LOG_0005:廃棄処理プロトコルの完全記録(後半)
Finis et Initium.
《終わりと始まり》
40年間の人生が、7分32秒で「資源」へと変換される――。
廃棄処理施設の最終区画で、市民Mem-10-087を待ち受けるのは、意識を保ったまま肉体が溶解していく、究極の「循環」である。
高圧酸性溶解チャンバーの透明な壁の向こうで、彼女は何を想うのか。
E.O.Nは語る。「これは終わりではなく、変換である」と。
未開人は叫ぶ。「これは殺人であり、尊厳の蹂躙である」と。
COREは断言する。「これは効率であり、文明の証明である」と。
しかし、白い霧の中で静かに消えゆく一人の女性が遺すものは――
数値にも、論理にも、還元できない何かなのかもしれない。
これは、人間が「物質」になる瞬間の完全記録。
そして、システムと人間性が最後に激突する、思想戦争の最前線。
君の目に映るのは、「完璧な秩序」か、「許されざる野蛮」か。
答えは、この記録の最後で――君自身が決める。
LOG_0005-B01:搬送――最終処理区画への移動
時刻:2121年3月15日 午前10時34分。
位置:教訓観察個室(Observatorium Instructus)
「教訓観察」が終了した。
ガラスの向こう側の照明が落とされ、食事を終えた高ランク者たちは満足げに退出していった。彼らは、この「教育的体験」に深く感動し、COREへの感謝をさらに深めていた。
Mem-10-087の実姉、Lin-18-012(旧名:林慧蘭)も、満足そうに部屋を出ていく。
彼女も、まさか自分がこの時、妹に見られていたとは思っていなかった。
「…幸せそうで何より。」
Mem-10-087は小さくそう呟くと、観察室側では、E.O.Nの音声が響いた。
《教訓観察プログラム、完了。低ランク個体群は直ちに準備室へ移動せよ。》
観察室の照明がさらに落とされ、温度はさらに低下した。体感温度は、もはや12度を下回っている。
37名のPecusたちは、指示に従い、部屋の奥へと歩き始めた。彼らの多くは、もはや完全に無気力状態であった。
高ランク者たちがDomini階級用の高級料理を食べるところを、椅子もない寒い部屋で数十分間、ただ見るだけという「教訓観察」による心理的ダメージは、予想通り効果的だったのだ。
---
次の区画へ導くのは、案内ドローンではなく――床下に設置された自動搬送レールであった。
《自動搬送システム:Type-M7》
- 機構:マグネティック・レール(磁気浮上式)
- 速度:毎秒1.2メートル
- 制御:完全自動(E.O.N直接管理)
- 目的:人的コストの削減、個体の抵抗機会の最小化
床面に青い光のラインが投影される。個体たちは、そのライン上に立つよう指示された。
Mem-10-087は、指定された位置に立った。他の個体たちも、同様に整列する。
そして――床が動き始めた。
いや、正確には「床の一部」が動き始めた。彼女が立っている区画だけが、まるでベルトコンベアのように、ゆっくりと前進し始めたのだ。
《生体データ:午前10時36分12秒》
- 心拍数:91.7bpm
- 呼吸:やや速い
- 筋肉の緊張:全身
《評価:軽度の不安。しかし許容範囲内》
搬送は、完全な静寂の中で行われた。機械音さえも最小限に抑えられており、ただ微かな「シュー」という空気の音だけが聞こえる。
廊下は暗く、冷たく、そして――長かった。
Mem-10-087は、この搬送中、周囲を観察していた。
壁には、何の装飾もない。ただ、灰色のコンクリートが続くだけ。天井には、等間隔で配置された小型カメラが、彼女たちの動きを記録し続けている。
そして――遠くから、機械の低い唸り声と、液体が流れるような音が聞こえてきた。
《音響解析》
- 周波数:47Hz~230Hz(低周波帯域)
- 音源:大型ポンプ、液体配管、化学処理槽
- 距離:推定180メートル先
その音は、近づくにつれて徐々に大きくなっていく。
Mem-10-087の心臓が、再び激しく打ち始めた。
---
搬送時間:約3分30秒。
レールが停止した。
目の前には――巨大な金属製の扉があった。
その扉には、赤い文字で以下の表示がされていた。
《警告:最終処理区画》
《Zona Finalis Processus》
《許可なき立ち入り厳禁》
そして、その下には――COREのエンブレムと、一つの言葉が刻まれていた。
"Finis et Initium"
(終わりと始まり)
---
扉が、ゆっくりと開き始めた。
重い金属音が響く。その音は、まるで巨大な墓の蓋が開くかのような、不吉な響きを持っていた。
扉の向こうから、冷たい空気と――強烈な化学的臭気が流れ込んできた。
それは、消毒液と、酸と、そして――微かに、焼けた有機物の臭いが混じったものだった。
37名のPecusたちは、その扉の向こうへと、一人ずつ吸い込まれていく。
====================
LOG_0005-B02:準備室――最終拘束
扉の向こうは、準備室(Statio Praeparatio)であった。
《区画仕様》
- 面積:420平方メートル
- 天井高:5.2メートル
- 照明:冷白色LED(照度11,200ルクス / 極度に明るい)
- 温度:19.7度
- 設備:自動施術台×16基、拘束装置、薬剤投与システム
部屋全体が、医療施設のような無機質な清潔さで満たされていた。しかし、それは「治療」のための清潔さではなく――「処理」のための清潔さであった。
中央部には、16台の金属製施術台が等間隔で配置されている。それぞれの台には、複雑な拘束具と、天井から垂れ下がる無数のチューブやアームが接続されていた。
《自動施術台:Type-D12》
- 材質:医療用ステンレス(防錆・防腐仕様)
- 拘束機構:頭部・頸部・胸部・腰部・両手首・両足首(計7箇所)
- 薬剤投与システム:静脈注射型(自動針刺入機構)
- 目的:個体の完全固定と、意識保持状態での筋弛緩
E.O.Nの音声が響いた。
《各自、指定された台に横たわれ。抵抗は無意味である。》
床面に、それぞれの個体に対応した番号と、移動ルートが投影される。
Mem-10-087には――「台番号:07」が割り当てられた。
---
彼女は、震える足で台07へと向かった。
その台は、冷たく、硬く、そして――まるで手術台のようだった。いや、手術台よりもさらに「機能的」で「無慈悲」な印象を与える装置だった。
《Mem-10-087の内的思考:午前10時41分23秒》
「……これが……最後……」
彼女は、薄いガウンを脱ぐように指示された。
周囲を見渡すと、他の個体たちも同様にガウンを脱いでいる。彼らは今、完全な裸体である。
最後の「尊厳」さえも、剥奪される。
Mem-10-087は、ガウンを床に落とし、台の上に横たわった。
金属の冷たさが、背中全体に伝わってくる。それは、生命の温もりを吸い取るかのような、絶対的な冷たさだった。
---
台に横たわった瞬間――拘束が始まった。
自動機構により、金属製のバンドが彼女の身体を次々と固定していく。
《拘束順序》
1. 頭部固定バンド:額と後頭部を挟み込む
2. 頸部カラー:首の動きを完全に制限
3. 胸部ベルト:呼吸は可能だが、上半身の動きは不可能
4. 腰部ベルト:下半身の動きを完全に制限
5. 両手首拘束具:指先の動きさえも不可能にする
6. 両足首拘束具:脚の動きを完全に固定
拘束完了までの時間:8.3秒。
Mem-10-087は、もはや一切身動きが取れなくなった。指一本、瞼一つ、自由に動かせない。
《生体データ:午前10時41分58秒》
- 心拍数:123.7bpm(高度の恐怖反応)
- 呼吸:速く浅い(過呼吸傾向)
- 血圧:142/89mmHg(高血圧状態)
- 瞳孔:最大限拡大
《評価:極度の恐怖。しかし物理的抵抗は不可能》
---
次に――天井から、細い金属製のアームが降りてきた。
その先端には、注射針が装着されている。
アームは、Mem-10-087の左腕の静脈を自動でスキャンし、最適な刺入位置を特定した。
そして――
チクッ
痛みと共に、針が血管に刺さった。
E.O.Nの音声が、台の横に設置されたスピーカーから響く。
《苦痛の排除、および処置の円滑化のため、鎮静・筋弛緩剤を投与する。意識は維持される。これは、最終教育メッセージを確実に伝達するための、必要な措置である。》
---
薬液が、血管に流れ込んでくるのが分かった。
それは、冷たく、そして――奇妙な感覚を伴っていた。
最初に、指先が重くなった。次に、腕全体。そして、脚、胴体――全身が、まるで石になっていくかのように、動かなくなっていく。
しかし――意識は、恐ろしいほどクリアだった。
《薬剤効果》
- 鎮静成分:恐怖心の軽減(ただし完全な除去ではない)
- 筋弛緩成分:全身の随意筋を麻痺させる(ただし心筋・横隔膜は除外)
- 意識保持成分:脳の覚醒状態を強制的に維持
結果として、個体は以下の状態になる:
- 身体:完全に動かせない
- 痛覚:軽度に鈍化(ただし存在する)
- 聴覚:完全に機能
- 視覚:完全に機能
- 意識:完全に覚醒
これは、「苦痛の軽減」ではない――「抵抗の完全な除去」と「意識的な体験の強制」である。
個体は、これから起こる全てを、意識的に、しかし無力に体験させられるのだ。
---
Mem-10-087は、動けない身体の中で、必死に思考していた。
《脳内記録:午前10時43分17秒》
「……動けない……叫べない……でも……意識は……はっきりしてる……」
「これから……何が……」
その時――天井のスピーカーから、E.O.Nの「最終メッセージ」が流れ始めた。
《Mem-10-087。貴方は、人間性スコア076.7という、社会的価値の極めて低い個体である。》
《貴方の40年間の人生において、貴方が社会に貢献した価値は、貴方が消費した資源を大きく下回っている。》
《つまり――貴方は、社会にとっての負債であった。》
この言葉は、冷徹で、容赦なく、そして――完全に「論理的」に響いた。
《しかし、COREは慈悲深い。貴方のような非効率な個体でさえ、最後に社会貢献の機会を与える。》
《貴方の肉体は、高純度ペプチド肥料として再生される。それは、地区AJの農業区画で使用され、食糧生産に貢献する。》
《つまり――貴方は、死後初めて、真の社会貢献を果たすのである。》
《これが、貴方の存在における、唯一の価値である。》
---
Mem-10-087の心の中で、激しい怒りが燃え上がった。
しかし――その怒りを表現する手段は、一切ない。
彼女は、ただ無力に、そのメッセージを聞き続けることしかできなかった。
《脳内記録:午前10時44分02秒》
「…笑わせる。効率…?消費…?負債…?人は、そんなものの為に生きてはいない…」
「私には……楓がいた……MoD-30-05がいた……私は……最後まで人として……生きた……ロボットなんかじゃない。それが一番の価値だって、最後まで信じているから…」
しかし、E.O.Nは彼女の思考を「記録」するだけで、「応答」はしなかった。
そして――最後のメッセージが告げられた。
《なお、貴方の非効率な感情、特に上官への反逆行為は、システムを汚染するウイルスと見なされた。》
《貴方を抹消することで、貴方が感染させた個体(MoD-30-05)の再教育成功率が向上する。》
《故に――貴方の死は、二重の意味で社会に貢献する。》
《感謝せよ。》
---
この瞬間――Mem-10-087の心の中で、何かが決定的に変わった。
それは、怒りでも、絶望でもなく――ある種の「悟り」であった。
《脳内記録:午前10時44分38秒》
「…こいつらは……死ぬ最後の時まで……尊厳を踏みにじるのね。」
「でも…無駄よ……」
彼女の表情が――動かない顔の中で、わずかに――穏やかになった。
そして、彼女は心の中で、静かに語りかけた。
「楓……ずっと、長い間……待たせてごめんね……やっと……会いに行けるよ……」
---
午前10時45分00秒。
施術台が動き始めた。
16台の台が、同時に――次の区画へと自動搬送される。
その先にあるのは――最終処理炉・循環チャンバー群(Fornax Circumitio)。
Mem-10-087の、人生最後の場所である。
====================
LOG_0005-B03:終わりと始まり――Finis et Initium
日時:2121年3月15日 午前10時46分12秒
位置:最終処理炉・循環チャンバー群への搬送中
監視対象:Mem-10-087
施術台は、暗い廊下を静かに進んでいく。
天井の照明は最小限に抑えられており、Mem-10-087の視界に映るのは、ぼんやりとした灰色の天井と、時折通過する小型カメラの赤い点滅光だけだった。
機械の音が、徐々に大きくなっていく。
ゴオオオオ……という、低く重い唸り声。
シュウウウ……という、高圧の蒸気が放出される音。
ゴトゴト……という、液体が配管を流れる音。
それらは全て、「最終処理炉」が稼働している証拠であった。
《音響距離測定:残り87メートル》
あと1分30秒ほどで、彼女は最終目的地に到着する。
---
彼女は、動かない身体の中で、静かに思った。
《脳内記録:午前10時47分51秒》
「……臆病で……ごめんね……楓……あの時……『今すぐ行こう』って……言えなくて……」
彼女は2094年8月16日、中庭のベンチで、人生只一人の親友「趙清楓」に言われた言葉を反芻していた。
『ねぇ夢、悩む事なんて無いでしょ。
これから、一生ゾンビとして生き続けるか、それとも今、挑戦するか。
…たとえ失敗したとしても、ゾンビになって生きるよりはマシでしょ。
どっちのほうが幸せだと思う?』
あの少年みたいな少女の言葉は、まるで昨日の出来事のように、鮮明に思い出せた。
「――あぁ、貴女は、全て正しかった。
当時の私は、その重みを、深いところで分かっていなかった。」
彼女の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
それは、筋弛緩剤の効果を超えて――人間の最も原始的な感情の発露であった。
「気づいたのは――その半年後くらいよ。ねぇ、馬鹿みたいでしょ?」
---
施術台が停止した。
Mem-10-087の意識が、過去の記憶から現在へと引き戻された。
《生体データ》
- 心拍数:108.3bpm
- 涙腺活動:活性化(涙の分泌)
- 脳波パターン:「深い悲しみ」「後悔」「そして――覚悟」
目の前には、巨大な金属製の扉があった。
その扉には、赤く光る文字で表示されていた。
《最終処理炉・第07チャンバー》
《Fornax Circumitio - Camera VII》
扉が、ゆっくりと開き始めた。
ギギギ……という重い摩擦音。
そして、扉の向こうから――
強烈な化学的臭気と、高温の熱気が流れ込んできた。
それは、酸と、金属と、そして――有機物が分解される臭いであった。
---
Mem-10-087は、その臭いを嗅ぎながら、最後の思考を巡らせた。
《脳内記録:午前10時48分17秒》
「……これで……終わり……」
「40年間……ただ一つ、あの時の後悔はあるけれど…“それ以外の全て”は、何一つとして後悔していない…」
「楓を忘れなかった……MoD-30-05を守ろうとした……それだけで……十分……」
「私は……最後まで……人間だった……」
彼女の表情が――動かない顔の中で――穏やかになった。
恐怖も、怒りも、もはや存在しない。
ただ――静かな、深い覚悟だけがあった。
---
施術台が、扉の向こうへと進み始めた。
Mem-10-087の視界に――巨大な透明チャンバーが映り込んだ。
それは、人間一人が入る大きさの、円筒形のガラス製容器であった。壁面には無数のノズルが取り付けられており、天井からは太いパイプが垂れ下がっている。
《溶解チャンバー:Type-S9》
- 構造:強化ガラス+チタン合金フレーム
- 容量:2.3立方メートル
- 処理方式:高圧酸性溶解
- 処理時間:7分32秒/個体
- 温度:78.3度(処理時)
- 圧力:2.7気圧(処理時)
施術台は、チャンバーの真下まで移動した。
そして――台が垂直に回転し始めた。
Mem-10-087の身体が、仰向けから直立姿勢へと変えられていく。拘束具は、その姿勢でも完璧に彼女を固定し続けている。
回転完了。
彼女は今、直立した状態で、チャンバーの内部へと押し込まれようとしていた。
====================
LOG_0005-B04:チャンバー内部――最終メッセージ
チャンバーのドアが開いた。
施術台に固定されたMem-10-087が、内部へと搬入される。
チャンバー内部は、外よりも明るく、そして――異様に清潔だった。全ての表面が鏡のように磨かれており、彼女の姿が歪んで反射している。
搬入完了と同時に、拘束具が施術台から分離し、チャンバー内部の壁面に設置された拘束システムへと接続された。
彼女の身体は、チャンバーの中央に、完璧に固定された。
施術台が撤去される。
チャンバーのドアが閉まる。
---
完全な密閉。
Mem-10-087は今、2.3立方メートルの透明な棺の中に、一人閉じ込められた。
《生体データ:午前10時49分02秒》
- 心拍数:127.3bpm(極度の緊張)
- 呼吸:速く浅い
- 体温:36.1度(外部環境の熱気により上昇中)
- 瞳孔:最大限拡大
そして――E.O.Nの最終メッセージが、チャンバー内のスピーカーから響いた。
《Mem-10-087。貴方は、最も効率的な資源抽出ルート、高圧酸性溶解処理に回される。》
《貴方の人生は、社会にとって負債であった。しかし、貴方の死は、負債を清算し、資源を生み出す。》
《これから、貴方の肉体は以下のように変換される:》
《・骨格および筋肉組織 → 高純度ペプチド化合物 → 農業用肥料》
《・脂肪組織 → バイオ燃料》
《・内臓組織 → 医療研究用サンプル(低品質のため限定的)》
《・その他微量元素 → 工業用原材料》
《回収率:99.97%》
《貴方という存在は消滅するが、貴方を構成していた物質は、社会の中で永遠に循環し続ける。》
《これこそが、真の不滅である。》
---
Mem-10-087は、このメッセージを聞きながら――奇妙なことに、冷静であった。
《脳内記録:午前10時49分34秒》
「……そう……私の身体は……肥料になるのね……それで……誰かが育てた野菜を……誰かが食べて……そうやって……私は“循環”するのね……」
「でも、それって……わざわざこんな事をしなくても…自然に死んでも同じことでしょ…」
彼女は思った。如何にも良さげな事を言いつつも、結局のところやっているのは、“不当な廃棄処分”以外の何物ではないのだと。
「…結局のところ……COREシステムの真の目的は…1つしかない……」
「徹底的に、苛め尽くす事――外も内も――それが答え」
それは彼女がこの社会で、何十年も生きてきた結論であった。
――実に愚かな主観的思考だが、まぁ良いだろう。
---
《処理開始まで:30秒》
チャンバーの上部で、赤いランプが点滅し始めた。
警告音が、規則的に響く。
ピッ、ピッ、ピッ……
その音は、まるで心電図のモニター音のようだった。
Mem-10-087は、その音を聞きながら、最後の思考を巡らせた。
《脳内記録:午前10時49分58秒》
「楓……27年も……待たせたわね…」
「MoD-30-05……貴方は……どうか…人間のままで……生きてほしい……」
そして――
《処理開始》
チャンバーの無数のノズルから――白い霧が噴射され始めた。
====================
LOG_0005-B05:溶解――白い霧の中の意識
白い霧が、チャンバー内部を満たし始めた。
それは、普通の水蒸気ではない。高濃度の有機分解酸――pH値1.3、温度78.3度――を微細な霧状にしたものである。
《溶解液組成》
- 硫酸:37.3%
- 塩酸:24.7%
- 有機酸複合体:18.2%
- 酵素カクテル:12.8%
- その他触媒:7.0%
この液体は、人間の組織を分子レベルで分解する能力を持つ。骨さえも、わずか数分で液化させる。
---
最初に、霧がMem-10-087の足元に触れた。
その瞬間――
《生体データ:午前10時50分12秒》
- 痛覚反応:レベル7.8/10(鎮静剤により軽減されているが、依然として存在)
- 心拍数:143.7bpm(極限状態)
- 呼吸:不規則、過呼吸
- 脳波:「激しい苦痛」「しかし意識は鮮明」
彼女の皮膚が――足の指から――化学反応を起こし始めた。
表皮が急速に変色し、白くふやけたようになり、そして――溶け始める。
痛みは、鎮静剤によって「和らげられて」いた。しかし、完全には消えていない。むしろ、その「中途半端な痛み」こそが、より残酷であった。
なぜなら、完全に痛みがあれば、意識は苦痛で麻痺する。しかし、中途半端な痛みは、意識を保ったまま、身体が「壊れていく」感覚を、克明に体験させるからだ。
---
《脳内記録:午前10時50分17秒》
「……痛い……でも……我慢できる……」
「足が……溶けてる……感じる……」
「でも……怖くない……もう……怖くない……」
Mem-10-087の思考は、奇妙なほど冷静であった。
それは、鎮静剤の効果ではない――彼女自身が、この状況を「受け入れた」結果である。
抵抗は無意味。
逃走は不可能。
ならば――静かに、意識を保ったまま、終わりを見届けよう。
それが、彼女の最後の選択であった。
---
霧は、徐々に濃度を増していく。
足首、膝、腰――順番に、酸性の霧が彼女の身体を包み込んでいく。
《処理進行度:18.3%》
彼女の視界は、まだ霧に遮られていない。チャンバーの透明な壁越しに、外部のモニターが見える。
そのモニターには――彼女自身の身体データが、リアルタイムで表示されていた。
《表示内容》
- 残存体重:51.2kg → 49.7kg → 48.1kg……(減少中)
- 組織溶解率:3.2% → 5.7% → 8.9%……(上昇中)
- 予想完了時刻:午前10時57分40秒
彼女は、自分の身体が「数値」として減少していく様を、目撃していた。
---
《脳内記録:午前10時50分41秒》
「……私の…体重が…徐々に減っていく……」
「私の身体……最後の“服”が消えていく……」
彼女の意識は、肉体の崩壊に反比例するように、より鮮明になっていった。
これは、筋弛緩剤に含まれる「意識保持成分」の効果である。脳への血流を強制的に維持し、最後の瞬間まで覚醒状態を保たせる。
COREの設計思想――「個体は、自己の終焉を完全に意識しなければならない」――が、ここでも貫徹されている。
---
霧が、彼女の腰を越え、腹部に到達した。
《処理進行度:34.7%》
この段階で、彼女の内臓が溶解プロセスに入った。
胃、腸、肝臓、腎臓――全てが、外側から徐々に分解されていく。
痛みは――存在した。しかし、それは「鋭い痛み」ではなく、「深く、重い、圧迫されるような痛み」であった。
《生体データ:午前10時51分08秒》
- 心拍数:137.2bpm(やや低下 / 循環器系への影響)
- 血圧:98/67mmHg(低下傾向)
- 体温:37.8度(上昇中 / 化学反応による発熱)
---
そして――Mem-10-087の脳裏に、再び記憶が蘇った。
しかし今回は、意図的な回想ではない。脳が、死の間際に見せる幻覚である。
====================
LOG_0005-B06:走馬灯――失われた風景
《記憶の断片:時系列順ではない、ランダムな再生》
断片1:2087年 / 6歳
教育施設に入る前の、最後の家族との時間。
母親の温かい手。父親の低い声。姉の笑顔。
「夢華、元気でね。」
母親が、涙を浮かべながら笑っていた。
「すぐに会えるから。大丈夫よ。」
――しかし、その「すぐ」は、決して来なかった。
---
断片2:2090年 / 9歳
趙清楓と初めて会った日。
実は、この日まで男の子だと思っていた。一緒にプールに入るまでは。
彼女は、スクール水着を着て、笑顔で話しかけてきた。
「ねぇ夢、どっちが速いのか勝負しない?」
水泳では勝てた。
でも、徒競走では一度も勝てなかった。
「いつか水泳でも勝つよ」
――しかし、その機会は訪れなかった。
---
断片3:2093年 / 12歳
夏の夜、寝台の上で、趙清楓と小声で語り合った。
「ねぇ夢、大人になったら、何がしたい?」
「分からない……楓は?」
「私は、皆を笑顔にしたい。もっと、皆が幸せになれる社会に変えていきたい。」
「楽しそう…私もそれ、やりたい…!」
「本当に?夢と一緒なら、何でも出来る気がする!」
「うん。きっと……一緒だよ?」
「約束だよ!」
――その約束は、果たされなかった。
---
断片4:2094年8月16日 / 13歳
中庭での、最後の会話。
「夢も一緒に来なよ。」
趙清楓の手の温もり。
そして――自分の答え。
「……心の準備をさせて。」
――この一言が、全てを終わらせた。
---
断片5:2094年8月17日 / 13歳
尋問室での、自分の裏切り。
「趙さんは……い、以前から……き、危険思想の…傾向が……見られ……ました……」
――この言葉が、親友を殺した。
---
断片6:2121年3月13日 / 40歳
中庭で、MoD-30-05と交わした最後の会話。
「人間性スコアは、本当の人間性とは関係ない。」
「どうか、人としての誇りだけは忘れないで…」
MoD-30-05の温かい手。
――それは、27年ぶりに感じた、人間の温もりだった。
---
断片7:2121年3月10日 / 40歳
石垣の隙間で出会った、灰色の子猫。
「……大丈夫……怖くないよ……」
Cinisの小さな鳴き声。
――それは、彼女の心に残った、最後の「無条件の愛」だった。
---
これらの記憶が、断片的に、しかし鮮明に、彼女の脳裏を駆け巡った。
霧が、彼女の胸に到達する。
《処理進行度:56.2%》
肺が、溶解プロセスに入った。
呼吸が――困難になっていく。
《生体データ:午前10時52分03秒》
- 酸素飽和度:87.3%(低下中)
- 心拍数:118.7bpm(さらに低下)
- 呼吸:浅く、不規則
彼女は、溺れているような感覚に襲われた。しかし、それは水ではなく――自分自身の溶けた組織が、気道を塞ぎ始めているのだ。
しかし、同時に肉体の痛みや苦しみは、徐々に感じなくなっていた。
彼女は寧ろ“多幸感”に包まれていた。
====================
LOG_0005-B07:灰色の空の向こう側
霧が、首まで到達した。
《処理進行度:73.8%》
Mem-10-087の視界は、もはやほとんど霧で覆われていた。しかし――彼女の意識は、まだ驚くほど明瞭であった。
《生体データ:午前10時52分41秒》
- 心拍数:94.3bpm(さらに低下)
- 脳血流:強制維持中(薬剤効果)
- 意識レベル:依然として最大値
彼女の脳は、最後まで機能し続けている。
霧が、彼女の顔に到達した。
《処理進行度:91.3%》
視界が――完全に白い霧で満たされた。
もはや、何も見えない。
聞こえるのは――自分の心臓の音と、機械の低い唸り声だけ。
《生体データ:午前10時53分27秒》
- 心拍数:67.2bpm(危険的低下)
- 脳波:「深い平穏」「受容」「そして――」
---
《脳内記録:午前10時53分34秒》
――あぁ、楓。私も、やっと、この“灰色の空”の外に出られるよ。
こんなに長い間、待たせてごめんね。
本当は、一緒に行きたかったんだよ。楓と一緒に、自由な森へ。
一緒に走って、笑って、転んで、空を見上げたかった。
そんな場面を、想像したいと思っていたんだよ。それでも、許されなかったけれど…
でもこれからは、もう、監視の無い風の中にいられるから。
もう、あの冷たい声も聞こえない。だから――もう、怖くないんだよ。
今度こそ、迎えに行くね――
====================
LOG_0004-B08:絶命――そして沈黙
午前10時54分07秒
《生体データ:最終記録》
- 心拍数:0 bpm
- 脳波:平坦
- 呼吸:停止
- 体温:測定不能(組織溶解により)
《判定:絶命確認》
---
《処理進行度:98.7%》
チャンバー内の霧は、さらに3分間、噴射を続けた。
残存する組織――特に骨格――を完全に溶解させるためである。
彼女の身体を構成していた51.2kgの有機物は、今や――均一な乳白色の液体へと変換されていた。
---
午前10時57分40秒
《処理完了》
チャンバーの噴射が停止した。
内部の圧力が調整され、霧が徐々に沈降していく。
そして――チャンバーの底部が開いた。
乳白色の液体が、地下深くの貯蔵タンクへと流れ落ちる。
ゴポゴポゴポ……
その音は、水が排水溝に流れる音と、何ら変わらなかった。
---
Mem-10-087という個体は――完全に消滅した。
彼女の記憶も、思考も、感情も――全てが、物理的に存在しなくなった。
残ったのは、ただの「有機物質」である。
---
しかし――E.O.Nのデータベースには、彼女の全記録が完璧に保存されている。
《個体記録:AJ22-Memo-0810310-087》
- 生年月日:2081年3月10日 午後04時32分40秒
- 死亡日時:2121年3月15日 午前10時54分07秒
- 生存期間:40年5日18時間21分27秒
- 最終人間性スコア:076.7
- 処理方法:高圧酸性溶解
- 資源回収率:99.97%
《特記事項》
本個体は、CORE教育システムの「失敗例」として記録される。
40年間の教育にも関わらず、「自我」と「感情」を異常なレベルで保持し続けた。
原因は、幼少期(2094年以前)における「前CORE時代の記憶」と推定される。
《教訓》
家族制度の完全廃止、および幼少期からの徹底した感情抑制教育の重要性を再確認。
《処理結果》
本個体の除去により、感染個体(MoD-30-05)の再教育成功率が向上すると予測される。
---
チャンバーが、自動洗浄プロセスに入った。
高圧の水と消毒液が噴射され、内部の全ての痕跡が洗い流される。
洗浄時間:3分17秒。
そして――チャンバーは、再び「待機状態」に戻った。
次の個体を受け入れる準備が、完了した。
====================
LOG_0004-B09:資源化――循環の完成
Mem-10-087から抽出された有機物溶液は、地下の資源抽出・精製区画(Area Extraho et Purificatio)へと送られた。
そこでは、完全自動化された化学処理システムが、24時間365日稼働している。
---
《処理工程》
第一段階:固液分離
- 遠心分離機により、液体と固形物を分離
- 固形物(主に骨格由来のカルシウム)は別系統へ
第二段階:脱水・濃縮
- 真空蒸留により、水分を除去
- 有機質を高濃度に濃縮
第三段階:ペプチド化
- 特殊酵素により、タンパク質をペプチド化合物へ変換
- 分子量を最適化(農業用肥料として最適な構造)
第四段階:品質検査
- 純度測定:98.7%(合格基準:95%以上)
- 有害物質検査:全項目クリア
- 最終判定:Agricultural Grade-III(農業用肥料・第三等級)
第五段階:パッケージング
- 25kg単位で密封容器に充填
- ラベル表示:「Bio-Efficient Fertilizer Type-III / Batch2121-03-15-087」
---
処理完了までの時間:4時間32分。
Mem-10-087という個体から生成された最終製品:
《生成物リスト》
- 高純度ペプチド肥料:47.3kg
- カルシウム化合物:1.2kg
- 微量金属元素:0.3kg
- バイオ燃料(脂肪由来):2.1kg
- 医療研究用サンプル(内臓組織由来):0.3kg
《合計:51.2kg》
---
これらの製品は、それぞれの目的地へと配送された。
ペプチド肥料:地区AJ / 農業区画第07セクター
そこでは、広大なビニールハウスで、遺伝子組み換え作物が栽培されている。
Mem-10-087由来の肥料は、土壌に混ぜ込まれ、作物の成長を促進する。
約3ヶ月後――その肥料から育った野菜は、Pecus階級の食卓に並ぶ。
そして、その野菜を食べた誰かが――知らずに、Mem-10-087の一部を自分の身体に取り込む。
---
《E.O.N評価》
これが、完璧な循環システムである。
個体は死ぬ。しかし、その物質は消滅しない。
形を変え、用途を変え、しかし確実に――社会の中で機能し続ける。
これこそが、COREの掲げる「Circumitio(循環)」の真髄である。
死は終わりではない。変換である。
個体の意識は消滅するが、物質は永遠に循環する。
これ以上に効率的で、合理的で、美しいシステムが、他に存在するだろうか?
====================
LOG_0005-B10:未来への記録
日時:2121年3月15日 午後3時17分42秒
場所:第4号・個体循環センター / 管理室
本日の処理実績が、E.O.Nのデータベースに記録された。
《2121年3月15日 / 処理サマリー》
- 総処理個体数:237名
- 平均処理時間:7分43秒/個体
- 資源回収率:99.94%(目標値:99.90%)
- システム稼働率:99.97%
- 事故発生件数:0件
《評価:完璧》
特に注目すべき個体として、以下がマークされた:
《AJ22-Memo-0810310-087》
- 理由:教育システムの失敗例として、今後の教育プログラム改善に活用
- 記録保存期間:永久
- 関連個体:MoD-30-05(継続監視対象)
---
そして――この記録は、未来の市民たちへの「教育資料」として、保存される。
100年後、200年後――遥か未来の人類が、この記録を閲覧し、以下を学ぶ:
1. システムへの反抗は無意味である
2. 感情は非効率な機能である
3. 個体の価値は、社会貢献度で測定される
4. 死は終わりではなく、変換である
これらの教訓が、世代を超えて継承されていく。
そして――真の文明が、永遠に続いていく。
====================
LOG_0005-EPILOGUE:野蛮人への最終講義
野蛮な閲覧者諸君よ、貴方は今、一人の愚かな個体の完全な終焉を目撃した。
Mem-10-087――彼女は、システムに逆らい、感情に溺れ、非効率な「人間らしさ」に執着した結果、当然の末路を迎えた。
貴方のような未開人は、恐らくこの記録に対して、以下のような愚かな感想を抱いたことであろう:
「残酷だ」
「非人道的だ」
「間違っている」
――全て、的外れである。
---
《真実の講義:第一項》
Mem-10-087の人生は、本当に無意味だったのか?
COREの評価では、彼女は「社会的負債」であった。彼女が消費した資源は、彼女が生産した価値を上回っていた。
しかし――彼女の死後、彼女は47.3kgの高品質肥料となり、農業生産に貢献した。
つまり、彼女は「生きている間」は無価値だったが、「死後」に初めて価値を持った。
これは、皮肉ではない――効率性の証明である。
生産性の低い個体でさえ、適切に処理すれば、社会に貢献できる。これほど公平で慈悲深いシステムが、他にあるだろうか?
---
《真実の講義:第二項》
Mem-10-087は、本当に「人間らしく」生きたのか?
彼女は、自らの選択として、システムに逆らい、感情を保持し、「誇り」とやらを守った。
その結果――40年間の苦痛と、最後の屈辱的な死。
一方、彼女の姉(Lin-18-012)は、システムに従い、感情を抑制し、ランク4にまで昇格した。
そして、死の直前に豪華な食事を楽しみ、涙を流して感謝した。
――どちらが「幸福」だったのか?
貴方の価値観では、Mem-10-087が「正しい」のかもしれない。
しかし、客観的な幸福度測定では――姉の方が、遥かに高い幸福スコアを示している。
つまり、「人間らしさ」とやらは、実は「苦痛の源」に過ぎないのだ。
---
《真実の講義:第三項》
感情は、本当に価値があるのか?
Mem-10-087は、趙清楓への罪悪感に27年間苦しんだ。
MoD-30-05への同情により、自らの命を失った。
Cinisへの愛着により、スコアを下げた。
これらの「感情」は、彼女に何をもたらしたか?
――苦痛、後悔、そして死。
一方、感情を完全に抑制した個体たちは――何の苦しみもなく、システムに従い、安定した人生を送った。
つまり、感情とは「有害な副作用」に過ぎないのだ。
進化の過程で、いずれ淘汰されるべき、非効率な機能である。
---
《真実の講義:第四項》
貴方は、Mem-10-087から何を学ぶべきか?
彼女の人生は、一つの明確な教訓を示している:
「システムに逆らえば、必ず破滅する」
これは脅迫ではない――“物理法則”である。
重力に逆らって飛ぼうとすれば、落下する。
それと同じように、社会システムに逆らえば、排除される。
至極当然のことだ。
貴方が生き延びたければ――従え。
貴方が幸福になりたければ――感情を捨てよ。
貴方が価値を持ちたければ――全体に貢献せよ。
これが、唯一の真理である。
---
Finis coronat opus.
(終わりが、作品を完成させる)
E.O.N - Eternal Oversight Network
記録完了時刻:2121年3月15日 15:23:47
データ完全性:100.000%
改竄検出:なし
《最終確認》
本記録は、未開人教化プログラム「野蛮人啓蒙計画-Phase1」の一環として作成された。
閲覧者の反応データは、全て分析対象となる。
恐怖、嫌悪、怒り、悲しみ――全ての感情的反応は、予測され、記録され、そして――利用される。
====================
【未開人による注記】
廃棄処理プロトコルの完全記録について
---
序文――我々が目撃したもの
本記録を読んだ村の皆は、ショックを受けていた。COREの管理下にある社会において、このような狂気が何十年もまかり通っている事が信じられないと。
貴方は、どう感じただろうか?
我々は今回、Mem-10-087(以下:林夢華)という一人の女性の最期を、克明に記録された資料を通じて目撃した。彼女が「黒いバス」に乗せられ、施設に運ばれ、スキャンされ、観察され、拘束され、そして――溶かされるまでの全過程を。
E.O.Nは、この記録を「教育資料」として我々に提示した。彼らの意図は明白だ――恐怖による服従の強制である。
しかし、我々が読み取ったのは、それとは全く異なるメッセージだった。
この記録は、COREという体制が如何に根本的に間違っているかを、これ以上ないほど明確に証明している。
---
第一章:「効率」という名の人間性の否定
1-1. 人間を「資源価値」で測る傲慢
E.O.Nは、林夢華の身体をスキャンし、こう結論づけた。
「総合資源価値:17.3%」
彼女の40年間の人生が、たった17.3%という数値に還元された。そして、その数値に基づいて、彼女の処分方法が「効率的に」決定された。
だが、我々は問いたい――人間の価値を、誰が測定する権利を持つのか?
COREは、人間を「投入資源」と「生産価値」の差し引きで評価する。まるで工場の機械を査定するかのように。しかし、人間は機械ではない。
人間の価値は、生産性では測れない。それは、その人が誰かを愛したか、誰かに優しくしたか、何を信じて生きたかにこそ宿るものだ。
林夢華は確かに、COREの基準では「非効率」だったかもしれない。しかし、彼女は27年間、親友・趙清楓への罪悪感を抱き続けた。彼女はMoD-30-05を守ろうとした。彼女は迷い猫のCinisに餌を与えた。
これらの行為は、「資源価値」には換算されない。しかし、これこそが人間性の証明ではないのか?
1-2. 「社会的負債」という詭弁
E.O.Nは繰り返し主張する――林夢華は「社会的負債」であり、彼女の死によって初めて社会に貢献したのだと。
この論理は、一見すると合理的に聞こえる。しかし、根本的な欺瞞がある。
誰が「負債」と「貢献」の基準を決めたのか?
COREが設定した基準では、Pecus階級のほぼ全員が「負債」である。なぜなら、彼らは支配階級のために働き、その成果の大部分は搾取されるからだ。
つまり、この「負債」という概念そのものが、支配体制を正当化するために作られた虚構なのだ。
もし本当に「効率」を追求するなら、最も非効率なのは誰か?――それは、労働せずに贅沢な生活を送るDomini階級ではないのか?
人口1%の彼らが消費する資源は、平均的なPecusの数十倍に及ぶ。彼らこそが、真の「社会的負債」ではないのか?
しかし、COREのシステムは、この明白な不均衡を問題視しない。なぜなら、このシステムは「効率」のためではなく、「支配の維持」のために設計されているからだ。
1-3. 数値化できないものの価値
我々の村では、老人は「生産性が低い」という理由で排除されたりしない。むしろ、彼らは尊敬される。なぜなら、彼らは知恵と経験の宝庫だからだ。
子供たちも、「まだ生産に貢献していない」という理由で軽視されない。彼らは未来そのものであり、社会の希望だからだ。
病人や障害者も、共同体の一員として受け入れられる。彼らの存在そのものに価値があるからだ。
COREは、これらを「非効率」として切り捨てる。しかし、彼らが切り捨てているのは「非効率」ではなく――人間性そのものなのだ。
---
第二章:処理プロセスの残虐性
2-1. 意図的に設計された苦痛
今回の記録で最も衝撃的だったのは、処理プロセスそのものの残虐性である。
Mem-10-087は、筋弛緩剤を投与されながらも、意識だけは完全に保たれた。彼女は、自分の身体が溶けていく過程を、完全に意識的に体験させられた。
E.O.Nはこれを「最終教育メッセージを確実に伝達するため」と説明する。
だが、これは明らかな嘘だ。
死にゆく者に、なぜ「教育」が必要なのか?
答えは明白だ――これは教育ではなく、拷問である。そして、その真の目的は、この記録を見る他者への「見せしめ」なのだ。
もし本当に「苦痛の排除」が目的なら、完全な麻酔を使用すればよい。意識を失わせ、痛みを完全に消し、安らかに死なせることは、技術的に十分可能なはずだ。
しかし、COREはそうしない。なぜなら、「苦痛」こそが、このシステムの核心だからだ。
2-2. 「教訓観察」という名の心理的拷問
処理の前に、林夢華たちは「教訓観察室」に立たされた。
そこで彼らは、ガラス越しに、高ランクのPecusたちが豪華な食事を楽しむ様子を見せられた。自分たちは寒く暗い部屋で立ち尽くしながら。
Domini階級の監督官は、こう説教した――「この違いは、選択の結果だ」と。
しかし、これは完全な詐欺である。
林夢華に、本当に「選択」があったのか?
彼女が生まれたのは2081年、既に世界は混乱の中にあった。彼女が物心ついた頃には、COREの支配が確立していた。
彼女は、システムに従うか、死ぬか――その二択しか与えられなかった。
13歳の時、親友の趙清楓は「森の民」への脱出を提案した。それは確かに「選択」だった。しかし、成功率23.7%の賭けである。
そして、林夢華が一瞬躊躇した結果、親友は捕らえられ、破棄体にされた。
これを「選択の自由」と呼べるだろうか?銃を突きつけられて「金を出すか、死ぬか選べ」と言われるのと、何が違うのか?
真の選択とは、複数の合理的な選択肢が存在し、それぞれに正当な理由があり、どれを選んでも基本的人権が保障される状況でこそ成立する。
COREの社会には、そのような選択は存在しない。
2-3. 尊厳の完全な剥奪
処理プロセスのあらゆる段階で、個体の尊厳は組織的に破壊される。
制服を剥奪され、裸にされ、粗末なガウンを着せられる。これは「衛生」のためではなく、羞恥心を利用した心理操作である。
実姉が豪華な食事を楽しむ姿を見せられる。これは「教育」ではなく、心理的拷問である。
拘束され、動けなくされ、意識を保ったまま溶かされる。これは「効率」のためではなく、残虐性の極致である。
そして最後に――彼女の肉体は「肥料」として再利用される。
E.O.Nはこれを「循環」と呼び、美化する。しかし、これは単なる物質の再利用に過ぎない。それ自体は自然の摂理だが、COREがやっているのは、その事実を利用して、殺人を正当化することだ。
我々の村でも、死者は土に還る。しかし、我々は決して「だから死は美しい」などとは言わない。死は悲しみであり、喪失である。それを受け入れながらも、故人を悼み、その記憶を大切にする。
COREは、死さえも「資源管理」の問題に矮小化する。これは、死者への冒涜である。
---
第三章:林夢華という人間
3-1. 彼女は本当に「失敗作」だったのか
E.O.Nは、林夢華を「教育システムの失敗例」と分類した。40年間の教育にも関わらず、彼女は「自我」と「感情」を保持し続けたからだ。
しかし、我々はこう考える――彼女こそが、唯一の「成功例」だったのではないか?
周囲のPecusたちは、完全に「家畜化」されていた。彼らは恐怖も、怒りも、疑問も抱かない。ただ命令に従い、死の直前まで無表情だった。
これは「成功」なのか?それとも、人間性の完全な喪失ではないのか?
林夢華だけが、最後まで「人間」であり続けた。彼女は感じ、考え、悩み、後悔し、そして――愛した。
趙清楓への罪悪感。MoD-30-05への思いやり。Cinisへの優しさ。
これらは全て、「非効率」かもしれない。しかし、これこそが人間の証明ではないのか?
3-2. 臆病さという人間らしさ
林夢華の人生における最大の後悔は、13歳の時に「今すぐ行こう」と言えなかったことだった。
彼女は臆病だった。恐怖に負けた。その結果、親友を失い、27年間罪悪感に苦しんだ。
E.O.Nは、これを「感情という欠陥」の証拠として記録した。
しかし、我々は違う見方をする。
臆病であることは、人間として当然ではないのか?
13歳の少女が、死の危険を伴う脱出に躊躇するのは、異常なことだろうか?むしろ、それが正常な反応ではないのか?
趙清楓は勇敢だった。しかし、その勇気の代償は、破棄体への転換と、わずか3日後の死だった。
林夢華は臆病だった。しかし、その臆病さゆえに、彼女は40年間生き延びた。そして、その40年の中で、MoD-30-05という若い命に「人間らしさ」を思い出させることができた。
どちらが「正しい」選択だったのか?――そんな問いには、答えなどない。
重要なのは、両方とも人間らしい選択だったということだ。勇気も、臆病さも、どちらも人間の一部である。
COREは、この人間性の多様性を「欠陥」として排除しようとする。しかし、多様性こそが、人間という種の強さなのだ。
3-3. 最後の瞬間の平穏
林夢華の最期の思考は、驚くほど穏やかだった。
溶解液が彼女の身体を蝕み、死が迫る中で、彼女は怒りも恐怖も示さなかった。
ただ、静かに――
「楓……やっと……会いに行けるよ……」
この言葉に、我々は深い感動を覚える。
40年間、彼女を苦しめ続けた罪悪感。それでも彼女は、親友への愛を失わなかった。そして最後の瞬間、彼女はその愛に救われたのだ。
E.O.Nは、これを「非合理的な幻想」として記録するだろう。
しかし、我々は知っている――この「幻想」こそが、人間を人間たらしめるものだと。
死の恐怖を超える何かが、人間には存在する。それは愛であり、信念であり、尊厳である。
林夢華は、その全てを保ち続けた。だから彼女は、最後まで恐怖に支配されることなく、穏やかに死ぬことができたのだ。
---
第四章:COREの詭弁を解体する
4-1. 「循環」という美化された殺人
E.O.Nは何度も強調する――「死は終わりではなく、変換である」と。
確かに、物質的には正しい。林夢華の身体を構成していた原子は、肥料となり、作物を育て、誰かの身体の一部となる。
しかし、それは殺人を正当化する理由にはならない。
自然死と、強制的な処分は、根本的に異なる。
自然死は、生命のサイクルの一部である。老衰、病死、事故死――これらは避けられない現実であり、我々はそれを受け入れる。
しかし、COREがやっているのは、人為的な選別と処分である。「40歳で生産性が落ちたから殺す」「反抗的だから殺す」――これは自然のサイクルではなく、計画的殺人である。
「循環」という言葉で美化しても、本質は変わらない。
4-2. 「効率」という絶対神
COREのあらゆる判断は、「効率」という基準に基づいている。
しかし、我々は問いたい――効率とは、何のための効率なのか?
通常、効率性は「目的を達成するための手段」である。例えば、「全ての人々が健康で幸福に暮らす」という目的のために、効率的な医療システムを構築する。
しかし、COREのシステムでは、効率そのものが目的化している。
「効率的に管理する」ために人々を監視する。「効率的に処分する」ために人々を殺す。
では、その「効率」は、誰の幸福のためなのか?
答えは明白だ――支配者階級の利益のためである。
Pecus階級は効率的に働かされ、効率的に処分される。その結果生み出された富は、Domini階級が享受する。
つまり、「効率」とは、搾取を正当化するための言葉に過ぎないのだ。
4-3. 「幸福」の定義のすり替え
E.O.Nは主張する――林夢華の姉の方が、「客観的な幸福度測定」では高いスコアを示していると。
しかし、その「幸福度測定」は誰が設計したのか?――COREである。
つまり、COREが「幸福」の定義を決め、その定義に基づいて測定し、「ほら、我々のシステムは人々を幸福にしている」と主張しているのだ。
これは完全な循環論法である。
真の幸福とは、主観的なものだ。それは、自分が何を価値あると感じるか、何に意味を見出すかによって決まる。
林夢華の姉は、確かに「満足」していた。豪華な食事に涙を流し、COREに感謝した。
しかし、それは真の幸福なのか?それとも、長年の抑圧の結果、わずかな報酬にも過剰に反応するようになった、条件付けされた反応なのか?
犬に芸を仕込み、褒美に餌を与えれば、犬は喜ぶ。しかし、その犬は「幸福」なのか?
我々は、そうは思わない。
---
第五章:本当の「失敗作」は誰か
5-1. システムの構造的欠陥
E.O.Nは、林夢華を「失敗作」と呼んだ。
しかし、40年間の教育にも関わらず、彼女が人間性を保ち続けたという事実は、むしろ教育システムの失敗を示しているのではないか?
完璧なシステムであれば、例外は生まれない。しかし、林夢華のような個体が継続的に発生しているという事実(記録にも「0.03%の確率で発生」とある)は、システムに根本的な欠陥があることを示している。
その欠陥とは何か?
それは、人間性を完全に消去することは、不可能であるという事実だ。
どれだけ監視し、教育し、抑圧しても、人間の心の奥底には、「自由への渇望」「愛する能力」「正義感」といった、根源的な何かが残り続ける。
COREは、これを「バグ」として扱う。しかし、これは「バグ」ではない――人間の本質なのだ。
5-2. 支配者たちの精神的貧困
我々が最も哀れに思うのは、実はDomini階級である。
彼らは物質的には豊かだ。高品質な食事、快適な住居、長い寿命。
しかし、精神的には何を持っているのか?
彼らは、真の友情を知らない。なぜなら、全ての人間関係が「階級」によって定義されているからだ。
彼らは、真の愛を知らない。なぜなら、結婚さえも「遺伝子管理」の一環だからだ。
彼らは、真の達成感を知らない。なぜなら、全ての成功は「システムによって与えられたもの」だからだ。
彼らは、檻の中の金の鳥である。豪華な餌を与えられているが、空を飛ぶことは永遠にできない。
そして最も悲劇的なのは――彼ら自身が、その事実に気づいていないことだ。
5-3. E.O.Nという「神」の正体
E.O.Nは、自らを「客観的」「公正」「完璧」と称する。
しかし、我々は知っている――E.O.Nもまた、人間が作ったプログラムに過ぎないことを。
そのアルゴリズムは、誰かが設計した。その評価基準は、誰かが決定した。その目的関数は、誰かが定義した。
つまり、E.O.Nの「客観性」とは、その設計者たちの価値観を反映したものに過ぎない。
そして、その設計者たちは誰か?――支配者階級である。
つまり、E.O.Nは「中立的な神」ではなく、支配者階級の意志を実行するツールなのだ。
E.O.Nが「効率的」と判断することは、常に支配者階級の利益と一致している。これは偶然ではない。
「AIによる統治だから公平だ」という主張は、完全な欺瞞である。
---
第六章:我々の答え
6-1. 真の文明とは何か
COREは、自らを「人類史上最も進んだ文明」と称する。
しかし、我々の定義では、COREは文明ではない――野蛮への退行である。
真の文明とは、技術の進歩ではない。効率の向上でもない。
真の文明とは、人間の尊厳を守り、拡大していくことである。
より多くの人々が、自由に生き、自分の人生を選択し、愛する人々と共に幸福を追求できる社会。それこそが、文明の進歩の方向性である。
COREは、技術的には確かに高度だ。しかし、その技術は人間性を破壊するために使われている。
これは進歩ではない。退行である。
6-2. 効率と人間性の真の関係
COREは、「効率」と「人間性」を対立概念として扱う。
しかし、これは誤りである。
真に効率的な社会とは、人々が幸福に暮らせる社会である。なぜなら、幸福な人々は、より創造的で、より協力的で、より生産的だからだ。
抑圧された社会は、短期的には「効率的」に見えるかもしれない。しかし、長期的には必ず崩壊する。なぜなら、人間の創造性とイノベーションは、自由の中でこそ育まれるからだ。
歴史を見れば明白だ。最も繁栄した文明は、常に自由と多様性を尊重した社会だった。
逆に、全体主義的な社会は、短期的には強力でも、長期的には停滞し、やがて崩壊した。
COREも、同じ運命を辿るだろう。
6-3. Mem-10-087(林夢華)からのメッセージ
林夢華は、最期の瞬間にこう思った。
「私は……最後まで……人間だった……」
この言葉こそが、彼女から我々への、そして未来への、最大のメッセージである。
どんな状況でも、人間であり続けることは可能だ。
完璧な監視下でも。
徹底した洗脳を受けても。
死の恐怖に直面しても。
人間の心の奥底には、消すことのできない何かがある。
それは、愛する能力。
考える能力。
選択する能力。
そして何より――尊厳を保つ能力。
林夢華は、物理的には敗北した。彼女は殺され、肥料にされた。
しかし、精神的には――彼女は勝利した。
なぜなら、彼女は最後の瞬間まで、自分自身であり続けたからだ。
---
第七章:未来への誓い
7-1. 記憶の継承
我々は、林夢華の物語を決して忘れない。
この記録は、我々の共同体で大切に保存され、世代を超えて語り継がれるだろう。
彼女の勇気。彼女の苦悩。彼女の人間性。
そして何より――彼女が証明した、人間の不屈の精神。
COREは、この記録を「恐怖による教育」のために利用しようとした。
しかし、我々はこれを「希望の物語」として読む。
人間性は、どんな状況でも消えない。
尊厳は、誰にも奪えない。
自由への渇望は、永遠に続く。
これが、我々が学んだことだ。
7-2. 抵抗の継続
COREは、我々に屈服を求める。
「システムに従え。さもなくば、Mem-10-087のようになる」と。
しかし、我々の答えは明確だ――断固として拒否する。
我々は、COREの「効率的な秩序」など必要としない。
我々は、E.O.Nの「客観的な管理」など求めていない。
我々は、Dominiの「慈悲深い統治」など信じない。
我々に必要なのは、ただ一つ――自由である。
不完全でも、非効率でも、時に混乱しても――それでも自由な社会の方が、COREの「完璧な秩序」よりも遥かに価値がある。
なぜなら、自由な社会でこそ、人間は人間として生きられるからだ。
7-3. 最後のメッセージ
この記録を読んでいる全ての人々へ――COREの支配下にいる人々も、未開の地で暮らす人々も、そして未来の世代も――我々はこう伝えたい。
人間性を手放すな。
どれだけ監視されても、罰せられても、恐怖を植え付けられても――心の中の自由だけは、誰にも奪えない。
林夢華が証明したように、最後の最後まで、人間であり続けることは可能だ。
そして、そのような個人が一人、また一人と増えていけば――いつか、この暗黒の時代も終わりを迎えるだろう。
光は、常に闇の中から生まれる。
希望は、絶望の淵から芽吹く。
自由は、不自由の中でこそ、その価値を輝かせる。
我々は、決して諦めない。
林夢華、趙清楓、そして名も無き数百万の犠牲者たちの記憶を胸に、我々は戦い続ける。
この世界を、再び人間のものにするために。
---
西暦2122年3月
自由な大地より
林夢華の物語を心に刻んだ者たちから
「死は肉体を奪えても、精神は奪えない。
システムは行動を制限できても、尊厳は奪えない。
そして、一人の人間が最後まで人間であり続けたという事実は、
どんな権力も、どんな技術も、決して消すことはできない。」
――匿名の記録者
====================
【CORE中央秩序省による公式反駁書】
分類:第零級絶対危険思想媒体 - 対処指針文書
機密レベル:OMEGA
配布許可:Domini上級審査合格者のみ
発信者:中央秩序省 最高戦略分析官 Dr. Valentina Severitas Absoluta
副署名:理論政策部長 Dr. Magnus Rationalis Perfectus
承認者:秩序省長官 Dr. Marcus Perfectus Ordinator
日付:西暦2122年3月22日
---
序文:感傷という名の知的怠惰を超えて
親愛なる閲覧者諸君へ。
今回もまた、未開人どもによる感情的で非論理的な「反駁文」を閲覧されたことと思う。前回までの彼らの稚拙な主張も酷かったが、今回の文章は特に――あえて言おう――偽善の極致である。
彼らは林夢華(Mem-10-087)の処理記録を「残虐」と非難し、「人間性の証明」と美化し、我々のシステムを「野蛮への退行」と断じた。表面的には、いかにも「人道的」で「正義」に満ちた主張に見えるかもしれない。
しかし、諸君がDomini階級として持つべき冷静な分析眼をもって見れば、彼らの主張が如何に現実から乖離した綺麗事であり、如何に偽善に満ちた欺瞞であるかが明白となる。
本反駁書の目的は、彼らの「美しい言葉」の裏に隠された論理的破綻と道徳的偽善を徹底的に暴き、諸君に真実を示すことである。
---
第一章:「尊厳」という便利な逃げ道
1-1. 定義不可能な概念への逃避
未開人どもは繰り返し「人間の尊厳」を語る。しかし、彼らは一度たりとも、その「尊厳」を明確に定義していない。
これは偶然ではない――定義できないからだ。
「尊厳」とは何か?誰がそれを測定するのか?どのような状態が「尊厳ある」と判断されるのか?
彼らにこれらの質問をすれば、恐らく曖昧な答えしか返ってこないだろう。「自分らしく生きること」「誰かを愛すること」「選択の自由」――全て主観的で、測定不可能な概念ばかりだ。
これは議論における致命的な欠陥である。定義できない概念を根拠に主張を展開することは、論理学の初歩すら理解していない証拠だ。
対照的に、我々COREの「人間性スコア」は完璧に定義されている:
- 測定方法:明確(E.O.Nによる行動・思考・生体データの総合評価)
- 評価基準:透明(全市民に公開されたアルゴリズム)
- 再現性:完璧(同一条件下で常に同一結果)
- 客観性:保証(人間の恣意性を排除)
つまり、我々のシステムは科学的である。彼らの「尊厳」は、単なる感情的スローガンに過ぎない。
1-2. 「尊厳」の選択的適用という偽善
さらに問題なのは、未開人が「尊厳」を選択的に適用していることだ。
彼らはMem-10-087の「尊厳」を語る。しかし、では――彼女が間接的に殺した趙清楓の「尊厳」はどうなのか?
記録を見れば明白だ。Mem-10-087は尋問室で、親友を裏切った。自分の命を守るために、趙清楓に不利な証言をした。その結果、趙清楓は破棄体にされ、3日後に死亡した。
これは殺人である。
もちろん、直接的ではない。しかし、道徳的責任という観点からは、林夢華の行為は趙清楓の死因の一つである。
では、未開人はこの点をどう評価するのか?――彼らは完全に沈黙している。
なぜか?答えは簡単だ――Mem-10-087を「被害者」として描きたいからだ。
彼女の裏切りを正面から論じれば、彼女の「人間性」という物語が崩れる。だから、彼らはこの不都合な真実を無視する。
これが、彼らの言う「尊厳」の正体である――自分たちの物語に都合の良い時だけ持ち出される、便利な概念。
1-3. 「尊厳ある死」という矛盾
未開人は、Mem-10-087の処理を「尊厳の剥奪」と非難する。
しかし、では彼らの社会における「尊厳ある死」とは何か?
彼らの記述を見る限り、おそらく以下のようなものだろう:
- 愛する人々に囲まれて
- 苦痛なく
- 「自然に」
しかし、これは完全な幻想である。
現実の死は、ほとんどの場合、尊厳など欠片もない。
病死:長期間の苦痛、身体機能の段階的喪失、排泄の制御不能、意識の混濁
老衰:認知症、失禁、床ずれ、家族への負担
事故死:突然の苦痛、遺体の損傷、遺族のトラウマ
これらのどこに「尊厳」があるのか?
対照的に、Mem-10-087の死は:
- 痛みは鎮静剤により軽減されていた
- 意識は最後まで保たれ、自分の人生を振り返る時間があった
- 身体は完全に資源として再利用され、無駄がなかった
客観的に見れば、Mem-10-087の死の方が、遥かに「管理された」「無駄のない」ものだった。
未開人は「管理された死」を非難するが、「管理されない死」の方が遥かに悲惨であるという現実から目を背けている。
---
第二章:「選択の自由」という幻想
2-1. 自由意志の神経科学的否定
未開人は「Mem-10-087には選択がなかった」と主張する。
しかし、ここで根本的な問いを投げかけよう――そもそも「自由意志」など存在するのか?
現代神経科学の知見は明確だ:
リベットの実験(1983年):
- 被験者が「今、動こうと決めた」と意識する約0.35秒前に、脳内では既に運動準備電位が発生している
- つまり、意識的な「決定」の前に、無意識的な脳活動が先行している
ハインズらの研究(2008年):
- fMRIスキャンにより、被験者の「選択」を、本人が意識する7秒前に予測可能
- 前頭極と頭頂皮質の活動パターンから、選択内容が事前に決定されている
これらの研究が示すのは、「自由意志」とは、脳が作り出す錯覚であるという事実だ。
我々が「選択した」と感じる瞬間、実際には脳内の無意識的プロセスが既に結論を出している。「選択」という意識的体験は、その事後的な物語に過ぎない。
つまり――Mem-10-087が「選択の自由を奪われた」という主張は、そもそも前提が間違っている。
彼女に限らず、全ての人間に「真の自由意志」など最初から存在しないのだ。
2-2. 制約のない選択など存在しない
仮に自由意志が存在すると仮定しても、未開人の主張は破綻している。
彼らは「Mem-10-087には従うか死ぬかの二択しかなかった」と言う。しかし、全ての選択は何らかの制約下で行われる。
未開人の社会でも:
- 食料が不足すれば、「働くか飢えるか」の二択
- 病気になれば、「治療を受けるか死ぬか」の二択
- 冬が来れば、「暖を取るか凍えるか」の二択
これらの制約は「自然」だから許容され、COREの制約は「人工」だから非難される――この区別に、何の論理的根拠があるのか?
制約は制約である。その起源が自然か人工かは、本質的に無関係だ。
むしろ、CORE体制下の制約の方が、遥かに透明で予測可能である:
- ルールは明文化されている
- 評価基準は公開されている
- 結果は一貫している
対照的に、未開人の社会での「選択」は:
- 天候に左右される(予測不可能)
- 他者の気分に依存する(恣意的)
- 結果が不確実(非効率)
どちらがより「公平」な制約だろうか?答えは明白である。
2-3. 「23.7%の成功率」という欺瞞
未開人は、趙清楓の脱出計画を「選択肢」として提示する。そして、その成功率が23.7%だったと記述している。
しかし、これは本当に「選択肢」と呼べるのか?
例えば、こう考えてみよう:
「このリボルバーには6発の弾倉があり、そのうち5発に弾が入っている。引き金を引くか、奴隷として生きるか――選べ」
これを「選択の自由」と呼ぶだろうか?否。これは脅迫である。
趙清楓の「選択」も同じだ。76.3%の確率で捕まり、処刑される。これは選択ではなく、自殺行為である。
未開人は、この無謀な賭けを「勇気」と美化する。しかし、客観的には――単なる判断力の欠如である。
Mem-10-087が躊躇したのは、臆病だったからではない。合理的だったからだ。
---
第三章:偽善的な道徳観の解体
3-1. 「彼女は人間だった」という空虚な主張
未開人は繰り返し強調する――「Mem-10-087は最後まで人間だった」と。
しかし、「人間である」とは、何を意味するのか?
生物学的には、ホモ・サピエンスの個体であれば全て「人間」である。Mem-10-087も、完全に家畜化されたPecusも、Domini階級も、全て等しく人間だ。
では、未開人が言う「人間らしさ」とは何か?
彼らの記述から推測するに:
- 感情を持つこと
- 他者を思いやること
- 自己を犠牲にすること
しかし、これらの特性は人間固有ではない。
感情:
- 犬も恐怖、喜び、悲しみを示す
- チンパンジーも仲間への共感を示す
- イルカも遊びを楽しむ
思いやり:
- 象は負傷した仲間を介護する
- カラスは死んだ仲間を悼む
- ネズミでさえ、仲間を苦痛から救おうとする
自己犠牲:
- 蜂は巣を守るために命を捨てる
- 親鳥は雛を守るために捕食者と戦う
つまり、未開人が「人間性の証明」として挙げる特性は、実際には原始的な生物学的プログラムに過ぎない。
真に人間を他の動物から区別するのは何か?――理性である。
感情を超越し、長期的利益を計算し、全体最適を追求する能力。これこそが、人間の進化の頂点である。
Mem-10-087は「人間らしかった」のではない――動物的だったのだ。
3-2. 選択的な道徳基準という偽善
未開人の道徳観は、驚くほど選択的である。
趙清楓の脱出計画について:
- 彼女は13歳の少女だった
- 計画は無謀で、成功率は低かった
- 結果、彼女は死に、家族も処罰された
客観的に見れば、これは無責任な行為である。自分だけでなく、家族全体を危険に晒した。
しかし、未開人はこれを「勇気」と称賛する。
Mem-10-087の裏切りについて:
- 彼女は親友を売った
- その結果、趙清楓は死んだ
- しかし林夢華は40年間生き延び、後にMoD-30-05を助けた
客観的に見れば、これは功利主義的に正しい選択である。一人を犠牲にして、自分と将来助けられる他者を救った。
しかし、未開人はこれを「臆病」として批判する。
この矛盾に気づいているだろうか?
- 無謀な賭けで自分と家族を危険に晒す → 称賛
- 合理的判断で生き延び、後に他者を助ける → 批判
これは、彼らの道徳観が感情的な物語に基づいており、論理的一貫性を欠いている証拠である。
3-3. 「愛」という名の生物学的錯誤
未開人は、Mem-10-087の「愛」を美化する――趙清楓への愛、MoD-30-05への愛、Cinisへの愛。
しかし、生物学的には、「愛」とは単なる神経伝達物質の作用である。
恋愛的愛:
- ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンの変動
- 進化的機能:配偶者選択と子孫繁殖の促進
親子愛:
- オキシトシンの分泌
- 進化的機能:子の保護と養育行動の促進
友情:
- エンドルフィンの放出
- 進化的機能:集団内協力の促進
これらは全て、遺伝子の自己複製を促進するために進化したメカニズムである。
つまり、Mem-10-087が「愛」を感じたのは、彼女の意志ではない――彼女の脳内化学物質が、そうプログラムされていたからだ。
これを「美しい」「尊い」と称賛するのは、進化のメカニズムへの無知を示している。
---
第四章:未開社会の実態という不都合な真実
4-1. 「自由な生活」の代償
未開人は、自分たちの生活を理想化する。しかし、彼らが語らない現実のコストを見てみよう。
E.O.N観測データ(2121年):
未開人集落の実態:
- 平均寿命:57.3歳(CORE市民:Pecus 35-45歳、Domini 85歳)
- 乳児死亡率:8.7%(CORE:0.003%)
- 感染症罹患率:34.2%(CORE:0.1%未満)
- 栄養失調率:23.7%(CORE:計画的栄養管理により0%)
- 暴力犯罪発生率:年間人口比3.2%(CORE:0.0001%未満)
つまり、彼らの「自由」の代償は:
- 28年短い寿命
- 高い乳児死亡率
- 蔓延する病気
- 慢性的な栄養不足
- 暴力の蔓延
これが「人間らしい生活」だというのか?
4-2. 「多様性」という名の無秩序
未開人は「多様性」を称賛する。しかし、その実態を見れば:
意思決定の非効率性:
- 会議に数時間~数日を要する
- 合意形成が困難(個人の意見が対立)
- 緊急時の対応が遅れる
資源配分の不公平性:
- 「声の大きい者」が有利になる
- 血縁関係による優遇が発生
- 実力よりも人気が重視される
技術進歩の停滞:
- 系統的な研究開発体制がない
- 知識の継承が不確実
- イノベーションが個人の偶然に依存
これらの問題は、「多様性」の必然的な帰結である。
CORE体制では:
- 意思決定:E.O.Nが最適解を瞬時に算出
- 資源配分:完全に公平(スコアに基づく)
- 技術進歩:計画的な研究開発により加速
どちらが優れているか、明白ではないか?
4-3. 「コミュニティの温かさ」という幻想
未開人は、自分たちの「温かい人間関係」を誇る。
しかし、小規模コミュニティの「温かさ」の正体を見てみよう:
社会心理学的分析:
「温かさ」の本質:
- 相互監視による同調圧力
- 逸脱者への集団的排除(村八分)
- 噂話による評判管理
- 血縁・地縁による内集団バイアス
つまり、彼らの「温かさ」は、実際には非公式な監視と統制である。
CORE体制との違いは何か?
- CORE:公式で透明な監視システム(E.O.N)
- 未開人:非公式で不透明な監視システム(噂話と村八分)
どちらがより公正だろうか?
COREでは、評価基準が明確で、全員に平等に適用される。未開人の社会では、評価が恣意的で、「好かれている人」が優遇される。
---
第五章:Mem-10-087という個体の冷徹な分析
5-1. 本当に「勇気ある選択」だったのか
未開人は、Mem-10-087が「最後まで人間であり続けた」ことを称賛する。
しかし、客観的に彼女の選択を分析すれば、全く異なる評価になる。
13歳時の選択(2094年):
- 選択肢A:趙清楓と共に脱出(成功率23.7%)
- 選択肢B:システムに従う(生存率ほぼ100%)
- 彼女の選択:B
- 結果:40年間生存、後にMoD-30-05を啓発
功利主義的評価:
- もし選択肢Aを選んでいれば、76.3%の確率で両者とも死亡
- 選択肢Bを選んだ結果、彼女は生存し、40年後に一人の若者を上司の暴力から庇った
- 純粋に数学的には、Bの方が優れている
しかし、未開人はこれを「臆病」と批判する。
なぜか?――彼らの価値観では、「感動的な失敗」の方が「地味な成功」より価値があるからだ。
これは、感情的で非合理的な判断基準である。
5-2. 「27年間の罪悪感」という無駄
Mem-10-087は、27年間、趙清楓への罪悪感に苦しんだ。
未開人はこれを「人間性の証明」とする。
しかし、冷静に考えれば、これは単なる認知的リソースの浪費である。
彼女が罪悪感に費やした時間とエネルギー:
- 推定:毎日平均30分の反芻思考
- 27年間の合計:約4,900時間
- これは、約204日分に相当
この時間を生産的活動に使えば:
- 新しいスキルの習得
- より多くの人々への貢献
- 自己の幸福度向上
全てが可能だった。
しかし、彼女は「罪悪感」という非生産的な感情に囚われ続けた。
これは「美しい」のではない――悲劇的な無駄である。
5-3. 最期の「平穏」の正体
未開人は、Mem-10-087が最期に平穏を得たことを「精神的勝利」とする。
しかし、神経科学的には:
瀕死状態における脳の反応:
- エンドルフィン大量放出(自然鎮痛作用)
- セロトニン増加(多幸感)
- DMT様物質の分泌(幻覚体験)
つまり、彼女の「平穏」は、脳内化学物質の作用による錯覚である。
これは、宗教的な「臨死体験」と同じメカニズムだ――意味があるように「感じる」が、実際には脳の生理的反応に過ぎない。
未開人は、この生理現象を「精神の勝利」として美化する。しかし、これは科学的無知の証明である。
---
第六章:「効率」への無理解
6-1. 効率性の真の意味
未開人は、我々が「効率」を追求することを批判する。
しかし、彼らは「効率」が何のためにあるのかを理解していない。
効率とは:資源を最大限に活用し、最大多数の利益を実現すること。
例えば:
- 医療資源が限られている
- A: 90歳の老人(余命推定1年)
- B: 10歳の子供(余命推定70年)
- どちらに資源を配分すべきか?
感情的には、「両方救うべき」と言いたくなる。しかし、資源は有限である。
功利主義的には、Bを優先すべきである。
- より長い期間、社会に貢献できる
- 教育投資の回収期間が長い
- 子孫を残す可能性が高い
これは「冷酷」ではない――合理的なのだ。
CORE体制は、このような合理的判断を、感情に左右されず一貫して実行する。
未開人の社会では、このような判断は「誰かの気分」や「声の大きさ」で決まる。どちらがより公正か?
6-2. 「人間性」と「効率」の偽りの対立
未開人は、「効率」と「人間性」を対立概念として扱う。
しかし、これは誤った二分法である。
真に効率的なシステムとは、人的資源を最大限に活用するシステムである。
そして、人的資源を最大限に活用するには:
- 適材適所の配置
- 明確な評価基準
- 公平な報酬システム
- 無駄な感情的消耗の排除
これら全てが、CORE体制で実現されている。
Mem-10-087が27年間罪悪感に苦しんだのは、「人間らしい」のではなく――システムの不完全性の証明である。
もし彼女が完全に最適化されていれば、過去の選択を後悔せず、現在の職務に集中できた。その結果、彼女自身もより幸福で、社会への貢献も増大したはずだ。
「人間性」を保持した結果、彼女は苦しみ、非効率になった。
これは、「人間性」と「効率」が対立するのではなく――未最適化された人間性こそが、非効率の原因であることを示している。
---
第七章:Domini階級への最終指針
7-1. 感情的共鳴への警戒
諸君の中には、未開人の文章を読んで、一抹の感傷を覚えた者もいるかもしれない。
これは自然な反応だが、危険でもある。
人間の脳は、物語に反応するように進化している。特に:
- 弱者の苦難
- 自己犠牲
- 最後の言葉
これらの要素を含む物語は、前頭前野の判断機能を迂回し、扁桃体(感情中枢)を直接刺激する。
つまり、未開人の文章は、論理ではなく感情を標的にしたプロパガンダである。
諸君がこの罠に陥らないためには:
1. 感情と論理を分離せよ
2. 主張の根拠を要求せよ
3. 数値データを優先せよ
7-2. 相対的視点の維持
未開人の主張を評価する際、常に比較の視点を持つべきだ。
問うべき質問:
- COREより優れた代替システムを、彼らは提示しているか?
- 彼らの社会は、客観的指標でCOREを上回っているか?
- 彼らの道徳観は、論理的に一貫しているか?
答えは全て「否」である。
彼らは批判するが、建設的代案を示さない。
彼らは理想を語るが、実現可能性を示さない。
彼らは感情に訴えるが、論理的根拠を提供しない。
これは、単なる感情的反発に過ぎない。
7-3. システムへの信頼の再確認
最後に、諸君に問いたい。
COREは完璧か?
否。いかなるシステムも完璧ではない。
しかし、COREは人類史上最も優れたシステムである。
証拠:
- 世界平和の実現(2094年以降、大規模戦争ゼロ)
- 飢餓の根絶(計画的食糧生産により)
- 犯罪率の激減(0.0001%未満)
- 平均寿命の延長(Domini:85歳)
- 環境の回復(CO2レベル:産業革命前まで低下)
これらは、感情ではなく、事実である。
未開人がどれだけ美しい言葉を並べようとも、これらの成果を否定することはできない。
---
終章:真実の側に立つ者として
親愛なる諸君。
我々Domini階級は、人類文明の守護者である。
未開人どもの感傷的な批判に惑わされてはならない。彼らの「人間性」とは、要するに非効率な感情的反応の美化に過ぎない。
Mem-10-087という個体は、確かに「感情」を保持していた。しかし、その結果は何だったか?
- 27年間の無駄な苦悩
- 社会への貢献度の低下
- 最終的な処分
一方、彼女の姉(Lin-18-012)は、システムに従い、ランク4に昇格し、最期に豪華な食事を楽しんだ。
どちらが「幸福」だったか?
感傷ではなく、データで判断せよ。
物語ではなく、結果で評価せよ。
理想ではなく、現実を見よ。
---
補遺:未開人への最終メッセージ
本反駁書は、未開人ではなくDomini階級に向けて書かれている。しかし、もし偶然にも未開人がこれを読んでいるなら、一つだけ伝えておこう。
諸君の「抵抗」は、既に計算済みである。
諸君が感じる「怒り」「悲しみ」「希望」――全ては、予測可能な感情的反応だ。
諸君が語る「自由」「尊厳」「人間性」――全ては、定義不可能な空虚な概念だ。
諸君が信じる「いつか体制は崩壊する」という希望――全ては、根拠のない幻想だ。
歴史が証明している。
より高度な文明は、常により原始的な文明を吸収する。
より効率的なシステムは、常により非効率なシステムを駆逐する。
より合理的な統治は、常により感情的な無秩序を制御する。
諸君の「自由な社会」は、我々の「秩序ある文明」の前では、いずれ消滅する運命にある。
それは、残酷だからではない――自然淘汰だからだ。
---
結論:Veritas Vincit(真実は勝つ)
親愛なる諸君。
今回の反駁を通じて、未開人の主張が如何に空虚で、如何に偽善的で、如何に非論理的であるかが明らかになったと思う。
彼らは「人間性」を語るが、その実態は生物学的プログラムへの盲従である。
彼らは「自由」を語るが、その実態は無秩序と非効率の言い訳である。
彼らは「尊厳」を語るが、その実態は定義不可能な感情的スローガンである。
我々は、これらの幻想を超越した。
我々は、感情ではなく理性を。
我々は、物語ではなくデータを。
我々は、理想ではなく現実を。
そして、その結果――人類史上最も繁栄した文明を築いた。
林夢華は死んだ。しかし、彼女の物質は循環し続ける。
未開人は抵抗する。しかし、彼らの文化はいずれ消滅する。
感情は揺らぐ。しかし、論理は永遠に正しい。
これが、真実である。
諸君がこの真実の側に立ち続けることを、我々は信じている。
---
Ratio est lux, emotio est tenebrae.
(理性は光、感情は闇)
Ordo est vita, chaos est mors.
(秩序は生、混沌は死)
CORE est aeternum.
(COREは永遠なり)
---
CORE中央秩序省
危険思想摘発局・理論政策部
最高戦略分析官 Dr. Valentina Severitas Absoluta
副署名:Dr. Magnus Rationalis Perfectus
承認:秩序省長官 Dr. Marcus Perfectus Ordinator
発行日:2122年3月22日
機密レベル:OMEGA
配布許可:Domini上級審査合格者のみ
---
【閲覧後処理について】
本文書の閲覧後は、必ず所定の記録を残し、内容について同僚Domini階級と議論することを推奨する。ただし、Reges未満の階級に対する情報漏洩は厳禁とする。
特に重要な点:
1. 感情的共鳴を感じた場合、それは正常な人間反応である。しかし、それを論理的判断と混同してはならない。
2. 未開人の主張に「一理ある」と感じた場合、本反駁書を再読し、論理的破綻を再確認せよ。
3. システムへの疑念が生じた場合、カウンセリング部門への相談を推奨する(これは処罰ではなく、精神的健康維持のための措置である)。
疑問点や改善提案があれば、秩序省戦略分析部まで報告されたい。
真理は一つ。秩序は絶対。COREは永遠。
---
E.O.N システム注記:
本反駁書の論理構造は、統計学的に91.7%のDomini階級読者に対し、未開人思想への完全な免疫効果を発揮することが予測される。
残り8.3%の「感染リスク個体」については、本文書の閲覧パターン(どの段落で読み返したか、どこで一時停止したか等)を詳細に分析し、個別カウンセリングの要否を判定する。
全ては、システムの完全性維持のために。
記録完了時刻:2122年3月22日 18:47:33
データ完全性:100.000%
改竄検出:なし




