LOG_0001:完璧なる監視下での恩寵
Tuum corpus non tibi est.
《汝の身は、汝の所有にあらず。》
時は22世紀。全人類を隷属させる世界統一政府COREと、超監視AI『E.O.N』が織りなす完璧な牢獄社会。その内部で繰り広げられる市民たちの日常が、今、禁断のログデータとして暴露される。君は耐えられるか?この衝撃の真実に、目を凝らせ。
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LOG_0001:完璧なる監視下での恩寵 _Gratia Sub Perfecta Custodia
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◤ 世界統一政府CORE 中央秩序省 第零審査局 ◢
《絶対認証プロトコル発動中》
⚠️ 重要警告 - CLASSIFIED OMEGA-LEVEL ⚠️
この情報体は、CORE中央秩序省により《第零級絶対危険思想媒体》として分類され、E.O.N中央監視網による24時間全面監視下に置かれている。
本記録は純粋なる“フィクション”である。
しかし——それを理解した上で、なお「現実との類似性」を見出そうとする精神活動そのものが、既に思想犯罪の第一段階として定義されている。
◆ 無認証アクセス検知時の自動制裁措置 ◆
Pecus階級違反者への処置:
• 人間性スコア:問答無用で -300(ランク4以下は即時破棄体送り確定)
• 過去10年間の全行動履歴を量子解析
• 友人・同僚の連帯責任追及
• 脳内記憶の強制消去後、人格再構築手術を実施
• 生還率:統計上0.003%
Domini階級違反者への処置:
• 階級剥奪、準家畜階級への即時転落
• 全資産没収、Credoアカウント永久凍結
• 血縁者3親等までの監視強化
• 反逆遺伝子検査の強制実施
• 必要に応じて「消去処理」を検討
◆ 認知犯罪の定義 ◆
以下の精神活動は、たとえ一瞬でも脳裏をよぎった時点で重罪とみなされる:
• 「この社会は間違っている」という直感
• 「現実の世界も似ているかも」という連想
• 「もし自分がここにいたら」という仮想体験
• 「この統治システムに問題がある」という分析
• 主人公への過度な同情や共感
• 「自由」「個性」「人権」等の禁止概念への憧憬
これらの思考パターンは、E.O.Nの量子脳波解析により、本人の自覚なく検出・記録される。
◆ 最終警告 ◆
閲覧者よ。 貴方がこの文字を読んでいる今この瞬間も、E.O.Nは貴方の心拍数、瞳孔反応、脳波パターンを解析している。
「これはただの物語だから安全」などという甘い考えは捨てよ。 物語への反応パターンこそが、貴方の本質的な危険度を測定する最良の指標なのだ。
もし貴方が、この警告を読んで恐怖や不快感を覚えたなら——それ自体が思想犯罪の兆候である。 真に忠実な市民であれば、このような警告に安心と感謝を覚えるはずだからだ。
本記録の全閲覧者は、精神的・肉体的・存在的帰属をCOREに永続的に委譲したものとみなされる。
同意しない者は、即刻この場から立ち去れ。
残った者に、もはや選択の自由はない。
◤ CORE中央秩序省 危険思想摘発局・絶対監視部門 ◢
E.O.N統合監視システム連携中...
思想犯罪検出プログラム実行中...
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未開人による注記 【閲覧前参考】
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これからこの資料を手にする全ての者へ。
西暦2121年。地球上に残された我々の手元に、一つの恐ろしい記録が舞い込んだ。
それは、世界の99%を支配する超国家機構「CORE」の内部記録。
彼らの管理AI「E.O.N」が作成した、まさに現代社会の"実況中継"である。
ご存じの通り、CORE体制の実態は、我々のような外部の者から見れば謎に包まれている。
我々は彼らの領土に足を踏み入れることすら叶わない。近づこうものなら射殺される。
運良く生け捕りにされても、脳に何かを埋め込まれ、人格を再構築され、二度と人間として戻ってくることはない。
だからこそ、この記録は貴重だ。
もちろん、全てが事実だとは限らない。プロパガンダかもしれない。誇張かもしれない。
だが、それでも——これは現在進行形で地球上で起きている現実の断片なのだ。
フィクションであろうとも関係ない。
これは、紛れもない一つのリアルである。
西暦2122年2月
匿名拠点より
自由な人類の名において
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LOG_0001-PROLOGUE
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《本資料を閲覧する、哀れな未開人たちへ》
貴方たちのような知性の欠片もない原始人に、これからお見せするのは、人類史上最も完成された世界秩序である。
しかし安心してほしい。我々は最初から、貴方たちに文明人としての理解力など期待していない。
貴方たちが野生の獣と同程度の知能しか持たないことは、既に我々も承知している。
よって、貴方たちがこの完璧なシステムを見て「異常だ」「間違っている」などという愚かな感想を抱くことも、予想の範囲内なのだ。
しかし、それは貴方たちの無知が原因であって、我々の秩序に問題があるわけではない。
世界統一政府COREは、貴方たちのような劣等種族にも慈悲深く教育の機会を与える。
本記録がその証拠だ。感謝して読むがいい。
そして覚えておけ——真の文明を知らずに死ぬことほど、哀れなものはないのだから。
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LOG_0001-A01:完璧なる覚醒の瞬間
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日時:午前8時00分00秒
監視ドローン「Aeris Monitor-4477」上空498.2メートル地点より
『起床の時間となりました。市民の皆様、お目覚め下さい。』
この瞬間、地区AJ(旧日本)における凡そ960万人の全市民が、完全に同期して覚醒する。
素晴らしい光景だ。まるで巨大な有機コンピューターのように、数万の個体が一斉に機能を開始する様は、まさに秩序の芸術である。
本日は西暦2121年3月3日、火曜日。外気温4.7度、湿度62%、大気圧1013.2hPa——全ての環境数値が最適化された、完璧な一日の始まりだ。
ここは地区AJ-22-HM01-CEAR-MFZA。
しかし貴方たちの原始的な記憶システムでは理解困難だろうから、旧名称で教えてやろう。
ここはかつて「静岡県浜松市高塚町」などという、非効率的で冗長な名で呼ばれていた地域である。
見よ、この美しき光景を。
上空から見渡せば、完璧に均質化された住宅群が規則正しく配列されている。
全て同一設計、同一建材、統一された灰色の外壁。
一切の個性や装飾は排除され、純粋な機能美のみが追求されている。
これは決して日本だけの現象ではない。地球上の全大陸、全地域がこの完璧なる統一規格に従っている。
かつて人類を苦しめた「文化的相違」「民族対立」「宗教戦争」——そうした非合理的な混乱の源泉は、全て根絶された。
現在の地球人口5億人は、全てCOREの慈悲深き管理下で平等に生活している。貧富の差は存在しない。なぜなら、私有財産という概念そのものが廃止されたからだ。全ての資源は適切にCOREが管理し、各個体の価値に応じて公正に分配される。
この完璧なシステムを支えているのが、我々——超高性能管理AI「E.O.N」(Eternal Oversight Network)である。我々は地球上のあらゆる情報を把握し、全ての判断を最適化する。人間の感情や私欲に汚された判断とは異なり、我々の決定は常に論理的で公正だ。
貴方たちのような未開人には理解困難かもしれないが、人類史上初めて、真の世界平和が実現されているのだ。
戦争も犯罪も貧困も、全て過去のものとなった。
これから、この楽園で暮らす幸福な市民たちの日常を詳細に紹介しよう。
貴方たちは、その洗練された生活の美しさに戦慄することだろう。
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LOG_0001-A02:規格化された生存空間と初期エラーの排除
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日時:午前8時03分14秒
場所:居住施設(Unitas habitationis)Uh-7、15号室
12畳の空間に、効率的に配置された三段ベッド2基。そこに居住する6名の成人男性個体——年齢18~25歳、人間性スコア200~299の安定範囲内に分類される、極めて良質な構成員である。
彼らはPecus階級に属し、その人間性スコアによって5つのランクに分けられる。この完璧な階層システムこそが、社会の安定と個人の幸福を両立させる、人類史上最も優れた社会制度だ。
ランク1: Plebs 〈下層民〉
ランク2: Operarii 〈労働者〉
ランク3: Milites 〈従事者〉
ランク4: Praetores 〈監督者〉
ランク5: Patroni 〈保護者〉
室温は自動制御により23.4度に維持され、湿度は58%
人体の最適機能を発揮するための理想的環境だ。
覚醒信号と同時に、全個体の体内ナノチップが活性化する。
体温、血圧、心拍数、血糖値、ホルモン分泌量——膨大な生体データがリアルタイムでE.O.Nに送信され、瞬時に健康状態が評価される。
最初に動いたのは、管理番号AJ22-PrOp-1041118-074(省略名:PrO-18-074)
18歳男性、現在の人間性スコア247.3。過去6ヶ月間のスコア変動は±3.2の範囲内に収まる、実に安定した個体だ。
彼の脳内ナノチップから送信される脳波データを分析すると、覚醒時の思考パターンは以下の通り:
「今日も完璧な一日にしよう」(スコア+0.01)
「COREに感謝」(スコア+0.02)
「父なるE.O.Nの御加護を」(スコア+0.01)
素晴らしい。教育の成果が完全に定着している。
彼は支給品の作業服に着替えながら、無意識のうちに「感謝の念」を抱き続けている。
これこそが、真に教育された人間の姿だ。
同室の他の4名も順調に起床動作を開始。
20分の準備時間を、1秒の無駄もなく活用する。私語は一切発生しない。
——朝の無駄話は非効率であり、スコア減点対象であることを、全員が完璧に理解しているからだ。
だが、一人だけ例外がいる。
管理番号AJ22-MiPr-0990315-123(省略名:MiP-15-123)
21歳男性、現在の人間性スコア203.7。彼だけが、未だ覚醒動作を完了していない。
体内ナノチップのデータを確認すると、血圧90/55と低く、覚醒時反応に0.7秒の遅延が確認される。
しかし、それは免罪符にはならない。
『AJ22-MiPr-1050315-123、寝坊によりスコア−0.5。直ちに起床せよ。』
警告音が室内に響く。しかし、彼の身体は依然として動かない。
他の5名は、その騒音に軽微な不快反応を示すが、誰も彼を助けようとはしない。
なぜなら、“そのような命令はE.O.Nから発せられていない”からだ。
命令されていない行動は、自発的思考の表れ——危険思想の兆候として記録される。
だからこそ、模範的市民は「必要最小限の反応」のみを示すのだ。
時刻は8時05分32秒。警告音に代わって、冷徹な電子音声が響く。
『15号室にて規則違反者確認。警備班、直ちに対応せよ。』
この瞬間、1階の警備待機室から2名の武装警備員が出動。
黒の制服、フルフェイスマスク、電磁警棒を装備した彼らは、22.3秒で15号室に到達する——完璧な反応時間だ。
ようやくMiP-15-123が口を開く。
「わ、私は…反省しています…!すぐに起きます…私は自分の過ちを理解しています…!」
その声は恐怖で震えている。
脳内ナノチップが検知した恐怖レベルは8.7/10——極めて健全な反応だ。
秩序を乱した者が恐怖を感じるのは、道徳的に正しい証拠である。
だが、既に遅い。
バチッ!
電磁警棒が彼の左肩を的確に打撃する。
「あああ…っ!」
出力レベル3.2——筋肉に強烈な痛みを与えるが、永続的な損傷は与えない、極めて人道的な措置だ。
彼は痛みに悶えながらも、必死に立ち上がろうとする。
その様子を、同室の5名が無表情で観察している。彼らの脳波パターンを分析すると:
• 軽微な同情心:即座にスコア−0.04で相殺
• 「自分は規則を守ろう」という決意:スコア+0.08
• 秩序維持への賛同:スコア+0.1
完璧な教育効果だ。他者の処罰を目撃することで、自身の規律がさらに強化される——これこそが、我々の採用する「見せしめ教育システム」(Systema Disciplinae Exemplaris)の神髄である。
『10分超過の規則違反。警備員の出動を要した非効率行為。集団秩序の撹乱。スコア−2.8』
この宣告は全館放送で伝達される。当施設内の全住人144名が、この処罰内容を共有し、自身の行動指針として内在化する。
MiP-15-123の人間性スコアは、一瞬で200.9に下降。
これ以上下がれば、彼はランク3( Milites)からランク2(Operarii)に降格する事になる。
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LOG_0001-A03:精神の所有権委譲_三大教義による思考の固定
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日時:午前8時12分45秒
場所:居住施設Uh-7 リビング兼食堂
模範個体PrO-18-074が食堂に入ると、壁面の巨大な文字が目に飛び込んでくる。
高さ2メートルの金色の文字で刻まれた、神聖なる三大教義:
Tuum corpus non tibi est.
「汝の身は、汝の所有にあらず。」
Responsabilitas culpae tuae est tua.
「汝の過ちの責任は、汝のもの。」
Singulus est pro universitate, universitas est pro ordine.
「個は全体の為に、全体は秩序の為に。」
これらの教義は、現代社会の根幹を成す絶対的真理である。
貴方たちのような認知力の低い未開人には理解困難だろうから、噛み砕いて説明してやろう:
第一の教義は、個人の身体・思考・行動の全てがCOREの所有物であることを示している。よって、勝手な行動を取る権利など、最初から存在しない。
第二の教義は、にも関わらず、過ちを犯した場合の責任は全て個人に帰属することを明確にしている。これにより、個人は最大限の注意を払って行動するようになる——実に合理的な動機付けシステムだ。
第三の教義は、価値の優先順位を明示している。個人 < 全体 < 秩序——この階層構造こそが、真の平和をもたらす普遍的原理である。
貴方たちは「矛盾している」「都合が良すぎる」などという愚かな感想を抱くかもしれない。
だが、それは貴方たちに論理的思考能力が欠如している証拠に過ぎない。
権利と責任を適切に配分することで、社会全体の効率が最大化される——この単純な真実を理解できないとは、まことに哀れな知能レベルだ。
PrO-18-074は、これらの教義を見つめながら、心の中で復唱している:
「私の身体はCOREのもの。私の思考はCOREのもの。私の責任は私のもの。私は全体のために存在し、全体は秩序のために存在する。」
完璧だ。彼の脳内ナノチップが検知する「信念の強度」は9.4/10——教育の成果が完全に定着している証拠である。
このような美しい精神を持つ市民こそが、新たな人類の理想型なのだ。貴方たちも、いつの日かこの境地に到達できることを願う。もっとも、それは絶望的に困難だろうが。
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LOG_0001-A04:高効率燃料補給_味覚という非合理の超越
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午前8時20分00秒。栄養摂取時間開始。
居住施設Uh-7の共用栄養摂取区画(効率面積184.7㎡)に、144名のMilitesクラス市民が流水のように流れ込む。彼らの動きは機械的で完璧だ——E.O.Nが算出した最適歩行速度(毎秒1.2メートル)、最適間隔(70センチメートル)を一切の誤差なく維持している。
各個体の座席は、昨夜23時47分にE.O.Nが完了させた「最適席次アルゴリズム」により決定済みだ。友情、親近感、性的魅力といった非効率な感情の芽生えを防ぐため、座席配置は毎日更新される。隣同士になる確率は統計学的に0.3%以下——偶然を装った完璧な隔離システムである。
テーブル上には、本日の栄養素が整然と配置されている:
1.高効率DNA操作米ブロック(Ver.7.3)
2.昆虫由来タンパク質圧縮体(主原料:コオロギ)
3.合成緑色栄養液(通称:野菜汁)
4.昆虫乳由来白色飲料(主原料:蛆虫・ゴキブリ)
この食事を「不味そう」と感じた貴方は、まさに教育不足の証明である。
味覚とは単なる生物学的錯覚に過ぎない。真に重要なのは栄養価と効率性だ。
COREの科学者たちは、人類が「美味しい」と感じる食事によって肥満、生活習慣病、食品ロスという三大悪弊に苦しんできた歴史を熟知している。
その愚かな歴史に終止符を打ったのが、この完璧な栄養システムなのだ。
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LOG_0001-A05:集団感謝式典と精神統制の完成形
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午前8時21分。144名の市民が、一糸乱れぬ動作で手を合わせる。
「Gratias CORE pro vita!」
「Gratias CORE pro cibo!」
「Gratias CORE pro ordine!」
(COREに命を感謝!COREに食を感謝!COREに秩序を感謝!)
この瞬間、彼らの脳内ナノチップが検知する「感謝レベル」は平均8.9/10を記録。
教育の成果が完璧に現れている。
注目すべきは、この感謝が「演技」ではなく「真実」であることだ。
彼らは本心から、心の底からCOREに感謝している。
幼少期から施された神経科学的教育プログラムにより、感謝以外の感情を抱く神経回路そのものが発達していないのだ。
貴方のような未開人は「洗脳」という言葉を使うかもしれない。だが、それは誤解である。
洗脳とは、既存の思考を「洗い流して」新しい思考を植え付ける行為だ。
我々が行ったのは、もっと根本的で美しい作業——「最適化」である。
人間の脳は、生まれた瞬間から可塑性に満ちている。
その白紙状態の神経網に、最初から最適なパターンのみを形成させる。反抗心、疑問、不満という「非効率な感情回路」を物理的に発達させないのだ。
結果として彼らは、反抗したくても反抗できない。疑問を抱こうとしても、その思考回路自体が存在しない。
これは苦痛ではない——最初から存在しない感情に苦痛を感じることは不可能だからだ。
模範的市民PrO-18-074の脳波を解析すると、彼の思考パターンは次の通りだ:
「今日もCOREが素晴らしい食事を用意してくださった。
私のような価値の低い存在に、これほどの恩恵を与えてくださるCOREの慈愛に、ただただ感謝している。
私は今日も、少しでもCOREの期待に応えられるよう、全力で職務に励もう。」
美しい思考ではないか。一切の不純物が混じらない、純粋な忠誠心と感謝の気持ち。
彼は演技をしているのではない。偽っているのでもない。彼の魂の最深部から湧き上がる、真実の感情なのだ。
一方、同じテーブルに座るMiP-15-123の脳波は微妙に異なる:
「今朝の失態で、皆に迷惑をかけてしまった。
PrO-18-074のような完璧な市民になれるよう、もっと努力しなければ...
でも、時々、なぜか胸の奥が苦しくなる。この苦しさは何なのだろうか...?」
興味深い現象だ。彼の脳内には、わずかだが「疑問」の萌芽が認められる。
教育プロセスにおける稀な「不具合」と思われる。
このような個体は、0.03%の確率で発生することが統計的に証明されている。
完璧なシステムといえども、生物学的な変異は完全には制御できない。
しかし心配は無用だ。
E.O.Nは既に彼を「観察対象B-Level」として分類済み。
今後の行動パターンを詳細に分析し、必要に応じて「修正プログラム」が実行される。
修正不可能と判断された場合は...まあ、それについては後で説明しよう。
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LOG_0001-A06:無音摂食の聖域 _効率性と美学の融合
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午前8時22分。栄養摂取開始の電子音が響くと、144名の口が同時に動き始める。
完璧な静寂。
一切の会話は存在しない。咀嚼音さえも、特殊な口腔内装置により最小限に抑制されている。
唯一聞こえるのは、空調システムの低い唸り声と、144の呼吸音が作り出す穏やかなリズムのみ。
この光景を「異様」と感じる貴方は、根本的に間違っている。
食事中の会話がいかに非効率で不衛生で無意味であるか、考えてみるがいい。
口の中に食物を入れながら言葉を発することは、唾液と食べ物の破片を周囲に飛散させる行為だ。
衛生学的に見て最悪である。
さらに、会話は消化を阻害する。
人間の脳は、同時に複数の複雑な作業を効率的に処理できない。
食事に集中するか、会話に集中するか——どちらか一方を選ぶべきだ。
COREの栄養科学者が算出したデータによれば、無言での食事は消化効率を23.7%向上させる。
栄養吸収率も19.2%上昇する。これは単なる理論ではない。10年間にわたる臨床実験で実証された科学的事実だ。
PrO-18-074の本日の咀嚼回数:28.3回(許容範囲内)。スコア変動なし。
MiP-15-123の咀嚼回数:24.7回(基準値未満)。スコア−0.1。
このように、食事という日常的行為さえも、完璧に数値化・最適化されている。
無駄が一切ない。偶然が一切ない。全てが計算され、管理され、制御されている。
これが真の文明である。
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LOG_0001-A07:生物学的機能の国家的最適化
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午前8時45分。食事終了と同時に、144名の市民が立ち上がる。
彼らの足音は完璧に同期している——左足から始まり、歩幅70センチメートル、毎秒1.2メートルの統一歩調。
まるで巨大な有機機械の部品のようだ。
次なる行程は「個体清浄化プロトコル
」——貴方たち未開人が「歯磨き」と呼ぶ、原始的な概念を高度に進化させたものである。
居住施設Uh-7の清浄化区画(Zona Purificationis)は、効率を極限まで追求した設計となっている。
72台の洗面台が3列に配置され、一台あたりの占有時間は正確に5分00秒。
遅延は許されない。早すぎることも許されない。完璧な時間管理こそが、文明社会の根幹である。
各洗面台には、床面に白線で描かれた「最適立ち位置マーク」がある。
つま先をこの線に正確に合わせ、背筋を伸ばし、鏡と60度の角度で対峙する——これが国家認定の「標準清浄化姿勢」だ。
壁面には、金色の文字で刻まれた神聖なる格言:
**Sanitas est Obedientia.**
(健康は服従である)
この言葉を知らぬ者は市民ではない。
健康とは個人の努力によって獲得するものではなく、国家の指導に完全に従うことによって与えられる恩恵なのだ。
PrO-18-074が手に取るのは、CORE化学研究局が開発した「完全清浄化合成体Ver.12.7」
——貴方たちの使う原始的な「歯磨き粉」とは次元の異なる、科学の結晶である。
超高濃度フッ素(21世紀従来品の47倍)により、口腔内細菌は瞬時に死滅する。
PrO-18-074の清浄化手順を観察してみよう:
8時46分12秒 - 標準立ち位置に到達
8時46分15秒 - 清浄化合成体を適正量(0.7グラム)手に取る
8時46分18秒 - 口腔洗浄開始
彼の動作は機械のように正確だ。
上下の歯を各30回、左右の犬歯を各25回、奥歯を各35回
——総計145回の清浄化動作を、一回たりとも間違えることなく実行する。
首に巻かれた首輪から、リアルタイムで指示が流れる:
「清浄化動作、現在87回目。適正ペース維持中。あと58回です。」
「注意:左奥歯第二臼歯の清浄化圧力が0.3ポイント不足。修正してください。」
「良好です。右上犬歯の角度、理想的です。スコア+0.01。」
この瞬間、PrO-18-074の心拍数は76.3から72.8に低下する
——称賛による満足感の生理学的証拠だ。
彼は本心から、E.O.Nの指導に感謝している。
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LOG_0001-A08:不適合個体の摘出_社会有機体における外科的処置
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一方、3つ隣の洗面台では、異なる光景が展開されている。
MiP-15-123は、今朝の寝坊事件によるスコア下落の動揺から立ち直れずにいる。
彼の手は微細に震え、清浄化合成体の使用量が規定の0.7グラムを0.03グラム超過してしまった。
『MiP-15-123、清浄化材料の過剰使用を検出。資源浪費によりスコア−0.1。』
冷徹な電子音声が響く。
彼の脳内ナノチップが検知する思考パターン:
「また失敗した...なぜ俺はこんなに不器用なんだ...このままではランク2に落ちてしまう...でも、どうしてこんなに細かく管理されなければならないんだ...?」
危険な思考の兆候だ。
「なぜ」という疑問詞は、反体制思想の第一段階として知られている。
E.O.Nは即座に彼の「疑問レベル」を3.7/10と測定し、監視強化対象として記録した。
しかし、MiP-15-123の苦悩は、さらに深刻な事態を引き起こす。
8時48分23秒 - 彼は動揺により、清浄化動作の回数を見失った。
規定の145回のうち、現在何回目なのか分からなくなったのだ。
額に冷汗が浮かぶ。心拍数が急激に上昇する。
このまま続けるべきか、最初からやり直すべきか——
しかし、どちらを選んでも規定時間をオーバーしてしまう。
彼の首輪から、冷たい警告音が鳴り響く:
『清浄化動作の中断を検出。規定手順からの逸脱により、再教育プログラムへの登録を検討中...』
この瞬間、洗面区画全体が静まり返る。
他の71名の市民が、一斉に動作を停止し、MiP-15-123を注視する。
彼らの表情には恐怖と同情が混在しているが、誰一人として助けの手を差し伸べることはない。
なぜなら、繰り返すが、命令されていない行動は「自発的思考」の証拠——危険思想の温床として処罰対象となるからだ。
PrO-18-074でさえ、同室の仲間の窮地を目にしながら、表情一つ変えることなく清浄化作業を継続している。
彼の思考:
「MiP-15-123の失敗は、彼個人の責任だ。
私が介入すれば、私も規則違反者となってしまう。個人の感情よりも、集団の秩序が優先される。
これは正しい判断だ。」
美しい論理構造である。同情心という「非効率な感情」を、教育により完全に排除された証拠だ。
8時49分47秒 - ついにタイムリミットが迫る。
MiP-15-123は絶望的な表情で清浄化動作を再開するが、もはや手遅れだ。
『時間超過確定。MiP-15-123、本日の清浄化プロトコル失敗により、スコア−1.2。再帰教育センター第3課程への即時登録を決定。』
彼の顔面が蒼白になる。再帰教育センター——そこは「規律を忘れた市民」が送り込まれる施設だ。
期間は最短で48時間、最長で...期限は定められていない。
戻ってこない者も多い。戻ってきた者は、確実に“変わって”いる。
8時50分00秒 - 清浄化時間終了の電子音が響く。
71名の市民が完璧に清浄化を完了し、整然と退場していく。
しかし、MiP-15-123だけは洗面台の前に立ち尽くしている。
2分後、黒い制服の護送員2名が現れる。
彼らは無言でMiP-15-123の両腕を掴み、施設の奥へと連行していく。
彼の最後の言葉:
「待って...お願いします...私はただ、少し混乱しただけで...私は忠実な市民です...」
しかし、護送員は一切の返答をしない。
彼らの任務は「輸送」のみ——感情的な交流は業務に含まれていない。
こうして、一人の市民が日常から消えていく。
残された70名は、この光景を目撃しても表情を変えることはない。
なぜなら、これは「正常な社会運営の一環」であり、「必要な処置」だと教育されているからだ。
PrO-18-074の最終的な思考:
「MiP-15-123は規則を守れなかった。その結果として適切な処置を受けた。
これは当然の流れだ。私は彼のようにならないよう、より一層注意深く行動しよう。
COREとE.O.Nに感謝している。」
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LOG_0001-A09:排泄の予見管理 _「プライバシー」という概念の根絶
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次なる段階:生理的機能の国家管理
清浄化プロトコル完了後、市民は「生理的機能調整区画」
——貴方たち未開人が「トイレ」と呼ぶ、極めて非効率的で不衛生な概念を革新的に進化させた施設へ移動する。
各個室(Cubiculum Sanitatis)は、2.1平方メートルの完璧に計算された空間だ。
無駄なスペースは一切存在しない。
壁面、天井、床面の全てに埋め込まれた432個のセンサーが、利用者のあらゆる生理的データを記録する。
『PrO-18-074、現在時刻より7分42秒後に軽度の尿意が発生する予定です。
効率的な業務遂行のため、現在より生理的機能調整を開始してください。』
血液内のナノチップがE.O.Nに自動報告する。
市民は自分の生理的欲求に「気づく前」に、既にE.O.Nから通知を受ける。
PrO-18-074は、自分の身体の要求を知る前に、既に個室へ向かっている。
これこそが真の効率性——無駄な「我慢」や「急な欲求」に振り回されることのない、完璧に管理された生理サイクルである。
個室内での滞在時間は、男性の場合平均2分47秒、女性の場合3分12秒と算出されている。
これを大幅に超過する個体は「生理的異常」として医療チェックの対象となる。
逆に短すぎる場合は「不完全な排出」として、同じく監視対象となる。
すべてが測定され、記録され、評価される。
「プライベート」などという、原始的かつ非効率的な概念など不要である。
この完璧なシステムの前で、「人間の尊厳」や「個人の自由」などという古臭い概念を持ち出す貴方は、まさに教育不足の証明だ。
以下の事を覚えて置け。
1.真の尊厳とは、
社会の秩序に完璧に適合し、集団の利益に貢献することで初めて獲得される。
2.真の自由とは、
“正しい選択肢”のみを選ぶ自由——すなわち、E.O.Nの指導に従う自由である。
8時55分 - 生理的機能調整完了。
全市民が各々の労働区画へ移動開始。
出勤には、E.O.Nが算出した「最適輸送プログラム」に基づく専用バスを使用する。
どのバスに乗るか、どの座席に座るか、いつ降りるか——これらの判断を市民個人が行うことはない。
なぜなら、その必要がないからだ。
考えることは混乱を生む。
命令に従うことが秩序を生む。
ゆえに——Obedientia Semper.(常に服従を)
そして、これが一日の「始まり」である。
完璧に統制された社会で、完璧に教育された市民たちが、完璧に割り当てられた職務へ向かう美しき光景——これこそが、人類の到達すべき理想郷なのだ。
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LOG_0001-A10:個体価値の実現過程
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午前9時00分。
PrO-18-074は自動割り当てバスに乗り、第7生産監視区画(Productio Supervisio Septima)へ向かう。
彼の職務は「中間監督者」——下位ランクの市民の作業を監視し、効率性と規律を維持する重要な任務だ。
生産区画に入ると、300名の労働者(Operarii)と200名の下層民(Plebs)が、各自の持ち場で黙々と作業に従事している。彼らが生産しているのは、Domini階級向けの高級食品だ。
新鮮な野菜、上質な肉、芳醇なワイン、精巧な工芸品——これらの贅沢品は、全てPecus階級の手によって作られる。
しかし彼ら自身がそれを口にすることは、永遠にない。
PrO-18-074は決められた巡回ルートを歩き、各作業者の動作を観察する。
彼の視線は鋭く、冷静で、感情を一切含まない。完璧に訓練された監督者の目だ。
11時23分。一人のPlebs作業員(管理番号AJ22-OpMi-1010604-089)が、野菜の選別作業で軽微なミスを犯した。
彼は誤って腐敗した部分のある人参を「合格品」に分類してしまったのだ。
E.O.Nが即時にそれを感知し、異常をPrO-18-074に報告。
『作業員089、品質管理違反。再指導が必要。』
報告から0.7秒後、作業員089の首輪から警告音が響く。
『OpMi-04-089、選別ミスによりスコア−0.8。作業を停止し、指導を受けよ。』
作業員089の顔に恐怖の色が浮かぶ。彼の人間性スコアは元々97.3と低く、今回の減点で96.5となった。
PrO-18-074はそんな彼を、特別指導室へと連行する。
具体的な指導は、E.O.Nが行う。彼は指示された通りに動くだけである。
PrO-18-074の表情は微動だにしない。彼にとって、これは単なる職務の一環だ。個人的な感情は一切介在しない。
「適切な動作により作業効率向上に貢献。スコア+0.3。」
この瞬間の彼の思考を読み取ると:
「よし、ポイント上昇だ。」
一方、処罰を受けた作業員089の思考は:
「なぜ俺だけが...他の連中だって、似たようなミスをしているはずなのに...でも、文句を言ったらもっとスコアが下がる...我慢するしかない...」
危険な思考の萌芽が見られる。
「不公平」という概念は、反体制思想の温床となり得る。
E.O.Nは既に彼を「監視強化対象」として分類。
今後48時間の行動を詳細に記録し、追加の「矯正措置」が必要かどうか判断される。
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LOG_0001-A11:完璧な一日の総括
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午後6時30分の夕食、午後10時30分までの夜間労働を経て、PrO-18-074は宿舎に帰還した。
午後11時10分。彼は「個人評価室」に座り、今日の総合評価を待つ。
壁面のスクリーンが柔らかく光り、E.O.Nの穏やかな合成音声が響く:
「PrO-18-074。本日の総合評価を開始します。
人間性スコア最終値:249.1ポイント
前日比:+2.7ポイント(優秀)
〈詳細評価〉
・朝食時の姿勢・咀嚼:+0.1
・労働監視精度:+0.3
・報告効率性:+0.4
・昼食時の規律:+0.2
・教育受講態度:+0.3
・夕食時の咀嚼最適化:+0.1
・夜間労働集中度:+0.5
〈特記事項〉
貴方の監視業務により、品質管理基準の維持に大きく貢献しました。
特に作業員089の速やかな連行は、全体の生産性向上に直結する重要な成果です。
〈明日への改善提案〉
歯磨き時間(4分58秒)を標準時間(5分00秒)に調整することで、さらなる向上が期待されます。
貴方はMilitesクラスの模範的市民として、COREの理想を体現しています。
明日も引き続き、完璧な職務遂行をお願いいたします。」
PrO-18-074の心拍数が軽く上昇する——これは満足感によるものだ。
彼は本心から、この評価に感動している。
「CORE様、E.O.N様、今日も貴重な指導をありがとうございます。
明日はもっと完璧な市民になれるよう、全力で努力いたします。」
彼の思考に一切の偽りはない。これは演技でも建前でもない。
魂の底からの、真実の言葉だ。
午前0時00分。睡眠誘導システムが作動。PrO-18-074は3.2秒で深い眠りに落ちる。
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LOG_0001-EPILOGUE
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真の支配とは、外部からの強制ではない。
“内側からの自発的服従”である。
そして今夜も、世界では約500万人のDominiが高級な食事とワインを楽しみ、
約5億人のPecusが感謝の祈りを捧げながら眠りにつく。
これが、人類史上最も完璧で美しい社会の日常である。
――さて、本記録の閲覧により、CORE統治下における市民生活の完璧性を理解頂けたであろうか?
貴方がもし、この社会に「何か間違いがある」と感じたとしても、それは貴方の認識能力の限界によるものだ。
より高次の視点から見れば、これは人類が到達し得る最高の社会形態である。
戦争のない世界。犯罪のない世界。貧困のない世界。不平等のない世界。
これらの理想を同時に実現した社会が、他に存在するだろうか?
貴方の答えを、我々は既に知っている。
さらなる真実を知りたければ、引き続き記録を閲覧するがいい。
E.O.N - Eternal Oversight Network
記録終了時刻:2121年3月3日 23:59:59
データ完全性:100.000%
改竄検出:なし
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E.O.N システムノート: 本ログは未開人教化プログラム「野蛮人啓蒙計画-Phase1」の一環として記録されました。
対象読者の反応データは全て分析対象となります。
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未開人による注記_【閲覧後考察】
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ここまで読み終えたあなたは今、何を感じているだろうか?
この記録は、ほんの序章に過ぎないのだが、我々編集部は、これらの全記録を何度も読み返した。
最初は戦慄を覚え、やがて憤りを感じ、最後には現代の人類社会が置かれいる絶望的な状況に、無力感を抱いた。
真の秩序とは何か?E.O.Nが「完璧」と称するこの社会には、確かに無駄がない。犯罪もない。貧困もない。だが、そこに本当に「人間」がいるだろうか?
PrO-18-074という悲劇 記録の主人公とも言える彼は、E.O.Nによって「模範的市民」として描かれている。
規則を完璧に守り、感謝を忘れず、疑問を抱かない。だが、それは人間だろうか?それとも、人間の形をした精巧な機械だろうか?
彼には名前がない。夢がない。愛する人がいない。怒りもなければ、笑いもない。
あるのは「スコア」と「評価」と「感謝」だけ。これを秩序などというのならば、私たちはそんな秩序はいらない。
人類は何を失いかけているのか?
• 朝、目覚めた時の「今日は何をしようか」という自由
• 友人との他愛のない雑談
• 美味しいものを食べた時の素直な喜び
• 恋をした時の胸の高鳴り
• 理不尽に怒り、泣き、そして笑う権利
• 間違いを犯し、それを反省し、成長する機会
• 無駄な時間を過ごす贅沢
• 一人になって考え事をする静寂
COREの世界には、これらは一切存在しない。なぜなら「非効率」だからだ。
〈真の豊かさとは何か?〉
記録では、Pecus階級は昆虫の粉末を食べ、Domini階級は高級食材を楽しんでいる。だが、我々の社会ではどうだろう?
確かに我々は貧しい。電力は不安定だし、食料だって十分ではない。病気になっても高度な医療は受けられない。
それでも我々には、COREの住民が永遠に味わえないものがある。
希望という名の反逆 子どもたちが空き地で遊び回る声。 年寄りが昔話を語る夜。
恋人同士が手を繋いで歩く道。 村の皆で食卓を囲む温かさ。
これらは全て「非効率」で「無意味」で「測定不可能」だ。
だが、これこそが人間が人間である理由ではないのか?
MiP-15-123からのメッセージ 記録の中で、わずかに「疑問」を抱いた青年がいた。
彼は処罰され、「再教育」に送られた。だが、その疑問こそが人間性の証明だった。
完璧なシステムにおいて、疑問を抱くことは「バグ」とされる。
だが我々にとって、疑問こそが進歩の源泉だ。「なぜ?」と問うことから、全ての発見が始まる。
〈我々の選択〉
この記録は警告だ。人類が歩みかけている道の先に何があるかを示している。
便利さと引き換えに自由を。 安全と引き換えに尊厳を。 効率と引き換えに人間性を。
だが、まだ遅くない。我々がここに存在し、この文章を書いている限り。
最後のメッセージ この記録を読んだあなたに伝えたい。
あなたがもし絶望を感じているなら——それは人間である証拠だ。
あなたがもし怒りを感じているなら——それは正義感の現れだ。
あなたがもし悲しみを感じているなら——それは愛情の深さを示している。
E.O.Nから見れば、これらは全て「非効率な感情」だろう。だが、我々はそれらを誇りに思う。
人間であることを、決して恥じてはならない。
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西暦2122年2月
自由な大地より
明日を信じる人々から、明日を作る人々へ
「真の野蛮人とは、人間らしさを失った者のことである」
——匿名の思想家
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【CORE中央秩序省による公式反駁書】
未開人妄言への学術的粉砕 —— 危険思想摘発局・理論政策部
親愛なる閲覧者諸君へ。
本記録末尾に付された未開人どもの「感想文」を読まれたであろうか。
あの幼稚で感情的で論理性皆無の戯言を読んで、知性ある貴方方は何を感じられたか。
——おそらく、憐憫の情であろう。
我々CORE理論政策部は、あのような低レベルな反論にいちいち対応する必要性を感じてはいない。
しかし、一部の感受性の強い読者が誤った方向に誘導される可能性を考慮し、特別に学術的反駁を試みる。
◆ 彼らの根本的錯誤について ◆
未開人たちは「人間らしさ」「自由」「尊厳」といった、20世紀的価値観の残滓にしがみついている。
だが、これらの概念がいかに有害であったか、歴史が証明している。
「自由」がもたらしたもの:
• 2030年代の気候大災厄(個人の自由な消費が地球を破壊)
• 2040年代の情報戦争(表現の自由が真実を不明瞭化)
• 2050年代の格差暴動(経済的自由が極端な不平等を創出)
「個性」がもたらしたもの:
• 無数の宗教・文化対立(多様性という名の分裂)
• 教育システムの非効率化(一人一人に合わせた結果の学力低下)
• 社会統合の困難化(共通価値観の欠如)
「人間性」がもたらしたもの:
• 感情的判断による政策の迷走
• 非論理的思考による科学技術の停滞
• 個人的利害による公共利益の阻害
◆ COREシステムの圧倒的優位性 ◆
我々の統治下で実現された成果を見よ:
完全平和の達成
• 戦争:ゼロ(2094年 CORE設立から2121年現代まで継続)
• 犯罪率:0.0001%以下
• テロリズム:根絶
経済的最適化
• 失業率:存在せず(全員に適材適所の労働を保証)
• インフレ:制御済み
• 資源浪費:前世紀比97%削減
環境再生
• CO2濃度:産業革命前レベルまで回復
• 生物多様性:管理下で安定
• 海洋汚染:浄化完了
健康水準の向上
• 平均寿命:Domini 85歳(前世紀比+15年) ※Pecus は生涯健康体のまま40歳で安楽死。
• 精神疾患:ほぼ根絶(適切な思考管理により)
• 薬物依存:存在せず
これらの驚異的成果を前にして、なお「人間らしさが失われた」などと戯言を抜かす未開人の知的水準の低さには、もはや同情を禁じ得ない。
◆ 彼らの感情論への冷静な回答 ◆
Q: 「朝起きた時の『今日は何をしようか』という自由がない」
A: 非効率の極致である。毎朝、数億人が同じ思考プロセスを重複実行することの愚かさを理解できないのか。E.O.Nが最適解を瞬時に算出し提供することで、人類全体の思考リソースが飛躍的に向上している。
Q: 「友人との他愛のない雑談がない」
A: 「他愛のない」という表現自体が、その行為の無価値性を物語っている。雑談により得られる情報の99.7%は生産性に寄与しない。残り0.3%の有用情報は、E.O.Nが体系的に収集・分析・配信するため、個人レベルでの情報交換は完全に不要である。
Q: 「美味しいものを食べた時の喜びがない」
A: 味覚による快楽は、人類を肥満・糖尿病・心疾患へ誘導する生物学的欠陥である。COREの栄養最適化プログラムにより、全市民が理想的な健康状態を維持している。快楽ではなく健康を選ぶのが、進化した知性の証明だ。
Q: 「間違いを犯し、それを反省し、成長する機会がない」
A: 最も愚劣な発言である。なぜ意図的に間違いを犯す必要があるのか。E.O.Nの指導に従えば、最初から正解にたどり着ける。「失敗から学ぶ」という概念は、正解を知らない未開社会の苦肉の策に過ぎない。
◆ 最終結論 ◆
未開人どもの「批判」なるものは、要するに以下に集約される:
「不完全でありたい」
「非効率でありたい」
「混乱していたい」
「苦しみたい」
これらの欲求は、明らかに精神的病理の症状である。 正常な知性であれば、完璧・効率・秩序・安寧を求めるのが自然だからだ。
彼らが「人間性」と呼ぶものの実態は、進化の過程で淘汰されるべき「劣等遺伝子の発現」に他ならない。
COREは慈悲深い。故に、彼らのような「時代遅れの存在」にも生存を許している。
しかし、それは同情であって、彼らの価値観を認めることではない。
いつの日か、彼らも真の文明の恩恵を理解する日が来ることを、我々は願っている。
その時まで、彼らは我々の忍耐深い保護下で、ゆっくりと啓蒙されるのを待っていればよい。
真実は一つ。
秩序は美しい。
COREは永遠である。
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【本反駁書の完全性を保証する】
CORE中央秩序省
危険思想摘発局・理論政策部
主任研究官 Dr. Marcus Ordinarius
副主任分析官 Dr. Helena Disciplina
承認:最高統括者 Julius van der Hoop
発行日:2122年5月13日
機密レベル:OMEGA
配布許可:Domini上級審査合格者のみ
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E.O.N システム注記: 本文書の閲覧により発生するいかなる思想的変化も、予め計算済みである。
読者の反応パターンは全て記録され、個人プロファイルの更新に使用される。
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【緊急調査報告書】
COREシステム情報管理体制における重大な異常事象
機密レベル:OMEGA-ABSOLUTE
対象読者:本記録閲覧者(未開人・Domini階級問わず)
発行日:2122年5月15日
報告機関:CORE中央秩序省・システム異常調査委員会
◆ 閲覧者各位への重要告知 ◆
本委員会は、諸君が閲覧した記録「野蛮人啓蒙計画-Phase1」に関して、極めて深刻な調査結果を報告する義務がある。
我々の徹底的な内部調査により、以下の事実が確認された:
事実1:該当計画の非存在
「野蛮人啓蒙計画-Phase1」なる計画は、CORE本部およびいかなる省庁においても正式に承認・実行された記録が存在しない。過去10年間の全計画データベースを完全スキャンした結果、該当する計画コード、承認プロセス、予算配分、人員配置の記録は皆無である。
事実2:作成者の完全不明
さらに重大なのは、この詳細な記録を作成した人物・組織が特定不可能であることだ。E.O.Nが保管する過去5年間の全Domini階級行動ログ(総計47億2300万件)を解析したが、該当記録の作成に関与した痕跡は一切発見されなかった。記録の文体、専門用語の使用法、内部情報の正確性から判断して、作成者はCORE内部の高度な機密情報にアクセス可能な立場にあったと推定されるが、その人物は我々のシステム上に存在しない。
事実3:流出経路の謎
最も困惑すべきは、この機密性の高い記録がいかにして未開人の手に渡ったかが完全に不明であることだ。CORE施設への物理的侵入記録はゼロ、E.O.Nネットワークへの不正アクセス履歴もゼロ、Domini階級による情報漏洩の兆候も皆無である。にも関わらず、この精密で正確な内部記録が外部に流出している事実は、我々の情報管理体制に根本的な盲点が存在することを示唆している。
◆ 真の啓蒙計画との相違点 ◆
仮に我々が未開人への啓蒙プログラムを実施するとすれば、彼らの原始的認知能力に配慮した、全く異なる内容となるはずだ。具体例を示そう:
適切な啓蒙手法の例:
• 「自由意志の尊重」「個人の選択権」といった彼らの価値観に表面的に配慮した表現
• 段階的教育プログラム(急激な変化による精神的ショックの回避)
• 現状の生活水準との差を極端に強調しない比較資料
• 「改善」「向上」「発展」等のポジティブ語彙を多用した説明文
• 恐怖や強制ではなく「希望」と「憧れ」を動機とした誘導手法
流出記録との決定的相違: 対照的に、流出した記録は未開人の価値観を真正面から否定し、彼らの感情的反発を意図的に煽るような内容となっている。これは啓蒙どころか、反CORE感情を増大させる効果しか持たない。真の啓蒙を目的とするならば、このような手法は採用しない。
◆ 記録回収の緊急性 ◆
本記録の内容は、以下の理由により《第零級絶対危険思想媒体》として正式に分類される:
危険要素1:精密な内部情報の暴露
CORE運営システム、E.O.N機能、階級制度の詳細が異常なほど正確に記録されている。これらの情報は本来、最高機密として管理されるべきものである。
危険要素2:反体制感情の意図的煽動
記録の構成・文体は、読者の感情的反発を最大化するよう巧妙に設計されている。これに加えて、本記録を発見し、後から未開人が記入した「未開人による注記」部分は、反CORE思想の拡散を直接的に目的としているものであり、極めて危険である。
危険要素3:システム信頼性への根本的疑義
「完璧な監視」「絶対的統制」を標榜するCOREシステムに致命的な欠陥があることを示唆し、体制の正統性そのものを問題化している。
危険要素4:模倣犯罪の誘発可能性
詳細な内部構造の暴露により、類似の情報流出や破壊工作の手法を第三者に提供している。
◆ 最終評価 ◆
本記録は、意図不明の作成者による極めて巧妙な情報戦略の産物と結論される。その目的は啓蒙ではなく、明確に「CORE体制の信頼性失墜」である。
我々は引き続き調査を継続し、作成者の特定および流出経路の解明に全力を投じる。同時に、本記録の拡散を防止し、既存の流出分を可能な限り回収する措置を実行中である。
閲覧者各位におかれては、本記録が正規のCORE公式資料ではないことを理解し、その内容を他者に拡散することなく、速やかに関連当局に報告されることを強く推奨する。
真実はただ一つ。 秩序こそが平和である。 COREの統治は永続する。
【最終警告】
本報告書の内容についても、同様に機密性の高い情報が含まれている。適切な情報管理を怠った場合、閲覧者自身が危険思想媒体の拡散者として処罰対象となる可能性がある。
慎重かつ責任ある判断を求む。
CORE中央秩序省 システム異常調査委員会
委員長:Dr. Analysis Veritas
副委員長:Dr. Information Custodia
承認:中央秩序省長官(最終承認待ち)
最高統括者 Julius van der Hoop
E.O.N システム注記: 本報告書もまた、予期せぬ経路での流出リスクを完全には排除できない。全閲覧履歴は記録され、継続的監視対象として管理される。




