表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第2話 王都で初めての味方――本好き令嬢の微笑み

「来てくれたのね」


 扉を押し開けた瞬間、澄んだ声が迎えた。

 机に本を広げていた若い女性が顔を上げる。サイドテーブルにはティーカップと、皿に山盛りのクッキー。

 司書服に身を包んだ公爵令嬢、メイリーン・セレスタリア・ショカルナが座っていた。


「あっ、あの……ララ・シルヴェリスと申します。先ほどは……!」


 三つ編みを揺らし、慌てて名を名乗る少女。胸の内には緊張と安堵が同時に押し寄せる。

 昼間の出来事が、まだ胸を締めつけていた。


 王太子の夜伽の要求、威圧。

 侍女長の叱責、暴力。

 見て見ぬふりの同僚たち。

 そんな中、その場でかけられたメイリーンの言葉。


 ――「もし辛ければ、大図書館においでなさい」


 その一言に、どれほど救われただろう。

 震える心を抱えながら、ララは今、こうして大図書館の扉を開けたのだ。


 天窓から差す月明かりが、積み上げられた書架を白銀に染めている。

 石造りの柱には古代文字が刻まれ、壁面には淡く光る魔法陣が脈動していた。

 古代魔法文明の遺産であり、王国が代々守り抜いてきた至宝。


 荘厳にして静謐――まるで外の世界から切り離された別天地だった。


 その空気に触れるだけで、胸を締めつけていた恐怖が少しずつ和らいでいく。


「そんなに怯えなくていいわ。ここは歴代ショカルナ公爵家が管轄してきたの。王太子でも手を出せない」


 その言葉に、ララの肩から力が抜けた。


「……ありがとうございます……」


 こらえきれずに涙があふれる。


「王都に来てから、誰かに守られているって思えたのは……これが初めてです……」


 思えば故郷を出てからというもの、緊張の連続だった。

 王宮に入ってからは、侍女長や先輩たちの厳しい“しつけ”に晒され続けてきたのだ。

 張りつめていた心の糸が、音を立てて切れたようだった。


 俯くララに、メイリーンはそっとレースのハンカチを添えてクッキーを差し出す。


「どうぞ、王都の人気店〈ドゥルセ〉の特製クッキーですよ」


 ドゥルセのクッキー。

 ふくよかな香り、ホロホロと口の中で溶ける食感で話題のお菓子。


「えっ……これって数量限定で入手困難の……! 本当にいいんですか?」


 泣いていたことも忘れるくらい驚くララ。


 恐る恐る一口かじると、ふんわりとした甘さが胸いっぱいに広がった。

 張りつめていた心が、少しだけ解けていくような気がする。


 ララの反応に満足げなメイリーンは微笑む。


「辛いときには甘いものが一番。……大丈夫、本には魔法コーティングが施してありますから、飲食で傷む心配はないんです。

 安心してお茶を飲んで、お菓子をつまみながら本を楽しめますよ」


 そう言う彼女の瞳は、確かな安心を約束していた。


「ララ、あなたが望むなら、ここで本と向き合う日々を送ってみてはどうかしら。

 そうすれば――きっと、思いもしなかった発見が待っていますよ」


 ララは涙を拭いながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 その誘いが、これからの運命を大きく動かす始まりになるとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ