第3話
ここからは会話が成り立っていない美守の日本語は『』でいきます。
森を抜ける前に陽が傾いてしまったため、ファイは軽く舌打をした。
野宿をする羽目になったのだ。
美守は柔らかな草の上にそっと下ろされた。
すぐにファイを見上げるがさっと立ち上がりどこかへ行ってしまう。
『え・・・?!』
薄暗い森に1人置いていかれて美守は呆然とした。
おそるおそる辺りを見渡すがやはり森だ。
ここは一体どこなのか。
日本でこんなに深い森はそう多くないはず。
『こ、こぉちゃん・・・・・・こぉちゃん!』
不安になって光太郎を探すように足を引きずり這おうとした、その時。
足首を掴まれて悲鳴をあげてしまった。
振り返ると美守の足首をファイが掴んでいた。
と思えばセーラー服のスカートを捲られて「きゃあ!」とスカートを下ろした。
それでもファイは右足に手を這わせ、美守の太ももを撫でる。
初めは恐怖を感じたが厭らしさを感じさせない優しいその触れ方にびくびくしながらも大人しくしていた。
「・・・痛むか」
『?・・・・ひゃ!』
頬にひやりとした感触があたる。
濡れた黒い布が、ダイヤに打たれた頬に当てられていた。
自分で持つように促され自分で頬を冷やしていると、打ちつけた太ももに薬を塗られ包帯が巻かれていく。
つん、とメンソールのような匂いがした。
『あ・・・まさか、このために?』
「・・・?」
布を濡らすために傍を離れたのか、と納得した。
置いていかれたわけではなかった。
そのことに安心して美守は柔らかく微笑んだ。
『ありがとう』
「・・・?」
言葉が通じないためファイは首をかしげた。
何とかしてお礼を伝えたかった美守は足と頬を指差してファイの頬に親愛を込めて軽くキスをする。
すると、初めてファイの表情が動いた。
驚愕に目を見開き美守を凝視している。
美守はそんなファイを見てまた笑った。
目をぱちくりとさせて美守を見つめるファイ。
美守は自分を指差した。
『私は神宮寺美守と言います』
「ジングゥジ・ミモリ?」
『はい、美守です』
「ミモリ」
ファイは美守を指差し、名を確認する。
そして同じように自身を指差した。
「サファイヤ。ファイだ」
「ファイ」
今度は美守がファイを指差して詠唱する。
にっこりと微笑めばファイはまた不思議そうにしていた。
それが何故か可愛く思えてくすくす笑っていると視界が真っ暗になった。
ファイの黒衣を被せられたのだ。
「寝ろ」
『・・・?』
ファイの黒衣に埋もれて美守は首をかしげた。
ファイは美守を無視してその場に寝転がり目を瞑った。
その行動で「寝ろ」と言われたことを理解した美守は黒衣を掴んでファイに近寄った。
そして黒衣をファイに掛ける。
ファイはぱちっと目を開きつき返してきた。
美守もつき返す。
しばし、沈黙。
ファイは考えて黒衣を元通りに着て美守を抱き寄せて寝転がった。
美守は黒衣から顔だけを出してまるで蓑虫のようだ。
今だかつて光太郎以外の男にこれほど接近したことはない。
初めは居心地悪そうにしていたが、直ぐ後ろでファイの寝息が聞こえて馬鹿らしくなった。
落ち着くと、頭がごちゃごちゃで現実逃避しようとしていることがわかる。
目が覚めて変な場所にいて。
光太郎が美守の知らない言葉を話していて。
ダイヤと言う人がずっと睨んできていて。
元の場所に入れなくて、その視線に侮蔑が混ざった。
頬を打たれて、光太郎と引き離された。
光太郎を探しに行きたい。
でも、無理なことも理解しているのだ。
今まで光太郎が誰かに遅れを取るところを見たことなどなかった。
ファイから逃げるのは無理だし、言葉が分からない美守では説得するのも無理だ。
(どうしたら、いいの・・・・こぉちゃん)
滲み出る涙と嗚咽を我慢しながらも、美守は自分の非力さを嘆いた。
ただ流れに身を任せるしかない情けなくも不甲斐ない自分に。
美守を抱きしめて眠るファイの腕の力が強まった気がしたのはきっと気のせいだろう・・・。
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それからはファイの黒衣を羽織って腕に抱かれたままゆっくりと移動した。
ファイは指を指しながら色々な言葉を教えてくれた。
初めに感じた通り、言葉も文法もフランス語に似ていたので拙いながらも直ぐに言葉を覚えることが出来た。
2日もすればどこかの街に入った。
「持ち合わせがない。しばらくそのままでいろ」
「はい。私、これ、いいです。それより、下ろしてください」
「駄目だ」
足は押さえたら痛い、と言うくらいで決して歩けないわけではなかった。
しかしファイは美守を下ろさない。
重くないのか、と聞くと街の広場で石像を持ち上げて見せられた。
まるでRPGゲームのような町並み。
それに、服も。
それを見て納得した。
美守は異質だ。
足をさらけ出している女性が1人もいない。
こんなところでファイの黒衣を脱いでセーラー服で歩いたら、間違いなく変質者とみなされそうだ。
本来ならば服を買ってやりたいのだが、持ち合わせがないとファイに言われたのだ。
『本当に、異世界なんだ・・・』
「なんだ」
日本語で呟けばファイが無表情に見上げて来る。
しかし心配してくれているのが分かる。
光太郎を連れて行ったのは他でもない、ファイだ。
怖いと思ったけれど、ファイは初めから優しかった。
怪我の負担にならないように抱き上げてくれたり、治療をしてくれたり。
眠るとき寒くないように黒衣を貸してくれたり、言葉を教えてくれたり。
常に無表情だが、美守を見てくれていた。
なんとなくだが感情もわかる。
ファイを嫌いにはなれないし、寧ろ好ましいくらいだ。
「どこ、行く?」
「・・・行けば分かる」
ファイの答えに美守は笑った。
説明するのが面倒くさいのだと分かったから。
ファイは美守が笑うといつも不思議そうにする。
そんなファイが可笑しくて、また笑った。
でも、はたっと止まる。
「ファイ、私、こぉちゃん、会いたい。帰る、ます」
「無理だ」
美守が目に見えてしょんぼりすると、ファイから悲しそうな空気が流れて来る。
言葉がなんとなくわかったころ、ファイが説明してくれたのだ。
光太郎がこの世界の神の子であること。
神殿に入れなかったものは聖域にいる資格すらないこと。
美守は神殿に入れなかった。
・・・美守は聖域に入る資格がない。
つまり光太郎にはもう会えない、そう言うのだ。
初め聞いたときは何を言われたのか分からなかった。
(こぉちゃんに、もう会えない・・・?)
理解した瞬間、涙が止まらなくなった。
ファイが表情を崩しておろおろしていたが、それどころではなかった。
その日は光太郎を呼びながら、疲れて眠るまで泣き続けた。
光太郎は美守の半身と言ってもよかった存在。
光太郎にとっても美守は掛け替えのない存在。
もう会えない。
気が付けばファイの腕に抱かれていた。
朝目覚めた時、あまりにもファイが心配そうにしているから。
本当に無理なんだな、と分かった。
これ以上ファイを困らせるのは嫌だった。
だから美守は笑って「おはよう」と言ったのだ。
美守の目の前に聳え立つのは城砦。
その周りには堀があり水が溜めてある。
ごごごご・・・・と音を立てて橋が下りて来ていた。
その時間、約3分。
どずんっと大きな音を立て、城へと繋がる橋ができる。
美守はぽかーんとそれを見つめていたが、ファイがすたすたと歩くため美守の目に映る視界はどんどん変化していく。
そして、着いたのはまるでイギリス王家の戴冠式に使われていたような、赤い絨毯が敷かれ玉座が設置されている謁見室のような場所。
美守は玉座に座るその人に釘付けになっていた。
玉座に座る王もまた、美守に釘付けになっている。
王は無造作に立ち上がり、一歩、また一歩と美守に近づいてくる。
美守は王から目が逸らせず、近づいてくる王をどきどきしながら見つめていた。
王が美守の顎を掴み、上を向かせる。
その顔は赤く染まっており、目も潤んでいる。
戦慄く唇は濡れていて甘そうだ。
そんな美守に王は妖艶な微笑みを向けた。
息が掛かるぐらい近くに顔が来る。
「そなた、名は?」
「あ・・・じ、神宮寺美守です・・・美守と呼んでください・・・」
「そう、ミモリ」
名前を呼んだ瞬間小さく震えた美守を愛おし気に見つめた王。
かっこよくて思わずぽーっと見上げてしまう。
そんな美守の表情に満足したように息を吐き、美守の隣に跪くファイに冷えた視線を投げかけた。
「・・・宝石が何のようだ?」
「・・・事前に文を渡したはずですが」
ファイの言葉に王はふんっと鼻を鳴らす。
「わかっておるわ。・・・宝石の言う事を聞くのは嫌だったが・・・このようにかわゆい女子ならば話は別。承諾しよう」
王の言葉にファイは目を伏せることで礼を示す。
また鼻を鳴らし、不機嫌を露にするが美守が見つめているのを見てまた嫣然と微笑んだ。
「ミラルダ。神剣国と呼ばれるこの国の王じゃ」
王の声は謁見室に響き渡り、美守の脊髄を甘く震わせた。
王は小さく震えた美守を我慢できないとでも言うように抱きしめた。
大きな胸に圧迫される。
いい香りがする。
「ほんに、かわゆいのぉ・・・名を呼ぶことを許そう」
「はい・・・ミラルダ様・・・」
美守は嫣然と微笑むその人の虜になってしまった。
・・・そう、ミラルダ女王陛下に。
え~っと、GLにはなりませんww
安心してくださいww