第41話 『僕に説得させて欲しい』
第41話 『僕に説得させて欲しい』
雪に濡れた街路が夕闇に溶けていく。
窓の外を走り抜けるヘッドライトが、白く滲んだ景色を横切った。
暖房の低いうなりと、湯呑みを置く小さな音だけが、静かな部屋に響いている。
あの瞬間から続く緊張が、まだこの部屋の空気に残っていた。
四人の視線が交差する中、森田がゆっくりと口を開いた。
「……ただ、一つお願いがあります。高城のことを公にする前に、彼と直接話をさせてください。僕に説得させてほしいんです。」
「話って……何をするっていうんですか? 今さら話し合っても、通じる相手じゃないですよ。」
信吾は眉をひそめ、少し身を乗り出した。疑念というより、心配の色が濃かった。
小林が冷静に言葉をはさんだ。
「確かに。信吾さんの言う通りです。それに次の日曜日、高城議員が支援者向けに開く後援会があるのはこちらも把握しています。
……たぶん高城議員にとってもそこが勝負どころのはずです。自分に反旗を翻した人たちを丸め込む最後のチャンスですし。そんな場で変に動けば火に油を注ぐだけですよ。」
小林は森田の目を見て言った。
「はい。分かっています。でも、僕にとってはそこしかチャンスがないんです。高城は普段、僕のような立場の人間からのアポイントなんて受けません。けど……今なら、話を聞くはずなんです。」
森田は静かに頷いた。
その声には、決意とわずかな恐れが混じっていた。
---
信吾は湯呑みを手に取り、ゆっくりと息を吐いた。
「……つまり、それだけ高城議員も追い詰められてるってことですね。」
「はい。そうです。」
森田は真っ直ぐ信吾を見つめた。
「でも、本当に大丈夫なんですか?説得したからってこの状況で丸く収まることなんて無いし。」
美沙が不安げに言った。
「正直、自信はありません。僕が動いたとしても何か変わるとは思えない。でも、今回のことは僕自身の弱さが招いたことでもあります。だから、僕の手で終わらせたい。僕を信じてほしい。……まあ、今さら信じてくれって言っても、説得力はないですけど。」
森田はわずかに笑みを見せながらも、その目の奥には後悔の色が深く残っていた。
静寂が落ちた。
時計の針の音が、やけに大きく響く。
誰もすぐには口を開かなかった。
「……ぼくは、森田さんを信じます。」
沈黙を破ったのは信吾だった。
彼はまっすぐ森田を見ていた。その表情に迷いはなかった。
「私も。」
美沙の声が続く。
「もう一度だけ、信じたいです。」
小林も小さく頷く。
三人の意思が揃った瞬間、森田は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に……ありがとうございます。」
声が少し震えていた。
---
顔を上げると、真剣な眼差しで続けた。
「もう一つだけ、お願いがあります。」
「お願い?」
信吾が問い返す。
「僕と高城が話すとき、信吾さんに同席してほしいんです。証人として。」
「えっ……ぼくが、一緒に?」
信吾は思わず声を上げた。
「はい。」
森田は力強く頷いた。
「あなたがいてくれたら、僕も冷静でいられると思うんです。」
その言葉に嘘はなかった。
信吾はしばし視線を落とし、考え込む。
「……分かりました。ぼくで良ければ。」
その声には、決意と少しの戸惑いが滲んでいた。
森田の表情が、ほっとしたように緩む。
「ありがとう、信吾さん。」
張りつめた空気が、ようやく和らいだ。
そのとき、廊下の方から軽い足音が聞こえた。
カッピーが小さなボールを手に持ってリビングに入ってくる。
そして、みんなの足元に「ポトン」と落とし、つぶらな瞳で見上げた。
「遊んでほしいんだね。」
美沙が笑みをこぼす。
信吾がボールを軽く蹴ると、カッピーは勢いよく飛びついた。
床に跳ねる音が、緊張の糸をふっと緩ませる。
「ありがとう。」
森田はしゃがみこみ、カッピーの頭を優しく撫でた。
「おかげて少しだけ、心が落ち着きました。」
その手の温もりに、言葉にならない思いが宿っていた。
信じられる存在が、確かにここにある――それだけで救われる気がした。
「どうなるかは分からないですけど……どうせやるなら、正面からぶつかるしかないですね。」
信吾は深く息を吸い、森田の方へ目を向けた。
美沙が頷き、小林も視線で応える。
森田の瞳には、もう迷いはなかった。
カッピーが「クゥ」と小さく鳴き、転がるボールを追っていく。
その姿を見つめながら、四人は改めて決意を噛みしめた。
---
――信じることは怖い。信じ合うことでしか前に進めない時がある。
約束を守る人がいれば、破ろうとする者もいる。だからこそ、守るべき約束のために、いま立ち上がる。
それが、絶望の底に落ちた男の最後の意地なのだから。
雪混じりの夜は静かに深まり、
次の日曜日へと時は進んでいく。
その日、森田は高城に何を語るのか――
そして信吾が何を見ることになるのか、まだ誰も知らなかった。




