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第33話『小さな声、大きな想い』

第33話『小さな声、大きな想い』


  桜小路さんといさむんが帰った後。

 リビングには、しんとした静けさが戻っていた。

 窓の外では、夜の冷たい風が木々の葉を揺らしている。卓上のランプの灯が、淡く部屋を包んでいた。


 信吾はソファに腰を下ろし、ふうっと長く息を吐いた。

 「……よし。やるしかないな。」


  その言葉に、美沙がカップを持ったまま振り向く。

 「ちょっと待って。さっきまで“こんな短期間で何ができるんだろう”とか言ってた人が言うセリフ?」


  信吾は苦笑して、頭をかいた。

 「まぁ、そうなんだけどさ。釘は熱いうちって言うでしょ。だからやる時はやる。それでいいんじゃないの?」


  「ふーん。」

 美沙は呆れたように言いながらも、少しだけ笑みを浮かべた。

 「アンタってさ、勢いだけはあるよね。」


  「それって褒めてるのかけなしてるのか、微妙だなぁ……」

 そう言って信吾が苦笑する。

 部屋には、ほんのり温かい空気が流れていた。


  少し間を置いて、美沙が真剣な顔になる。

 「でもさ、信吾。ちょっと疑問なんだけど……確かに嘆願書を出すのは悪くないと思うけど、高城っていう政治家が悪いことしてるって分かってるなら、ニュースにしてもらった方が早くない?その方が世間も動いてくれるんじゃないの?」


  信吾は腕を組んだまま、しばらく考え込む。

 「うーん……確かにそうなんだけどさ。相手は政治家でしょ?多分、利権とかもあるだろうからぼくらが何か言ったって、まともに取り上げてくれる記者なんているかな。どうせ“ただの一般人の勘違い”にされて終わりだよ」


  その時、信吾の表情がふと変わった。

 「……あっ、そうだ。一人いるじゃん。小林さん。」


 「えっ、小林さん?」

 美沙が首をかしげる。


  「うん。新聞記者の小林拓也さん。すごく真面目な人だよ。カッピーのことを知っても記事にはしなかったし。ぼくは信頼できる人だと思う。」


  「あの三流記者?あんな人、信用できるわけないじゃん。」

 美沙の声に軽い棘が混じる。


  信吾は肩をすくめて笑った。

 「うーん、そうかなぁ。でも、小林さん以外に何か良い案ある?ぼくらが持ってるカードなんて、そんなにないよ。それに、小林さんから誰か紹介してもらえるかもしれないし。」


  美沙は少し黙り込み、視線をそらした。

 「……勝手にすれば。私、知らないから。」


  そう言いながらも、彼女の声にはどこか嬉しそうな色が混ざっていた。



---


  数日後。

 午後の日差しが柔らかく差し込むリビング。信吾の前に、小林拓也が座っていた。


  白いシャツの袖を軽くまくり、落ち着かない様子で手帳をめくっている。

 「なるほど……そういうことなんですね。ご提供頂き、ありがとうございます。」

 小林の声はいつもより低かった。


  信吾は、川辺の埋め立て計画のことで高城達が不正をしていること、そして地域住民としての不安を一つひとつ丁寧に説明した。

 話が終わると、小林は深く息をついた。


  「……正直、難しい内容ですね。」

 小林は苦い顔をして言った。

 「やっぱりそうですか。」

 信吾の声に、落胆の色が混じる。


  「正直な話、僕の耳にもそのタレコミは入って来てはいます。ただ、相手は政治家ですし、下手な書き方をすれば、こちらが潰されかねません。だから記事にするには、確実な証拠と、裏付けが絶対に必要です。」


  その言葉を聞いて、美沙が眉をひそめた。

 「何よ……結局、役に立たないってこと? 本当に三流記者ね。」


  小林は一瞬、目を伏せた。

 その静けさの中で、信吾が美沙をなだめる。

 「まぁまぁ、美沙さん。それは言いすぎだよ。」


  小林はゆっくり顔を上げた。

 「いえ、いいんです。この件に関しては会社としてあまり積極的に動けないのは事実ですし……でも、放っておけません。こんなこと、許されるわけがない。

 だから、僕にも協力させてください。できる限りのことは、やります。」


  その言葉に、信吾は驚いたように目を見開いた。そして、穏やかな笑みを浮かべる。

 「……ありがとうございます。じゃあ、一緒に頑張りましょう」


  小林は小さく頷き、胸ポケットのペンを握りしめた。その仕草には、記者としての覚悟が宿っていた。



---


 ——どんなに小さな声でも、

 まっすぐな想いがあれば、

 きっと誰かの心に届く。


 信吾たちの戦いは、静かに、そして確実に動き始めていた。



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