第25話(光太郎視点)
神剣国が攻め入る理由。
それは戦いを求めているからだ。
戦える理由さえあればどこへでも馳せ参じる、そう言うお国柄なのだ。
王自ら先陣を切っての出陣は揺るぎない自信あってこそ。
深紅の鎧を纏ったミラルダはいつもの妖婉さはどこへやら、雄々しい笑みを浮かべ愛馬に股がっている。
「久々の戦じゃぁぁぁぁ!」と叫んだ時はまたか、と思ったがミラルダは戦場に居てこそ輝く深紅の薔薇なのだ。
このミラルダに、神剣国誰もが心からの忠誠を誓う。
理由はどうあれ、皆戦いを求め、強者に惹かれる。
中にはもちろん反対する者も居る。
理由なき戦いは無意味だと。
しかし行動に移す者は一人も居ない。
誰もが自国の勝利を信じて疑わないから。
高慢なる神の剣・神剣国。
そんな神剣国が今、神に背こうとしている。
恐れ多いことだ。
罪深いことだ。
武器が、持ち手に歯向かうなど。
しかしミラルダは言う。
「我らは誇り高き神の剣である! 古より続く神の系譜! 我らを従える事のできる者、それ即ち至高の存在也! 神とは何ぞ? 神とは尊崇され畏怖される存在! しかし! 今代の神子は何だ? 常に神殿で神に祈るでもなく、神に身を捧げるでもなく、寵姫を作り、市井を歩き回る! 神子とは何ぞ? 我らが仕えるべき存在たるか? 我らが仕えるのは我らが認めし至高の存在である!確かめるのだ! 仕えるに足る存在なのかを!」と。
「……これだから戦うしか能のない剣の国は」
自身の我が侭で、国を動かすミラルダ。
しかし、為政者とはこうであるべきなのかもしれない。
渓谷を行くミラルダの精鋭部隊を見つめ、共に行きたいと懇願したロトを置いて一人飛び出して来たクラウは愛馬の背を優しく撫でた。
両国の王が目指すのは彩雲に包まれ、何とも幻想的に霞がかっている神殿。
そう、この渓谷を超えた先にある神子を祭る神殿なのだ。
『今この時をもって、我らは確かめるのだ!至高の存在たるかを!』
うおおおー!! と野太い雄叫びがミラルダの声に続く。
渓谷の中で反響してうるさい事この上ない。
重々しい軍勢を横目に一人身軽なクラウは馬を走らせた。
+++
すっと目を細めた光太郎。
手を伸ばし、くるくると指をまわせば大木のような蔓が伸びていき、渓谷の終わりに壁ができあがる。
先ほど聞こえてきた雄叫びと地鳴り、そしてファイの報告から神剣国の行く手を阻む事にした。
どうでもいい相手の為に動力を裂く事はない。
返り討ちにしてくれる。
「ここまで辿り着ければ、の話だけれど」
これで仕舞いだ、とでも言うように光太郎は寝台に戻りぐったりと横たわっている美守……いや、フローディアの艶やかな黒髪を撫で、笑いかける。
すり寄るフローディア。
(ああ、本当に、なんて……)
すり寄るフローディアの細い首筋を辿り、うなじに触れる。
片手で覆えるほどの首。
くっと力が入る。
「っ……、こ、ぉちゃ……! く、るし!」
「ぁあ……ごめんね、つい」
けほけほ咳き込むフローティアを見下ろし、先ほどその首を思い切り締めていた手を見る。
別に光太郎の手が特別大きい訳ではない。
女の首のなんと細いことか。
やろうと思えば片手で殺せてしまうだろう。
「こぉちゃん?」
きょとん、と大きな瞳を丸くさせて光太郎を見上げるフローディアは可愛くも美しい。
先ほど首を絞められたと言うのに警戒心がまるでない。
光太郎が自分を殺すなどありえないと信じきっている。
……いや、自分に殺意を抱く者がいることさえありえないと考えていないのだろう。
そんな愚かな女神に慈悲深い笑みを向ける。
「出てって」
「え?」
聞き返すフローディアに、今度は笑みを消して言う。
「出てけって言ったんだ。一人にしてくれ」
「いやだ」
「ん?」
「……わかった」
光太郎がにっこりと笑えば、フローディアは怯え、渋々と言った風に頷き部屋から出て行く。
部屋を出た瞬間、咆哮が聞こえ建物が軋む音がしたが気にしない。
そのままフローディアが寝ていた寝台に倒れ込む。
顏を傾け、窓の傍にある棚を見つめる。
一番上の引き出しには美守の指輪。
そして未だ上に置かれたままの決して完全に戻る事のない割れたグラス。
「愛おしい」
でも
「憎い」
…………。
「ふ、ふふ……くははははははははははははははははは!!」
狂ったように、笑う。
「くっ……はは! はは……いや、そうじゃない……違う! ……違うんだ、違う、……違う」
ぽろり、と溢れる大きな雫。
「美守」
そうだ、美守。
「俺が、俺である証」
ただそれだけが事実だったのに、自分でそれを壊した。
美守はもういない。
だったら。
「俺が俺である意味があるのか……?」
もう、殺されても良いのではないだろうか?
もう、居なくなっても良いのではないだろうか?
「そうだ、もう意味なんてない」
何度も、何度も考えた。
しかし行き着く結果は一つ。
「…………?」
ふと、先ほどの怯えたフローディアを思い出した。
ゆっくりと起き上がり、自身の手を、足を、身体を見る。
手を動かし、その動きを目で追う。
「……」
目線は未だ暴れているフローディアが居る廊下へ。
「フローディア」
「!」
呼べばおずおずと扉を開け、慎重に寄ってくる。
にこっと微笑めば、ばっと表情を明るくして胸に飛び込んで来た。
まるで犬だ。
小さな顏を両手で包み込み顏を上げさせその大きな瞳をじっと見つめる。
「……」
「どうしたの? こぉちゃん」
「いや……なんでもないよ」
「? へんなの……ふふ」
目を見て、口付けてやるだけでフローディアは嬉しそうに笑う。
「!」
「ん……こぉ、ちゃ」
驚いて、今度は深く口付ける。
とろりと蕩けたような表情のフローディアを見て、カチリ、と当てはまった。
「は……そういうこと」
「こぉちゃん……?」
膝の裏を掬い上げて抱き上げると寝台へ投げ出す。
いつものように組み伏せるように伸し掛ればフローディアは光太郎を求めるように白く細い二本の腕を伸ばしてくる。
それを遮って、光太郎はフローディアを貪った───。