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おまけのお姫様  作者: 小宵
Ⅲ:狂気の螺旋
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第20話

第二章はクラウが主人公……かもしれない。

どうなんだろう。

 屋台が並び、にぎやかな通りにフードを深く被った光太郎と美守はいた。

 光太郎は美守の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていたはずなのに美守は息を荒くしている。

 心配するように光太郎に覗き込まれて美守は怯えたように震え、一歩後ずさった。

 光太郎は困ったように笑ってそんな美守の腕を掴む。

 

「ほら、あれ見て。美守にすごく似合いそうだよ」

「……」


 色とりどりの髪飾りが並んだ屋台を指差すが美守は俯いたまま、光太郎に掴まれた手首をじっと見つめるだけだった。

 

「気に入らない? じゃあ、あれは? 何かしてるみたいだよ」

「……」


 何を話しかけても美守はただ、掴まれたその手を見ている。

 

「美守?」

「……」

「楽しくない? もう帰る?」

「……!」


 下を向いたままの美守を覗き込めば、驚いたのか大きく目を見開きそしてくしゃりと顔を歪ませた。

 ぽろぽろと雨のように涙が零れた。

 小さな顔を両手で包み込み、濡れた頬に口付けを繰り返す。

 ぎゅっと抱きしめても美守の震えも涙も止まることは無い。

 力なく光太郎の胸に凭れかかる美守。

 目の前の光太郎の胸を押して離れようとするがびくともしなかった。

 逆に頭を抱え込まれ顔を光太郎の胸に押し付ける形となる。

 ひぃっく……と大きく美守がしゃくりあげた。


「……こぉちゃん」

「ん?」


 美守を慰めるように動く手も優しい声も、昔から何一つ変わっていないのに。


「……私、どうしてここにいるの?」


 どうして、こんなにも不安なんだろう─────。





+++++++








 深いため息を吐いて、椅子に深く座り込む。

 街は今頃賑わっていることだろう。処理した書類を控えていた官吏に渡せば、何を言わずとも机に置かれた紅茶。

 口をつければふわりと芳醇な香が鼻を擽る。

 紅茶の表面に写った自分の顔が余りにも酷くて笑ってしまう。


「未練がましいことだな。まだまだ鍛錬が足らんようだ」

「……それ以上強くなられては我々の立場がございません」


 紅茶のおかわりを注ぎながら侍従のロトが本当に困ったような顔をした。

 それもそのはず。

 王たるクラウに仕えるのはもちろんのこと、護衛も兼ねているのだがその護衛達よりもクラウは強い。

 身体を鍛えるのが趣味のようなものだから仕方ないのかもしれないが、護るべき相手に護られてしまわないように必死なのだ。


「ちょうど身体を動かしたいと思っていた。今から稽古をつけてやる」

「……ぜひに」


 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに答えたロトに向かって笑みを向ける。

 立ち上がればさっとマントを掛けられ扉が開かれ、鍛錬場へ向かおうと一歩を踏み出した瞬間、小さな衝撃を腹に受けた。

 誰かがぶつかったらしく「きゃっ」と悲鳴が聞こえ、目線を下げれば漆黒の艶やかな髪が目に飛び込んだ。

 続いてばらばらと散らばる色とりどりの球体。

「あ……」とか細い声を漏らし、美守は散らばった飴玉をわたわたと拾い始めた。

 泣きそうになりながら必死に飴玉を拾う美守が哀れで小さく息を吐いてクラウも身を屈め、飴玉を一つ一つ拾う。

 一つ二つと拾い集めたところで、さっと散らばったはずの全ての飴玉がクラウの前に差し出された。

 何も言わずとも行動する優秀な侍従にゆったりと微笑みを向け飴玉を全て受け取る。

 そしてまだ膝をついたままの美守に向き直る。


「……何を呆けている。ほら、これで全部だ」

「え、あ……あの……」

「いいから早く手を出せ」

「あ、はい」


 クラウの片手に収まっていた色とりどりの飴玉は美守の両手いっぱいに収まった。

 それを見届けて立ち上がったのだが美守は飴玉を見つめたまま涙ぐんでいる。

 クラウは思いっきり眉を寄せて、いつまでも座り込んだままの美守を見下ろす。


「言いたいことがあるならばはっきり言えと以前言わなかったか? それにいつまで床に座り込んでいるつもりだ。さっさと立て」

「あ……!」

「零すなよ」


 両手の飴玉が零れないように気をつけながら美守の腕を引いて立てらせると、どこから取り出したのかロトがハンカチを差し出し、それに飴玉を包んでしまう。

 ドレスの裾や掌を払い、美守の身だしなみを整えさせると納得したように一度頷き、再びクラウの後ろに下がった。

 目をぱちくりとさせている美守の頬に触れようと手を伸ばしかけたが、途中で思いとどまり降ろす。

 マントをなびかせその隣をすり抜け、そのまま通り過ぎた。

 かつかつと廊下にクラウの足音だけが響いている。


「……よろしのですか? 泣いていらっしゃいますよ」

「俺にはもう関係ない」

「そんな顔をなさっているのに、ですか?」

「……」

「……申し訳ありません。出すぎたまねを」


 ギロリと睨めばロトはすぐに下がった。

 しかしそのせいで、後ろを見てしまった。

 

 震える小さな身体。


 嗚咽を漏らしているのか時折大きく肩が不自然に上がる。

 

 今すぐこの腕の中で慰めの言葉をかけ、声をあげて泣かせてやりたい。

 あんな風に、感情を閉じ込めるような泣き方をさせたくはない。

 

(……しかし、あれはもう俺の手を離れてしまった)


 美守は結局光太郎を選び、クラウを捨てたのだ。

 自分を捨てた女など、慰めてやる必要などない。優しくしてやるいわれも無い。

 そのはずなのに。


(……やはり、未練がましい)


 一年経った今でも、この愛おしさは留まることを知らない。

 たとえ他人のものになろうともクラウは美守を心から愛おしいと思い、守ってやりたいと思う。


 たった一度だけ重ねた肌のぬくもりは今でも忘れることはない。

 この腕の中で柔らかく微笑み、何度も何度もクラウにキスをねだってきた可愛らしさ。

 涙を零し、艶やかな声で鳴いた艶姿。

 何度もクラウの名を呼び、クラウが傍にいることを望んでいたはずなのに。

 

 目を覚ませば、愛おしい温もりは腕の中からなくなっていたのだ。


 あのときクラウの心を襲った不安と喪失感といったら、それだけで死んでしまえるのではないかと思うほどで。

 足元から地面が崩れていく思いだった。

 義務的な政務は何とかこなしていたが、ろくに睡眠すら取らない日々。

 行方を眩ませた美守を捜し求め、決して短くないときを彷徨った。

 

 腕の中で幸せそうに微笑む美守を見たとき、一生美守を守り抜こうと誓ったのに。

 

 今頃美守は一人、不安に涙しているのではないかと心配で。

 連れ去られでもしたのではないかと、……生死でさえはっきりとしていなかったのだ。

 どんなに心配したか。

 どんなに不安だったか。

 どんなに不甲斐ない自分を責めたか。


 そんなときだった。

 ロトが市井の噂を持ってきたのは。


 例年に比べ、作物が豊作であること。

 緑が生い茂り、貴重だった薬草の採取が簡単になって貧しい者達にも薬が行き届くようになったこと。

 雨が降り、水源が豊かであること。

 子供も多く生まれ、祝い事が続いていること。

 クラウの心とは裏腹に、国には笑顔が溢れていた。


「……民は、全て神子のおかげだと申しております。そしてその神子のことなのですが……」


 ロトの言葉を俯いたまま聞き流していた。 

 しかしロトは報告を続ける。


「黒髪の同郷の姫を寵愛しているとか」

「……何?」


 そんなものは一人しか居ないはずだ。

 信じられず、神域に足を踏み入れ神殿を目指したあの日。

 クラウの目に飛び込んできたのは仲睦まじい二人の男女の姿。

 

 光太郎と、美守の姿。


 呆然としたが、次の瞬間には美守に駆け寄ろうと身体が勝手に動こうとした。

 しかし。

 光太郎の背中越しに美守と目が合った。ふっと笑ったかと思えば美守はなんと自分から光太郎に口付けたのだった。


 そして、やっと理解したのだ。

 美守が切り捨てたのは光太郎ではなく、クラウの方だったのだと。


 



 


(やめろ、未練がましい。コレは神子を選んだのだ)


 気がつけば震える小さな背中が目の前にあった。

 

(やめろ。……触れればきっと止めることはできない)


 手を伸ばし、肩に触れれば柔らかな感触はどこにもなく、ただ骨だけの薄い肩だった。

 

(……何故、神子はコレをこんな状態で放っておくのだ?)


 今にも死んでしまいそうな細さにぎゅっと眉が寄った。

 ゆっくりと振り向かせればやはり、美守は泣いていた。


(……俺の前で泣くな)


 零れる涙を手袋を嵌めたままの指先で受け止める。


「……何故泣く。理由を言え」

「……ぅ」


 無意識に優し気な声が出て、舌打ちしそうになる。

 美守はそんなクラウの声に安心したのかぶわぁ……っと涙を溢れさせしゃくりあげ始めた。


「こ、れ。クラウ様に、って」

「これ、とは……まさかこの飴のことか」


 こくりと頷いた美守。


「お土産……ふぇ……」

「……なんだ?」

「せっかく、買って来た、のにっ! 床っ!」

「ああ」


 土産を渡す前に床に全部ぶちまけてしまった、と。

 そんなことで泣いているのか? と呆れ、同時に心を満たすこの感情は……喜び。 

 この際、甘いものが嫌いなことは黙っておくことにしよう。

 子供のように泣き出した美守を抱きしめたくて仕方ない。

 でも。


「泣くな。お前は俺を選ばなかった。泣く場所が違うだろう。……それに、そのような物は不要だ。言っただろう。甘えと優しさが招くのは執着と依存だと。……俺をそこまで堕としたいのか」

「ちがっ! …………クラウ様、私……」

 

 縋りつくようなその視線に心が揺るがないわけではない。

 しかしそこをぐっと堪え、自身に何度も言い聞かせる。


 美守は光太郎を選んだのだと。

 

 一国の王たる自分が私情でこれ以上臣を、民を惑わせるわけにはいかない。

 

 自分さえこの気持ちを押し込めてしまえばそれで済むことなのだ。


 だから。


「……そんな顔をするな、不快だ」

「…………」


 くしゃりと顔を歪める美守を見て、前髪を掻き揚げため息を吐いた。

 美守は胸の前で手を組んだまま俯き震えている。

 立ち去ればいい、それで全てが終わる。

 なのに、足が床に縫い付けられたかのように動かない。

 ふいに白魚のような手がクラウに向かって伸ばされた。


「クラウ様」


 鈴を転がしたような声がクラウの耳を擽る。

 伸ばされた手がクラウの腕に添えられ、真下から上目遣いで見上げて来る。

 桜色の小さな唇をきゅっと結び、腕に添えられた手がクラウの頬に伸びた。

 ぱしっと乾いた音が響く。

 美守の手を払いのけたのだ。

 そのまま固まってしまった美守に意識して冷たく言い放つ。


「触るな」


 じわじわと青ざめる美守。

 唯でさえがりがりに痩せてしまっている美守が青ざめるとまるで病人のようだ。

 

 何度、手を伸ばさないように手を握り締めたことか。

 抱きしめないように意識して腕を下ろしているか。


 しかし、ぶつかるように美守がクラウに抱きついてきた。


 ふわりと鼻孔を擽る柔らかな香り。重なった身体から伝わる体温。乱れた心音が聞こえる。

 それは無意識の行動。

 小さな身体を身の内に抱き込むように腕を動かした……。






「美守」

「こぉちゃん」


 




 ぱっと身を翻し、いきなり現れた光太郎に走り寄った美守はそのまま光太郎の腕の中に収まった。

 嬉しそうに光太郎の胸に鼻をこすりつけている。


「お土産は渡せた?」

「ううん。でも、もういいの」


「そうなの?」と首を傾げる光太郎がクラウを盗み見ていた。

 美守に優しい笑みを向けてはいるが、その瞳には確かに嫉妬の焔を灯している。

 その視線を受け、しばらく視線を交わしていたが背後で殺気が伝わってきて鼻を鳴らした。


「ロト、気を静めろ」

「しかし……」

「ロト」

「……申し訳ありません」

「いや……」


 ロトが感情をむき出しにするなど、珍しい。

 しかし、殺気だつほど怒りを露にしたロトを見ることで逆に落ち着くことが出来た。

 踵を返す。


「時間の無駄だ。行くぞ」

「はい」


 鍛錬は、少し荒れるかもしれない。










+++++++










「美守、どうして泣いてるの?」

「え? 私、泣いてる?」

「うーん……。笑ってる、かな」

「?」


 光太郎にじゃれ付いてにこにこと嬉しそうに笑っている。

 しかし、次から次へと零れ落ちる涙。

 光太郎は美守の涙を何度も掬い取った。


「……虐められたの?」

「違うよ」

「どこか痛い?」

「それも違うよ」

「……じゃあどうしたの?」


 眉を歯の字にまげて美守を心配気に見下ろし、何度も何度も頬を撫でる優しい手。

 その手を掴み、自分から頬を摺り寄せた。

 にっこりと極上の笑みを向ける。









「待っててね、こぉちゃん。…………もう少しだから」









 





 

 

自分にも他人にも厳しいクラウでした。


ムーンライトの方ですが、短編として書きます。

卒論と引越しで間が開いてしまうと思われます汗

名前は分かりやすいものにするのでしばしお待ちを。

希望してくださった皆々様、ありがとうございました^^

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