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おまけのお姫様  作者: 小宵
Ⅲ:狂気の螺旋
22/29

第22話(光太郎視点)

 寝返りを打てば温かい柔らかなものが隣にあった。

 親しんだそれを無意識に引き寄せ抱きしめる。

 眼を閉じたまま彼女の香を吸い込むように深呼吸をして吐き出す息と共に声を発する。


「……おかえり、美守。楽しかった?」

「ただいま、こぉちゃん」


 にっこりと微笑む美守は美しくも神々しい。

 まるで真綿で首を絞められているかのような錯覚を覚えながら、光太郎は美守をさらに力強く抱きしめた。

 

「……ね、美守」

「なぁに?」


 光太郎が浮かべるのは泣き笑い。

 自分でもどうしたいのか、わからない。


「こぉちゃん……」


 抱きしめていたはずなのに、逆に抱きしめられる。

 美守の胸に顔を埋めるようにすがり付けば香るのはむせ返るような薔薇の匂い。

 吐き気がした。

 それでも。


「……美守、どこにも行くな」

「行かないよ? こぉちゃんの傍に、ずっといるよ」


 望んだ答えが煩わしい。

 こんなの美守じゃない、と分かっているのに手放すことができない。

 熱の篭った美守の瞳はいつもの青が入り混じった澄んだ瞳ではなく、金色に輝いている。

 美守なのに、美守じゃない。

 

 一年前、自分が望んだはずだった。

 

 なのに、どうしてこんなにも虚しいんだろう。

 不安で歪んだ心が一年前よりも大きくなってしまった気がする。

 


 一年前、優等生の仮面で覆い隠していた本性がむき出しになったあの時から。







++++++




「ね、フローディア」

『なんだ?』


 美しい髪を梳かしながら……いや、梳かすフリをしながらフローディアを愛でる。

 梳かそうとしても触れられないのだから仕方が無い。

 光太郎からフローディアに触れることはできない。

 しかし、フローディアは違う。

 ……光太郎の魂に直接触れるのだ。

 身体の接触は無い。

 冷気のような威圧感を感じ、肌が泡立つが肌と肌の接触はできない。

 その代わりフローディアは光太郎の魂を、精神をかき回し、かき乱す。

 それは想像もできないほどの快感をもたらし、そして想像もできないほどの不快感をもたらす。

 

 だるそうに、しかし嬉しそうに光太郎に手を伸ばすフローディアの手を取る。

 触れるように感じるのはフローディアの大きすぎる神気のため。

 大きな空気の塊に触れているような間隔だ。


「愛してるよ」

『……わらわもだよ、光太郎』


 ふわり、と嬉しそうに微笑むフローディアはどこまでも神々しく輝いている。

 そんなフローディアを眩しげに見つめ、光太郎は影をおとした。


「でもね、フローディア。俺と君では結ばれることはできない」

『どうして? わらわと光太郎は溶け込んでおろう?』


 実際、フローディアは光太郎の中に住み、光太郎に力の全てを委ね、光太郎の魂を包み込むようにしている。

 不思議そうに首を傾げるフローディアを見つめ、光太郎は首を横に振った。


「……君は、それでいいかもしれない。でも俺は人間なんだ」


 頭に疑問符を浮かべるフローディア。


「いくら君を愛おしく思おうとも、俺は人間なんだ。……今の君では満足できない」

『…………』

「人肌が、恋しい」

『……わらわに、どうしろというのだ』


 やっと光太郎の言いたいことを少し理解したらしいフローディアが不穏な空気を漂わせる。

 少し不機嫌になっただけで、大気が動く。

 ぴりぴりと肌に刺激を感じながらも、光太郎は笑顔を浮かべた。


「君に触れたい。だってそうだろう? 君は俺の女神なんだから」

『光太郎……』


 軽く目を見開き、そして微笑みを向けながら腕を伸ばしてきたフローディアの腕を避け、光太郎は俯いた。

 覗きこんできたフローディアと目があって、苦しげに顔を歪めた。


「フローディア、君は人間をどこまで理解している?」

『?』


 意味が分からない、と言ったふうなフローディアに光太郎はため息を吐く。


「君を愛おしいと思うよ。でも俺には他にも愛している人がいるんだ。……怒らないでくれないか。人間とはそう言うものなんだ。恋人はもちろんのこと、家族や幼馴染、友達……意味の変わる愛がたくさんあるんだ。人間は一人では生きていけない。もちろん二人でも駄目だ。生きている人間全てが、接触があろうとなかろうと、助け合い、利用しあって生きている」

『……』

「君だけでは生きていけない。そう言う生き物なんだ」

『……』


 少し考える仕草をしてフローディアは厳しい目で光太郎を射抜くような目線を向ける。


『人外では、神では少しの足しにもならないというのか』

「そうだよ」

『……でも、愛していると』

「そうだね、でも満たされない」


 嫣然と微笑む光太郎にフローディアは泣きそうな顔をした。

 では自分はどうすればいいのかと不安げなフローディアを見て、光太郎は更に笑みを深める。

 

「だからさ、人間になってよ」


 滑らかに見えるその肌に手を沿わせながら光太郎がそう言うと、フローディアは目を見開き、瞳孔のない金色の瞳からぼろりと涙を流した。

 その姿があまりにも愛おしくて、美しくて。

 もっと追い詰めたくなった。


「フローディア、聞いてる? それとも嫌なの? ……そう、俺のことを好きだなんて嘘なんだ」

『ち、違う!』


 神でも涙を流すのだな、と今更ながらに思う。

 もっと、もっと泣けばいい。


『こ、光太郎は、わらわに消滅しろと言うのか……?!』


 真珠のような涙を零す女神は美しくも儚く、愛おしい。

 涙を拾い集めながら、光太郎はなおフローディアを追い詰めた。


「どうして、隠すのかな。やっぱり俺のこと嫌いなんだ。君は口だけだね、残念だよ」

『!』


 光太郎に同化し、力を与えたフローディアは余りにも無防備だった。

 心を光太郎にさらけ出し、力を光太郎に与えた。

 それは’加護’などではなく、フローディアが自分の力を切り離したもので今では完璧に光太郎のものだ。

 フローディアの心も、フローディアの力も……全て把握済みだ。

 確かに、神が人間になると言う事はこの世から消滅し、その塵が人に転生できるかもしれない、という確率の低い……しかも記憶や力も全て無くなることを意味している。 

 人間に転生できたとしても、それは’塵’であってフローディアそのものではない。

 

 光太郎が自分の力を、心を、特性を把握されているとは……そしてそれを利用するとは思ってもみないフローディアはただただ、純粋に苦しげに顔を歪める。


「……俺に同化できたんだから、他の人にも同化できるんじゃない?」

『光太郎以外の人間に同化するなどと、おぞましい』

「そ。じゃあ、もう君とは一緒に居られないね」

『!?』


 女神を手玉にとる光太郎はまさに悪魔のようだった。

 わがままな言葉でフローディアを振り回し、悩ませる。

 光太郎の突き放した言い方に、フォローディアは苦しげな表情を浮かべ妥協する。


『……では、あの女で我慢しよう。コーラルとか言ったか』

「それじゃあ俺がいやだ。いくら中身が君だとしても触れることはできない」

『何故だ!?』

「こちらの世界がキライだから」


 こちらの世界の人間なんてごめんだ。

 

「……ねぇ、君わかっている? 俺を勝手にこんな世界に連れてきて。唯一の同胞だった美守からも引き離して俺を孤独にした」

『わらわがおるだろうっ』


 フローディアの感情に任せて大気が動く。

 しかし。


『!?』


 光太郎が手を伸ばせばそれが沈静化された。

 フローディアは目を見開き、光太郎を凝視する。


「ふぅん? 慣れたら簡単だな」

『なっ……いくら光太郎といえど、わらわの力を抑えるなどとっ』

「できるよ。だって君はいつも乱れているから」


 神だというのに子供のように癇癪を起こし、気を乱れさせる。

 静こそ、武道に……戦うのに一番必要なこと。

 冷静に相手を見極め、平常心を保つ。

 今までの自分はどうかしていた。

 異世界と言うイレギュラーに心乱され、女神と言う至高の存在に圧倒され怯え、目の前で人が傷つき平常心を保っていられなかった。

 光太郎は武道に順ずる柳川羅家の男児。

 生まれたときからずっと叩き込まれてきたはずのことなのに。

 今までの自分が恥ずかしい。

 

 何故言いなりになっていた?

 何故恐れていた?


 見下ろすように見つめたさきのフローディアはびくりと怯えたように震えた。

 自然、口角が上がる。


 今までの人間となんら変わらない。

 神だと言っても、感情があるならば、簡単だ。

 飴と鞭を使い分ければいい。


「ねぇ、フローディア。俺は美守が好きだよ」

『!!』


 途端、鬼の形相となったフローディアを笑う。

 

「君が、美守になってよ。君が俺の恋人であり家族であり友達になればいい」

『……?』


 フローディアは困惑しつつも光太郎の伸ばしてきた手を受け入れている。

 ぐっと顔を近づけて耳元で誘惑する。


「……君が、人間にとって、俺にとって必要な全てになればいい」

『…………』

「俺が欲しくないの?」

『……いいだろう』


 しかめっ面をしながらも満更でもないのが伝わって来る。

 ふわりと浮いたフローディアを両手を挙げて送り出す。


「行っておいで、俺のフローディア」


 にっと笑いフローディアは光太郎の腕の中で光の粒子なった。

 向かう先は神剣国。

 

「そして、帰ってきて。……俺の美守」


 ほの暗い薄闇に心が溶け込んで漆黒になりそうだ。

 それでも罪悪感などない。

 後悔もしない。

 奪われたものを取り返すだけだ。

 

 フローディアがいなくなってがらんとした部屋。

 真っ白で物の少ない部屋はとても冷たく感じる。

 そんな部屋にある大きな机の一番下の引き出しを開けると、手に収まる小さな箱を取り出した。

 開けるとそこにはハートをモチーフにした婚約指輪。

 光太郎は小さくキスを落とすとそれは淡い光を帯びた。

 何度もそれを撫でてひたと見つめる。

 

「美守……俺の、半身」


 早く、俺の傍に戻ってきておくれ。

 

「フローディア、愛しい人」


 愚かな俺の可愛い女神。


 箱をそのままに窓辺へ近寄り、淵にもたれかかる。

 月には雲がかかり、暗闇が広がっている。

 

 まるで今の俺の心のようだな、と光太郎は無表情に思った。






  


 


 

 


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