第2話
光太郎の前に跪くもの達は皆同じ服を纏っていた。
肩から足までをすっぽりと覆い隠すローブのような服。
それは真っ白で、まるで・・・。
「・・・聖職者か?」
「その通りでございます、我が君」
光太郎が思ったことをそのまま口にだせば光太郎の一番近くにいた男が答えた。
その男は他の者より地位が上なのだろう。
他のものとは違い、肩のところに黒い線が3本入っていた。
男が立ち上がり、今度は立礼をする。
「我が君、突然の召喚をお許しください。しかし、我らにはあなたが必要なのです」
「・・・」
相手に敵意がないことは分かる。
しかし今の状況を把握できていないため油断はしない。
距離を保ったまま睨みつければ、男は困った顔をした。
「何故俺を’我が君’と呼ぶ?」
「それは・・・ここでは体が冷えてしまいます。場所を移動しませんか?そちらできちんとご説明をさせていただきますので」
「・・・わかった」
腕の中に庇ったままだった美守を解放し、顔色を窺う。
何故か美守は笑っていて、拍子抜けする。
美守が笑って光太郎の存在を確かめるように頬に触れた。
どきり、と心臓が跳ねた。
「こぉちゃんだ・・・よかった。離れ離れにならなかった」
「美守・・・約束しただろう?俺が守ってやるって」
微かに震える美守の手を包み込んで笑ってやると美守もそれに答えるように笑う。
しかし、周りがざわつき美守の顔が強張ったため、美守を守るように後ろに隠す。
「・・・なんだ」
「いえ・・・その、そちらの子供は一体?」
「お前達には関係ない」
「しかし・・・・いえ、まずは場所を移しましょう。全てはそれからです」
男に促され、光太郎と美守はいつものように手を繋いで歩いた。
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男の名前をダイヤと言う。
真っ白な髪に深い青色の瞳が印象的だ。
何でも、聖職者となるものは俗世を離れるためまず姓を無くす。
そして高位になれば宝石の名が貰えるらしい。
男の名はダイヤモンド。
聖職者の中でもかなり高位なことが窺える。
ダイヤが説明したことはこうだ。
光太郎は選ばれし神の子であると言う事。
この聖域の主であると言う事。
100年に1度現れるというその存在を求めて古くから伝わる碑文の通りに空に向かってダイヤが手を伸ばした。
すると、そこに何もないのに誰かの感触があったのだという。
太陽と月が交わりし時、聖なる土地より手を伸ばせ
さすれば我の加護を受けしおのこが世界に降臨す
おのこは我と世界の架け橋となる
おのこの意思により我が動く
おのこは我
我はおのこ
人の子ら
おのこを助け、おのこを守り、おのこを讃えよ
今日は日食、太陽と月が交わる時。
光太郎と美守が召喚されたのは聖域である神殿、つまり聖なる土地。
’おのこ’は’男’、つまりは光太郎のことだ。
つまり、光太郎は神にも等しい存在なのだ。
そう言うのだ。
光太郎は不審げにダイヤと言う男を見て、なんとなく美守を見た。
美守は眉根を寄せて光太郎を見上げていた。
不思議に思って「美守?」と話しかけると、ほっと息を吐く。
「こぉちゃん、さっきから何語しゃべってるの?私、全然わからなかった」
「え?普通に日本語、しゃべってるよ?」
「・・・?日本語じゃなかったよ?ニュアンス的にフランス語かなって思ったんだけど違うみたいだし」
「は?」
「え?」
意味が分からないと2人で見詰め合うと、ダイヤが割って入ってきた。
「我が君」
「・・・光太郎、柳川羅光太郎。こっちは神宮寺美守。変な風に呼ぶな」
「我が君、名をお許しになってくださるのはとても名誉なことですが、恐れ多いことでもあります。私には・・・」
「・・・もう、なんでもいいよ。それで、何?」
基本的に美守以外どうでもいい光太郎は早くもどうでもいいことを投げ出す。
「はい、先ほどから我が君の言葉は理解できるのですが、そちらのお子の言葉は分かりません。・・・もしよろしければもう1度神殿にて確認させていただけませんか?」
「そんなことはどうでもいい。早く返してくれ」
言葉が分からずに不安げに見上げる美守を抱き寄せてダイヤを睨みつけると、ダイヤは驚愕に目を見開き焦った風に話し始める。
「我々も本当に神の子が降臨なさるとは思わなかったくらいです・・・!碑文は先ほど話したものが全て。返し方など細かなことはありません」
「・・・過去の神の子の記録は?」
「確かにあります。しかし皆様立派に役目を果たし、この地に眠っております。・・・誰1人として役目を投げ出した方も元の世界に返った、などと言うかたもいなかったようです」
ダイヤに元居た神殿に促されつつ話を進める。
話すたびに表情が険しくなっていく光太郎に、美守はとても不安になっていた。
美守は今、光太郎が何をしゃべっているのかまるで理解できなかった。
フランス語のような甘い、美しい響きの言語。
彫りの深い顔はまるで外国人。
真っ白な太い柱が何本も並ぶ広い、開放的な廊下は静寂に満ちて足音が響いている。
光太郎の学ランの裾を少し握ってちまちまと光太郎の後を歩くと、見えてきたのは先ほど居た丸い部屋。
円柱の形をしていて天井が高い。
光が差し込むようにと天井に丸い穴が空いている。
床には漫画に出て来る魔法陣のような模様が刻まれていた。
ダイヤが入り、それに光太郎が続く。
当然のように美守も入ろうとした・・・・その時。
「きゃあ!!」
「美守!?」
何かに弾き飛ばされた。
思いっきり。
美守の小さな体は弧を描いて、軽く3mは吹っ飛んだ。
思いっきり体を打ち付けて美守は呻いてその場に倒れこむ。
光太郎は青ざめて美守のもとへ駆け寄ろうとした。
しかし、それは叶わなかった。
「どけっ!!ダイヤ!!!」
「なりません、我が君」
ダイヤが光太郎の行く手を阻んだのだ。
そしてダイヤは美守に侮蔑の視線を投げた。
「我が君、この女は神殿に拒まれました。召喚された時は内側からだったので大丈夫だったのでしょうが、2度目はありませんでした」
「どけ」
「なりません、この女は我が君に相応しくありません。神殿に拒まれる人間がこの聖域にいるなどと、虫唾が走る・・・っ!!!」
「・・・・・・死ぬか?」
がっとダイヤの首を片手で締め上げ地の底から這い出すような低い声が神殿に木霊した。
刃物のように鋭く激しい顔にダイヤが震え上がる。
片手にも関らず、光太郎の力は強かった。
ダイヤは爪先立ちになり足をばたつかせてもがく。
それでも光太郎は動かない。
その目線だけで人が殺せてしまうだろう。
それくらい、今の光太郎は恐ろしかった。
無造作にダイヤを投げ飛ばし、起き上がろうと床に手をついている美守に今度こそ駆け寄ろうとした。
しかし。
殺気、と言うには鋭さの足りない視線を感じその方向にばっと振り返る。
柱の後ろから出てきた男はまさに静。
青い髪の前髪を片方伸ばし、それが顔の半分を覆っている。
目も青いが、それは伏せられており光がまるでない。
何も写していない。
ダイヤと対の神官服なのだが・・・・色は黒。
それが男を更に陰鬱に・・・・不気味に見せていた。
「ファイ!!その方を止めろ!!」
ファイと呼ばれた男が軽く頷き無表情のまま光太郎に近づいた。
と思えば目の前に接近していた。
尋常ではない速さ。
辛うじて反射神経で後方に飛びのくが、冷や汗が流れた。
あらゆる武道を極めていると言っても、光太郎の嗜むのは日本武術。
喧嘩ももちろん強いが、こうも無造作に来られては心臓に悪い。
そればかりか表情の変わらないその瞳は感情はおろか行動すら読めない。
武道家としての本能が告げている。
・・・勝てない。
見つめあい、微動だにしないでいると美守が半身を起こして光太郎を見た。
「美守!!・・・・っ!!!」
「こぉちゃん!!」
目線を逸らした瞬間、ファイに身を拘束される。
いつの間にかダイヤが傍らに居た。
美守を見ているが拘束されているため顔が見えない。
きっと先ほどのような侮蔑の目線を向けているに違いない。
「・・・我が君、失礼をお許しください。この者はサファイヤ、通称ファイです」
宝石の名前と言う事はこいつも高官か、と見上げるが表情は動かないままだ。
「ファイ、我らが主はお疲れのようだ。・・・別室にお連れしろ」
「な!!美守、美守!!くそっ!!離せっ!」
軽く頷いたファイが光太郎の腕を拘束したままどこかへと連れて行く。
美守は追いかけようとしたが、右足を思いっきり強打したため、思うように足に力が入らなかった。
呆然と光太郎が建物の中に消えていくのを見つめる。
「 」
「・・・?」
ダイヤに3度目の侮蔑の視線を投げられ、何かを言われるが何を言っているのかまるで理解できない。
「こぉちゃん・・・」と呟けばダイヤは更に顔を歪ませて美守の腕を乱暴に掴んで頬を打った。
今まで光太郎に守られてきた美守には何が起こったのか理解するのに時間が掛かった。
打たれた頬に自分の手を添え呆然とする。
しばらくそうしていると、ファイが1人で戻って来た。
ダイヤが何事が指示を出したようで軽く頷き、座り込んだままの美守を軽々と抱き上げる。
美守は驚いて抵抗しそうになったが、ファイが右足に負担が掛からないように抱いてくれていることに気づき、大人しくしていた。
するとファイは美守を抱いたまま、柱の間を通り抜け外に出る。
人を1人抱えているのにも関らず、ファイは風のように駆けて行く。
神域の敷地内から出るとそこには森が広がっていた。
ファイは走り続ける。
「・・・どこに行くの?」
問いかけてみるが、目だけでちらりと見上げられただけだった。
こうして、美守は光太郎と引き離されたのだった。