第5話
「リュークさん」
「何ですか?ミモリ様」
にっこり微笑まれて美守もにっこりと微笑み返す。
リュークは思ったとおり光太郎に雰囲気が似ていて一緒にいてとても安心する。
リュークを美守付きの騎士にしてくれたミラルダに感謝だ。
ここのところ美守はリュークに文字や言葉、そして歴史などを教わっている。
1つ出来るとリュークも自分のことのように喜んでくれるため美守は頑張ることが出来ているし、教え方も上手いので楽しい。
分からない文字があってリュークを呼ぶと「ここは・・・」と優しく教えてくれる。
この数日で美守はリュークが大好きになっていた。
光太郎にするようにリュークに凭れ掛って自分の腕をリュークの腕に絡める。
すりすりと頭をこすり付けて笑うと、リュークが困ったように笑う。
そんなところまで光太郎にそっくりで、嬉しくて止められない。
「えへへ・・・」
「ミモリ様・・・その、困ります。いえ、嫌ではないんですよ?でもですね・・・」
言うことも一緒。
そして、きっとここで顔を上げて顔を見ようとすれば怒ったフリをして頭を抑えられるに違いない。
思い出してくすくす笑うとリュークは美守を剥がすことを諦めて頭を撫でてくれる。
甘やかされているなぁ・・と思う。
だけどそれが心地よくて止められない。
昔から光太郎だけが甘やかしてくれた。
家は厳しくて誰も甘やかしてなどくれなかったし、クラスメイトもまるで腫れ物に触るかのように美守に接していた。
光太郎以外にこんな人はいなかった。
だから、嬉しい。
(お兄ちゃんが増えたみたい)
光太郎だけが美守にとって、親友で家族で掛け替えの無い存在。
光太郎と離れ離れになって絶望したが、親しい人が増えた。
ファイにミラルダにリュークに・・・まぁ、アランも。
(いつもこぉちゃんに心配させてたけど、私大丈夫だよ。こぉちゃん、私頑張るね)
決意と共に目を閉じる。
今、美守は1人ではない。
ぎゅっと絡めた腕に力を込めた。
「ミモリ様?」
「ふふ、りゅーちゃん大好き!」
リュークを見上げて笑顔で言うと、リュークは真っ赤になって、それから変な顔をした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・りゅーちゃん、ですか?」
「・・・・駄目?」
大きな目を不安気に揺らす美守にリュークはうっと詰まる。
しかし。
「駄目、です」
「え~・・・」と美守が不満気に剥れるが許すわけにはいかない。
リューク・デストーニ、25歳。
容姿端麗で気品があり優雅で優しい彼は貴婦人方にとても人気がある。
そればかりか名誉騎士たる彼はこの国1番の騎士だ。
部下にも慕われ信頼も厚い。
そんな彼でも流石に’りゅーちゃん’と可愛らしく呼ばれることには抵抗があったのだった。
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昼下がりの午後。
ミラルダの休憩時間。
この時間は毎日、美守とミラルダのお茶の時間だ。
今、ミラルダは豪快に笑っている。
朝のリュークとのことを報告した瞬間、笑い出したのだ。
目尻に溜まった涙を拭いつつ楽しげに赤い唇をつりあがらせた。
「あれをりゅーちゃんと呼んだのかえ?ミモリ、そなたやりおるのぉ」
「・・・そんなに変ですか?」
ミラルダに笑われて「う~」と俯くとミラルダがつんつんと美守の頬を突きだす。
「おお?泣くのかえ?ほんにそなたはかわゆいのぉ。ほれほれ泣いてごらん?・・・・・おや、真っ赤になってしまった」
真っ赤になった美守をぎゅっと抱きしめ、まるでペットのように撫でる。
美守もまるで猫かなにかのようにうっとりとミラルダの腕に収まっている。
柔らかい胸に顔を埋めるとまた笑われた。
「そなた女子のくせに胸が好きだな?」
「だって、ミラルダ様の胸、大きくて柔らかくて気持ち良いです!」
「良い香りもします!」と拳を固めて言えば、顔につばが掛かるくらい笑われた。
その反動でミラルダの大きな胸が美守の目の前でぷるんと揺れる。
いいなぁ・・・と眺めているとそれに気づいたらしいミラルダに胸を揉まれた。
「な、なななな何をするんですか!」
「ふむ・・・確かに小さいのぉ」
がん!と分かりやすくショックを受けている間もミラルダは揉み続けている。
揉める程度にはある、はずなのだがミラルダに言われると何も言い返せない。
じわぁ・・・と涙を滲ませるとミラルダが嬉しそうに笑う。
「ほんに、かわゆい・・・」
「ええ、本当に」
「「!!」」
お茶の時間、ミラルダはメイドすら下げて美守と2人きりで楽しんでいた。
そんなお茶会の時間を邪魔する声。
「・・・アラン、何のようじゃ」
「母上、そのような楽し気なことをするなら私も呼んで下さいよ。胸なら私が大きくして差し上げますから」
「近寄るな。嫁入り前の娘にそんなことをさせるものか。わらわが大きくしてやるからそなたは出て行け」
「そんな・・・女性同士で不毛な!!私も参加します!!」
しーんと静まり返ってミラルダと美守は顔を見合わせて頷き合って、アランを無視することに決めた。
「あれ、無視ですか?」とアランは話し出した2人に近寄る。
それでも尚、無視。
アランはうーんと考え、美守がミラルダの胸に触ろうとしているのを見てピンっとひらめく。
「それっ」
がばり!と後ろから美守の胸を鷲掴む。
陶然、「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」と美守は悲鳴をあげた。
その瞬間、ばんっと扉が開いた。
「ミモリ様!ご無事ですか!?」
「いやぁ!やだやだ、離してください!!」
美守の悲鳴を聞きつけて乱入してきたリュークを気にもとめず、美守の小さな胸を揉むアランをその視線だけで人が殺せてしまいそうな勢いで睨みつけた。
「アラン王子!殺します!!」
「リュークさぁん、助けてぇ!」
「ちょっとちょっと、何。その悪からお姫様を助けに来た王子様みたいな駆けつけ方。王子は私だよ?君、ほんとに王子様っぽくてむかつくんだけど」
言いながら美守を抱き込もうとしたアランの頭にスコーン・・とミラルダの煙管があたる。
アランから美守を奪い返したミラルダは「う~」と泣いているう美守を見て思わず笑いそうになって顔を引き締めた。
アランは不満気にミラルダを見るがリュークが今にも剣を抜きそうになっているためにらみ合っている。
「まったく・・・男はこれだから・・・・・・お、そうじゃミモリ。アランも呼んでみるといい」
「えー・・・いやです」
「何故じゃ?あやつも絶対に嫌がると思うぞ?」
「・・・・・・」
じわぁとミモリが泣きそうになってミラルダはきゅぅぅんと胸が高鳴る。
「ほんに、かわゆい・・・」
「・・・そんなに変ですか?りゅーちゃん」
「まぁ、な。見た目にも性格にも合わない。・・・ちなみにわらわだとどうなる?」
「みーちゃん」
「・・・アランだと?」
「あーちゃん」
「・・・・・」
ミラルダが’りゅーちゃん’と呼んだときのリュークと同じ顔をしたため、美守は落ち込んだ。
ミラルダは美守のはにかんだ顔と泣き顔と拗ねた顔が好きだ。
しかし、いつもと違ってズォォォォ・・と何かに吸い込まれそうな落ち込み方に流石にミラルダは焦った。
「い、いや別に良いとは思うが、その皆成人した大人だからな。気恥ずかしいのだ」
「・・・でも、こぉちゃんのことはこぉちゃんって呼んでんです。こぉちゃんだけ、そう呼んでて・・・特別な、呼び方なんです。私にとっては」
しゅーんとしてしまった美守をよしよしと慰めるように撫でていると、部屋が静かになっていることに気づいた。
顔を上げるとアランとリュークがこちらを見ていて顔を顰めた。
「なんだ。あーちゃん、りゅーちゃん」
「・・・母上、やめてください」
アランが思いっきり顔を顰める。
「陛下、それはミモリ様だけの名前です。たとえ陛下であろうともその名で呼ばれたくはありません」
「え・・・」
答えたリュークに反応したのは美守で。
リュークが言った言葉にぱちくりと目を瞬いた。
「え・・・と。今、私ならりゅーちゃんって呼んでも良いって言っているように聞こえたんだけど・・・」
「はい」
「え・・・どうして・・嫌だったんでしょう?」
困惑するように瞳を揺らせばリュークが甘く微笑んだ。
元の世界にいたときから社交はには慣れている。
愛想笑いを浮かべる人々を何人も相手にしてきた。
中には芸能人もいた。
かっこいいな、と思うことはあってもどきどきしたことなどない。
しかし、今のはさすがの美守にも効いた。
首まで真っ赤になる。
そんな美守を見てリュークが優しく微笑み、美守の黒い艶やかな髪にそっと触れる。
「だって、特別なのでしょう?その呼び方は」
「う、うん」
どきどきと胸が高鳴る。
リュークの指が美守の唇に触れた。
「・・・呼んで下さい」
頭から湯気が出そうだ。いや、出ているかもしれない。
リュークの声は艶めいていて、表情には色気があった。
「りゅ・・・りゅーちゃん」
「はい」
今度はにっこり笑って返事をしてくれた。
それが嬉しくてぱぁぁっと笑ってリュークに突撃する。
リュークは不意打ちにも関らず難なくそれを受け止める。
ぎゅーっと抱きついてリュークの顔を見上げると目があってにこっと笑ってくれる。
美守も満開の笑顔を返す。
そして一言。
「りゅーちゃん、大好き!」
「!」
今度はリュークが真っ赤になりにやけそうな口元を手のひらで隠した。
「リューちゃんりゅーちゃんりゅーちゃん!」とリュークを呼び続ける美守に「はい」と律儀に返事をするリュークを不満気に見つめるアランと嬉しげに見つめるミラルダ。
「ふふ、結婚も秒読みかえ?リュークならば名誉騎士だから大丈夫じゃの」
「何なんですか、あれ。それに全然大丈夫じゃありませんよ。私がミモリを貰うんですから」
「嫌われておるのにか?冗談は嫌いだ」
「いえ、冗談なんかじゃ・・・」
こうしてミラルダの休憩時間は終わっていった。
と、言うわけでリュークはりゅーちゃんとなりました!w