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第25話 短編エピソード②

第25話 短編エピソード②

『カッピーの皿』


 朝の光がカーテン越しに差し込む。

 信吾は食卓でコーヒーを飲みながら、新聞を広げていた。

 美沙はトーストを焼きながら、ふと桶の方を見やる。


「……あれ? カッピー、元気ないね。」


 桶のふちに座るカッピーは、背を丸めてとぼんやりしている。

 いつものような「クゥッ」という明るい声もない。

 信吾が覗き込むと、カッピーの頭の皿が少し乾いていた。


「もしかして……皿、乾いちゃったのか?」

 信吾が顔をしかめてつぶやく。

 皿を指でそっと触れると、ほんのり温かいが水気はない。


「えっ、そんなことあるの?」

 美沙がトーストを持ったまま目を丸くする。


「前にネットで見た。カッパって皿の水がなくなると力が出ないって。」

 信吾は少し焦りながら、台所へ駆けた。


 信吾が急いで台所から小皿に水をくんで戻ると、カッピーはゆっくり顔を上げた。

 美沙がやさしく声をかける。


「はい、カッピー。ちょっと頭出して。」


 カッピー前に出て、こてんと頭を傾ける。

 美沙がそっと水を注ぐと、皿の中で水面がきらりと光った。

 するとカッピーの目がぱちっと開き、「クゥ〜!」と元気な声が響いた。


「……回復、早っ。」

 信吾が思わず笑うと、美沙もつられて吹き出した。


「やっぱり、水が命なんだね。」

 美沙は笑いながらタオルで手を拭く。


 カッピーはうれしそうに桶の中を一周して、

 最後に二人の前でちょこんと座り、得意げに胸を張る。

 その仕草がまるで「もう大丈夫」と言っているようだった。


「ちゃんと皿のケアもしなきゃね。」

 信吾が感心したように言う。


「加湿器のそばに桶置こうか。」

 美沙が提案しながらカーテンを少し開けた。


 二人がそんな話をしていると、カッピーは信吾の方を見上げてた。


「もっと……水、お願いってことか?」

 信吾が苦笑まじりに言うと、カッピーはこくんとうなずいたように見えた。


「まったく、手のかかるやつだな。」

 信吾がそう言いながらも、目尻にはやさしい笑み。


 カーテンの向こうでは、冬の朝日が静かにきらめいていた。

 皿の水面にも、それと同じ光がやさしく揺れていた。



―――――――――――――――――――


短編エピソード

『カッピーと掃除機』


 休日の午前。

 信吾は掃除機を持ち上げながら、「今日は徹底的にやるぞ」と宣言した。

 美沙はソファの上でクッションをどけながら苦笑する。


「またカッピー、逃げるよ?」

 美沙がいたずらっぽく言う。


「平気平気。慣れただろ、もう。」

 信吾は笑いながらスイッチを入れた。


 しかしその言葉を裏切るように、桶の中から「クゥッ!?」という鋭い声。

 次の瞬間、カッピーはバシャッと水しぶきを上げて飛び出した。

 掃除機の音が“ブォォォッ”と響くたびに、床を滑るように後ずさりする。


「カッピー、敵じゃないってば!」

 美沙が笑いながらなだめるが、カッピーの視線は完全に戦闘モード。

 丸い目を細めて、ちょこんと尻尾を上げた。


 信吾は少し離れた位置から苦笑しつつ、

「この感じ、まるで昔の映画の怪獣対ロボットだな……」とつぶやく。


 掃除機のヘッドが近づくと、カッピーは両手を広げて威嚇するように「クゥーッ!」

 そのあと、思い切り後ろにジャンプして桶の陰に隠れた。

 ……ただし勢い余って頭の皿の水がチャポンとこぼれ、ちょっとしょんぼり顔。


「やっぱり怖いんだね。」

 美沙が霧吹きでやさしく水分を足してあげる。

 信吾は掃除機の電源を切り、

「ほら、静かになったろ? もう大丈夫だ。」と声をかけた。


 恐る恐る顔を出したカッピー。

 掃除機が動かないと分かると、そっと近づき、

 ヘッドの先を指先でつん、と触った。


「クゥ……」

 まるで「こいつ、生きてない?」と確認しているみたいだ。


 その表情に、信吾と美沙はつい笑ってしまう。


「どうやら、今日はカッピーの勝ちみたいね。」

 美沙が肩をすくめる。


「いや、掃除できてないから負けじゃないか?」

 信吾が笑って返す。


 二人の笑い声に、カッピーも安心したように小さく鳴いた。

 掃除機と桶の間で、ほんの少しだけ平和な休戦協定が結ばれたようだった。



―――――――――――――――――――


短編エピソード

『カッピーの一人時間』


 昼下がり。

 部屋の中は静かだった。

 信吾と美沙は、少しの買い物に出かけていた。

 「すぐ戻るからね」と言われたけれど、カッピーは玄関の方をじっと見つめたまま動かない。


 カチャ、と鍵が閉まる音。

 それが合図のように、部屋の中にしんとした空気が広がる。

 普段ついているはずのテレビもついていない。

 聞こえるのは、冷蔵庫の小さな唸りと、時おり水の滴る音だけ。


 カッピーは桶から身を乗り出し、ゆっくりと床を歩いた。

 人がいない部屋は、いつもより広く感じる。

 カーテンの隙間から射す光の中に、ホコリがきらきらと舞っていた。


 信吾の座っていた椅子の足に触れてみる。

 冷たくて、ちょっと寂しい。

 美沙のマグカップの中には、まだ少しだけお茶の香りが残っていた。

 カッピーはその場に少し残り、「クゥ……」と小さく鳴いた。


 やがて、自分が元いた桶の中にもぐり込む。

 もう何回も一人でお留守番することはあったが、今日はなぜか寂しさが募る。

 そのまま、まぶたが少しずつ重くなっていく。


 ──どれくらい眠っていたのだろう。

 玄関のドアが「ガチャッ」と開く音で、カッピーはぱちりと目を開けた。


「ただいまー!」

 信吾の明るい声が弾んだ。靴を脱ぐ音まで嬉しそうに響く。


「カッピー、お留守番ありがと!」

 美沙が笑顔で手を振りながら部屋に入ってくる。


 カッピーは桶の方へ小走りで戻り、勢いよく立ち上がる。

 皿の水がぴちゃっと跳ねるのも気にせず、「クゥッ!」と鳴いた。


「ごめんね、寂しかった?」

 美沙がしゃがんで、そっと頭を撫でる。

 信吾も笑いながら言った。

「偉かったな。今日もちゃんとお留守番できたね。」


 カッピーは二人の手のぬくもりを感じるように、目を細める。

 その小さな体が、ぽうっとあたたかい光に包まれたように見えた。


 外は夕焼け。

 窓の向こうの空がゆっくりとオレンジから紫に変わっていく。

 その光の中で、三人は自然と寄り添い――

 何でもない一日が、そっと心に刻まれていった。



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