第27話『カッピーと初夢の日』
第27話『カッピーと初夢の日』
元日の次の日の午前中。
初夢の日。
信吾と美沙は、元日の餅の残りを焼いて食べ終え、リビングでくつろいでいた。
窓の外はまだ正月の名残が残る静けさ。ゆるやかに時間が流れていた。
「もう年、明けちゃったねぇ」
美沙がみかんを手に言う。
「ほんとにな。初詣、結局行かなかったね。カッピー置いてくのもなぁ」
信吾は湯飲みを傾けながら、ちょっと言い訳っぽく笑う。
「まぁ、今年は三人元気で新年を迎えられた、それで良かったんじゃないかな。……ていうか美沙さん、それ何個目?」
信吾が半分呆れたように言うと、美沙は口いっぱいにほおばりながら答えた。
「ん? たぶん三個目くらい?」
「絶対“三個目”じゃないだろ」
信吾の突っ込みに、美沙はいたずらっぽく笑った。
カッピーはいつもの桶の中で、ぬるま湯にくるまれながらウトウトしている。
そんな緩い空気を切り裂くように、美沙がふと思い出したように言った。
「あっ、そうだ。久方さん、やっぱり今日は来れないって」
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久方かなえ
ゴンちゃん(ドラゴン)がいた時に隣に住んでいた女子大生。
赤荻さんの孫であり、ドラゴンを見守る守護者でもある。
一時的には信吾達を監視するような行動にあったが、ゴンちゃんと自分自身の正体を明かしたことで信吾達と深く関わるようになった。
信吾とは恋仲になるかとも思われたが、結局進展はせず、現在はマンションを出て大学の寮で生活している。アニマルセラピストを目指して研究に励んでいる。
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「えっ、そうなの? 残念だなぁ」
信吾はみかんの皮を指先で丸めながら、できるだけ平然を装う。
けれど、ほんの少しだけ声のトーンが下がっていた。
「久方さんと会えるの、楽しみにしてたしね?」
美沙がからかうように微笑む。
「ち、違うよ。久しぶりに顔見たかっただけだよ」
信吾は少し肩をすくめ、わざとそっけなく言う。その反応が図星っぽくて、美沙はくすくす笑った。
「まぁ、そういうのを楽しみにしてるっていうの。なんか、大学の論文とアニマルセラピーの研究がまだ終わらないんだって」
「そうなのかぁ……」
信吾の返事は短く、どこかしょんぼりして聞こえた。
その足元で、さっきまで寝ていたカッピーがむくりと起き上がる。
そして、最近お気に入りの“きまっりー”のキーホルダー(新聞記者・小林にもらったやつ)を、ちょこんと信吾の足元に置いた。
「ほら、カッピーだって言ってるよ。ウダウダしてないで、ちゃんとするのが“きまっりー”って」
美沙が肩をすくめながら言う。
「いや、絶対言ってないって。置いたのはただの偶然だから」
信吾は苦笑いして否定するが、カッピーは無邪気に「クゥ」と鳴いた。
「まぁ、私はどっちでもいいけどさ。久方さんだって、これから社会人になっていくんだからね」
美沙はみかんの皮を丸めながら、少し優しい声で言った。
「……分かってるよ」
信吾は静かに答えた。
「でも、その代わりじゃないけど──久方さんのおばあちゃんが、赤荻さんに会うついでに顔出すからよろしくだって」
美沙が言う。
「久方さんのおばあちゃん? ああ、守護者の中でも偉い人なんでしょ? 赤荻さんからしたら、“奥さんなのに”全然頭が上がらないって久方さんが前言ってたな」
「ううん、“奥さんだから”が正解でしょ」
美沙はくすっと笑う。
「でも、どんな人なんだろうな。一回会ってみたかったから、楽しみだな」
信吾が言うと、美沙は頷きながら答えた。
「なんか、今日の午後には来るみたいだよ」
その足元では、カッピーが“きまっりー”のキーホルダーを手に持ち、首をかしげながら見つめていた。
光を反射してゆらゆら揺れるキーホルダーの金具が、まるで何かの前触れみたいにきらめく。
穏やかな午前の空気の中、三人の部屋に小さな期待が生まれた。
果たして、赤荻翡翠という“守護者のボス”はどんな存在なのか──。
それは、午後になってからのお楽しみである。




