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第5話 夜半の襲来

 王宮の西棟を占める大図書館。


 夜更け、深い静寂を破るように――重い扉を叩く音が響いた。

 最初は風のうなりかと思うほど微かな震え。けれどすぐに「ドン、ドン」と、執拗な打撃に変わった。


 寝台で目を覚ましたララは、胸を鷲掴みにされるような恐怖に凍りついた。


「……誰かしら」


 寝間着姿のまま、メイリーンが表情を崩さず歩み出る。

 ララは慌てて後を追い――扉の前に立つ影を目にして血の気が引いた。


 月光に鎧を反射させる王太子近衛兵五人。その先頭には侍女長イザベル。

 高々と巻物を掲げ、勝ち誇ったように顎を上げる。


「王太子殿下の御命令状です。その小娘をお引き渡しください」


 図書館長であるショカルナ公爵――メイリーンの父は遠征で王都不在。

 イザベルの胸中に、密やかな笑いが弾けた。

(今度こそ終わりよ。ララ、そしてこの気取った娘も……)


 ララは震え、膝が崩れそうになる。

 だが、メイリーンは一歩前に出て、冷たい声を放った。


「……命令状ならば、封蝋を確かめさせてもらうわ」


 イザベルはわざと笑みを浮かべ、巻物を突きつける。

「殿下の御命令です。逆らうなど言語道断!」


 その瞬間――メイリーンの瞳が鋭く光った。

「王太子の命? いいえ、勘違いなさらないで。この館に入れるのは館長か司書長の許可、あるいは国王陛下の御名の下だけ。殿下の命など、ここでは紙屑同然よ」


 兵たちがざわめき、互いに顔を見合わせる。

「……紙屑だと……?」

「な、何を言ってやがる……」


 強がってはみせるが、声は震え、目は泳いでいる。

 彼らにあるのは忠義ではなく、王太子の名を笠に着た驕りだけ。


 だが「国王陛下」の名を持ち出された途端、その虚勢はいとも容易く崩れ落ちた。


 イザベルの頬が引きつった。

(なにを言うの、この娘……! 兵まで惑わされて……!)


「逆らうのですか! 殿下への侮辱は国への反逆と同じ!取り押さえます!」


 兵が剣の柄に手をかけた。だが、メイリーンの毅然とした気迫に押され、誰も抜くことができない。


 その逡巡を切り裂くように――壁に青い光が走った。


 古代文字が浮かび上がり、床石が唸りを上げる。

 重苦しい風が吹き上がり、侵入者を拒む威圧が空間を満たす。


「教えてあげる。この図書館は要塞として築かれた。敵対行動をとる者には、容赦なく牙を剥くのよ」


 ゴゴゴッ――。

 壁から突き出した石槍が、兵士の鼻先をかすめた。


 近衛兵たちは一斉にのけぞり、蒼白になって後退する。

「な……なんですのこれは……!」

 イザベルの叫びは悲鳴に近かった。彼女の手から巻物が滑り落ちる。


 メイリーンはそれを拾い上げ、冷えた刃のごとく言い放つ。

「二度とここには来ないことね。命が惜しいなら」


 その一言で、兵たちは完全に腰を抜かし、剣の柄から手を離した。

 恐怖に呑まれた兵の瞳は、もはやイザベルを支える力を失っていた。


 イザベルの顔に屈辱の赤が広がる。唇を噛み切りそうになりながら、踵を返した。

「……覚えていなさい! 殿下がお黙りになるとでも!」


 悔しさに歯噛みし、兵を従え退いていく背は――敗北者そのものだった。


 扉が閉まった瞬間、ララは崩れ落ちる。

「ほんとうに……守ってくださったんですね……」


 メイリーンは静かに微笑み、ララの頭に手を置いた。


◇◇◇


 同じ夜、王太子の私室。

 イザベルは涙を滲ませ、床に膝をつき訴える。


「殿下……! あの女が、殿下の御命令を踏みにじったのです! 屈辱をお受けになられてよろしいのですか!」


 王太子ミサラサの目に怒りの炎が燃え上がる。

 聖女エリカは楽しげに微笑んだ。


「ふふ……殿下。そんな女、早く消しちゃいましょうよ」

「言われずともだ……!」


 イザベルは頭を垂れたまま、なおも唇を噛み締める。

 ――浴びせられた「屈辱」は、忘れ難い傷となって彼女の胸を灼いていた。


◇◇◇


 ラウンジ。

 恐怖に過呼吸しかけたララは、ソファでようやく息を整えていた。


 その前に紅茶を置きながら、メイリーンはデスクに向かう。

 彼女の手元には、イザベルから回収した王太子の命令書。

 淡々と報告文を書きあげていく。


 ララの膝はまだ小刻みに震えている。

「わ、私……怖くて……まだ立てません……」


 メイリーンは柔らかく微笑み、そっと肩を抱いた。

「怖いのは当たり前。でも、恐れに飲まれてはいけないわ」


 その声に、ララの胸の奥で小さな火がともる。

 涙を拭い、彼女は心に刻んだ。


(――守られてばかりじゃ、だめ。私も強くならなくちゃ……!)


 それは小さな炎にすぎない。

 だが確かに――夜半の襲来を乗り越えた証として、ララの中で静かに揺らめいていた。

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