第11話 『カッピーとお散歩へ』
第11話 『カッピーとお散歩へ』
休日の午前中。
昨日、新聞記者の小林拓也にカッピーの存在を目にしてしまったこと。幸い記事にはしないと言ってくれたが、信吾はその善意を信じていいのかどうか、答えを出せずにいた。
そのことを相談しに、赤荻さんの作業スペースを訪れていた。
作業スペースには、大小さまざまな工具や金属パーツが並び、空気には鉄と機械油の匂いが漂っている。赤荻さんは無骨な作業机の前に座り、顎を撫でながら信吾の話を黙って聞いていた。
「……というわけで、昨日は本当に焦りました」
信吾が話を締めると、赤荻さんは「ふむ」と低くうなった。
「ぼくは小林さんは信用できると思うんですけど、赤荻さんはどう思います?」
信吾は真剣な顔で尋ねる。
「そうだな。何とも言えねぇな。ただ、新聞記者ってことを考えると、良くはねぇな」
赤荻さんの声は落ち着いていたが、その眼差しは鋭さを帯びていた。
「確かにそうなんですけど……でも、悪い人には見えないんですよね」
信吾はなおも迷いを吐き出す。
「まぁな。ただ、お前はすぐ、人を信用するところがあるからな」
赤荻さんは苦笑まじりに言った。
「いや、それ赤荻さんが言うセリフじゃないでしょ」
信吾は思わず突っ込んだ。
※赤荻さんは前回、信吾達と暮らしていたゴンちゃん(ドラゴン)用に作成した移動用カートに発信機と盗聴器を仕掛けていた。
「そうだな。そういえばそんなこともあったな」
赤荻さんはあっさり認めて肩をすくめる。
「……もう、昔のことなんで気にしてないのでいいんですけどね」
信吾は苦笑し、深いため息をひとつついた。
作業スペースにしばらく静寂が流れる。外からは冬らしい冷たい風の音だけが聞こえ、室内にはストーブの小さな唸りが響いている。
その空気を破ったのは、赤荻さんだった。
「それにしてもだが、カッピーは外に連れて行ってるか?」
「え? いや、さっきも話しましたけど、見つかると大問題になるので、ずっと室内ですよ」
信吾はすぐに首を横に振った。
「いや、それはまずいな。三月には川辺の群れの中に帰すんだろ? 全く自然に触れさせないのは良くないだろ」
赤荻さんの声は重く、しかし優しさがにじんでいた。
「……確かにそうですね。でも、小林さんの件もあったし」
信吾は弱々しい声で言った。
「大丈夫だ。もう作ってある」
赤荻さんの表情は自信に満ちていた。
「えっ……何をですか?」
「ちょっと待ってろ」
そう言って、赤荻さんは奥の作業スペースへと姿を消した。
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ガラガラと車輪の音が響き、数分後、赤荻さんが少し大きめのカートを押して戻ってきた。
信吾の目は驚きに見開かれた。
「な、なんですかこれ……!」
赤荻さんは得意げに説明する。
「カッピーの散歩用カートだ。外側からは中が見えない構造になってる。あと、ここのボタンを押すと――」
カチリと音を立ててボタンを押すと、内側から細かいミストがシュッと噴き出した。
「……ミスト機能?」
信吾は呆然と見つめる。
「これなら乾燥も心配ないだろ。冬は特に空気が乾いてるからな」
赤荻さんの口調は誇らしげだった。
「うわぁ……またすごいの作りましたね。本当にありがとうございます。カッピーもきっと喜びます」
信吾は頭を下げて、心から感謝の声をあげた。
「今日は雪も降ってないし、散歩日和だろ。早速使ってみろ」
赤荻さんが軽く笑った。
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午後。
信吾と美沙は、赤荻さんが作ってくれたカートにカッピーを乗せ、並んで歩いていた。
外の空気に触れるのは久しぶりで、カッピーは嬉しそうに鼻をひくひく動かし、体を左右に揺らしては楽しげに鳴いていた。
「本当に赤荻さんには感謝だね」
美沙が柔らかく微笑む。
「うん。なんかカッピーのおじいちゃんみたいに思えてきた」
信吾は冗談めかしながらも、本心を口にした。
カッピーはまるで賛同しているのか、鳴き声を上げてカートの中で跳ねる。
「今日はどこに行こうか?」
美沙が問いかける。
「うーん。少し遠いけど、美沙さんがカッピーと初めて会った川辺に行ってみようよ。何か分かるかもしれないし」
「そうだね……」
美沙は少し目を細め、頷いた。
楽しそうにカートの中で揺れるカッピー。
その姿を見つめる信吾と美沙の胸にも、温かな光が灯る。
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やがて三人は、川辺にたどり着いた。冬の川は水面がきらめき、透き通るような冷たい流れが静かに音を立てていた。枯れ草の間からは氷が顔を覗かせ、白い息を吐きながら並んで立つ二人とカートに乗るカッピーが、その風景の一部になった。カッピーはカートの中で鼻を突き出すようにして外の空気を吸い込み、ふわりと手足を広げる仕草をした。
美沙はしばらく川面を眺めた後、ぽつりと口を開いた。
「……ここで初めて会ったんだよね。あの時はまさか一緒に散歩する日が来るなんて思わなかった」
信吾は頷きながら、小さく笑った。
「そうだね。あの時に会わなかったら、今、どうなってたんだろうね」
カッピーが短く鳴き、二人の声になにか答えるかのように。
その穏やかな時間を破るように、背後から声が飛んできた。
「おーい! 君たち、こんなとこで何してるんだ?」
二人が振り返ると、冬の川沿いを人影がこちらへ近づいてきていた。
思いがけない出会いの予感に、信吾の胸はざわめいた。
それが新しい道を開くものなのか、それとも厄介な波紋を広げるものなのか――この時の彼らには、まだ分からなかった。




