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おまけのお姫様  作者: 小宵
Ⅲ:狂気の螺旋
19/29

第19話

新章突入。。。

なんだか主人公クラウになっちゃった……?


 必死に懇願する臣下の言葉を聞き流すのは不可能に近かった。

 新参者などはまだしも、古参のものから言われると弱い。

 

「お願いです、陛下。どうか妃を娶ってください。王妃でなくとも構いません。せめて、せめて後宮に……妾妃でも構わないのです」

「そろそろお世継ぎを……」

「気に入った娘が居られるのでしたら、そのものがどのような者では構いません。ですから、どうか」


 放っておくといつまでも続くそれにクラウは眉根を寄せてぎろりと机越しに集まった者達を睨みつける。


「その話は聞き飽きた」


 ふんと鼻を鳴らせば血走った目で身を乗り出してきた。


「我々とて言い飽きました! ……陛下、何度も言わせないでください。お世継ぎ問題をどうなさるおつもりなのですか」

「……大公のところの息子でも養子にもらえば……」


 いいだろう、と続けられるはずだった言葉は机をばん! と叩く音によって遮られる。


「……貴様ら」

「っ……!」


 忠誠心の熱い臣下達は、基本クラウに従順でこのように出すぎたまねをすることは無い。

 臣下だけではない。騎士や市民、孤児院の子供達に至るまでクラウを嫌うものはいなかった。

 無愛想で潔癖で口うるさい人相の悪い王。

 しかし、心優しく民想いなその人柄とその行いに。

 力強い言葉と行動に。

 この人になら任せられる。この人に一生着いて行こう、と思わずにはいられないのだ。

 

 しかし、人相が悪く、迫力がありすぎて近づきにくいことに変わりは無い。


 進言に来た臣下は勇気を振り絞って震える声を出す。


「わ、我々は、陛下の御子を世継ぎに望んでいるのです……! し、しかし妃を娶れと言うのは、それだけが理由ではありません……」

「なんだ」


 ちらりとクラウを盗み見する臣下の先を促す。


「陛下は今、安らげる場所がありますか……?」

「……」


 心底心配そうなその声音に苦笑してしまう。

 肘をついて、臣下を見つめる。

 どの顔も心配顔だ。


「……お前達には悪いが、女はいらん。抱く気にならんのだ。抱こうと思えば抱けんこともないが、それでは相手に悪いだろう」

「そんな! 寧ろ身に余る栄誉でございますればっ……!」

「俺が嫌なんだ。そんな不実なことをするのは」

「……」


 男としては尊敬してしまうような言葉も、王としては失格だ。

 そんなことは百も承知で、クラウはこの話はもう終わりだとでも言わんばかりに机上の書類に視線を戻す。

 しかし、諦め切れなかった臣下の一人が小さく呟いた言葉に手を止めることとなる。


「ミモリ様さえ、居てくれたら……」

「黙れ」


 クラウの重低音に臣下がはっとして口を噤む。

 その名に過剰に反応してしまった自分に舌打ちしそうになった。


「俺の前で二度とその女の名を口にするな」

「しかし、陛下。三日後の祭典には……」

「分かっている! ……俺は機嫌が悪い。下がれ」

「……は」


 誰も居なくなった執務室でクラウは机の端に詰まれた祭典関連の書類を見やる。

 三日後、年に一度行われる神盾国の祭典。

 今年は神子も呼んで盛大に行われる。


「っち」


 知らずにばきっと音を立てて折れてしまったペンを捨てる。

 急に仕事をする気がなくなってしまい、侍従を呼んで紅茶をいれさせる。

 はー……っと大きく息を吐き出せば、目の前に置かれる白磁のティーカップ。

 その腕を辿って見上げた侍従まで先ほどの臣下達のように心配したような顔をしていて、クラウは疲れたような笑みを向けた。


「俺は、そんなに頼りなく見えるか?」 

「……いいえ、そのようなことはありません」

「じゃあ、どうして」


 護衛も兼ねているこの侍従はクラウのお気に入りだ。普段はあまり話さないところがいい。

 それでいて問えば、思っていることを正直に話すところも。

 紅茶を蒸らしながら、侍従が静かに答える。


「祭典には神子と共にあの方も来られるでしょう。だから、皆心配なのです」

「……やはり、連れて来ると思うか」

「ええ。神子は片時もあの方をお放しにはならないとの噂ですので、きっと連れて来られるでしょう。……あなたに会わせるかどうかはわかりませんが」

「……」


 注がれた紅茶を口元まで持っていき、香を吸い込む。

 いつも好んで飲むミントティーだ。

 すっきりとした口当たりで頭がさえる。


「本当に、呼ばれるのですか」

「当たり前だ。今や神子はこの世界にとってどれだけの存在価値があるか……。好き嫌いでどうこうできる問題ではない」


 神子が現れてから、世界は恵まれている。

 定期的に降る雨に作物は育ち、暖かな日差しは生命を育み、大地を豊かにした。

 神子が居るだけで、世界が神子の暮らす地をより良いものにしようと動く。

 神子こそが至高の存在。


「……陛下」

「なるようにしかならん。心配するだけ無駄だ」


 そして、最近聞こえてくる噂。

 神子が寵を与えているという、黒髪の乙女。

 いつも傍に置き、かたときも離そうとしない寵愛ぶり。

 そしてそれに相応しいだけの乙女でもあった。

 艶やかな黒髪に白い肌の美しい女。神子と同じところからやってきた異国の乙女。 

 


 神盾国の、クラウの妃になるはずだった、女。

 しかしそれも過去のこと。 

 

「もう、一年も経つのか」


 目を細め思い出す日々は不可解なものばかり。

 確かにこの腕の中にあったあの温もりは、今はもう無い。

 

「考えても仕方ない」


 その言葉はまるで自分に言い聞かせるようだった。







 ++++++




 

 覚えていたものよりもずっと大人びた風貌になった美守を見て、クラウは顔を顰めた。

 

(たった一年でここまで変わるのか)


 女とは不可解な生き物だ、と目を閉じて神子に視線を移す。

 神子は目を細め、にっこりとクラウに笑みを向けた。

 神々しく淡い光を纏った神子。

 力と自信からくる余裕が窺える。

 不機嫌さを隠しもせず、クラウは神子に歩み寄る。


「今日は、礼を言う」

「いいえ。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。クラウ陛下。とても楽しみにしていたんですよ。……ね、美守」

「……うん」


 部屋に現れてからずっと俯いたままの美守の頭を神子が、それはもう愛おしそうに撫でる。

 嫌でも目に入ってしまうその光景を見つつ、神子に用件だけを言う。


「正午の開催宣言のときにバルコニーに出てくれればあとは好きにしてくれて構わない。……ただし市井に出るのは混乱を招くから、行動は制限することになるが」

「ああ、よかった。見物はできるんですね。俺達神殿から滅多に出られないから今回の祭りは楽しみにしていたんです。……ダイヤがうるさくて。今回も着いてくるとうるさかったのですがなんとか置いてきました」


 かわりにファイを連れて来ていた。

 美守のすぐ後ろに影のように立っている。

 気配を感じさせないその佇まいはクラウにとってとても好ましいものだ。

 しかし、無表情で声すら滅多に発さないファイが珍しく感情を露にしていた。

 それは最近、クラウがよく目にするもの。

 自分のことではないのに、自分自身が苦しそうに顔を歪めて相手を心配するようなその顔。

 ファイが表情を歪めているのが珍しくて、ついファイが見つめている美守をクラウも見てしまう。


「……クラウ様? 俺の美守に何か?」

「いや、何もない。……いや、顔色が悪いか」


 俺が居ては顔色も悪くなるか、と自嘲気味に笑えば神子が美守の腰を引き寄せた。

 

「クラウ様、正午まで少し時間がありますから休ませてください」

「わかった。ではまた迎えを来させる」


 クラウとて正午まで一緒にいるつもりは無い。

 苦痛だ。

 踵を返せば神子がワントーン低い声でファイに命令する。


「お前もだ。出て行け」

「……しかし」

「二度言わせるつもりか?」

「……」


 図らずともクラウはファイと部屋を出る羽目となった。

 ファイと二人になるのは久しぶりなので剣でも交えたいところだが、今日はそのような暇はない。

 執務室に戻ろうとすれば、ファイに引きとめられた。

 なんだ、と顔を顰めた瞬間室内から聞こえた艶声にぴたりと脚がその場に縫い付けられたように停止してしまう。



『こぉちゃん、ここでは……』

『どうして? 場所なんて関係ないよ』

『いや……。……あ』

『……美守、かわいい』



 こんな朝方から……と額に血管が浮く。

 一刻も早くここから離れたくて踵を返そうとすればまたしてもファイに引き止められる。


「……なんだ」

「……クラウ陛下、あなたはまだミモリを」

「お前には関係ない」

「……」 


 何故か不満気なファイをクラウは睨みつける。


「何をいっても今更だろう。お前ともあろうものがくだらないことを……」

「くだらなくない」

「……」

「くだらなく、ない。俺は、俺では駄目だ。あなたでないと」

「……何が言いたい」


 的を得ない言葉に苛立ち、問いただそうとすれば部屋の中から激しい嬌声が響いた。

 他人の情事を盗み聞きする趣味はない。


「……来い」

「……俺は、護衛を兼ねているからここから動かない」


 舌打ちをしてクラウはその場から離れた。






 ++++++




 バルコニーから聞こえる地鳴りを伴うほどの歓声に、クラウは顔を顰めるばかりだ。

 神は何故あのようなものを選んだのか。

 バルコニーから離れた室内で、クラウは歓声を身に浴び手を振っている神子を睨むように見つめた。

 睨んでいるわけではない。これがもとからの顔だ。

 

「……っ」

「ミモリ」


 立ちくらみでもしたのだろう。ふらついた美守をファイが支えている。

 座っていればいいものの、何故かクラウの隣で神子を見ていた。

 ちらりと横目で美守を見下ろせば、首筋や胸元にいくつも己の所有物であることを誇示するような赤く色づいた印が散っていた。

 真っ白な肌がそれを否応なしに目立たせる。

 

 しかし、それよりもその顔色の悪さと皮と骨しかないのではないかと思うほどに痩せたその姿の方が気になった。

 気づけば「おい」と声をかけてしまい、その無意識の行動に舌打ちしそうになったが、それは飲み込まれた。



 ひたとクラウを見上げるその縋るような視線に、息を呑んだのだ。


 

 潤んだ瞳、赤く色づいた唇。

 会わないうちに無垢さの内に色気を忍ばせたそれに意思がぐらりと揺らぐよう。

 ……しかし。


「……相変わらず……そのような顔をするな。不快だ」

「っ! ……も、申し訳ありません……」


 はっとしてすぐに俯いてしまった美守は己を抱きしめ何かに耐えるように震えた。

 庇護欲をそそるその哀れな姿も、今のクラウにとっては目の毒だ。

 舌打ちをして呟く。


「お前など、顔も見たくなかった」

「……っ」


 泣く意味が分からなかった。

 泣きたいのはこちらの方だ。幸せの絶頂から、奈落の底へと落としたのは誰だ。

 

 引きつるような美守の嗚咽を我慢する声は大衆の歓声によってかき消される。

 ファイの責めるような視線を真っ向から受け止め消化する。

 ふん、と鼻を鳴らしてバルコニーに顔を向ければ神子が「もういいかな?」と首を傾げてこちらを見ていたので首肯した。

 このままではいつまでたっても離してもらえなくなるだう。

 もう俺には関係ないとでも言うようにクラウは後ろに下がろうとした、その時。


「クラウ様」

「……」

「クラウ様?」

「……なんだ」


 美守が名を呼んだ。

 驚いた。名を呼んだことにではない。その表情に。

 恍惚とした、美酒を思わせるような極上の笑み。

 にっこりとあがった口角にとてつもない色香を感じた。

 そして、その顔とは不釣合いな涙。

 極上の笑みを向けているにも関わらず、とめどなく流れ続ける涙が不自然すぎて、違和感を感じずにはいられない。

 本人は泣いていることを気にも留めず、さらに笑みを深めた。


「クラウ様、私またあなたに会いに来ることにします」

「……なに?」


 顔も見たくない、と言ったはずだが。意味が分からずに美守を睨みつけるようにしてみればまた笑みを深めた。

 ……涙は依然として止まる気配はない。

 クラウの返事も待たずに美守はこちらにゆったりと向かってくる神子に走りよった。

 美守の涙をその舌で拭い、抱きしめ、口付けを落とす。

 それが、不快で。




 クラウは目を背けるばかりだった。








 



 

えと、活動報告でもちょっとお聞きしたのですが、もし夜の秘め事も書いてほしいなーと言うご要望があればムーンライトの方で書くかもしれません。

一定以上のご要望があれば……と考えているので、もし見たいなーっと思ってくれている方がいらしたらこっそり教えてくださると嬉しいです。。。 

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