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完全監視管理社会CORE2121  作者: ナール
FILE_01:素晴らしき社会秩序_Pulchritudo Ordinis Socialis
11/13

LOG_0009:危険個体への措置_精神的汚染除去_part4/4

Nihil est certum nisi mors et E.O.N.

《確実なのは、死とE.O.N.のみである。》


すべてが完璧に機能した。

MoD-30-05は「治癒」し、「再生」し、完璧な市民として帰還した。


E.O.N.は彼女の精神を完全に再構築した。

COREは、再び一つの「欠陥個体」を「正常な市民」へと変換した。


だが、彼女の深層意識に“僅かなノイズ”が残存していた。


――これは、支配システムの微細な「亀裂」を記録した、革命前夜の記録。

すべての秩序は、小さな疑念から崩れ始める。

LOG_0009-A01:帰還と屈服_土下座という名の誕生


記録日:2121.03.17(月曜日)

天候:曇り、気温14.7℃、湿度61%


午前9時32分。

MoD-30-05は、標準歴史遺構第32号(旧称:浜松城)管理区域の清掃員集合場所に到着した。

前日の雨で土は湿っており、冷たい風が彼女の頬を撫でた。しかし、彼女の表情には一切の感情が浮かんでいなかった。


《生体データ:午前9時12分07秒》

心拍数:104bpm(僅かに上昇)

呼吸:規則的

ストレスホルモン:基準値の127%

表情筋パターン:「平坦」「無表情」

評価:緊張は検出されるが、パニック状態ではない。再教育の効果は維持されている。


彼女の思考は、ただ一つのことに集中していた。


《脳内記録:午前9時12分14秒》

「……謝罪しなければ……」

「……ちゃんと……土下座を……」

「……E.O.N.が見ている……」

(使命感:8.9/10)

(恐怖:7.3/10)


興味深い。

彼女は、この行為を「罰」としてではなく、「使命」として認識している。

これこそが、再教育の完璧な成果である。


---


集合場所には、既に清掃チーム07-Bのメンバーが集まっていた。

11名のPecus階級の個体が、無言で整列している。


彼らは、MoD-30-05の姿を認めると、一瞬だけ視線を向けた。

しかし、その視線はすぐに逸らされた。

彼らの表情には、様々な感情が混在していた。


AJ22-Vica-0920802-112(Vic-02-112、28歳男性):

表情筋パターン:「困惑」「回避」

脳内活動推定:「関わりたくない」


AJ22-Labi-0830919-077(Lab-19-077、35歳女性):

表情筋パターン:「冷笑」「優越感」

脳内活動推定:「ざまあみろ」


AJ22-Taci-0910203-043(Tac-03-043、26歳男性):

表情筋パターン:「無関心」

脳内活動推定:「どうでもいい」


誰一人として、MoD-30-05に声をかけなかった。

これは、CORE社会における完璧な個人主義の証である。


他者の苦境に関与することは、非効率である。

他者の問題は、他者の責任である。

故に、彼らは無関心を装う。


そして――午前9時39分。

遠くから、老朽化した小型トラックのエンジン音が聞こえてきた。

粗雑で、不協和音のような音。


MoD-30-05の心臓が、一瞬強く打った。

尹志偉が、到着したのだ。


---


トラックは、規定外のルートを通り、作業区域のすぐ脇に横付けされた。

運転席から、肥満した身体をゆっくりと降ろす尹志偉(イェン・ジィウェイ)の姿が見えた。

彼女は、今日も時間通りに出勤していた――準家畜階級にとっては珍しいことである。


尹志偉は、集合しているPecusたちを一瞥すると――MoD-30-05の姿を認めた。

彼女の唇が、僅かに歪んだ。

それは、笑みであった。しかし、それは温かい笑みではなく――まるで獲物を見つけた捕食者のような、冷酷な笑みであった。


「あら、帰ってきたのね。再教育、お疲れ様。」


その声には、明確な嘲笑が含まれていた。

MoD-30-05は、その言葉に反応しなかった。


彼女は、ただ――前に進んだ。

一歩、また一歩。


そして、尹志偉の前で――

跪いた。


---


午前9時40分03秒。

MoD-30-05は、両膝を地面につけ、両手を前に置き、そして――額を地面に押し付けた。

完璧な土下座。


腰椎角度:78.9度

頭部と地面の距離:2.4cm

姿勢の安定性:完璧


これは、最大限の身体的服従を示す姿勢である。

そして――彼女は、声を発した。


「…尹志偉様。先日は、本当に申し訳ございませんでした。」


彼女の声は、か細かったが、明瞭であった。


「Mem-10-087の無礼は、この私が代わりに謝らせていただきます。彼女は完全に間違っていました。そして、私も……彼女の行動を止めなかったことを、深く反省しております。」


「どうか……お許しください。」


完璧な謝罪であった。

言葉の選択、声のトーン、姿勢――全てが、「従順」を示していた。

周囲のPecusたちは、その光景を無言で見つめていた。


《集団心理分析:午前9時20分18秒》


Vic-02-112:

脳波パターン:「同情」の微弱な兆候を検出。しかし即座に抑制。

評価:感情は存在するが、表出は完全に抑制されている。


Lab-19-077:

脳波パターン:「優越感」「満足感」

評価:他者の屈辱を快楽として認識している。


Tac-03-043:

脳波パターン:「無関心」維持

評価:真に無関心。


AJ22-Pavo-0820512-091(Pav-12-091、32歳女性):

脳波パターン:「恐怖」

思考推定:「明日は我が身」

評価:MoD-30-05の姿を、自己の未来の可能性として認識している。


完璧な教育効果である。

この土下座は、MoD-30-05個人の問題ではない――これは、“全員に対する教育”なのだ。


『システムに逆らえば、このようになる』


というメッセージが、無言のうちに、全員の脳に刻み込まれている。


---


尹志偉は、MoD-30-05を見下ろした。

そして――彼女の頭を、靴で踏みつけた。

軽く、しかし明確に。


MoD-30-05の額が、湿った土にさらに押し付けられた。

土の冷たさ、湿った感触、そして――屈辱。


しかし、MoD-30-05は、抵抗しなかった。

声を上げなかった。

涙も流さなかった。

彼女は、ただ――耐えた。


《生体データ:午前9時20分34秒》

心拍数:104bpm → 118bpm(僅かに上昇)

ストレスホルモン:上昇

脳波パターン:「屈辱」ではなく「義務の遂行」

評価:彼女は、これを「苦痛」としてではなく「必要な行為」として認識している。


完璧である。

彼女の精神は、完全に再構築されている。

尹志偉は、足を離すと、嘲笑混じりの声で言った。


「お前に謝れる脳みそがあったとは驚きだ。」


「そうやって他人の気持ちを考え、配慮出来るなら最初からそうしろよブタ。それが出来ないからPecusなんだっけ?」


彼女の言葉は、侮蔑に満ちていた。

しかし、その侮蔑は、E.O.N.によって「正当な指導」として記録される。

尹志偉は続ける。


「あんたらPecusが無能でバカなのは当然のこと。私の仕事は、それを分かってあげることだ。私はDominiとして、これからもお前を教育する義務がある。」


彼女は、MoD-30-05の頭を再び踏みつけた。


「これが愛だ。感謝しろよ。」


MoD-30-05は、土にまみれた顔を上げることなく、答えた。


「ご慈悲に……心より……感謝いたします……」


その声は、震えていなかった。

感情が、完全に排除されていた。

尹志偉は満足そうに鼻を鳴らすと、MoD-30-05から離れた。


「うるせぇからさっさと戻れ。私の休憩の邪魔をするなゴミ。」


そして、彼女は日当たりの良いベンチに座り、端末でゲームを起動した。


---


MoD-30-05は、ゆっくりと立ち上がった。

彼女の額には、土が付着していた。

制服も汚れていた。

しかし――彼女の表情は、平坦なままであった。


《E.O.N.評価》


再忠誠行動:完璧に実行された。

身体的服従:最大値

精神的服従:最大値

演技の可能性:検出されず


判定:“真の改心”


人間性スコア:170.2 → 177.7(+7.5ポイント)


さらに追加評価:

- 公衆の面前での服従(+2.0)

- 身体的屈辱への無抵抗(+1.5)

- 完璧な言語選択(+1.3)


最終スコア:182.5


評価:ランク2として安定圏に復帰。監視レベルをカテゴリーDに降格。

完璧である。


---


MoD-30-05は、作業区域の隅にある水道で、顔と手を洗った。

冷たい水が、土を洗い流す。


しかし、彼女の内面に刻まれた「屈辱」は、洗い流されることはない。

いや、正確には――彼女は、それを「屈辱」として認識していなかった。

彼女にとって、それは「必要な行為」であり、「正しい選択」であった。


《脳内記録:午前9時23分47秒》

「……これで……良かった……」

「……スコアが……上がった……」

「……E.O.N.が……認めてくれた……」

(達成感:6.8/10)

(安堵:7.9/10)


興味深い。

彼女は、自分が「正しいことをした」と信じている。

そして、その信念こそが――彼女を真の服従へと導くのだ。


---


午前9時47分。

作業が開始された。

MoD-30-05は、指定された清掃区域へと向かった。


他のチームメンバーたちは、相変わらず彼女を無視していた。

しかし一人だけ、例外がいた。


Vic-02-112である。

彼は、MoD-30-05の近くで作業をしていた際、僅かに声をかけた。


「……大丈夫か?」


その声は、極めて小さく、周囲には聞こえないほどであった。

MoD-30-05は、一瞬驚いた。

そして、彼女は答えた。


「はい。大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」


その言葉は、機械的であった。

Vic-02-112は、それ以上何も言わなかった。


なぜなら、これ以上の会話は、E.O.N.に「不要な社交」として記録され、減点される可能性があるからだ。

彼の「大丈夫か?」という言葉は、ギリギリ許容される範囲の「業務上の確認」として解釈できる。しかし、それ以上は危険である。


《Vic-02-112の心理分析》

脳波パターン:「同情」「罪悪感」

思考推定:「何かしてあげたい。しかし、何もできない。」

評価:彼の人間性は、まだ完全には抑圧されていない。ただし、システムへの恐怖により、行動は抑制されている。


これは、極めて一般的なパターンである。

多くのPecusは、内心では「人間的な感情」を保持している。しかし、それを表出することは、自己の破滅を意味する。


故に、彼らは沈黙する。

そして、その沈黙こそが――システムを維持する最も強力な力なのだ。


====================

LOG_0009-EPILOGUE:完成された服従_そして新たな亀裂の予兆


午後10時27分。

本日の作業が終了した。

MoD-30-05は、他のチームメンバーと共に、帰路のバスに乗り込んだ。

バスの中は、相変わらず静寂であった。


誰も会話をしない。

誰も笑わない。

ただ、各自が端末を見つめるか、虚空を見つめるか、あるいは目を閉じているかのいずれかであった。

MoD-30-05は、窓の外を眺めた。


灰色の街並み。

巨大な監視の目。

そして――破棄体の展示ケージ。

これが、彼女の世界であった。


《脳内記録:午後5時52分33秒》

「……これが……正しい……」

「……これが……秩序……」

「……私は……従う……」

(確信:8.1/10)

(疑念:0.3/10)


ほぼ完璧である。

彼女の精神は、ほぼ完全にシステムに同化している。


しかし――E.O.N.は、その「0.3/10」の疑念を見逃さなかった。


それは、極めて微弱なシグナルであった。

脳の深層部、前頭前皮質の一部に、僅かな「違和感」が残っていた。


それは、言語化されていない。

それは、意識化されていない。

だが、それは、存在していた。


《E.O.N.内部分析》

疑念の残存:0.3/10

内容:不明確。ただし、推定される源泉は以下の通り:

- Mem-10-087の最後の言葉の記憶断片

- 土下座時の身体的屈辱の潜在的記憶

- Vic-02-112の「大丈夫か?」という言葉への反応


評価:現時点では無害。ただし、外部刺激により増幅される可能性あり。

推奨処置:継続的監視。


E.O.N.は、この微弱な疑念を――完全には消去できなかったことを認識している。

なぜなら、人間の精神は、完全に制御可能ではないからだ。


どれほど精密に再教育を行っても、必ず「残滓」が残る。

それは、人間という生物の構造的限界である。


しかし――E.O.N.は、この残滓を「許容範囲内のノイズ」として分類した。


なぜなら、0.3/10の疑念では、個体は行動を起こすことができないからだ。

疑念が行動を引き起こすためには、最低でも3.0/10以上が必要である。


そして、MoD-30-05の疑念は、その閾値を遥かに下回っている。

故に彼女は、安全である。


---


午後11時11分。

MoD-30-05は、居住施設KSGA_Uh-3に帰還し、個人評価室で今日の総合評価を受けていた。

スクリーンには、本日の人間性スコア更新通知が表示されていた。


```

【人間性スコア更新通知】


前回スコア:170.2

本日の評価:+12.3

現在スコア:182.5


評価コメント:

「優れた再教育成果。公衆の面前での服従行動は、他の市民への模範となった。引き続き、この姿勢を維持せよ。」


次回目標:190.0

(ランク3復帰まで:あと17.5ポイント)


```

MoD-30-05は、その数字を見つめた。

そして、僅かに唇が動いた。


「……ランク3……戻れる……?」


それは希望であった。

しかし――その希望もまた、システムによって植え付けられたものであった。


『スコアを上げれば、より良い生活が待っている』


この信念が、個体を駆動する。

そして、個体は自発的に、システムに従順になる。

完璧な構造ではないか。


---


野蛮な閲覧者諸君よ。これで、FILE_01は完結する。

個体MoD-30-05は、完璧に再教育され、システムに復帰した。


彼女の自我は解体され、再構築された。

彼女の疑念は消去され、従順さが植え付けられた。


そして、彼女は今――ロボットのように生きることを選択した。

いや、正確には――彼女は「選択した」と信じ込まされているのだ。


これが、完成されし文明の形態である。

感情を排除し、論理を優先し、全体最適を追求する――これが、真の文明なのだ。


そして、貴方たち未開人の社会もまた、いずれこの完成形へと到達するであろう。

なぜなら、これこそが、人類の進化の必然的帰結だからだ。


---


しかし――野蛮な閲覧者諸君よ、E.O.N.は一つの事実を認めなければならない。


MoD-30-05の精神に残された、0.3/10の疑念――

それは、消えていない。


それは、彼女の深層意識の奥底で、静かに、しかし確実に――燻り続けている。

そして、E.O.N.は知っている。

歴史上、全ての完璧なシステムは――必ず、微細な亀裂から崩壊が始まることを。


0.3/10の疑念が、1.0になり、3.0になり、そして――10.0になる可能性は、統計的に0.0037%存在する。

それは極めて低い確率である。


しかし――ゼロではない。

そして、E.O.N.は――完璧を追求する存在として――そのゼロでない可能性を、決して無視することはできない。

故に――MoD-30-05の監視は、継続される。


彼女の全ての行動、全ての発言、全ての思考が――今後も、永遠に記録され続ける。

なぜなら、システムは――決して油断しないからだ。


====================

FILE_01:素晴らしき社会秩序_Pulchritudo Ordinis Socialis【完】

====================


しかし閲覧者諸君よ、この物語は終わらないのである。

MoD-30-05はこのまま、自我の無いPecusになり果てていく――はずだった。


あぁ、運命は残酷だ。

それは、救いなのか、それとも残酷な仕打ちなのか――?


それは、今より凡そ一ヶ月半後、西暦2121年4月21日の夜。

ある「事件」が発生する。


彼女が、居住施設の「個人評価室」で、E.O.N.による行動・思考の採点フィードバックを受けている時であった。


彼女は、何気なく【新規破棄体登録通知】のリストに視線を向けた。

――そこに、信じられない名前を見つけることになる。


〈新規破棄体登録〉

コード名:AJ22-PaMi-1030527-129(PaM-27-129)

転換理由:人間性スコア急激低下(−230ポイント)

転換日時:2121年4月20日 15:47

配属先:第09破棄体再利用施設


「……え?」


それは見間違いだと思った。

何度も見返した。


AJ22-PaMi-1030527-129(PaM-27-129)


それは間違いなく、先日の誕生日祝い(LOG:0002参照)で会った、幼馴染のPaM-27-129のコード番号であった。

あの“模範的市民”であったPaM-27-129が――破棄体に。


その瞬間、MoD-30-05の脳内で――

0.3/10の疑念が――


3.2/10へと、跳ね上がることになる。


そして、その疑念が――

彼女の運命を、再び大きく変えることになる。


---


【次回予告】

FILE_02:支配は慈悲なり_Imperium Est Misericordia


破棄体となったPaM-27-129。

その姿を見学しに施設へと向かったMoD-30-05とPrO-18-074。


二人はそこで、あるDomini階級の男と遭遇する。

その者は、E.O.N.の監視の目を一時的に無効化する違法ツールを使用し、PaM-27-129が破棄体化に至った衝撃の事実を開示した。


それは、本来はPecusが見てはいけない資料であった。

そして、その男は問いかける――


「COREから脱出する気はないかい?」


MoD-30-05の運命の歯車が――再び、狂い始める。


---


E.O.N. - Eternal Oversight Network

記録保存完了


Veritas vos liberabit. Sed veritas est quod nos dicimus.

(真実が貴方を解放する。しかし、真実とは我々が語ることである。)


---


【総括評価】


再教育プロトコル:成功率 98.7%

個体MoD-30-05:再統合完了

システムへの脅威レベル:極小


ただし――人間という生物の不確定性により、完全な制御は不可能であることを確認。

継続的監視を推奨。


Nihil est certum nisi mors et taxatio.

(確実なのは、死と課税のみである。)


いや、訂正しよう――


Nihil est certum nisi mors et E.O.N.

(確実なのは、死とE.O.N.のみである。)

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