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おまけのお姫様  作者: 小宵
Ⅲ:狂気の螺旋
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第26話

 

 光太郎とフローディアが部屋に籠ってから二日が過ぎた。

 ダイヤは部屋の前を行ったり来たりとやきもきしていた。

 今にも神剣国の軍勢が迫ってこようとしている。

 意思を持つ植物によってその進行速度は極めて遅いが、それでも確実に迫って来ている。

 こんなことは未だかつて前例がなく、ダイヤは神の教えを乞いたかった。

 なぜなら、神殿は戦力を持たない。

 言わば神剣国こそが神殿の戦力なのに、その戦力が牙をむく。

 盾で護ろうにも、神盾国の王・クラウと連絡が取れず、神盾国はクラウの決断なしに神殿の救済に当たるか否かで時間がかかって間に合わない。

 神殿にかろうじている戦力と言えばサファイア率いる暗殺部隊ぐらいなものだ。

 数などたかが知れている。

 ダイヤはぐっと決意を固め、勢いよく扉を開いた。

 

「わっ、我が君っ!」


 声が震え、裏返る。

 トパーズやエメラルドのように瞬間的に殺されてもおかしくはない。

 なにせ相手は神。

 神とは我ら生命の創造主。

 逆らう事を赦されず、崇め奉るべき存在。

 

 光太郎やフローディアから何も反応がなく、恐る恐る顏を上げればぐったりと光太郎に寄りかかるフローディアがいた。

 光太郎はいつにもまして神々しく輝き、自身の脚に顏を伏せているフローディアの髪を何度も何度も撫で続ける。

 

「フローディア、もう一度」

「……る」

「聞こえない」

「あ、……」


 何をしているのか、ダイヤには分からない。

 だがフローディアが疲弊しているのは見て取れる。

 

「あ、あの我が君」

「なに?」

「は……?」


 黙れ、うるさい、死ねとダイヤが話しかければ冷たく返して来た光太郎が、にっこりと微笑みを浮かべながら、ダイヤに向って小首をかしげたのだ。

 ダイヤはぽかんと口を開けその微笑にしばし見入る。

 その笑顔で死ねると思うほどに幸福に満ち足りた。

 

「ダイヤ……? どうしたの、なに?」

「はっ!」


 もう一度優しく声を掛けられて我に帰る。

 

「い、いえ……あの、神剣国の軍勢が……」


「ああ、そんなこと」と光太郎はくすくすと笑みをこぼす。

 

「わざわざ知らせてくれて、ありがとうダイヤ」

「は!? ……はい……! ……?」


 先ほどから光太郎は笑みを零すばかり。

 

「大丈夫だよ、放っておいて。俺が迎えるから」

「いや、しかし……はい」


 なんだろう……光太郎から溢れるこの神々しさは。

 今までよりもさらに神気が増している気がする。

 文献によれば歴代の神子達は神に近づき、やがて神に召されるとされている。

 光太郎もその時期が近づいているのだろうか?

 有無を言わせない迫力がダイヤの口を閉ざさせる。


「……大丈夫。全ては俺と、この子で終わらせるから」


 さらりと艶やかな黒髪を撫でる光太郎はどこまでも慈愛を含んでいた。






+++



 


 神殿に近づくほど植物の蔦が複雑に入り組んでいる。

 しかし、軍勢は無理でも人一人が容易く入れる弛みがいくつもあった。

 愛馬を近くの茂みに待機させ、クラウは蔦の間をくぐり抜けていく。

 邪魔なマントを脱ぎ捨て、二本の愛剣を腰に携え軽々と上へと登る。

 神殿への入り口は蠢く蔦が護っており、近づく事は良策でではない。

 ならばこの入り組んだ蔦を利用して窓から侵入するのみ。


(まさかこの俺がこのような真似をすることになろうとは)


 まるで盗賊にでもなったようだと口角をわずかに上げる。

 普段から鍛えているクラウにとってこのような障害は障害にならない。

 なんなく窓から侵入を果たしたクラウは気配を殺しつつ、神殿の中を探る。

 何年も放置されたように、石造りの神殿はひび割れ、その間からは植物が芽吹いている。

 下では神官達もいたはずなのに手入れが行き届いていないのかと思ったが、どうやら奥に行けば行くほど廃屋のようにぼろぼろになっている。

 それを辿っていけば一つの部屋に辿り着いた。

 廊下のぼろぼろ具合が信じられないほど整理の行き届いただだ広い部屋。

 先ほどまで人がいたのか寝台が乱れている。

 

「……」


 寝台の横にある棚の上に割れたグラスが置かれていた。

 しかし割れた破片は全て集められているようで、一つ一つくっつければ元の形に戻りそうだ。

 しかしそれはくっ付けられればの話。

 どんな職人であろうとも、同じものには……元通りには戻せない。

 

 壊れたものは、元には戻せない。


 戻らない。


 では、美守は?


 ぐちゃぐちゃに壊れて、もう元には戻らない? ……戻せない?


 そんなこと。


「……あってたまるか」


 同じには戻せないかもしれない。

 しかし、形は違えども戻るものもあるはずだ。

 

 少しでも可能性があるならば。


 己の立場を捨てて、ただの男にだってなってやる。


 傍にいて、護り抜く事を誓ったはずだったのだ。


 傍を離れ、一人、藻掻き苦しむようなことをさせてしまった。


 

 消えたなど、嘘だ。



「ミモリっ……」


 喉から絞り出す声は悲痛。

 いてもたってもいられなくなり、その部屋を飛び出し、さらに奥へと進む。

 奥へ、奥へ……。


「……」


 はぁはぁ、と乱れた息づかいと何者かがこちらに向って走ってくる気配を感じ、柱の陰に身を寄せ腰の剣に手を掛ける。


「はぁ、はっ……はぁ」

「!」  

  

 現れたのは、漆黒のまっすぐと伸びた長髪を振り乱し青みがかった黒目を涙に濡らした美守。

 がりがりに痩せ衰え、裸足で一心不乱に走っている。

 愛しい想い人の憐れな姿に胸を痛めつつも、中に入っているであろうフローディアを警戒してクラウはそのまま様子をうかがう。

 

「どこか、どこかに隠れなければ……逃げなければ……」


 美守の形をしたそれ……女神は涙に濡れた顏を拭こうともせず、きょろきょろと必死に隠れられる場所を探す。


「くそっ! くそっ! 何故だ! 何故……!」


 女神が何度も腕を振る。

 ぼろぼろと涙をこぼす。


「こんなはずでは……」


 わからない、わからない……と女神は呟き、自身の身体を抱きしめる。

 今にも崩れ落ちそうなその様に、クラウは思わず一歩踏み出していた。


「!」


 大きく見開かれた女神の瞳。


 鬼気迫った迫力で視界に捕らえたクラウに縋り付いて来た。





「わらわを、助けろっ!」





 意味が分からず、ぐっと眉間に皺が寄る。



「早う、わらわを、わらわをここから……!」

「何を、言って」



 弱々しく腕を揺さぶられしばらく混乱していたが、クラウはあり得ない気配にぞっと背筋を冷気が駆け抜けた。

 あり得ないほどの威圧感。

 気配のみで顏も上げられないほどの重力を感じる。

 

「ひっ……!」


 がたがたと震えだす女神。

 クラウは冷や汗を掻きながら、首を、上げた。





「もう……どこにいくつもり?」

「う……あ……」



 女神はクラウの足下へへたりこみがくがくと震えている。

 クラウは目の前の存在に息をのむばかりだ。

 つっと目が合う。



「……ふぅん? やっぱりクラウもいるんじゃないか」

「っ……!」


 その一言で膝が床に着きそうになる。

 

(なんだ、この威圧感は……)


 

「ゆ……赦してくれ、赦してくれ……光太郎っ……」


 震える声で女神がその人……光太郎に赦しを請う。


(やはり、神子なのか……? しかし、この短期間でまるで別人ではないかっ……!)


 姿形は同じだ。


 しかし、今までとは違う何かがそこにはいた。



「駄目だよ、フローディア。まだ終わっていないんだから」

「嫌だ……い、や」


 がくがくと震え、女神はクラウの脚に縋り付いた。

 光太郎がぴくりと頬を動かし、クラウを見た。

 その瞳からは何の感情も見つけられない。

 すっと光太郎が手を伸ばす。



「フローディアをこちらに渡して頂けませんか? クラウ陛下」












 


 

   



 

 


 




 

 

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