第28話
「……さぁ、それをこちらへ」
「っ」
光太郎は柔らかな微笑みをこちらに向け、手を差し伸べてくる。
足下のフローディアはただがたがたと怯え、這いずり後退しようとするが震えで大した距離はとれていない。
動けないでいるクラウと怯えるフローディアを見て、ふふっと笑みを零すと自ら脚を進める。
一歩、また一歩と近づく光太郎がクラウには力の固まりのように感じ重く伸し掛った。
光太郎は敵ではない。
……味方でもない。
……否、美守を取り合う恋敵ではあるのか。
しかし今クラウの足下で震えるのは美守ではない。
取り戻そうにも取り戻せず、クラウの当面の敵は女神・フローディアなのだ。
重力に負け、膝を着きそうになるのをぐっとこらえる。
嫌な汗が額を伝い、顎から落ちる。
愛剣に手をかけ、いつでも反撃できるよう構えるが……正直、今の得体の知れない光太郎に勝ち目があるのかわからない。
しかしクラウは王である。
屈する事は決してない。
チャキ……とクラウの双剣が鳴る。
(抜くしかない、か)
すっと目を細め感情を殺す。
剣を鞘から出す、その手を止める者がいた。
自分の手に添えられた、細く小さな手。
「「…………」」
光太郎が歩みを止め、クラウが凝視した。
光の宿った、意思を持つ瞳。
怒気を孕んだ表情。
先ほどまでの震えはない。
「こぉちゃん、やめて」
鈴が鳴るようなこの緊張を孕んだ場に相応しくない声。
「……美、守?」
光太郎が驚愕に目を見開きフローディアに問う。
クラウも光太郎のその言葉に驚きを隠せずに、しかし確信を持って自分の手に添えられている手を取った。
にこりと微笑み、是を示す美守。
「……どうして……美守は消えたはずなのに」
「消えてないわ」
訳が分からないと光太郎が困惑する。
「こぉちゃん、もういいんだよ」
「な、にが……」
「……」
光太郎に歩み寄ろうとした美守を引き止める手。
行くな、と瞳が物語っている。
……怯えているような、すがっているようにも見える。
驚き、そして笑みを深める。
引き止める手を握り返してぎゅっとクラウを抱きしめる。
抱きつくのではなく、大きく、包み込むように。
「……大丈夫です」
「……」
信じて、と囁けばクラウも腕を回し包容を固くする。
その手をほどけば、今度はクラウも手を離した。
振り返れば光太郎が未だ困惑していた。
「こぉちゃん、もういいんだよ。一人で頑張らないで」
「だから、何言ってるの……」
手を伸ばせばびくりと跳ねる。
そのことが悲しくて、切なくて。
美守は構わず光太郎の頭をかき抱く。
「残りは、私が引き受けるからっ……! これ以上、しないでっ! こぉちゃんが、こぉちゃんじゃ無くなっちゃうよっ……!」
「でも」
「駄目なのっ!」
「……」
美守の瞳から、涙が溢れだす。
「私には選べないっ……! 私は、私は。クラウ様が好き。大好き。でも、こぉちゃんも大好きなんだもの」
「美守……」
「こぉちゃん…………光太郎お兄ちゃん」
「……」
光太郎が寂しそうに微笑む。
「だって、こぉちゃんは私にとって家族なんだもの」
切っても切れない、親愛の絆。
ただひたすら無条件に愛している。
何をされても、何を言われても、嫌う事などできない。
切り離す事など不可能。
「大好きなんだもん……お兄ちゃん」
「……うん」
光太郎の表情が泣きそうに歪む。
「でもね、美守。俺は……」
ぼろりと大粒の涙が光太郎の頬を伝う。
美守も泣いて、光太郎も同じだけ泣く。
「違うの、ちが……こぉちゃんがいいの……今のこぉちゃんが大好きなのっ……」
「でも、でもね……美守、み、もり。俺、俺……」
小さな手で光太郎の頬を包み込めば涙がいくつも当たる。
その手を掴み、光太郎は尚泣きじゃくる。
震える声で、美守は叫ぶ。
「お願いっ……! フローディアに……神様にならないでっ……!」




