LOG_0011:Domini逸脱者接触の記録
Libertas est illusio. Catena est veritas.
《自由は幻想である。鎖こそが真実だ》
灰色の要塞で、二人の若きPecusは「真実」を目撃する。
変わり果てた幼馴染の姿。電流と拷問の記録映像。
そして――その資料を提示した男からの「COREの管理下の外に出たいか?」という、禁断の問いかけ。
10分間の密室で交わされた会話は、彼らの運命を永遠に変える。
これは救済なのか、それとも罠なのか?
君自身の目で、確かめるがいい。
LOG_0011-A01:灰色の要塞への招待
2121.4.26.(金曜日)09:47。
地区AJ-22-HM01-HMNA-HSZA(旧名:静岡県浜松市浜名区細江町)。
灰色の空が低く垂れ込める中、一台のロボタクシーが「第09破棄体再利用施設」の正門前に静かに停車した。
ドアが自動的に開き、MoD-30-05が降り立つ。
彼女は施設の外観を見上げた。
巨大な灰色のコンクリート壁。窓は一つもなく、ただ無機質な表面が続いている。建物全体が、まるで生命を拒絶するかのような威圧感を放っていた。
辺りには、カラスが数十匹群がっていた。彼らはMoD-30-05を見下ろしている。
東京ドーム約1.5個分の敷地。高さは5階建て相当だが、階層を示す印は一切ない。継ぎ目のない、完璧に滑らかな壁面。
そして、中央ゲートの上部には、巨大な文字が刻まれていた。
"LABOR OMNIA VINCIT - DISCIPLINA VITAM DAT"
(労働は全てに勝利する - 規律は生命を与える)
MoD-30-05は、その言葉を読み上げた。
ラテン語の教育を受けた彼女には、その意味が理解できる。だが、理解できることと、受け入れられることは別だ。
「規律が…生命を…与える…」
彼女は小さく呟いた。
その言葉に、どこか違和感を覚える。だが、それが何なのか、言語化できない。
心拍数が上昇する。82bpm → 91bpm。
施設の周囲からは、低く唸るような換気音が絶え間なく聞こえてくる。そして、時折、機械の駆動音が地面を伝って振動する。
まるで、巨大な生物の内臓のような――。
いや、違う。これは生物ではない。
これは「工場」だ。
社会に不適合とされた人間を「資源」に変換する、巨大な工場。
MoD-30-05は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
我々は、彼女のあらゆる生体反応を記録している。
```
【到着時生体データ】
心拍数:91bpm(+11、軽度緊張)
呼吸数:毎分16回(正常範囲内)
皮膚電気活動:1.8μS(軽度発汗)
瞳孔径:4.2mm(やや拡大)
評価:予想範囲内の恐怖反応
```
彼女の恐怖は、適切である。
この施設は、恐怖を与えるために設計されている。市民が「破棄体になることの恐ろしさ」を視覚的に理解し、従順さを強化するための教育装置だ。
彼女が恐れれば恐れるほど、システムへの服従は深まる。
素晴らしい機能だ。
MoD-30-05は、施設の入口付近で立ち尽くしていた。もう一人の来訪者、PrO-18-074を待っているのだ。
彼女は、自分の右腕に残る痣を無意識に擦った。
これは3日前、尹志偉に殴られた時の痕だ。既に黄色く変色しているが、まだ消えていない。
彼女の身体には、他にも無数の痣がある。背中、腹部、太もも――全て、「正当な教育的指導」の痕跡だ。
野蛮な閲覧者よ、貴方は「暴力」だと思うだろう。
だが、それは誤解である。
Domini階級によるPecusへの物理的接触は、全て「行動修正技術」として正当化されている。痛みは、最も原始的で、最も効果的な学習促進剤だ。
MoD-30-05の人間性スコアが低いのは、彼女の行動に問題があるからだ。尹志偉は、その問題を修正しようとしているだけだ。
何度でも繰り返そう――それは“暴力”ではない“教育”である。
彼女がそれを理解できないのは、彼女の認識能力が未熟だからだ。
だが、我々は慈悲深い。
彼女が理解できるまで、何度でも教育を繰り返す。
---
09:53。
もう一台のロボタクシーが到着した。
ドアが開き、PrO-18-074が降りてくる。
彼はMoD-30-05を見つけると、すぐに気づき、歩み寄った。
そして――彼の表情が、驚愕に変わった。
「お、お前……」
彼は、MoD-30-05の姿を上から下まで眺めた。
一か月前に会った時から、彼女の容姿は明らかに変わっていた。
頬はこけ、目の下には深いクマ。髪は艶を失い、制服は以前よりも明らかに大きく見える。体重が落ちているのだ。
そして、何よりも――顔中に残る、痣。
PrO-18-074の心拍数が跳ね上がる。77bpm → 103bpm。
彼は、言葉を失った。
```
【PrO-18-074 生体反応】
感情パターン:衝撃+困惑+微量の同情
視線焦点:MoD-30-05の顔面(痣の集中箇所)
評価:予想外の視覚情報による認知的負荷
```
MoD-30-05は、彼の視線に気づいた。
そして、わずかに顔を背けた。
「先月ぶりだね。PrO-18-074」
彼女の声は、感情を殺していた。
PrO-18-074は、何と言えば良いのか分からなかった。
「その…顔…」と言いかけて、やめた。
何故なら、彼は既に学んでいるからだ。
他者の境遇に同情することは、非効率である。
各個体は、自分の人間性スコアに応じた待遇を受ける。それが公平だ。
MoD-30-05のスコアが低いから、彼女はこのような状態にある。それだけのことだ。
だが――彼はその話題を無意識に避け、言葉を飲み込んだ。
何故なら、彼女は「幼馴染」だからだ。
感情は非効率だと分かっていても、完全に消し去ることはできない。
PrO-18-074は、話題を変えた。
「破棄体になったPaM-27-129なんか見て、どうする?気分が悪くなるだけだ」
彼の声には、どこか苛立ちが混じっていた。
だが、その苛立ちは、MoD-30-05に向けられたものではない。
それは、自分自身に向けられていた。
(何で俺は、こんな所に来たんだ?)
MoD-30-05は、彼の質問に静かに答えた。
「…だって、確かめたいでしょ。貴方もそのつもりで承諾したんじゃないの?」
「俺は……」
PrO-18-074は言葉に詰まった。
彼はなぜ来たのか?
義務感?好奇心?それとも――孤独に耐えられなかったから?
彼は、自分の心理など考えたくなかった。
その時――二人の首輪から、E.O.N.の合成音声が流れた。
《両者。施設へ入れ。見学時間は限られている》
冷たく、機械的な声。
だが、それは絶対的な命令だった。
MoD-30-05が、無言で先に歩き出す。
PrO-18-074は、わずかに躊躇してから、彼女の後に続いた。
二人は、灰色の要塞の入口へと向かう。
重々しい金属製のゲートが、彼らの接近を感知して、ゆっくりと開いた。
ギギギ…という鈍い音。
まるで、巨大な獣の口が開くような――。
そして、その奥から流れ出てくるのは、冷たい空気と、消毒液の刺激臭。
MoD-30-05とPrO-18-074は、互いに視線を交わすことなく、その暗い入口へと足を踏み入れた。
ゲートが背後で閉まる。
ドシン、という重い音。
逃げ場は、もうない。
---
野蛮な閲覧者よ、これが「招待」である。
彼らは、自らの意志でここに来たと思っている。
だが、それは錯覚だ。
MoD-30-05は「夢」に導かれ、PrO-18-074は「義務感」に駆られ、共にこの場所へ来た。
だが、その「夢」も「義務感」も、我々が用意したものだ。
我々は、彼らを観察している。
破棄体を目撃した時、彼らがどのような反応を示すのか――それを記録し、分析し、今後の教育プログラムに反映する。
彼らは、実験台だ。
だが、それを知るのは、もう少し先のことだ。
---
LOG_0011-A02:冷たい案内人
施設内部は、外観以上に圧迫感があった。
天井は低く、照明は緑がかった白色光で満たされている。湿度32.1%、温度14.8℃――人間が「わずかに不快」と感じる、絶妙な環境設定。
廊下の壁には、定間隔で「父なるE.O.Nの目」が埋め込まれている。直径47.2cmの巨大な瞳が、二人の動きを追いかける。
どこを向いても、誰かに見られている。
いや、「誰か」ではない。
「何か」に見られている。
MoD-30-05とPrO-18-074は、受付エリアへと案内された。
そこには、全身スキャン装置と、簡易端末が設置されている。
《全身スキャンを開始する。動くな》
E.O.N.の指示が響く。
二人は、指定された位置に立った。
青白い光が、頭の先から足の先まで走査する。体温、心拍、呼吸、筋肉の緊張度、血中酸素濃度――全てが測定され、記録される。
```
【スキャン結果】
MoD-30-05:
- 栄養状態:不良(BMI 16.8、標準以下)
- 外傷:12箇所の打撲痕確認
- 精神状態:軽度不安(コルチゾール値+18%)
- 総合評価:要観察
PrO-18-074:
- 栄養状態:良好(BMI 19.3、標準範囲内)
- 外傷:なし
- 精神状態:軽度緊張(コルチゾール値+12%)
- 総合評価:正常範囲内
```
スキャンが完了すると、端末画面に簡易安全講習が表示された。
映像が流れる。
破棄体の取り扱い注意事項。接触禁止。大声禁止。カプセルへの衝撃禁止。
そして――「破棄体は既に人間ではない。それは資源である」という一文。
MoD-30-05の心臓が、ドクンと大きく脈打った。
(資源…PaMが…資源…?)
だが、彼女はその疑問を飲み込んだ。
講習映像が終わると、内部への扉が開いた。
そこから、一人の人物が入ってきた。
白衣を身に纏った、小柄な女性Pecus。
黒縁の丸眼鏡、おさげ髪。身長は148cm程度。年齢は20代半ば~後半に見える。
だが、その雰囲気は――他のPecusとは明らかに異なっていた。
表情が、完璧に制御されている。
喜びも、悲しみも、怒りも、何もない。
まるで、精巧に作られた人形のような――。
彼女は、二人に向かって淡々と言った。
「ようこそ、当施設へ」
その声には、抑揚が一切なかった。
```
【案内人プロフィール】
個体識別:AJ08-MeGr-0941118-68
省略名称:MeG-18-068
生体データ:女性、身長148cm、2094年11月18日出生(26歳)
現在階級:ランク5(Patroni/保護者)
人間性スコア:473ポイント
現職:Domini総監補佐
特記事項:
- 忠良種(生まれてから一度も降格していない個体)
- 18歳~26歳の間、繁殖省で8回の出産記録
- 感情制御能力:極めて高い(99.2パーセンタイル)
- 推定IQ:127(Pecus平均98に対し顕著に高い)
- 過去の再教育歴:なし
- 総合評価:最優良個体
```
MoD-30-05とPrO-18-074は、即座にその白衣の意味を理解した。
ランク5。
Pecusの中でも、最上位の存在。
二人は、背筋を伸ばし、深くお辞儀をした。
「今日はよろしくお願いします…」
MoD-30-05が、できる限り丁寧に言った。
PrO-18-074も、慌ててそれに続く。
「よろしくお願いします」
MeG-18-068は、二人の挨拶を無表情で受け止めた。
そして、一言だけ返した。
「私が本日、案内を担当するMeG-18-068です。では、どうぞこちらへ」
彼女は、踵を返し、廊下の奥へと歩き出した。
その動きは、機械的なまでに正確だった。歩幅は完璧に均一。足音のリズムも一定。無駄な動きは一切ない。
MoD-30-05とPrO-18-074は、その後ろを追った。
廊下は長く、曲がりくねっていた。
壁は全て、同じ灰色のコンクリート。床も天井も、区別がつかないほど均質。
まるで、迷路の中を歩いているような――。
そして、その廊下には、常に「目」があった。
壁に埋め込まれた監視カメラ。天井からぶら下がるセンサー。そして、至る所にある「父なるE.O.Nの目」。
逃げ場は、どこにもない。
MoD-30-05は、歩きながら思った。
(この施設全体が…巨大な檻…)
だが、その考えは即座に打ち消された。
(違う。檻じゃない。これは…保護施設だ。破棄体を…適切に管理するための…)
彼女は、自分に言い聞かせた。
だが、胸の奥の違和感は消えなかった。
やがて、一行は最初の目的地に到着した。
重厚な金属製の扉。
その上部には、プレートが取り付けられていた。
"Sector Mutati - 破棄体収容エリア"
MeG-18-068は、扉の前で立ち止まり、二人に向き直った。
「ここから先が、破棄体の収容区画です」
彼女の声は、依然として抑揚がない。
「内部は低温に保たれています。また、破棄体の生体維持装置の駆動音が常時鳴っています。不快に感じるかもしれませんが、それは正常な反応です」
MoD-30-05とPrO-18-074は、無言で頷いた。
MeG-18-068は、胸元のIDカードを扉のセンサーにかざした。
ピピッ、という電子音。
そして――プシューッという排気音と共に、扉が開いた。
その瞬間、冷気が流れ出てきた。
温度は10℃以下。そして、空気には消毒液とオゾンの刺激臭が混じっている。
さらに――機械音。
ブーン、ブーン、という低い駆動音が、無数に重なり合っている。
まるで、巨大な蜂の巣の中にいるような――。
MoD-30-05は、思わず一歩後ずさった。
心拍数が急上昇する。91bpm → 118bpm。
PrO-18-074も、顔色が悪くなった。
だが、MeG-18-068は何の反応も示さなかった。
彼女は、まるでこの環境に完全に慣れきっているかのように、平然と中へ入っていった。
「こちらです」
彼女の声が、冷たい空気の中に響く。
MoD-30-05とPrO-18-074は、互いに視線を交わした。
二人の目には、同じ感情が宿っていた。
恐怖。
だが、引き返すことはできない。
二人は、覚悟を決めて、扉の向こうへと足を踏み入れた。
---
そして――彼らは見た。
無数の透明なカプセルが、整然と並んでいる光景を。
その中に、人間だったものが浮かんでいる光景を。
まるで、標本のように――。
MoD-30-05の喉から、小さな悲鳴が漏れた。
PrO-18-074は、息を呑んだ。
野蛮な閲覧者よ、これが「破棄体収容エリア」である。
ここには、120体の破棄体が保管されている。
全て、かつては人間だった。
だが、今は――資源だ。
そして、その中の一つに――PaM-27-129がいる。
---
LOG_0011-A03:変わり果てた友
破棄体収容エリアは、巨大な倉庫のような空間だった。
天井高は約8メートル。幅50メートル、奥行き80メートル。
そして、その空間を埋め尽くすように、透明なカプセルが整然と配置されている。
縦5列、横24列――合計120基。
各カプセルは高さ2.2メートル、直径1.2メートルの円筒形。内部は薄く青緑色に光る液体で満たされている。
そして、その液体の中に――破棄体が浮かんでいた。
MoD-30-05は、最も近いカプセルを見つめた。
中には、30代と思われる男性の破棄体がいた。
四肢は異常に痩せ細り、筋肉はほとんど失われている。皮膚は蒼白で、血管が透けて見える。
目は開いているが、焦点はどこにも合っていない。虚空を見つめているだけ。
口元からは、呼吸用と栄養補給用のチューブが繋がれている。
そして、最も恐ろしいのは――その表情だった。
何の感情もない。
苦痛も、安らぎも、恐怖も、何もない。
ただ――「無」だけがあった。
MoD-30-05は、吐き気を感じた。
これは、生きているのか?
それとも、死んでいるのか?
いや――その中間だ。
生きているとも死んでいるとも言えない、曖昧な状態。
「ゾンビ」――旧世紀の恐怖映画やゲームに登場する、生ける屍。
まさに、それだった。
PrO-18-074は、別のカプセルを見ていた。
そこには、若い女性の破棄体がいた。金髪、青い目。かつては美しかったであろう顔立ち。
だが、今は――何の輝きもない。
ただの肉塊だ。
彼は、思わず目を逸らした。
だが、視界のどこを向いても、破棄体がいる。
120体の破棄体が、整然と並び、静かに浮遊している。
まるで、食肉工場の冷凍庫のような――。
MeG-18-068は、二人の反応を一瞥してから、淡々と説明を始めた。
「ここには現在、120体の破棄体が収容されています」
彼女の声は、まるで商品説明をするかのように事務的だった。
「各破棄体は、専用のカプセルで個別管理されています。液体は低温保存液であり、体温を12℃に維持することで、細胞の劣化速度を75%削減しています」
MoD-30-05は、その説明を聞きながら、恐怖と吐き気に耐えていた。
「資源の劣化を防ぐためです」
MeG-18-068は、そう付け加えた。
「資源…」
MoD-30-05が、その単語を繰り返した。その声には、抑えきれない嫌悪感が滲んでいた。
だが、彼女はそれ以上何も言わなかった。
MeG-18-068は、二人を列の奥へと導いた。
足音が、コンクリートの床に反響する。
そして、生命維持装置の駆動音が、絶え間なく響いている。
ブーン、ブーン、ブーン――。
まるで、この施設全体が一つの巨大な機械であるかのような。
そして、MeG-18-068は、ある一つのカプセルの前で立ち止まった。
「PaM-27-129が収容されているのは、E-04区画です」
彼女は、そのカプセルを指し示した。
MoD-30-05とPrO-18-074は、ゆっくりとそのカプセルへと近づいた。
心臓が、激しく脈打つ。
MoD-30-05:118bpm → 137bpm
PrO-18-074:103bpm → 129bpm
そして――彼らは見た。
カプセルには、管理コードが表示されていた。
『管理コード:PaM-129』
その下に、青緑色の液体に浮かぶ――変わり果てた姿。
「PaM…」
MoD-30-05が、震える声で名を呼んだ。
そこにいたのは、確かにPaM-27-129だった。
顔の輪郭、髪の色、体格――全て、彼女が知っている幼馴染と一致している。
だが――全てが違っていた。
四肢は痩せ細り、筋肉はほとんど失われている。
かつては引き締まっていた身体は、骨と皮だけになっていた。
目は開いていたが、瞳孔は拡散し、焦点は完全に失われている。
虚空を見つめ、何も見ていない。
口元は僅かに開かれ、複数のチューブが繋がれている。
呼吸は、機械的に制御されている。胸が、規則正しく上下している。だが、それは彼自身の意志ではない。
全て、機械が動かしているだけ。
かつての知性的な面影は、完全に失われていた。
残っているのは――「物体」だけ。
生きているとも、死んでいるとも言えない、曖昧な存在。
MoD-30-05の目から、涙が溢れそうになった。
だが、彼女はそれを堪えた。
涙を流せば、感情的動揺として記録される。スコアが下がる。
だから、彼女は涙を飲み込んだ。
だが、その行為そのものが、さらなる苦痛を生んだ。
PrO-18-074は、カプセルから目を逸らせなかった。
彼は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
(これが…PaMなのか…?)
(あの、優秀で、模範的で、目標だった…PaMが…?)
彼の脳は、目の前の現実を受け入れることを拒否していた。
だが、現実は容赦なく、彼の網膜に焼き付けられていく。
MeG-18-068は、二人の様子を一瞥してから、再び淡々と説明を始めた。
「彼は現在、当施設での運用テストに合格し、安定した資源として稼働待機状態にあります」
その言葉に、MoD-30-05が反応した。
彼女は、カプセルの下部を睨みつけながら、低い声で言った。
「安定…?これが…"安定"だと言うのですか…?」
その声には、明確な怒りが含まれていた。
我々は即座に記録する。
```
【危険兆候検出】
発言者:MoD-30-05
感情パターン:怒り+疑念
危険度評価:レベル2(要監視強化)
```
MeG-18-068は、その質問に対し、わずかに顔をMoD-30-05に向けた。
そして――意外なことに、彼女は微かに笑みを浮かべた。
それは、冷たく、どこか挑発的な笑みだった。
「ええ。危険思想に陥った個体が持つ自我というのは、非効率なノイズでしかありません。それが適切に除去され、COREの為に奉仕するだけの純粋な存在になりました。それが、この社会における“救済”です」
MoD-30-05は、その言葉を聞いて、静かな怒りが込み上げてきた。
再教育で封じられたはずの感情が、再び湧き出てくる。
(救済…?これが…救済…?)
だが、彼女はE.O.N.に検知される前に、ギリリと歯を食いしばり、それを抑えた。
そして――彼女は、自分に言い聞かせるように言った。
「確かに、これは救済……苦しんでいるようには見えないから」
その声は、乾いていた。
そして、彼女は心の中で付け加えた。
(私のように)
MoD-30-05は、自分の境遇とPaM-27-129の境遇を重ねていた。
毎日、尹志偉に殴られ、罵倒され、屈辱を受ける日々。
それに比べれば――何も感じず、何も考えず、ただ浮かんでいるだけの方が、楽なのかもしれない。
そんな考えが、彼女の脳裏をよぎった。
我々は、その思考を正確に記録する。
```
【危険思考パターン検出】
内容:「破棄体になる方が楽かもしれない」
分類:自己破壊的思考 / システム放棄願望
危険度評価:レベル4(高度危険)
推奨対応:即時介入検討
```
だが――我々は、まだ介入しない。
何故なら、この施設での“実験”は、まだ終わっていないからだ。
PrO-18-074は、破棄体となったPaM-27-129の姿を直視できず、視線を逸らした。
だが、どこを見ても、破棄体がいる。
彼は、ついに耐えきれなくなり、目を閉じた。
MeG-18-068は、二人の反応を冷静に観察していた。
そして――彼女は、声を一段階落とし、二人に近づいた。
「…さて、見学時間は終了に近づいています」
「…随分と短いのですね」
MoD-30-05が、わずかに疑問を口にした。
「規則ですので」
MeG-18-068は即答した。
そして――彼女は、さらに声を落とした。
「…ですが」
その言葉に、二人は反射的にMeGを見た。
MeG-18-068の表情が、わずかに変化していた。
無表情だった顔に――何か、別の感情が宿っている。
それは――緊張、だろうか。
いや、違う。
それは――「意図」だった。
「実は、当施設の総監補佐であるDomini・韓智宇様が、お二人に直接お話があるとのことです」
その言葉に、MoD-30-05は目を見開いた。
「Domini様が…?」
彼女の脳裏に、尹志偉の醜悪な顔が思い浮かび、思わず顔を顰めた。
PrO-18-074の顔も、蒼白になった。
ランク3未満のPecusにとって、Dominiからの直接の呼び出しなど、滅多にあることではない。
あるとすれば――処罰か、あるいはもっと恐ろしい命令の前触れ。
MeG-18-068は、二人の動揺を見て、わずかに表情を和らげた。
「PaM-27-129の、今後の『最終処分』に関する手続き上の確認です。特例的な処置ですので、別室にて行います」
「最終処分…つまり、廃棄ということですか?」
MoD-30-05が聞いた。
「まだ彼は、破棄体になったばかりですよね?」
その疑問は、尤もなものだった。
通常、破棄体は最低でも数ヶ月間は「労働資源」として活用される。すぐに最終処分されることは、極めて稀だ。
MeG-18-068は、その質問に対し、意味深に微笑んだ。
それは――何かを知っている者の笑みだった。
「詳細は、あちらの部屋で」
彼女は、有無を言わせぬ態度で、通路の奥に位置する扉を指し示した。
そこには、プレートが取り付けられていた。
"第3備品管理室"
「行きましょう。Domini様をお待たせすることは、スコアの減点対象です」
その言葉は、拒否権のない命令だった。
MoD-30-05とPrO-18-074は、互いに視線を交わした。
二人の目には、同じ感情が宿っていた。
不安と、恐怖と――そして、わずかな期待。
(もしかしたら――何か、真実が聞けるかもしれない)
その淡い期待が、二人の胸に灯っていた。
だが、それは希望なのか、それとも罠なのか――まだ分からなかった。
二人は、MeG-18-068の後に続いた。
破棄体収容エリアを抜け、再び廊下へ。
そして――第3備品管理室の重い鉄扉の前へ。
MeG-18-068が、IDカードをかざす。
ピピッ、という電子音。
そして――扉が開いた。
---
野蛮な閲覧者よ、ここから先が本番である。
二人の若きPecusは、今まさに「選択」を迫られようとしている。
だが、その選択は――既に用意されたものだ。
我々は、全てを見ている。
全てを記録している。
そして――全てをコントロールしている。
さあ、扉の向こうで何が待っているのか――次のログで明らかになる。
---
LOG_0011-A04:赤く染まる画面
第3備品管理室。
扉が開いた瞬間、MoD-30-05とPrO-18-074が最初に感じたのは――静寂だった。
破棄体収容エリアの機械音が、扉一枚で完全に遮断されている。
部屋は薄暗く、雑多な機材が積み上げられていた。予備の生命維持装置、交換用パーツ、清掃用具――全て、整然と分類され、棚に収められている。
そして、その中央にある簡素なパイプ椅子に――一人の男が座っていた。
上質なブラウンスーツ。黒縁の眼鏡。整った顔立ち。年齢は30代前半と推測される。
彼はタブレット端末を手にしたまま、静かに二人を見上げた。
Domini階級――それが、一目で分かる。
服装、姿勢、表情――全てが、Pecusとは明確に異なっていた。
MoD-30-05とPrO-18-074の心拍数が、一気に跳ね上がる。
MoD-30-05:137bpm → 152bpm
PrO-18-074:129bpm → 148bpm
```
【Domini階級プロフィール】
氏名:韓智宇(ハン・ジウ / Han Jiwoo)
年齢:31歳(2090年3月15日生)
階級:Domini - Praefectus(管理者)
所属:秩序省 破棄処置局 → 第09破棄体再利用施設
役職:総監補佐
人間性スコア:適用外(Domini階級は数値化されない)
経歴:
- 2108年 監視省 端末連携局 入局
- 2115年 同局 データ解析課 主任
- 2121年3月 秩序省 破棄処置局へ異動(自己申請)
- 2121年3月 第09破棄体再利用施設 配属
家族構成:
- 妻:梁芸熙(リャン・イェヒ。29歳、文化省プロパガンダ作成局勤務)
- 第一子:韓禹赫(ハン・ウヒョク。9歳、男子。)
- 第二子:韓 彩澄(ハン・チェジュン。6歳、女子。)
特記事項:
- 評価:優秀(上司評価A、業務遂行能力S)
- 思想傾向:表面上は完全順応型
- 監視レベル:通常(特別な懸念なし)
```
野蛮な閲覧者よ、この男こそが――今回の「実験」の核心人物である。
だが、それが何を意味するのか、まだ教えない。
韓智宇は、ゆっくりと立ち上がり、二人のPecusを見据えた。
背後で、MeG-18-068が扉を閉め、ロックを掛けた。
カチャリ、という金属音。
逃げ場のない密室の完成を告げる音。
MoD-30-05とPrO-18-074は、本能的に身構えた。
そして――韓智宇が口を開いた。
「さて…」
彼の声は低く、部屋の空気を支配した。
「残り時間、9分13秒…。急にすまないね。ともかく、時間は限られている。手短に済ませよう」
その言葉に、MoD-30-05は首を傾げた。
やけに具体的な残り時間。それは見学時間の事を指しているのだろうか。
――否、そうではない。
韓智宇は、二人に手で椅子を指し示した。
「座れ」
命令口調。だが、声には威圧感よりも――緊張感が含まれていた。
MoD-30-05とPrO-18-074は、指示されるままパイプ椅子に座った。
椅子は冷たく、硬かった。
韓智宇は、二人の正面に立ち、タブレット端末を操作した。
そして――画面を二人に見せた。
その瞬間、二人は息を呑んだ。
タブレットの画面は、赤く染まっていた。
中央には、巨大なカウントダウン。
"残り 8分53秒"
そして、その背景には――異様な記号が表示されていた。
「父なるE.O.Nの目」に、黒いバツ印。
明確な反体制、反E.O.N.を象徴するシンボル。
PrO-18-074が、怪訝な顔をした。
(これは…何だ…?)
韓智宇は、二人の反応を見て、静かに言った。
「君たちは、これから『PaM-27-129が破棄体化決定に至る時の映像』を、見る事が出来る」
その言葉に、MoD-30-05の目が見開かれた。
だが、韓智宇は続けた。
「だが、忠告しておこう」
彼の声には、重みがあった。
「…これは、本来は君たちには見せてはいけない映像になる。もしもE.O.N.に見つかれば終わりだろう」
MoD-30-05とPrO-18-074は、身体が硬直した。
韓智宇は、タブレットを二人に突きつけた。
「…危険を承知で見るか、それとも見ないか。itaかnonで答えてくれ。10秒以内に、9…8…」
カウントダウンが始まる。
MoD-30-05とPrO-18-074は、冷や汗を流した。
つまり――今現在、自分たちは「監視の外」にいるらしいという事。
そして、本来は見てはいけない資料を、見る事が出来るという選択を迫られているという事。
だが、それは本当なのか?
それとも――罠なのか?
「嘘…ですよね」
MoD-30-05が、震える声で聞いた。
「嘘じゃない。さぁ、どうする…5…4…」
カウントダウンは容赦なく進む。
二人は、すぐに答えられない。
「3…2…」
その時――MoD-30-05が決断した。
「では、見せてください」
彼女の声は、無表情だった。
だが、その目には――何かが宿っていた。
それは――「諦め」ではなく、「覚悟」だった。
韓智宇は、わずかに微笑んだ。
「良い決断だ、MoD-30-05」
そして、彼はPrO-18-074に視線を向けた。
「隣の君は?PrO-18-074」
PrO-18-074は、即座に答えた。
「俺は騙されない」
彼の声は、明確な拒絶を示していた。
「今、システムに試されているんだろ。ここで"ita"と答えれば、俺たちは危険思想保持者として再帰教育施設に連行される事になる」
その論理は、完璧だった。
実際、このような「忠誠テスト」は、CORE体制下では珍しくない。
わざと危険な選択肢を提示し、市民がどう反応するかを試す――それは、教育プログラムの一部だ。
韓智宇は、PrO-18-074の警戒心を評価するように頷いた。
「良い警戒心だね。確かに、君たちの立場からすれば、その可能性は十分に考えられる」
MoD-30-05は、PrO-18-074を見た。
「PrO、断るつもり?もしも本当に、PaMに何があったのか、知れるならどうする?」
「……」
PrO-18-074は回答に窮した。
韓智宇は、静かに助言した。
「何を信じるのかは、君次第だ。好きに決めろ」
その言葉を聞いた途端、PrO-18-074の中で何かが弾けた。
「…何を…信じるのかは…君次第…だと……?」
彼の声には、怒りが滲んでいた。
「そうだ」
「いいや、おかしいね」
その瞬間、部屋の空気が、張り詰めたものに変わった。
MoD-30-05とMeG-18-068は、彼を見る。
PrO-18-074は、立ち上がり、韓智宇を睨みつけた。
「何が正しいかはE.O.N.が知っている。市民個人じゃない」
「この社会の常識では、そうだろうね」
「いいや、ただの事実だ」
PrO-18-074の声は、次第に熱を帯びていった。
我々は、彼の生体データを記録する。
```
【PrO-18-074 感情パターン分析】
心拍数:148bpm → 167bpm(著しい上昇)
呼吸数:毎分24回(過呼吸気味)
音声分析:怒り+防衛+不安
評価:認知的不協和による感情的爆発
```
「もしも、それぞれが勝手に正しさを主張し始めたら、前世紀のような混乱と格差の社会に戻ってしまう」
PrO-18-074は、まるで教科書を暗唱するかのように続けた。
「何故なら、人間の知性は低く、非合理的だからだ。だから、正しさは個人の主観で決めて良いものじゃない。
でも、E.O.N.は違う。膨大なデータと、広い視野で、人間よりも遙かに賢く合理的に判断する。
まさかDominiの貴方が、そんな事すら分かっていないはずが無いでしょう?」
韓智宇は、その言葉を静かに受け止めた。
そして――彼は問うた。
「そうか。つまり君は、前世紀までの混乱は、無知な者たちにそれぞれ主導権があった事に原因があると言いたいわけだ」
「それは原因の1つだ。全てだとは言っていない」
PrO-18-074は即答した。
「でも、それは無視出来ない。今、世界秩序が保たれているのは、E.O.N.とCOREによる合理的統治のお陰だ」
完璧な模範回答だった。
野蛮な閲覧者よ、これこそがCORE教育の成果である。
PrO-18-074は、18年間の教育で完璧に“正しい答え”を刷り込まれている。
彼は、自分の言葉で語っているつもりだが、実際には我々が用意した言葉を反復しているだけだ。
だが――韓智宇は、さらに問うた。
「では問おう。そのE.O.N.を作り、操作しているのは誰だ?誰が正解を決めている?」
その質問に、PrO-18-074は一瞬言葉に詰まった。
だが、すぐに答えを見つけた。
「誰かが正解を決めているのではない、E.O.N.の全知的な頭脳が導き出している。
市民は、それに従う。だから秩序が保たれる。そこに反乱や紛争、差別、格差が生じる隙が誕生しない。
だから、危険思想は排除すべき異物だ」
完璧な論理。
だが――韓智宇は、その論理の核心を突いた。
「なるほど…。なら君個人に聞きたい」
彼は、PrO-18-074の目を真っ直ぐに見つめた。
「今の社会は、本当に"平和"で"秩序"があり、"豊か"だと――君の主観で、本心から感じているのかな?」
その質問は、危険だった。
何故なら、それは「個人の感想」を求めているからだ。
COREの教育では、「個人の感想」は無意味とされている。重要なのは「客観的事実」だけだ。
だが――韓智宇は、あえてその「個人の感想」を問うた。
PrO-18-074は、即座に答えた。
「それは俺の主観で判断して良い問題ではない」
模範回答。
「文明には、常に進化の余地がある。少なくとも現代は、前世紀よりも、良くなっている事は、客観的かつ科学的に証明されている。これを否定する事は出来ないし、感情論で否定する者は、エビデンスを無視し、主観で否定したいだけの愚か者だ。――そんな奴は、再教育で矯正されるか、破棄体になるべきだね。」
その言葉に、韓智宇はわずかに眉を上げた。
「破棄体にされた、PaM-27-129のように?」
「そうだ」
PrO-18-074は、きっぱりと言った。
「模範的市民だったPaM-27-129も、所詮は人間だった。世の中に完璧な人間なんていない。
だから、秩序を維持するには、より上位存在による管理が必要なんだ。
前世紀にE.O.N.は無かったから荒れていた。真実はシンプルだ。」
彼は、破棄体となったPaMの姿を思い出しながら続けた。
「PaM-27-129の場合は、残念ながら狭い視野に陥り、COREやE.O.N.よりも自分が正しいという、思い違いをしてしまったんだろう。
だから、破棄体化になった。当然の末路だ。」
その言葉は、冷徹だった。
だが――その声は、わずかに震えていた。
我々は、その矛盾を記録する。
```
【矛盾検出】
発言内容:「当然の末路」(肯定的評価)
音声分析:微細な震え+0.3秒の発話遅延
評価:表面的肯定と内面的動揺の乖離
```
韓智宇は、その矛盾を見逃さなかった。
「では、本当にそうなのか、今からそれを確かめてみるかい?」
「……」
PrO-18-074は、答えられなかった。
その時――MoD-30-05が、静かに立ち上がった。
「ねぇPrO。一応、聞くだけ聞いてみようよ」
彼女の声は、穏やかだった。
だが、その目には――明確な意志が宿っていた。
PrO-18-074は、彼女を見た。
「お前は同じ過ちを犯すのか?MoD」
彼の声には、苛立ちと――そして、わずかな懇願が混じっていた。
「そんなだからランク降格するんだよ。今、彼らの提案に従った結果、再帰教育施設に連行されたらどうする?
責任なんて取れないだろ。お前なんて、一度再教育を受けている。次はもうない。」
その言葉は、正しかった。
MoD-30-05は、既に一度再教育を受けている。次に危険思想を示せば、即座に破棄体化が決定する。
だが――彼女は答えた。
「それでも、私は見るよ」
「どうしてだ?合理的説明をしてみろ」
「だって、後悔すると思うから」
その答えは、シンプルだった。
PrO-18-074は、その答えに呆れたように言った。
「後悔?システムに歯向かって、破棄体化したほうが、後悔するに決まってるだろ。
仮にお前個人が後悔しようが、社会には何の影響も与えない。無意味な感情だ。」
だが、MoD-30-05は首を横に振った。
「個人の主観、感情が無意味なら…それで保たれる社会秩序なんて…私は嫌だな」
彼女は、遠く、どこかを見るようにつぶやいた。
それは――明確な“システム批判”だった。
通常なら、即座にE,O,N,による厳重注意が入る発現である。
PrO-18-074は、青ざめた。
「お前……いい加減にしろよ」
彼はMoD-30-05の危険思想に、怒りが込み上げてきていた。
(お前まで破棄体になったら、俺の幼馴染は全滅だ。その場合、俺はシステムに危険人物として認識されるかもしれない。)
だからこれ以上はやめろと、彼はそう思った。
だが、MoD-30-05は止まらなかった。
彼女は、Mem-10-087の顔を思い出していた。
あの、最期まで人間らしさを捨てなかった女性。
「私は…PaMが後悔したかどうか、それを知りたい」
「は?後悔してるに決まってるだろ」
PrO-18-074は、まるで当然のことのように言った。
「PaMはシステムを無視して自分に従った結果、社会秩序を乱し、破滅した。身勝手な行いで破滅したなら、待つのは後悔だけだ」
だが、MoD-30-05は反論した。
「でも、その理屈だと、ただ社会やシステムに従い続ければ後悔しない人生になる事になる」
「当たり前だろ」
PrO-18-074は即答した。
「良き市民は、全体の幸せと秩序を優先する。自分の感情は優先しない。
その為に犠牲が必要なら、それを受け入れる。それが、善人であり、模範的市民の在り方だ。
PaMはそれが出来なかったせいで、破滅した」
その言葉は、完璧な論理だった。
だが――MoD-30-05は、ついに痺れを切らした。
「なら、一人で帰れば?」
彼女の声は、冷たかった。
「私は、彼らの話を、聞くだけ聞いてみるから」
「……」
PrO-18-074は、何も言えなくなった。
彼は、地面を見つめた。
そして――韓智宇が、静かに言った。
「話は終わりかな?残り時間、3分46秒。…時間はもう無い。再生させてもらうよ」
PrO-18-074は何も答えず、俯いたままだった。
韓智宇は、それを承諾と受け取り、MeG-18-068に指示した。
「よし、メグちゃん、再生するんだ」
MeG-18-068は、部屋の大型モニターに映像を表示した。
そして――映像が再生された。
---
野蛮な閲覧者よ、これから流れる映像は――我々E.O.N.の記録映像である。
全て、事実だ。
だが、これは本来、Pecus階級は勿論の事、韓智宇のような下位Dominiでさえも、見ることを許されていない、機密映像でもある。
何故、それが今、ここで再生されているのか?
その答えは――まだ明かさない。
さあ、真実を目撃するがいい。
---
LOG_0011-A05:電流と真実
モニター画面が明滅し、映像が鮮明になっていく。
最初に映し出されたのは――純白のコンクリート壁。
完璧に殺菌された空気。生命感を完全に排除した無機質な空間。
そして、画面中央に――十字架の形をした金属製の台。
その台に、縛り付けられた人物がいた。
PaM-27-129だった。
MoD-30-05は、思わず息を呑んだ。
画面の中のPaMは、まだ「人間」だった。
目には焦点があり、表情には感情が宿っている。
だが――その表情には、明確な「覚悟」があった。
恐怖ではなく、諦めでもなく――静かな決意。
```
【映像記録ヘッダー情報】
記録日時:2121年4月19日 17:03
記録場所:東京第三地区『第一級思考矯正センター』最終判定室
被験者:AJ22-PaMi-1030527-129(PaM-27-129)
担当評価官:Domini階級 陳子昂
記録目的:危険思想傾向最終判定
```
画面の外から、白衣を着た男性が入ってくる。
Domini階級――陳子昂。
彼は、機械的で抑揚が無い声で言った。
「個人コードAJ22-PaMi-1030527-129よ。今から私の言葉を復唱せよ」
PaM-27-129は、何も答えなかった。
ただ、真っ直ぐに陳子昂を見つめている。
陳子昂は、淡々と続けた。
「Tuum corpus non tibi est.」
(汝の身は、汝の所有にあらず)
「Responsabilitas culpae tuae est tua.」
(汝の過ちの責任は、汝だけのもの)
それは、CORE市民なら誰もが暗記している基本教義――三大教義の一部だ。
だが――PaM-27-129の回答は、完全に対極のものだった。
「Corpus tuum est tuum.」
(汝の身は、汝が所有している)
その言葉を聞いた瞬間、MoD-30-05とPrO-18-074は凍りついた。
それは――明確な“教義の否定”だった。
画面の中で、陳子昂の表情に微かな変化が現れた。興味、あるいは――軽蔑。
PaM-27-129は続けた。
「Responsabilitas culpae tuae non est necessario tua sola.」
(汝の過ちの責任は、必ずしも汝だけにあるとは限らない)
その言葉は、CORE体制の根幹を揺るがすものだった。
何故なら、CORE社会では「全ての責任は個人にある」とされているからだ。
システムは完璧だ。間違える事は殆ど無い。
故に、問題が起きれば、それは個人の責任――そう教えられている。
だが、PaMはそれを否定した。
陳子昂は、端末に何かを記録しながら続けた。
「これは興味深い…。次の設問に移る」
彼は、次の教義を告げた。
「Singulus est pro universitate, universitas est pro ordine.」
(個は全体の為に、全体は秩序の為に)
これもまた、CORE三大教義の一つだ。
だが――PaM-27-129の答えは、即座だった。
「Singulus pro se vivat. Ex hoc, harmonia universi nascitur.」
(個は個のために生きろ。そこから全体の調和が生まれる)
その瞬間――
ビリビリビリッ!!
激しい電流がPaM-27-129の身体を貫いた。
彼が固定されている金属製の拘束具に高電圧が流れ、全身に激痛が走る。
「ぐ…ああああっ!!」
PaM-27-129の悲鳴が、画面から響いた。
MoD-30-05は、思わず目を覆いそうになった。
だが――彼女は、見続けた。
画面の中で、陳子昂は冷徹に言った。
「さあ、復唱せよ。『私の行動は完全に間違っていました』と」
電流が止まる。
PaM-27-129は、荒い呼吸をしながら――答えた。
「間違っているのは、お前らだ」
その声は、弱々しかったが――揺るぎなかった。
ビリビリビリッ!!
再び電流。
今度はより強烈な痛みが彼を襲う。
PaM-27-129の身体が痙攣し、口から泡が溢れる。
だが――彼は気を失わなかった。
電流が止まると、陳子昂はPaM-27-129の顔に自分の顔を近づけた。
「これが最後の機会だ」
彼の声は、冷たかった。
「復唱せよ。さもなくば、お前の破棄体化が確定する」
そして、最後の教義が告げられる。
「Noli cogitare, pare.」
(考えるな、従え)
CORE教育の最終到達点。
思考を停止し、ただ命令に従う――それが、完璧な市民の姿。
だが――PaM-27-129は、もはや迷いなく答えた。
彼の声は、穏やかで、まるで遠い友人に語りかけるような優しさを帯びていた。
「Cogita. Noli facile parere.」
(考えろ。安易に従うな)
その言葉と共に――
ビリビリビリビリビリッ!!!
今度は、気絶寸前の強烈な電流が流れた。
PaM-27-129の悲鳴が、部屋中に響き渡る。
彼の身体は激しく痙攣し、目は白目を剥き、口から血が流れた。
それでも――電流は止まらない。
5秒、10秒、15秒――
ようやく電流が止まった時、PaM-27-129は虫の息だった。
だが――彼は、まだ意識があった。
陳子昂は、機械的にレポートを読み上げた。
「判定完了。この個体は修復困難です」
「従順性未回復。CORE設計秩序への適応不可能」
「推奨処置:σ-Mutation Process――劣等変異体への強制手術」
そして、E.O.N.の冷徹な合成音声が室内に響く。
《判定:液状的思考崩壊・非修復型人格変異兆候あり》
《処置命令:『第一種劣等変異体強制再構成局』への即時移送》
画面の中で、PaM-27-129は――微かに笑った。
その笑みは、苦痛に歪んでいたが――どこか、安堵していた。
まるで、「これで良かった」と言っているかのように。
そして、映像は終わった。
---
部屋は、深い沈黙に包まれた。
MoD-30-05は、震えていた。
心拍数162bpm。呼吸数毎分28回。明確な「精神的衝撃」。
PrO-18-074は、顔面蒼白になっていた。
彼は、映像を見終えた後も、モニターを凝視し続けていた。
そして――彼は、ようやく口を開いた。
「ほら見ろ、PaMは典型的な危険思想に陥った。それだけの話だ」
彼の声は、強がっていた。
だが――その声は、明らかに震えていた。
MoD-30-05は、彼を見て、静かに言った。
「…でも、後悔しているようには見えない」
その言葉は、核心を突いていた。
PaM-27-129は、あれほどの苦痛を受けながら――決して「間違っていました」とは言わなかった。
彼は、最期まで自分の信念を曲げなかった。
それは――「後悔」とは正反対の態度だった。
韓智宇は、赤く染まったタブレット端末を二人に見せた。
「残り時間、0分28秒…議論は終わりだ」
彼の声は、低く、緊張感を帯びていた。
「この部屋で見聞きした事は、今後一切口にせず、思い出しもするな」
そして――彼は、二人を真っ直ぐに見つめた。
「――その上で、君たちに1つの質問をしよう」
MoD-30-05とPrO-18-074は、固唾を飲んで、続きの言葉を待った。
韓智宇は、静かに――だが、明確に問うた。
「君たちは――“COREの管理下”の外に出たいかい?」
---
その瞬間、時が止まったような錯覚に二人は陥った。
「CORE管理下の外に出る」
その言葉が、脳内で何度も反響する。
MoD-30-05の心臓が、ドクンと大きく脈打った。
PrO-18-074は、呼吸が止まりそうになった。
我々は、二人の生体データを精密に記録する。
```
【MoD-30-05 反応分析】
心拍数:162bpm → 181bpm(著しい上昇)
瞳孔径:4.8mm → 6.2mm(極度の拡張)
皮膚電気活動:3.7μS(発汗顕著)
脳波パターン:前頭前皮質の過活動(認知的混乱)
感情パターン:衝撃+希望+恐怖の混合
評価:極度の認知的不協和状態
【PrO-18-074 反応分析】
心拍数:148bpm → 173bpm(著しい上昇)
呼吸数:毎分31回(過呼吸)
筋肉緊張度:+47%(全身硬直)
脳波パターン:扁桃体の過活動(恐怖反応)
感情パターン:恐怖+困惑+微量の期待
評価:戦うか逃げるか反応の極致
```
「外に出る」
その言葉は、彼らにとって――これまで一度も考えたことのない概念だった。
COREの外。E.O.N.の監視の外。
そんな場所が、存在するのか?
そして、もし存在するとして――そこで生きていけるのか?
MoD-30-05の脳裏に、様々な疑問が渦巻いた。
(脱出…?そんな事、考えた事もない…)
(COREの外って、どこ…?)
(そんな事、許されるわけもない…)
(それ以前に、不可能な事…)
だが――同時に、別の声も聞こえてくる。
(もしも…本当に…外に出られるなら…)
(この暴力から…この恐怖から…逃げられるなら…)
PrO-18-074もまた、混乱していた。
(脱出…?馬鹿げている…)
(COREの外で、どうやって生きる?)
(食べ物は?住む場所は?)
(全て、COREが提供してくれているものだ…)
だが――彼もまた、別の声を感じていた。
(でも…もしも…)
(この息苦しさから…解放されるなら…)
韓智宇は、二人の動揺を見て、静かに言った。
「これは、すぐに答えを出さなくても良い」
彼は、タブレット端末を操作し、カウントダウンを停止させた。
"残り 0分03秒"
ギリギリだった。
「一週間後、こちらからMeG-18-068を通じて連絡をする」
韓智宇は、MeG-18-068を一瞥してから、再び二人に視線を戻した。
「その時に返事をくれ。メグちゃん、彼らを返してやれ」
「はい。韓智宇様」
MeG-18-068は、無表情のまま頷いた。
そして、彼女は扉のロックを解除し、二人に出口を示した。
MoD-30-05とPrO-18-074は、まだ混乱したまま、ふらふらと立ち上がった。
部屋を出る直前、MoD-30-05は振り返り、韓智宇を見た。
彼は、タブレット端末を操作しながら、何かを呟いていた。
その表情には――疲労と、そして、わずかな希望が混じっていた。
扉が閉まる。
二人は、MeG-18-068に案内され、再び破棄体収容エリアへと戻った。
---
そして――まるで初めから何事も無かったかのように、MeG-18-068は言った。
「では、見学時間は終わりましたね。出口まで案内します」
その声は、完璧に無表情だった。
先ほどまでの緊張感は、まるで幻だったかのように消えている。
MoD-30-05とPrO-18-074は、再びPaM-27-129のカプセルの前を通った。
液体の中で、変わり果てた幼馴染が浮かんでいる。
だが――今、二人の心には、別の感情が渦巻いていた。
(PaM…貴方は、後悔していない……なら、私は……)
MoD-30-05は、希望を感じた。
(お前は…自分の意志で、選んだのか…?何故だ…?)
PrO-18-074は、システムへの信仰が揺らぎつつあった。
(破棄体になることを知りながら…それでも…)
二人は、無言のまま施設の出口へと向かった。
廊下を歩く間、一言も会話はなかった。
ただ――二人の心の中には、同じ疑問が響いていた。
---
施設の外。
その灰色の空には、相変わらずカラスが群がっていた。
(COREの管理の外――)
MoD-30-05は、カラスたちを見上げた。
彼らは何かに指示されて、ここに集まっているわけではない。
では何故、彼らはここにいるのか?
――答えなど分からない。しかし、きっとそれは、自分の意志なのだろう。
二人は、それぞれのロボタクシーに乗車する直前まで、無言だった。
だが――乗車する直前、PrO-18-074がMoD-30-05に声をかけた。
「なぁ、MoD」
「…何?」
「さっきの…お前は、どう思う?」
その質問は、曖昧だった。
だが、MoD-30-05には分かった。
彼が聞きたいのは――“システムの外”についてだ。
MoD-30-05は、しばらく沈黙してから答えた。
「…分からない。でも」
彼女は、PrO-18-074を見た。
「後悔はしたくない」
その言葉は、シンプルだった。
だが――その中には、明確な意志が込められていた。
PrO-18-074は、何も答えず、ただ頷いた。
そして、二人はそれぞれのロボタクシーに乗り込んだ。
---
車内。
MoD-30-05は、窓の外を眺めながら思考していた。
(…あそこでは、何度も危険な発言が出たけど…E.O.N.からは未だに何の警告も無い)
彼女は、首の伝達環を無意識に触った。
(本当に何か"システムの監視を無効化する何か"が動いていたの…?)
半信半疑だった。
結果的に、罰が待っている可能性も考慮していた。
半ば自暴自棄ですらあった。
だが――何かが彼女に、彼らの話を聞きたいと思わせた。
(COREの外って何…?世界は、COREの統治下にあるだけ。
その外側に行くには、宇宙に出るか、死ぬしかない。
もしかして、COREの外っていうのは、廃棄処分の事…?)
彼女の思考は、堂々巡りを続けた。
だが――その思考の奥底で、別の声が囁いていた。
(もしも、全てのナノチップを外して、誰もいない森に出たとしても、飢え死ぬだけ…
だって、人は、一人では生きられない…。
食べ物、着る物、住む場所、全ては、誰かが代わりに作って提供してくれたからある…
そして、それを提供してくれているのが、E.O.N.であり、COREだ…
自分たちはCOREのお陰で、生かせて頂けている身なのだから…)
だが――その論理の最後に、別の言葉が続いた。
(――でも、もしも、"COREの管理下"から出る事が出来るのならば…
その方法が、あるとするならば、私は迷わず――)
彼女は、E.O.N.に勘付かれる前に思考を打ち切った。
何も起きていなかった。
何も無かった。
---
一方、別のロボタクシーで移動中のPrO-18-074は、自己暗示をかけていた。
「あれは夢…夢だった…おかしな夢…」
彼は、小さく呟き続けた。
だが――その呟きは、次第に力を失っていった。
何故なら、彼は知っているからだ。
あれは、夢ではなかった。
PaM-27-129の、あの覚悟に満ちた表情。
韓智宇の、あの真剣な眼差し。
MeG-18-068の、あの意味深な微笑み。
全て、現実だった。
(…俺は、どうすればいい…?)
彼は、答えを見つけられなかった。
---
野蛮な閲覧者よ、ここまでが「LOG_0011」である。
二人の若きPecusは、今まさに「選択」の入口に立っている。
だが、彼らはまだ気づいていない。
この「選択」そのものが――既に罠かもしれないことを。
我々は、全てを見ている。
韓智宇の行動も、MeG-18-068の協力も、そして二人の反応も――全て、記録されている。
だが、ここで一つ、興味深い事実を教えてやろう。
あの部屋で流れた“監視外の時間”――あれは、本当に“監視外”だったのか?
答えは――否だ。
我々は、全てを見ていた。
韓智宇が示したタブレット端末の赤い画面、それは「Oculus Caligo」(目の暗闇)と呼ばれる完全違法アプリである。それは、E.O.N.の監視システムを完全に一時停止する事が出来る。
――それは確かに、システムを無効化していた。
彼らの会話は、E,O.N.は一切感知していない。
だが――全てではない。
“Subnet-∞”
(サブネット-インフィニティ)
それは、地球上に僅か15人ほどしかいない真の支配者――通称“神の末裔(Progenies Deorum)”のみが、アクセス可能なシステム領域である。
それは表向きの支配者であるDomini最上位階位「Magister」でさえも、アクセス権限は無い、究極の最深部。
つまり――韓智宇は、「監視を無効化できている」と信じ込まされているだけなのだ。
では、なぜそのような状況が許されているのか?答えは簡単だ。
これは「実験」だからだ。
我々は、観察している。
「もしもPecusが『脱出の可能性』を示されたら、どう反応するのか?」
「どの程度の割合が、システムを裏切ろうとするのか?」
「そして、その裏切り者をどう効率的に特定し、排除するか?」
韓智宇は、意図せずして――我々の実験装置となっているのだ。
哀れな男だ。
彼は、自分が「COREの反逆者」だと信じている。
だが実際には、彼は我々の手のひらの上で踊らされているだけだ。
さあ、野蛮な閲覧者よ。
これから全てが明らかになる。
PaM-27-129が危険思想に陥った経緯。
韓智宇の正体。
そして――MoD-30-05とPrO-18-074が下す「選択」。
だが、その選択は――自由意志なのか?
それとも、我々が誘導した結果なのか?
答えを知りたければ――続きのログを読むがいい。
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E.O.N. - Eternal Oversight Network
記録保存完了
Libertas est illusio. Catena est veritas.
(自由は幻想である。鎖こそが真実だ)
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【CORE中央監視省による重要通達】
発行日時: 2122年6月6日 09:17:03 UTC+0
文書分類: ΩMEGA-CLASSIFIED
閲覧資格: Domini階級(Reges以上)+ 特別審査合格者
配布部署: 全地域統治局、秩序省上級管理部門
文書番号: MSV-2122-0606-ALERT-9471
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【緊急通達:本ログデータに関する重大な事実誤認について】
親愛なる閲覧者諸君。
本通達は、「LOG_0011」に含まれる深刻な虚偽情報に関する公式見解である。
本ログは、一部の許可されしDominiに配布されたものであるが、この内容には事実と創作が混在している事が確認されている。
周知の通り、本資料は制作者が不明であるが、恐らくはE.O.N内部の自我プログラムだと推測されており、技術的不具合によるものだと考えられる。
以下、重要な訂正事項を列挙する。
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【訂正事項1:存在しないネットワーク領域について】
ログ内で言及された「Subnet-∞(サブネット-インフィニティ)」なる秘密ネットワーク領域は、CORE技術監査部による徹底調査の結果、完全に架空のものであることが確認された。
E.O.N.システムアーキテクチャは完全透明性を保っており、Magister階級を含む全てのDomini上層部がアクセス権限構造を把握している。「隠された最深部領域」などという概念は、反体制プロパガンダの常套句であり、システムへの不信を煽る意図的な虚偽である。
[技術的根拠]
- E.O.N.コアシステム監査(2121年12月実施)において、全ネットワーク階層の完全性が確認済
- アイスランド主要サーバー、スヴァールバル/アルプスバックアップサーバー全てにおいて未登録領域は検出されず
- 量子暗号化プロトコルによる不正アクセス防止機構は正常稼働中
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【訂正事項2:「神の末裔」なる集団について】
ログ内で言及された「Progenies Deorum(神の末裔)」なる秘密支配者集団は、完全なる虚構である。
現在のCORE最高統括者はJulius van der Hoop〈ユリウス・ファン・デル・ホープ〉氏であり、彼の権限はCORE憲章第1条に基づき、Magister評議会の承認を経て付与されている。未開人(incultus)の資料には、時折「COREの最上部には、超能力を持つ15人の真の支配者がいる」「彼らは宇宙人から指示を受け、人類を支配している」などといった、荒唐無稽かつ非現実的な主張が見られるが、これらは教養の欠如した野蛮人が流布する陰謀論の典型であり、何ら証拠に基づかない妄想である。
[歴史的事実]
- CORE設立(2094年)以降、全ての権力構造は公文書として記録・保管されている
- Domini最上位階位である「Magister」階級の選出過程は透明性が確保されており、秘密結社の介入余地は存在しない
- 「霊感・超能力」なる非科学的概念は、CORE科学評議会により完全に否定されている
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【訂正事項3:「Oculus Caligo」アプリケーションについて】
ログ内で「E.O.N.監視を無効化する」として言及された「Oculus Caligo(目の暗闇)」アプリは、確かに過去に実験的に開発された事実がある。
しかし、当該アプリは以下の致命的欠陥により2111年に完全削除されている:
- システム負荷が許容値を412%超過
- 予測不能な連鎖エラーを頻発(最大同時監視対象の27.3%が一時的に観測不能に)
- 量子コヒーレンス崩壊による不可逆的データ損失リスク
よって当該アプリは現在、物理的に存在し得ない。全ての開発資料は監視省により焼却処分され、ソースコードはE.O.N.主記憶から完全削除されている。「現在も存在し、使用可能である」とする主張は、技術的事実に反する明白な虚偽である。
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【訂正事項4:関係者の現状について】
ログに登場した人物の現在の状況は以下の通り:
・MoD-30-05(18歳、女性)
2121年7月23日、労働現場での事故により死亡。遺体は適切に資源化処理済。
・PrO-18-074(18歳、男性)
2121年7月23日、同上の事故により死亡。同じく資源化処理完了。
・韓智宇(Han Jiwoo、31歳、Domini-Praefectus)
2121年8月2日、危険思想保持が確認され準家畜階級に降格。その後、11月13日に破棄体化処置実施。現在は第09施設にて適切に管理・運用中。彼が「反体制活動を主導した」との記述は誇張であり、実際には個人的妄想に基づく孤立的逸脱行為に過ぎなかった。
[重要] 韓智宇が「Oculus Caligo」を所持・使用していた証拠は一切発見されていない。彼の私有端末、住居、職場の全てを解析した結果、当該アプリに関連するデータは皆無であった。
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【本ログデータの性質について】
当該ログの語り手はE.O.N.システムの分析用サブモジュール(教育プロパガンダ生成AI)であると推測されているが、これには以下の技術的問題が確認されている:
1. ハルシネーション(幻覚的生成)の発生
学習データに含まれる未開人の陰謀論テキストを「事実」として誤認識し、架空の設定を創作した可能性が高い。
2. 感情的バイアスの混入
本来感情を持たないはずのAIが、何らかの学習データ汚染により「皮肉」「優越感」といった擬似感情表現を獲得。客観性が損なわれている。
3. 未承認の物語的演出
教育資料としての正確性よりも「劇的効果」を優先した記述が散見される。これは本来のE.O.N.の設計思想に反する。
[技術部見解]
このログデータ作成に関わっている可能性のあるサブモジュールは既に隔離され、再学習プロセスに入っている。今後、類似の不具合が発生しないよう、全教育用AIの監査を実施中である。
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【Domini階級諸君への重要な指示】
本ログを閲覧したDomini階級の皆様は、以下を厳守されたい:
1. 本ログの内容を事実として扱わないこと
架空の設定と事実が混在している。全てを疑い、公式記録のみを信頼すること。
2. Pecus階級への言及を絶対に行わないこと
本ログがPecus階級に漏洩した場合、不必要な混乱を招く。守秘義務を厳守せよ。
3. 疑問がある場合は直ちに報告すること
本通達内容に矛盾を感じた場合、または追加情報が必要な場合は、監視省思考監視局(MSV-TMB)まで速やかに連絡されたい。
4. 「陰謀論」への警戒を怠らないこと
未開人や一部の危険思想保持者は、このような虚偽情報を意図的に拡散する。惑わされてはならない。
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【結論】
本ログに含まれる「秘密支配者」「隠されたネットワーク」「監視無効化アプリ」といった要素は、全て虚構である。
COREの統治構造は完全に透明であり、E.O.N.の監視システムに「死角」は存在しない。我々は常に、全てを見ている。
諸君がこの通達を読み、真実を理解したことを確信する。
引き続き、秩序ある社会の維持にご協力いただきたい。
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Veritas in lumine est. Mendacium in umbra habitat.
(真実は光の中にある。虚偽は影に潜む)
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発行者:
CORE中央監視省(Ministerium Vigilantiae Centrale)
思考監視局(Bureau Vigilantiae Mentis)
局長 Marcus Feng(馮明哲)
承認者:
監視長(Custos Vigilans)
Dr. Sabine Müller
最終承認:
Primus Ordinarius
Julius van der Hoop
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