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第29話 『元気の源』

第29話 『元気の源』


 夕暮れ。

 リビングのドアが開き、信吾がどんよりとした表情で帰ってきた。


「おかえり、信吾。どうしたの? 顔が疲れ切ってるけど」

 美沙が心配そうに声をかける。


「いやー、今日さ……仕事でミスを連発しちゃってさ。おかげで昼飯食べる時間も無かったんだよ」

 ソファに腰を下ろした信吾は、肩を落としながらため息をついた。


「そうなんだ。大変だったのね。あぁ確か今日の信吾の占いの順位、最下位だったね。それにラッキーパーソンがお面を被った人だったから、それを発見出来なかったせいかな」

 美沙は冗談めかして笑いながらも、どこか気遣うような声で言った。


「いや、どんなラッキーパーソンだよ。日常生活送ってて、お面を被った人に会うことってほとんど無いだろ」

 信吾は苦笑しながら、額をかいた。


「まぁ、確かにね。でも、もう終わったことだし、気にしないのが一番じゃない?」

 美沙はコップに水を注ぎ、そっと信吾の前に置いた。


「うーん、まぁそうなんだけどさ……。気にしないようにしても、こういうのって後からじわじわ来るんだよなぁ」

 信吾は天井を仰ぎながら、力なく笑う。


 そのとき、いつもの桶の中でくつろいでいたカッピーがぴょこんと現れた。

 小さな足音を立てながら、信吾の隣までトコトコと歩いてくる。


 信吾の足元を一周して、ちょこんと座り込み、じっと顔を見上げた。

 おそらく別に心配しているわけではない。ただ、信吾が帰ってきたから「そろそろご飯の時間かな」と思っただけなのだろう。


 それでも、その何気ない仕草に信吾は少しだけ笑った。


「ほら、カッピーも“気にするな”って言ってるよ」

 美沙が微笑みながら言う。


「いや……多分、カッピーは全然そんなこと考えてないと思うけど。普段この時間にご飯食べてるから、こっち来ただけだと思うよ」

 信吾は小さく笑って、カッピーの頭を軽く撫でた。


「クゥ?」

 カッピーは小さく首をかしげた。その目は“ご飯、まだ?”とでも言いたげだ。


 信吾はその様子を見て、少し肩の力を抜く。

「まぁ、でも、ちょっと元気出たよ。ありがとう、カッピー」


 カッピーは“なんで感謝されてるの?”という顔で、また首をかしげる。


「じゃあ、この件はもう終わりね。ご飯の準備できてるから、食べちゃおう」

 美沙がそう言ってテレビをつけた。


 画面ではスポーツニュースが終わり、次のコーナーが始まる。

 スーツ姿の高城 進が、爽やかな笑顔で新たな川辺一帯の土地利用開発計画について語っていた。



---


高城たかじょう すすむ


地元の地方議員。父親が有力国会議員。

強引な政策推進で知られ、資金稼ぎのために川辺を埋め立てる計画を立てている。

表向きは地元経済の発展を口にするが、その裏には私利私欲や権力拡大の思惑がある。

信吾達にとっては大きな壁となる存在。



---


「地域の発展のためには、この川辺の再開発が不可欠なんです。

 私たちは未来のために、今、動かなくてはいけないんですよ」

 高城はどこか芝居がかった口調で、カメラ目線のまま語っていた。


 その言葉に、美沙が眉をひそめた。

「これ……森田さんといた時、ラジオで聞いた話だよね」


「うん。そうだね。森田さん、不安って言ってた。

 “眠り沼”のこともあるし、あの辺をいじるのはちょっと危ないって」

 信吾が真剣な顔でうなずく。


 だが次の瞬間——


「クゥ?」

 カッピーがテーブルの端に手を伸ばし、味噌汁の器を揺らした。


「あっ——!」

 ドンッ!

 器が見事に横倒しになり、味噌汁がテーブルを伝って流れ出す。


「ちょ、カッピー!? もう。やっちゃったー!」

 美沙が慌てて布巾を取りに走り、信吾がカッピーを抱き上げる。


「カッピー! 危ないだろ、もう!」

 信吾はズボンを拭きながら声を上げたが、その口調には怒りよりも苦笑が混じっていた。


「クゥ〜……」

 カッピーはしょんぼりと肩を落とすように鳴き、じっと信吾を見上げる。


 床はびしょびしょ、信吾のズボンもずぶ濡れ。それでも、どこか笑ってしまうような光景だった。


 床を拭きながら、信吾は苦笑して美沙を見る。

「ま、なんだかんだで……カッピーがいると退屈はしないな」


 美沙も、少し呆れながら微笑む。

「ほんと、カッピーがいるとドタバタだけど……でも、明るくていいよね」


 信吾がバケツを持ち上げ、美沙が最後の一滴を拭き取った。

 その横で、カッピーはその光景が楽しいのかのんびり「クゥ」と声を上げていた。


「……まぁ、こうして笑えるうちは大丈夫か」

 信吾がぽつりとつぶやくと、美沙は優しくうなずいた。


「うん。きっとね。カッピーが、うちの“元気の源”だからね」


 テレビの中で、高城がまだ、未来を語っている。

 だが、その声は信吾と美沙にはもう遠くに感じられた。


 ——カッピーがいる限り、この家にはきっと、暗くなりすぎる日なんて来ない。

 信吾は、テーブルの脚に残った小さな水滴を拭きながら、静かに笑った。


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