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パーティー

寮生達が相次いで出て行ったので、食堂には千歳だけが残された。

他の寮生達よりも少し遅い時間に食堂に下りているので、これはいつものことだ。

急に静かになった食堂で、千歳は黙々と茶碗にご飯をよそおいながら、

(――結局、事件の詳細は分からず仕舞いか)

(こうなると、明日も散歩は無理かな……)

ポン吉のストレス解消をどうしようかと考え込んでいると、

「はい、千歳君。お待たせ」

千歳の角盆に、カウンターの向こうから織部が角皿を置いた。

角皿には、ほかほかと湯気を立てる焼きたての卵焼きが乗っている。

途端に千歳の顔がぱあっと輝いた。

「あ、ありがとうございますっ」

目をキラキラさせる千歳に、織部は苦笑した。

「卵焼き一つでここまで喜ばれると、何だかくすぐったいねえ」

「好物ですから」

キリッと千歳は表情を引き締めた。

「卵料理は全部いけます」

「そうかい?」

殊更強調する千歳に織部は嬉しそうに笑い、同じ卵焼きが乗ったもう一枚の角皿を片手に、

「で、こっちは――」

意味深長に寮母は言葉を切り、食堂の入り口に目を向ける。

と、入口の枠から、すーっと白銀髪の頭が横移動で現れた。

戸口の枠に縋り、体を隠しながら、中腰でこそこそと食堂内を探るのは、寮生、八房ジルである。

怪しげな姿に千歳が半眼になる中、ジルは「――よし」と強く頷き、立ち上がり、

「千歳っ、おはよう!」

何食わぬ顔で、元気に挨拶しながら食堂に入ってきた。

だぼっとしたトレーナーにサリエルパンツのゆるい私服は、千歳には見慣れた姿だ。

「……ああ、うん。おはよー……」

げんなりと返事をする千歳に、ジルは自分が取った不審な行動などなかったかのようににっこり笑うと、同じ調子で織部にも笑顔を向けた。

「織部さんもおはようございますっ。あ、卵焼きっ、しかも焼きたて!」

「はい、おはようさん。お盆を持ってきな」

「はーい」と寮母に愛想良く返事をすると、千歳に向かって口早に、

「そうだ、ポン吉君、もう平気? 怪我とかしてなかった? お風呂に入れるのやっぱり手伝えば良かったかもって、ずっと思ったんだけど」

「……いや、大丈夫だし。むしろ夜中に起こして悪かったよ……」

「そんなの気にしなくていいから!」

角盆を取りながら、テンション高めに答えるジル。

態度にわざとらしさが微塵も感じられないのが逆に不気味だ。

(稔と鉢合わせるのを避けるためとは言え、毎度毎度、面倒な事やってるよな……)

内心嘆息を漏らしつつ、しかし千歳は、この問題が自分や他の誰の手に余る事を理解していた。

(……組織間のいざこざとか、ホント厄介)




宇佐見と澤渡の仲の悪さは、ほぼ二人の相性の問題だ。

解決したければ自助努力で願いたい。

だが稔とジルは、本人達の相性ではなく、宇佐見が揶揄した組織間のいざこざ、その延長だった。

稔が所属する〈虹の内〉

ジルが所属する〈比良坂文庫〉

この二つの組織の対立は、ピリついた術者界の中でも特に有名らしい。

ほぼ部外者の千歳はその内実を知らない。

だが、他の寮生達がこの問題を黙殺しているのを見る限り、下手に介入するべきではない事ぐらいは察せられる。

幸いと言うべきか、当人達がこの問題を一番理解しており、なるべく接触しないよう、時間や行動を調整しているので、今のところ派手な衝突は起きていない。

こうしてジルが、朝食を遅くに取るのもその一環だ。

(子供の喧嘩かよ)

千歳は辟易と考えた。

朝食一つ取っても、互いの動向を探り合う姿は滑稽以外のなにものでもないが、二人の仲を取り持つ術がない以上、暫くこの状態が続くだろう。

「どうしたの?」

角盆を手に戻ってきたジルが、難しい顔をする千歳の横に並ぶ。

「何でもない。それより今日は外出だろ? のんびりしてて良いのかよ」

面倒そうに千歳が言うと、ジルはやけに嬉しそうに笑った。

「修理が終わった連盾を受け取りに行くだけだから。朝食は千歳とお喋りしながらゆっくり食べ――」

「先に席に行ってる」

朝食を乗せた盆を手に、千歳はジルに背を向けた。




「あ、そうだ。二人とも、白瀬さん見てない?」

席に着こうとした千歳は、寮母の言葉に椅子を引く手を止めた。

「いえ? 白瀬さん、まだ戻られないんですか? 確か外出されたのって、一昨日のお昼でしたよね?」

「ええ。それからずーっと音沙汰なし。まったく、連絡の一つも寄越さないんだから。ジル君はどう?」

「さあ……、見てないですね」

先程までとは打って変わって曖昧な笑顔で答えるジル。

織部はやれやれといった風に腰に手を当てた。

「さっきの三人もそうだったけど、揃いも揃って嫌そうな顔をしないの。いい加減な人だけど、あれでも一応寮監だから、いないと色々困るんだよ。昨日だって、白瀬さんの代わりに澤渡君に業者の点検に立ち会ってもらったんだから」

「あ、それで澤渡さんがネット回線の不具合を通達してたんですね」

「そう。それにこの子達の世話もあるしね」

織部が言うと、盆に湯飲みを乗せた人形式が、カウンターの袖から出てきた。

お面に記された持ち場は『食堂』

給食着のような白いスモックと帽子を被った人形式は、背伸びして湯飲みを千歳の席に置くと、丁寧に一礼する。

「ありがと」

可愛らしい姿に千歳が笑って礼を言うと、人形式は嬉しそうな雰囲気を醸した。

言葉は話さないが、態度は能弁だ。

他にも奥の厨房では二体の人形式が、片付けや調理の手伝いをしている。

人形式を見ながら、織部は顔を曇らせた。

「白瀬さんに任せっきりの私が言うのもなんだけど、この子らに手伝って貰わないと仕事が回らないんだよ」

「燃料も入れられないんでしたっけ」

「そう。どういう仕組みで動いてるのかもさっぱり。今は宇佐見君が面倒を見てくれてるけど、これ以上学生に仕事を頼むのは問題よね……」

「――え?」

考え込む織部に、千歳は固まった。

人形式を見下ろし、

(今、先輩がこの子らの調整やってるの?)

宇佐見への信用が低空飛行な千歳は少々怯んだ。

そんな千歳を人形式は小首を傾げて見上げ、もう一度頭を下げると踵を返してカウンターの奥へ戻って行く。

その後ろ姿を、千歳は、

(改造とかされてないよね……?)

戦々恐々と見送る。

「まったく、寮生に仕事をさせて、どこに行ったんだか……」

しようもなく嘆息するが、織部は気を取り直し、エプロンのポケットからメモ帳とペンを引き抜いた。

「ま、いいわ。二人共、お菓子の好き嫌いを教えてくれる?」

脈絡なく質問されて、今度は千歳が変な顔になった。

「え? お菓子ですか?」

「そう。嫌いな物は省いた方が良いでしょう」

「それはまあ、そうですね……」

催促する織部に他意はない。

千歳は微妙な笑みを浮かべて視線を泳がせ、躊躇いながら、

「だ、大体はいけますけど、鯛焼きはちょっと苦手です……」

「あら、小豆がダメとか?」

「いえ、小豆は好きなんですが、鯛焼き自体にちょっと嫌な思い出があるというか……」

歯切れ悪く言葉を濁す千歳に、寮母はメモを取りながら「へえ?」と頷く。

「はーい」とジルが手を上げた。

「バターや生クリームが沢山入っているお菓子が好きです。 ――野菜が入ってるのはちょっと、と言うか、ものすごく苦手です……」

言いながらジルは顔を渋く萎ませる。

「はいよ」と、寮母はメモにペンを走らせ、

「りょーかい。――後は弦之君だけか……」

取り終えたメモを一読し、織部は頷く。

その様子を千歳は何とも言えない顔で見守るも、何故を尋ねる気にはなれなかった。

織部が何を計画しているのか、既に知っているからだ。




「新築の豪邸で新生活を始めるんだから、パーティでも開きたいよね」

織部がそう言い出したとき、誰もが「……」と渋面になったくせに「それは楽しそうですね」などとお追従で返答を誤魔化したのが悪かった。

当たり障りのない返答を、織部は肯定と受け取ってしまった。

翌日には、料理やお菓子のレシピ本を食堂へ大量に持ち込み、どれを作るか吟味し始めた。

これには全員狼狽えた。

千歳はちらりと視線をカウンター席の端に向けた。

壁際には市販のレシピ本の他、オリジナルレシピをまとめたファイルが山と積まれている。

(織部さんはやる気だ)

彼女の本気を感じ取り、千歳は知らず息を呑んだ。

知らない者同士、交流を深めるのは良いことだと思う。

パーティー用の華やかな料理やお菓子が沢山並べば、きっと盛り上がるに違いない。

この顔ぶれであるなければ。

緊張状態にある寮生達の関係が、その程度で緩和されるとは思えない。

下手を打てば亀裂が深まる可能性もあると、千歳を含め、寮生達は織部の提案に懐疑的だ。

なので皆、折を見てはそれとなく否定的な意見を進言してきたが、誰も彼も穏当な言葉を選ぶものだから、織部は「そんなに遠慮しなくてもいいよ」と、かえってやる気出してしまった。

(白瀬さんの居所を聞いた理由も、間違いなくこれだよ)

寮監である白瀬から、正式に承諾を取りたいと考えているのだろう。

白瀬も、あの性格では深く考えずに了承しそうなので、織部が諦めるまでは不在でいてほしいと願う千歳だったが、

「――実はちょっと楽しみになってきたんだ。パーティーとかやったことないし……」

もじもじとまごつきながら、恥ずかしがるように口を開くジルに、千歳は「⁈」と振り向いた。

どうやらジルは、いつの間にか織部のやる気に感化されたようだ。

上目遣いに期待を浮かべる幼馴染みに、織部はぱっと破顔した。

「そうかいっ? そりゃあ嬉しいね! 最近の若い子はこういう行事は苦手かと思ってね、やっぱり辞めとこうかと思ってたんだよ」

「あ、そうだったんですね……」

晴れ晴れと笑う織部。

千歳はぎこちなく笑いつつも、反面、

(やらないって言われると、それはそれで寂しい気もするんだよな……)

何だかんだで千歳もしっかり影響されていた。

(まあ、美味しい物を食べられるなら、悪くないか……)

と、お気楽に考えていると、

「稔君も賛成してくれたし、そうと決まれば、さっそく準備しないと」

機嫌良く言いながら織部は後ろを向いてしまったので、ジルが笑顔のまま固まった事には気付かなかった。

(織部さん……。豪快に地雷を踏み抜いちゃったよ)

千歳は頭痛を堪えるように目を閉じた。

チラリとジルを見れば、天敵である稔と同じ意見だったことがショックだったのか、完全に思考停止している。

「はい。ジル君用ね」

そのジルの角盆に、織部は保温器から取り出した温野菜入りの小鉢を乗せた。

はっとジルは我に返ると、慌てて、

「あっ、ありがとうごじざいますっ。青菜、どうしても苦手で……」

不審を抱かれないよう、無理矢理笑顔を作るジルに、織部は寛容に笑った。

「なあに、好き嫌いの一つや二つぐらい誰にもあるもんさ」

どうやら彼女は、ジルの浮かない顔を偏食の事だと勘違いしたようだ。

「ええ、そうかもしれませんね……」

はぐらかすように笑うジルに、パーティーの開催を賛成された余韻だろうか、織部は嬉しそうに続けた。

「稔君、さっきもそこのレシピ本を熱心に読んでたから、何かリクエストがあるのかもしれないねえ。君たちも食べたい物があるなら早めに言っとくれよ」

「……」

上機嫌で話す織部に、何とも言えない笑みを返すジル。

彼女のやる気をそぐような発言は、どうしても言えないようだ。

千歳は二人から視線をそらした。

余り考えたくないことだが、宇佐見と澤渡同様、ジルと稔もどことなく行動が似ている、様な気がすると、千歳の勘が告げている。

似たもの同士が二組、同じように反目する人間関係。

(どこもかしこも問題だらけで)

いい加減面倒臭くなってきた千歳は「はあ」と気の抜けた溜息を吐いた。


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