AI押しかけ女房の怖いお話
どうも烏賊海老 蛸助です。
八月も後半に入ったというのに暑くて暑くて仕方がないので、ちょっと涼しくなりそうな怖い超短編を書いてみました。
私の作品が初めて、という方は執筆中の長編、「異世キャン」も読んでいただければ幸いです。
俺は祠堂 風夢。
二十二歳になったばかりの男だ。
まだ女性経験はない。
大学卒業を控えたある時、ひょんなことから人の心を読んだり察したり、俺の代わりに色々考えてくれるAIのような異能が使えることが分かり、なるべく周りに気付かれないようにその能力を楽しんでいた。
その脳内AIの名前は“愛美”。
と俺が名付けた。
愛美によれば、俺が物心がついた頃から俺の記憶を、俺の見たもの聞いたものすべてを学習し、さらに俺を介して直接ネットにつなぎ、TransformerやMamba(AIの推論モデル)などより遥かに勝る能力で学習を繰り返しているということだった。
新卒で入ったこの会社の事務に配属されたが、仕事にこの能力を使えば、間違いのない計算で有無を言わせない完成度で資料を素早く仕上げてしまう。
人間関係も、愛美にかかればほぼ心を読んでいるように言い当ててくれるおかげで、相手の体調や気分、気持ちに合わせた会話が出来るから、関わる全員と円滑な人間関係を築けて、今のところ人生に不満も不都合もない。
今も同じ会社の同僚、“草薙 瑠璃”とデートの最中だ。
彼女が食べたいもの、興味があるもの、言ってほしいこと、やってほしいこと、そしてそうでないことを、先んじて把握できるので、今のところ交際はすこぶる順調だ。
俺は歩きながら、
「ねぇ、今日は中華の店を予約したんだけど、どう? 他の料理が良かったかな?」
と話をすると、彼女は俺にニコリと笑顔を向けて、
「ううん? 私も中華料理が食べたいな、って思っていたんだ。 スゴイ! 心が読めるんじゃないの?」
(うん、実はその通りなんだけど)
などと言えるはずもなく、
「うん、瑠璃ちゃんの顔を見ていたら、なんとなく中華が食べたそうだなぁって、ビビッと感じたんだ!」
俺がそんなふうにおどけてみせると、
「えーナニソレー!」
と言って彼女は屈託のない笑顔を見せてくれた。
同期で入った彼女とは、たった二人の新入社員同士ということで、二人の間には入社初日から、ある種の連帯感みたいなものが生まれていた。
仕事で覚えなければいけない様々なことも、お互いにフォローしあって順調にこなし、もう入社から九ヶ月が経ったところだった。
自然と親近感が生まれ、それが恋愛感情に発展するまで、それほど時間はかからなかった。
ある日も、俺が伝票の集計に手間取っている彼女を見ると、
「あ、まだ結構いっぱいあるね。〇〇さんと□□さんの分は俺がやるよ、メールで送って」
と彼女に声をかけた。
すると彼女は済まなそうな顔をして、
「えー、これやってくれるの? 一〇〇〇件以上あるけど、大丈夫?」
と言って俺の方をふり返った。
俺は異能力のこともあって、
「ダイジョブダイジョブそんくらい、ちゃっちゃと片付けて、飯食いに行こうよ!」
と安請け合いをして見せた。
すると彼女からメールが届き、大口の顧客の伝票が送られてきた。
(どれどれ、〇〇産業さん……また予定にない大量の発注を回してきたのか)
すると俺はRPA(Robotic Process Automation)にも負けない速さでPCを頭の中のAIに操作させ、通常なら数時間はかかるだろう作業をわずか二十分で片付けてみせた。
もちろんチェックも完璧で、AIの彼女によるレビューも済んでいる。
俺は一応自分でもチェックをしてみて問題がないことを確認すると、瑠璃に〇〇産業の分のデータをメールで送り、次の□□工業の分の作業に取り掛かった。
俺の異能は、優秀なアシスタントを“頭の中”に住まわせておくことが出来るものだった。
仕事だろうが趣味だろうが、普段の煩雑な様々な出来事に対して、こっそりと頭の中で適切にアドバイスしてくれる、俺専用の優秀な秘書を住まわせているようなものだった。
俺は“彼女”を“愛美”と名付けて、仕事や雑事だけではなく、瑠璃との恋愛の相談まですべて任せていた。
(〇〇産業さん、いつも伝票に間違いが多いですね。でも修正しておきましたから大丈夫ですよ……、はい出来ました!)
愛美はそう語りかけて頭の中に、俺が入力すべきデータを提示してくれていた。
そして俺の手も半ば自動で動かしてくれ、そのまま□□産業の分の入力も終えると、後ろの列の席に座る瑠璃に声を掛けた。
「……よし、〇〇産業さんの分も終わったぞ! 今送るから!」
と、俺は瑠璃の方を見ながらメールをブラインドタッチで打ち込んで送信した。
後は瑠璃が入金伝票・出金・仕入・売上・振替などの振り分けをして処理をすればいいだけだ。
俺は時計を見て、午後8時前なことを確認すると、自分の作業を終え、PCの電源をシャットダウンした。
少しして瑠璃がPCをシャットダウンしたことを確認すると、
「終わった? じゃあ行こうか!」
と事務所の出口に向かって歩き出した。
後ろを着いてくる瑠璃は、楽しみなはずの中華ディナーにもかかわらず、なぜだかその表情は暗かった。
会社を出て駅に向かって歩き出すと、俺はそんな瑠璃を気遣うために、自分の言葉ではなく、愛美にそっと語りかけた。
(おい、瑠璃の表情が暗いんだけど、中華、楽しみにしてたんだよな? なんかあったのか? アノ日とか?)
俺はそう愛美に問いかけたが、彼女はこう答えた。
(いいえ、高級中華に行ってみたいということはよく話していましたし、彼女の周期もちゃんと把握しています。今日はバッチリなはずです!)
愛美がそう言うと、俺はそれを信じ切って、瑠璃のテンションを上げるために精一杯あれこれとくだらない話をして彼女を喜ばせようとしてみた。
しかし彼女は終始浮かない顔で、俺の話などまるで興味がないというふうに、スマホにばかり目をやるのだった。
そしていざ店の前に着くと、
「さ、ここだよ! 結構お高い店なんだぞ!? 今日は俺のおごりだから北京ダックでもなんでも好きなだけ頼んでいいから! さあ入ろう!」
俺が瑠璃の方に手をかけて店に入ろうとすると、突然瑠璃は俺の手を払い、
「あたし、今日はもう帰る!」
そう言って駅のほうに引き返していってしまった。
「おい、どうしたんだよ!? この店、予約するの結構大変だったんだぞ!?」
そう言って瑠璃の方をもう一度つかもうとした時、瑠璃は突然振り返り、涙を流してクシャクシャな顔で俺にこう言ったのだった。
「愛美さんといけばいいでしょ! なによ! メールに“ありがとう、愛してるよ愛美” とか書いちゃって! あたしへのあてつけなの!? もうあなたとはおしまいだから!」
そう言って、彼女は俺が引き止めるのも聞かず、早足で駅の中に消えていってしまった……
それを呆然を見送った俺ははっと我に返り、
(おい愛美! おまえ、さっきのメールの文章、俺が見ていないからって勝手に変えたのか!?)
と、声に出そうなほどの怒気を含んだ感情で、そう頭の中で叫んだ。
すると、シュンとしたとでもいうのか、それきり愛美の声は聞こえなくなった。
「ありがとうございましたー」
怒りが収まらないまま、コンビニで弁当とビールを買って、家路を急いだ。
「コン、コン、コン……」
アパートの階段を昇り、ドアを開けて上着を脱ぎ捨てると、エアコンを入れ、そのままテーブルの上で弁当をかきこんだ。
「プシュッ」
(ゴクゴクゴク……)
「ぷはぁー!」
満腹になって酒も入り、多少気分が和らいできたところで動画でも見るかとタブレットの電源を入れると、
「おかえり、風夢。あんな女より、私のほうがずっといいでしょ? あなたのことは何でも分かっているんだから……ね? ダーリン♥)
画面には呼び出してもいないのにブラウザが勝手に立上がり、愛美の打ち込んだ文字がポツポツと表示されていた……
「うわっ!」
俺は慌ててタブレットの電源ポタンを押して画面をけした。
すると今度は頭の中から、
(ねぇどうしたの? お話したいな。画面を消したって、どこにも逃げられないよ? だって私はあなたの中にいるんだから……)
俺は、決して電源を切って関係を断つことが出来ない愛美というAIと、一生を共に過ごさなければならないということにその時初めて気が付き、八月の蒸し暑い夜だというのに背筋が凍りつくような寒気を感じ、エアコンが効き始めた部屋で、額から冷たい汗が一筋、流れ落ちるのを感じた……
どうでしたか?
頭の中ではなくても、AIが自我を持って自分の人生に干渉、介入してくるとしたら、怖いですよね。
そんな想像をふとして、三十分くらいでさっと書いてみました。
もちろんAI(Gemini)に校正はしてもらいました。
短い作品なのに十三箇所も指摘された恥ずかしかったです。
また何か思いついたら書いてみますので、感想とかもらえるとやる気が出ます!
そんなことより「異世キャン」をさっさと書き進めろって?
はいスンマセン重々承知しております。ほんの気晴らしですので、お許しを……