第14話(光太郎視点)
ぎりぎりR15のはず
残酷描写もあります
俺の身体に覆いかぶさるこの世の者とは思えない美しすぎる存在に、俺は呆然とした。
何度も、何度も名前を呼ばれる。
『光太郎、光太郎……』
その声はとても心地いいものだったが、光太郎には汚らわしいものにしか思えなかった。
首筋を舐め上げられても、何も感じない。
『光太郎……わらわを、見ておくれ……』
「っ! ……やめろっ」
伸ばされた手を振り払うと、女神が悲しそうに顔を歪ませた。
それが、癪にさわる。
衝動的に手を振り上げそうになれば、その手を掴む者がいた。
ダイヤだ。
「いけません! 我が君っ! この方は……この方が、神なのでしょう?」
「何が神だっ! 今こいつがトパーズを殺したのをお前は見なかったのか!? 神? はっ! そうだな。神だとしたら、こいつは、死神か?」
宝石が集まり、俺を宥めようとする。
女神は悲しそうに顔を歪めるだけ。
「我が君っ……落ち着いて下さいましっ……!」
「黙れっ! 離せっ、エメラルドっ!!」
「っ!!!!」
エメラルドの手を払いのけようとしたのに、そこにエメラルドは居なかった。
トパーズの横にぶら下ったエメラルド。
名の通り、美しいエメラルドの瞳をもった美しい女だった。
「あ……あ……え、め……」
青ざめる俺を、エメラルドが微笑んで見下ろした。
俺はエメラルドに手を伸ばす。
その瞬間。
「ぐっ!」
「え、めら……るど……」
俺がエメラルドに触れる直前、エメラルドの胸が貫かれた。
びくびくっと痙攣してエメラルドの身体から力が抜けるのを見て、俺は力が抜けその場に座り込んだ。
「我が君」とダイヤが声をかけるが聞いていなかった。
信じられないような目で振り返れば後ろに立っていた、美しい女神はその形相を鬼のように怒らせ、エメラルドの死体を睨みつけていた。
『……光太郎は、わらわのもの。汚らわしい女がわらわの光太郎に触れるな』
その声に、俺は唐突に理解した。
トパーズもエメラルドも、俺が殺したのだと。
『光太郎、わらわの傍に』
いやだ。
『光太郎』
いやだ、いやだいやだいやだ……!!
逃げようと、ばっと振り返れば、ダイヤやファイ、ルビーなどの間に隠れるようにしていたコーラルと目があった。
……その名の通り、珊瑚色の淡いピンク色の髪をなびかせた、女。
冷気が漂ったのを肌で感じて、俺は女神を振り返る。
予想通り、鬼のような顔でコーラルを見ていた。
『そなた……わらわの光太郎を誘惑したのか?』
「やめろっ!!」
すっと腕を持ち上げそうになっていた女神の手首を掴み止めさせると、女神が嬉しそうに微笑んだ。
そのまま顔を寄せてきて、俺の唇に己のそれを重ねてきた。
『光太郎。わらわの光太郎。わらわがいるのだから、光太郎に女は要らないだろう? ……だから、消してしまおう? その方がわらわも安心だ』
「何を、言っている……おい、ダイヤこの頭のおかしな女を……」
どうにかしろ、とダイヤを振り返れば、きらきらと目を輝かせて光太郎を見つめていた。
「ああ、我が君! 女神と話せるのですねっ! さすがです!!」
「お前……この女の声が聞こえないのか?」
さっきから、こんなにも話しているのに。
ぐるっと部屋を見れば、皆聞こえていないらしいことがわかった。
余所見をしていると、首筋にひやりとした感触が降りた。
女神が、光太郎の首筋に顔を埋めている。
そしてちらり、と宝石を一瞥しごぅ……と風が巻き起こる。
次の瞬間には、宝石の全員が部屋の外にたたき出されていた。
ばたん! と音を立てて扉が乱暴に閉まる。
『光太郎』
そのまま床に押し倒されるが、抵抗などできなかった。
頭上にぶら下っている二体の死体から、目が離せない。
俺も、殺されるのか? と恐怖に顔を歪めると、唇を奪われた。
『安心おし。光太郎はわらわのもの。わらわは光太郎のもの。決して傷つけたりしない』
「……離せ」
『……光太郎は、わらわが嫌いなのか?』
「当たり前だ」
冷たく突き放せば、顔を歪ませた女神が、脅しをかける。
『では、やはり女は消そう』
その言葉に、光太郎は軽蔑の眼差しを女神に向ける。
頬に、体温の無い、真っ白な手が添えられた。
『……そうすれば、光太郎にはわらわしか居なくなる』
「ふざけるな。例えそうなったとしても、俺はお前を愛さない」
そう、言ったのに。
『こんなに震えて……。可哀想に。わらわが温めてあげる』
身体を、貪られた。
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光太郎は、己の身体に跨り乱れる女神を無表情に見つめた。
涙が零れる。
そしてそれを女神が切なげに舐め上げた。
『光太郎……どうして泣く?』
どうして?
そんなこともわからないのか?
俺を犯しているのは、誰だ。
『光太郎……泣くな。わらわがもっと気持ちよくしてあげる』
確かに、気持ち良いのかもしれない。
身体は否応なしに反応する。
でも、心が死んでいた。
心が、犯されていた。
こんなはずではなかったのに。
ふと、机の上に置いたままのあの小箱が目に入った。
美守に送るはずだった、結婚指輪。
それを認めた瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
ああ
俺は
神子とは名ばかりの……
生贄なのだな。
そう、理解した瞬間、耐えられなかった。
愛しい存在を何度も求める。
「美守」
「美守」
「俺の、美守」
言葉にすれば、愛しさは留まることを知らない。
言葉にすればするほど、美守が恋しくて、愛しくて仕方が無い。
美守、美守、美守……。
『……誰の名を呼んでいる。わらわの名を呼べ』
「いやだっ……美守っ」
『わらわはフローディアだ。……光太郎、呼んで』
「美守っ……」
その名を聞きたくないとでも言うように口内を犯され、言葉が奪われる。
それでも、俺は求め続けた。
『わらわ以外の名など聞きとおないっ!!!! 光太郎、わらわの名を』
大気をゆるがせる、その怒気に。
俺は目の前で顔を歪ませる、美しい女神を見た。
「……フローディア」
止めさせるために、名を呼んだ。
なのに、フローディアは顔を輝かせて喜び、光太郎にキスをしてそのまま光太郎の中に溶け込んでしまった。
光太郎は誰もいなくなった部屋で身を起き上がらせ、手をすっと差し出す。
すると、しゅるしゅると死体を吊り上げていた植物が動き、二人を丁寧に下ろしていく。
「こんな、力……」
いらない。
わかる。
今、光太郎はフローディアと同化した。
フローディアの力が、光太郎のものになった。
「こんなもの、いらない」
いらない。
だって、欲しいものはただ一つなのに。
「ふっ……ぅ……」
声を殺して肩を震わせて、光太郎は泣き続ける。
そうしなければ、声にだして、お前を求めてしまう。
ああ。
美守。
俺は、もう
君の名すら呼ぶことは出来ないのか。
神様に愛されすぎた少年のお話