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第35話 短編エピソード③

第35話 短編エピソード③

『カッピーと大雪』


 朝、カーテンを開けた美沙が小さく息を呑んだ。

「また積もったね……」

 外は静まり返り、街全体が白く包まれている。マンションのベランダにも、ふかふかの雪が肩を寄せ合うように積もっていた。


 リビングに出てきた信吾が言う。

「この冬はよく降るな。カッピーにも見せてやるか」


 美沙が頷き、窓を少し開けると、冷気が部屋の中に流れ込む。

 いつもの桶の中からぴょこんと顔を出したカッピーが、興味深そうにその白さを見つめた。


「寒いよ〜、触らせるの?」

美沙が聞く。

「ちょっとだけな」


 信吾が手のひらに雪を乗せて見せる。

 カッピーはじっと見つめ、そろそろと腕を伸ばした。指先でそっと触れると――すぐに小さく震え、

「クゥ」、と鳴く。冷たさが意外だったらしい。


 美沙が笑う。

「びっくりしたみたい」

「まぁ、水でもあんな冷たさはそうないからな」

 信吾も笑う

 カッピーはもう一度手を伸ばして、今度は両手ですくうように雪を持ち上げた。

 すぐに溶けて消えてしまうそれを、じっと見つめる。

 外の雪がしんしんと降り続ける中、カッピーの目にはどこか穏やかな光が映っていた。


 その夜、ベランダの隅に、小さな手形が残っていた。

 信吾が気づき、美沙に見せる。

「カッピー、もう一度見たくなったのかな」

 美沙は笑いながら頷いた。

 ――雪に慣れない子どものように、カッピーはこっそりと冬の音を確かめていた。



―――――――――――――――――――



短編エピソード

『カッピーが好きな音』


 夜のリビング。

 信吾はソファに座り、原稿を打ちながら、ふと手を止めた。


 桶の方から、小さな「クゥ……」という声がする。

 カッピーがぬるま湯の中でゆらゆらと浮かび、皿の縁をピクピク動かしていた。


「どうした?」

 信吾が近づくと、カッピーは反応せず、じっと耳を澄ますようにしている。


 美沙がコーヒーを淹れながら言う。

「きっと、あの音だよ」


 ぽこぽこと、湯が沸く音。

 部屋の中に広がる湯気と豆の香り。


 カッピーは目を細め、手を胸の前で組む。

 その仕草は、まるで心地よさを味わっているようだった。


「音に反応してるのかもな」

「うん。お湯があったかくなる音、好きなのかも」


 美沙が笑って、湯気越しにカッピーを見る。

 カッピーはその声に顔を向け、「クゥ」と一声。

 ぽこん、と湯の泡が弾ける。


 静かな部屋に、優しい音がいくつも重なる。

 コーヒーを注ぐ音、カップを置く音、雪解けのような湯の音。


 信吾と美沙が小さく笑い合うと、カッピーの体がほんの少し揺れた。

 まるでその音を“好き”だと伝えるように。


 ――カッピーの好きな音は、きっと、暮らしの中の「やさしい音」なのだ。



―――――――――――――――――――


短編エピソード

『カッピーのいたずら日和』


 休日の午後。

 信吾はノートパソコンを開いて作業していた。美沙は隣で雑誌を読んでいる。

 穏やかな時間――のはずだった。


 突然、ガタン、と鈍い音。

「なに!?」

 二人が振り向くと、観葉植物の鉢が床に倒れ、土が散乱していた。

 その隣に、濡れた足あとを残して固まるカッピーの姿。


「……やったな」

 信吾の声に、美沙が吹き出しそうになる。


 カッピーは両手を胸の前に引き、「クゥ」と申し訳なさそうな声を漏らした。

 皿の縁がぴくりと震えている。


「怒ってないよ。びっくりしただけ」

 美沙が笑いながらタオルを持ってくる。

「でも、これ結構倒れてるね。茎折れちゃったかな」


 信吾が鉢を起こしながら言う。

「水やりでもしようとしたのかもしれんな。最近、じっと見てたし」


 カッピーはうつむき、倒れた鉢の前でそっと手を伸ばした。

 葉を触って確かめるように、指先でやさしく撫でる。

 「クゥ……。」


 その姿に、美沙は柔らかく微笑んだ。

「大丈夫。少し切って植え直せば、また元気になるよ」


 信吾が片づけを終えると、カッピーはそっと近づき、手伝うように小さな土のかけらを拾ってきた。


「ありがと」

 信吾が声をかけると、カッピーは胸を張って、頬をふくらませたように見えた。

 その顔に、二人は思わず笑った。


 ――少しのいたずらと、少しの優しさ。

 カッピーの小さな世界は、今日も静かにあたたかい。



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