」


「僕は正義のヒーローなんかじゃない。……悪ですよ。悪は、成敗されなければならない。でも、その前に――あなたを告発します。」


 その瞬間、穏やかな風が一度だけ強まった。

 森田の声は、屋上の壁に反響して、空気を震わせるように広がった。

 言葉の一つひとつが、確かにこの場の空気を変えていく。


 高城は鼻で笑いながら、冷たく言い返した。


「……あぁ、そういうことね。俺に逆らえなくなったから、今度は“脅し”ってわけだ。お前、ほんっと救えねぇな。まぁいい。告発でもすればいいさ。その前に“お前が揉み消したあの件”を全部バラしてやる。それでもいいんだな?」


 高城の言葉に、森田はわずかに目を閉じ、それでも迷わず言葉を続けた。


「さっきも言いましたが、悪は成敗されなければならない。……それは覚悟の上です。」


 一瞬、高城の顔から表情が消えた。

 次いで、冷笑とともに吐き捨てるように言った。


「覚悟、ねぇ……。まぁ腹をくくってきたってことか。だがな、お前の証言が世に出せればの話だ。俺には“親父のツテ”がある。金を握らせりゃ何でもやる奴らもいる。お前に都合の悪い記事だって、いくらでも書かせられるんだよ。……“例の件”だって、あいつらに頼めば良かったんだ。そうすりゃ少しはマシだったかもな。」


 ――そこにいたのは、つい数十分前に支援者を前に“未来”を語っていた政治家ではなかった。

 ただ、己の利益と権力を守ることしか頭にない、一人の冷酷な男だった。


(説得なんて最初から無理だったんだ。……完全に、説得は失敗だ)

 信吾は心の中で呟いた。

 (このままじゃ森田さんが……。何とかしないと……)


 信吾が一歩前へ出ようとした瞬間、森田が右腕を横に出し、静かに制した。

 その姿は、決意の光を宿していた。


 森田はゆっくりと口を開いた。

「――高城議員。最後に一つだけ、聞いてもいいですか?」


「はぁ? 何だ、今さら。」

 高城が苛立たしげに眉をひそめる。


 森田はまっすぐにその視線を受け止め、静かに言葉を紡いだ。


「この計画が進めば、自然は確実に破壊されます。

 それに、雇用の面でも実態が伴わない部分が多い。――それでも、あなたはこの計画を進めるつもりですか?」


 高城は鼻で笑い、肩をすくめた。

「……何だ? さっきから“自然”だの“雇用”だと? そんなもん知るか。こんなド田舎、誰も見ちゃいねぇんだよ。木が何本枯れようが、山が一つ削れようが、関係ねぇ。俺は“動かしてる側”だ。止まってる奴に何が分かる? ……それにな、ここの連中はどうせ仕事が欲しいだけだ。環境?理念?そんなもん、腹の足しにもならねぇんだよ。まぁ俺が国政に行ったら議題にはあげてやるよ。」


 ――風が、屋上を通り抜けた。

 信吾の拳が震える。怒りと無力感。

 (もう、ダメだ……でも、どうすればいい……)


---


 そのとき――高城はポケットのスマートフォンを手に取った。


「……チッ、さっきからうるせぇなぁ。誰だ。こんな時に……秘書か。電話してくるなって言ったのに。使えねぇな。」


 苛立ちを隠さず、彼は画面を確認すると乱暴に通話ボタンを押した。


「今、話してる最中だ。後にしろ。」


『せ、先生っ、大変です! 会場のモニターに……!』

 電話越しの声が、風に揺れながらもはっきり聞こえた。


 高城の眉が動く。

『モニターに先生と……誰かとの会話映像が……流れています! 音声も入ってます! 発言を受けて支援者の皆さんが……騒然として……! 今どこにいらっしゃるんですか!?』


 屋上に、電話越しの慌ただしい声が響いた。

 一瞬空気が止まったように感じた。

 高城の顔から、血の気が引いていく。


「……何だと……?」


 その目が、ゆっくりと森田を見た。

 森田は、静かに立っていた。

その瞳には、恐れも迷いもなかった。

ただ、真っ直ぐに――“終わらせる覚悟”だけがあった。


 高城は唇を震わせ、呟くように言った。


「……てめぇ……まさか、最初から――」


 風が再び勢い良く吹き抜けた。

 会場の遠くから、人々のざわめきがかすかに届く。

 すべてが、ゆっくりと崩れ落ちていくようだった。


---


 ――説得なんて、最初から無理だった。

 森田はそれを分かっていた。

 だからこそ、彼は“覚悟”を選んだ。

 自分の罪も、恐れも、すべて自らで抱えて――真実を晒すという道を。

 正義とは、誰かを救うためだけの言葉じゃない。時に、それは自分の罪を直視するための“刃”でもある。

 森田はそれを知っていた。

 そして今、その刃を自らの手で抜いた。

 もう後戻りはできない。

 だが――その決意こそが、誰かの未来を救うかもしれない。

 そう信じて、彼は今、風の中に立っていた。


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