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第24話『カッピーのクリスマス』

第24話『カッピーのクリスマス』


 雪が静かに舞い降りる夜だった。

 山之内家のリビングは、やわらかな光に包まれている。

 テーブルの上にはチキン、サラダ、そして小さなショートケーキ。

 中央には控えめに飾られたクリスマスツリーが立ち、天井近くで星の飾りがきらりと光っていた。


「わぁ〜! きれいだね!」

 正人が目を輝かせながらツリーを見上げる。

「がんばった甲斐があったね」

 美沙が微笑む。彼女の手には飾り付け用の金色のリボンが握られていた。


「カッピー、これ持ってて」

 正人がリボンを手渡すと、カッピーは首をかしげながらも両手でそっと受け取る。

 枝を見上げては「クゥ?」と鳴くが、どうしていいのか分からない様子だ。


「えっとね、それはツリーに飾るんだよ」

 正人が身振りを交えて教えるが、カッピーは手先がうまく動かない。

 不器用に枝へ掛けようとして、リボンを床に落としてしまった。


「わぁ〜、もう、こうやってね」

 正人は笑いながらカッピーの手をとり、一緒に枝にリボンを結びつけた。

「ほら、今度はカッピーが置いてよ」

 そう言うと、カッピーは嬉しそうに「クゥ!」と返す。

 だが、再びリボンを掴む手がぷるぷる震え、結局うまく結べない。


「カッピーには、ちょっと難しいかもね」

 美沙がくすっと笑う。

 それでもカッピーは諦めず、何度も挑戦する。

 その真剣な表情があまりに一生懸命で、信吾と雅は思わず笑ってしまった。


「上手、上手。ほら、カッピーもすっかりクリスマス職人だ」

 信吾が冗談めかして言うと、美沙が肩をすくめながら微笑む。


「でもカッピー、クリスマスが何なのか分かってないと思うよ」

 美沙がリボンを見つめながら言う。


「まぁ、そうだよな。急にツリー出てきて、ごちそう食べて、何事かって感じかもな」

 信吾が笑いながら応じる。


 二人がそんな会話をしている間も、カッピーは「クゥ〜」と嬉しそうに鳴きながら、結ばれたリボンをちょんちょんと触っていた。



---


 やがてテーブルを囲んで乾杯の時間になった。


「メリークリスマス!」

 信吾が声をあげると、グラス同士が軽やかに音を立てた。


 カッピーは少し驚いたようにきょとんとする。

「カッピー、こうやってね、“おめでとう”って意味なんだ」

 正人が説明しながら、カッピーのグラス(中身はキュウリジュース)を軽くカチンと合わせた。


 カッピーも真似をして「クゥ!」と鳴く。

 どうやら気に入ったようで、何度もグラスを合わせようとした――その拍子に、グラスの中身がこぼれてテーブルに広がった。


「うわっ!」

 美沙が慌ててナプキンを掴む。

「ちょ、待て、タオル!」

 信吾が立ち上がって急いで台所からタオルを持ってくる。

 雅も「こっちも垂れてます!」とフォローし、テーブルの上は一時プチパニック状態になった。


 当のカッピーは、何が起こったのか分からないまま「クゥ?」と小首をかしげている。

「おいおい、大惨事になってるじゃないか」

 信吾が困った顔で言うと、カッピーはうれしそうに目を細めた。

 その仕草にみんなの緊張がほどけ、自然と笑いが広がる。


「カッピー、まだチキンは食べられないからね」

 美沙が皿を差し出しながら言う。

「キュウリのサラダはいっぱいあるよ」

 雅が微笑むと、カッピーの目がぱっと輝いた。


 頭のお皿を押さえながら「クゥ〜!」と喜びを表す。

「今の“クゥ”、たぶん喜んでるんじゃない?」

 美沙が笑いながら言うと、

「いや、もしかしたら“もっとキュウリ”って意味かも」

 信吾が返し、二人の笑いが弾ける。


 正人も「カッピー、食いしん坊だなぁ」と笑い、食卓は一気に温かくなった。



---


 夕食が終わるころ、外では雪が少し強くなっていた。

 正人とカッピーはベランダに出て、舞い降りる雪を眺めていた。


「寒いから、長く出ちゃダメよ」

 雅が心配そうに声をかける。


「わかってるー!」と正人が答えながら、カッピーの肩に小さなブランケットをかけてやる。

 冷たい空気に触れたカッピーは「クゥ……」と声を漏らし、空を見上げた。

 舞い降りた雪を手のひらで受け止め、その儚く溶ける瞬間をじっと見つめる。

 その横顔には、どこか神妙な表情が浮かんでいた。


 部屋の中からその姿を見つめる信吾は、胸の奥にじんと温かいものを感じた。

(言葉は通じなくても、ちゃんと心はある。感情も……喜びも)



---


 食後、プレゼント交換の時間がやってきた。

 ツリーの下には小さな包みがいくつか置かれている。

 信吾からは正人へ工作セット、美沙からは雅へ手作りのポーチ、

 雅からは信吾と美沙へクッキーの詰め合わせ。


 そして――正人が、少し照れくさそうにひとつの箱を取り出した。

「これ、カッピーへのプレゼント!」

 包み紙には、子どもの字で「かっぴーへ」と書かれている。


 カッピーはその文字をじっと見つめ、首をかしげた。

 正人が笑いながら包みを手渡すと、カッピーは両手で大事そうに受け取った。

 指が不器用に動いてなかなか破れないので、信吾が横から少し手を貸す。

 ぺり、と紙がはがれ――中から出てきたのは、薄い水色の小さなクロスだった。


「カッピーね、乾燥するとお皿がカピカピになるでしょ? だから、これで守れるようにって」

 正人が誇らしげに言う。

 クロスには、カッピーの顔を模した刺繍と「KAPPY」と書かれたタグが縫い付けられていた。


 カッピーはそれを見つめ、しばらく動かなかった。

 やがて、ゆっくりと両手でクロスを抱きしめ、「クゥ……」と小さく鳴いた。

 その声はいつもよりも柔らかく、どこか温かかった。


「今の“クゥ”、たぶん……嬉しいって意味だな」

 信吾が呟くと、美沙も微笑んで頷いた。

「うん。きっとそうだね」


 雅も静かに笑みを浮かべる。

「言葉が通じなくても、ちゃんと伝わるんですね」

 正人は胸を張って言った。

「だって、兄弟だもん!」


 その言葉にカッピーは両手を広げて「クゥ!」と鳴く。

 その無邪気な姿に、みんなが笑い声を上げた。



---


 夜が更け、食卓の灯りが少しだけ落とされた。

 窓の外では、雪が静かに積もり続けている。

 ツリーの光が淡くゆらめき、カッピーの腕にかけられたクロスがその灯りを受けてきらりと光った。


 信吾は小さくつぶやく。

「カッピー……クリスマスっていうのはね、人と人が気持ちを贈り合う日なんだ。プレゼントだけじゃなくて、想いも一緒に」


 もちろん、カッピーはその言葉の意味を理解していない。

 ただ、穏やかな笑みを浮かべて「クゥ〜」と返すだけ。

 けれどその声には、不思議なあたたかさがあった。


(あぁ、たぶん……カッピーなりに分かってるんだろうな)

 信吾はそう感じながら、美沙と目を合わせて微笑んだ。



---


 雪の夜。

 家族ではない五人が、ひとつのテーブルを囲んで笑い合っている。

 それは血のつながりを超えた、ささやかな奇跡の光景だった。


 外の世界が冷たく静まり返っても、この部屋の中だけは――

 いつまでもあたたかく、やさしい時間が流れていた。


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